詩人の仕事は溶けてしまうのだ――茨木のり子「詩」(『茨木のり子全詩集』所収)より
町田 そのこ

Power Of Words 私の好きな言葉

小説家 町田 そのこ

読んでよかった……。読者がそう思いながら本を閉じることができる小説を書き続けている作家・町田そのこさん。毎日、精力的に仕事に取り組む中で、町田さんが繰り返し思い出しているのが上記の詩人・茨木のり子さんの言葉だ。

「自分の書いている言葉は、果たして読者の心に届いているのだろうかと、ふと自信がなくなった時に読み返しています」

作品が読者の感受性を刺激し、心のさざめきとなり、その人の中に入って溶けていき、やがてその人の感受性そのものになっていく。表現者として大ベテランであり、多くの人から尊敬される詩人ですら、そんな祈りを込めた思いを支えに創作しているのだと考えると、自身も元気に書き続けなければという気力が湧いてくるという。

「この詩のほかには、氷室冴子さんの小説に背中を押され、『明日も頑張ろう、学校に行こう』と思えた経験も、糧になっています。私も、誰かの背中を押したい。読み終えた後、明日も頑張ろうと思える物語を書いていきたいのです」

誰かが小さな一歩を踏み出すための力になりたい。その思いが、町田さんの原動力だ。

「年をとっても、ずっと書き続けていきたいと思っています。この人、まだ書き続けているんだと驚かれるとしても、絶対に筆は折らないと決めています」 

これからは、笑えて心温まる物語も書きたいという町田さん。作家としては難しい試みだが、笑うことは、明日への活力につながると信じている。

町田さんの作品が、読者の心にさざ波を生み、それを享受した若者がそのバトンを受け継いでいくはずだ。それもまた、見逃せない。

取材・文/ひだい ますみ 写真/藤岡 雅樹

PROFILE

小説家 町田 そのこ

まちだ・そのこ
1980年、福岡県生まれ。2016年、「カメルーンの青い魚」で新潮社主催「第15回女による女のためのR-18文学賞」で大賞を受賞。17年、同作を含む短編集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。2021年、『52ヘルツのクジラたち』(2020年、中央公論新社)で本屋大賞を受賞。