Home of J-POWER Vol.02
小説家 藤岡陽子とふるさとを旅する


北海道糠平ダム・発電所
気球飛ぶ大空の下で
夢に懸ける人々に出会う
~北海道上士幌町と
糠平ダム・発電所を訪ねて~

J-POWER「糠平ダム・発電所」は、日本を代表する山岳公園のひとつ、大雪山国立公園の東山麓に位置する上士幌町にある。十勝平野の雄大な自然に恵まれ、全国から熱気球が集う町を旅して歩いた。
01果てしない一本道と
色彩豊かなパノラマ
晴れわたった青空の下に広がる、収穫の時期を迎えた黄金色の小麦畑。むこうの牧草地では乳牛が草を食み、芳しい香りを孕んだ風が、頬をかすめていく。
目に映るものすべてがパノラマで、心も体もどこかへ運ばれていきそうな感覚に陥った。時間の流れが止まっているかのように感じるのは、あまりに広大な自然の中にいるからだろう。
その一部が大雪山国立公園に含まれる上士幌町では、大規模な農業や酪農が展開されている。
ニペソツ山、ウペペサンケ山、石狩岳など2,000m級の山々を遠くに見ながら、地平線の先まで続く果てしない一本道を車で走っていく。幹を白く輝かせた白樺並木。森の樹間から顔をのぞかせるエゾシカの親子。そして翠の湖水をたたえる糠平湖。
十勝の北の玄関口──そう呼ばれるこの町には、美しい山と、深い森と、豊かな水があった。

藤岡 陽子 ふじおか ようこ
報知新聞社にスポーツ記者として勤務した後、
タンザニアに留学。帰国後、看護師資格を取得。
2009年『いつまでも白い羽根』で作家に。
最新作は『はれたらいいね』。
その他の著書に『海路』『トライアウト』
『ホイッスル』がある。京都在住。
02上空300m
時を忘れる夢の世界

私が訪れた8月上旬は、ちょうど「第43回北海道バルーンフェスティバル」が開催されていた。
事前にお願いをして、熱気球に乗せてもらえることになっていたので、とにかく思いきってバスケットに乗り込んでいく。
「じゃあ出発しますよ」
パイロットを務めてくださる小田切光さんの掛け声と同時に、ふわりと足元が浮かんだ。
「いまが上空300mくらいかな。あそこに見えるのが、日本一広いナイタイ高原牧場ですよ」
小田切さんの声にバスケットの縁からこわごわ顔をのぞかせれば、南東の方角に、緑鮮やかな草原が広がっている。熱気球は音更川の真上を滑り、雲の間を通り抜け、私もいつしか怖がることを忘れ鳥の目になっていた。
青空には私が乗った熱気球以外にも、フェスティバルに参加した31チームの熱気球が飛んでいて、いくつもの原色の風船が揺れる姿は目にしみるほどに鮮やかだ。ただ彼らは競技をしている最中で、風速や風向きを計算しながらどれだけ正確に飛行できるかの腕を競い合っている。
「熱気球の魅力って何ですか」
競技が終わった後、会場で出会った上士幌高校の3年生(取材当時)、塚本好輝くんに訊ねてみた。
全国にたった2校しかない熱気球部に入りたくて、塚本くんは上士幌高校に入学。幕別町から1時間半かけて通学しているという。
「飛行機よりも近く、自分たちの町の景色を見られるからです。3歳で初めて熱気球を見た日以来ずっと、憧れていたんで」
塚本くんの夢に乗りこませてもらった数十分間。大空から地平線を見た思い出は、一生の宝物になった。
03「樹を育てるように」
羊を伸び伸びと放牧

「ゴーシュ羊牧場」という一風変わった名の牧場を営む草野秀剛さんは、羊に夢を馳せた人だ。
牧場の敷地内には母羊を放牧している牧草地のほかに、およそ35坪の肥育舎、100坪のクリープ舎、120坪の分娩舎、40坪の堆肥舎があり250頭の羊が飼育されていた。
「一番忙しい時期は、およそ100頭の母羊がまとめて出産する2月ですね。仔羊が170頭ほど生まれるんです」
生まれた仔羊のうち雌の20頭程度を繁殖羊として牧場に残し、後は半年から1年半ほど育てて出荷する。羊の国内自給率は1%に満たず、牛を主とする加工工場に掛け合うなど難しさはあるが、出産の季節は喜びも大きい。
もとはIT関係の仕事をしていた草野さんが羊の畜産を始めようと思い立ったのは、20代後半だという。
「母方の実家が旭川にあったので、羊は馴染みのある食べ物だったんです。そのせいか仕事で札幌に来た時にジンギスカンを食べて、昔を思い出したんですよ」
横浜出身の草野さんにとって、北海道は幼い日に親しんだ第二の故郷。大人になってふと昔の味に出合ったことで、「当時の自分にちょっと違和感を感じた」という。
それから間もなくして会社を退職し、2005年、30歳で帯広畜産大学畜産科学科に入学。2009年の開業に向かって一途に進んでいった。
「輸入の羊との違いですか? 何だろうなぁ……特別な違いはないですよ」
草野さんはそう笑うが、見せていただいた牧草地は10haもの広さがあり、母羊たちが伸びやかに駆け回っていた。草野さんの呼びかけに「メエー!」と応える母羊たちの姿を見て、この光景じたいがすでに特別なことではないかと感じる。
「羊の飼い方は牧場によって様々です。畜舎で飼うと管理が容易になる面はあるけれど、羊と対話しながら、この環境に適応した群れにしていきたいと思っているので放牧を選んでいます。一朝一夕でできることじゃなく、樹を育てるように羊を育てたいんです」
どこからが仕事で、生活で、趣味でという線引きはない。これが自分の人生だから──と言いきる41歳の目の奥に、壮大な夢が見えた。
04昭和の賑わい伝える
士幌線13のアーチ橋

NPO法人「ひがし大雪自然ガイドセンター」の代表理事を務める河田充さんも、大自然に魅せられ移住を決めたひとりである。
「自然の中にお客さんを連れてくる仕事がしたい」
そう決心して脱サラし、上士幌町に移ってきたのは1987年、27歳の時。そんな河田さんに町の歴史を聞かせてもらった。
「この周辺の森林からは、かつて多くの木が切り出されたんです。それでその木々を輸送するための旧国鉄士幌線が、音更川の渓谷に沿って敷かれたんですよ」
士幌線は1937年に上士幌―糠平間が開業し、1939年には糠平―十勝三股間が繋がった。それと同時に川にいくつものアーチ橋が架けられることになった。
しかしやがて輸入材が入ってきて木材の需要が減り、車社会になったこともあり、士幌線は1987年に全線廃線。すべてのアーチ橋が役目を終えた。今では北海道遺産にも指定されたアーチ橋梁群が自然に溶け込むように残り、当時の賑わいを伝えている。
「土地の歴史に興味を持ってもらえることがやりがいです。お客さまに、また来ますと言ってもらえたら、それが何より嬉しい」
センターでは年間約6,500人のガイドを引き受け、観光客が少ない時期を除いては、元旦以外毎日仕事に出ているという河田さん。そのぴんと伸びた56歳の背筋に、夢を仕事にし、誇りをもって続けることの格好よさがにじんでいた。
北海道の大空を見上げ、澄んだ空気を思いきり吸い込み誓った。
今日も明日も、全力で頑張ろう。
私の夢を乗せた熱気球は、今どの辺りを飛んでいるのだろう。


05地域の発展支えた60年間
一括更新で発電量アップ

車1台通ればいっぱいになる山道を、J-POWER上士幌電力所の山本守邦所長の運転で下っていく。目指すのは糠平ダムの麓。
ダムの真下に立つのは初めての経験で、目の前にそびえる高さ76mもの重力式コンクリートダムを眺めながら、山本所長の説明に耳を傾けた。
「この辺りにはダム建設当時、工事現場の宿舎があったんですよ。いまはもう樹木が生い茂ってますけどね」
歴史の深い糠平ダムが完成したのは、1956年のこと。2016年はダムと発電所にとって、運転開始から60年目を迎えるという。
「2009年に水車、発電機などの設備を一新しました。発電出力はおよそ5%アップしています。環境リスク低減のための工夫も加えました」
10年前から3年間かけてリニューアル工事を行ったことを教えていただき、発電所の設備が次世代にバトンタッチしていることを知る。同じダム、同じ水量で発電量を高める一括更新工事は、珍しいそうだ。かつては油圧で動かしていた機械部分もいまではほとんど電動に代わり、環境を考慮したものになっている。
「所内ではコミュニケーションを大事にしています。笑顔でたくさん話すことは、チームワークにつながりますから」
冬には積雪もある地域なので、厳しい条件の中、職員たちも一丸となり、緊張感をもって仕事に臨んでいると話す山本所長。およそ2万4,000世帯が1年間で使用する電力をまかなう糠平発電所の役割は、今後も大きい。
地元の人々に親しまれ、地域の発展を支えてきた糠平発電所と美しいダムのことを、旅の思い出とともに忘れないでいたい。


