余白を楽しんで生きる無駄づくり発明家の世界
藤原 麻里菜

Opinion File

「無駄って実はポジティブな言葉だと思うんです。無駄づくりってことにすれば、失敗作も受け入れられるし」

世界が注目する「無駄づくり」のプロ

「そんなの無駄じゃない?」

「こんなに無駄にして」

「無駄遣いはよしなさい!」

こんなふうに言われて傷ついたり、腹が立ったりした経験は誰にでもあるに違いない。「無駄」という言葉には、強いマイナスイメージがある。

だが、その後ろ向きな言葉をポジティブに読み替え、人生を豊かにする糧にまで高めてしまうクリエイターがいる。「無駄なものをつくるプロ」を自任する発明家であり、文筆家としても活動する藤原麻里菜さんである。

「これは何に役立つのか?」などという有用性や価値には目もくれず、ただ頭に浮かんだ不必要な、だけどおもしろくてつくりたいものを生み出し続ける「無駄づくり」の専門家。YouTubeを主な発表の場として創作活動に勤しみ、「インスタ映えを台無しにするマシーン」、「怒ると勝手にひっくり返るちゃぶ台」といった作品をこれまでに200個以上も送り出してきた。動画再生回数はのべ4,000万回を超え、2018年に台湾で開いた初個展に2万5,000人以上を集めるなど、海外での評価も高い。21年のForbes JAPAN「世界を変える30歳未満」30人(※1)に選出され、22年には青年版国民栄誉賞「JCI JAPAN TOYP」(※2)で会頭特別賞を受けている。

一体どんな作品をつくるのか。コロナ禍の期間中に発明された傑作「オンライン飲み会緊急脱出マシーン」を見てみよう(写真参照)。リモート会議システムを使って行うオンラインの飲み会やお茶会は、とかく時間が長引きがち。途中で愛想笑いにも疲れ、早々に退出したいのだけど言い出しづらい。そんな状況を難なく切り抜け、気まずくならずに脱出できる装置がこれ。パソコン画面に向かって交信中、抜けたくなったタイミングでスイッチを押すと、回線状態が悪い時に現れるローディングサークルを模したマークが顔の前に飛び出すので、そのまま画面がフリーズしたふりをして無事退出できる(ハズ)というもの。

なんとも肩の力が抜けてしまうこの発明品。現実に役立つかどうかは別にして、癒やしさえ感じられるという意味で、あながち無駄とは思えない。藤原さん曰く、「何かしらの役割を与えることが無駄づくりのおもしろさ」。オンライン飲み会はもとより、リモート会議で急な質問に答えられずに窮したり、オンライン授業の途中でサボりたくなった時にも使えそう、などと想像をめぐらせるだけでも楽しめる。

そんな遊び心には他のクリエイターも共鳴し、芸術ユニット明和電機(※3)が共同開発に参加してブラッシュアップ。「ヨミコミュ」の商品名で製品化も果たしている。またこの作品は、第24回文化庁メディア芸術祭(※4)のエンターテインメント部門で審査委員会推薦作品にも選定された。

明和電機との共同開発で「ヨミコミュ」として製品化。(写真:ご本人提供)
2020年の代表作「オンライン飲み会緊急脱出マシーン」。2021年度の文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品。(写真:ご本人提供)

有用性にとらわれず精神を解放する行為

「無駄づくりの定義は特にありません。好奇心の赴くまま、思いついたアイデアを形にするだけです」

と藤原さんは言う。つくったものが今ひとつの出来映えでも、「失敗作だ」と嘆く必要はない。そもそも一般的には失敗だと思われるようなものを、「成功したことにする」のが無駄づくりの醍醐味であり、おもしろさであると考えるのが藤原流だ。

プリンストン高等研究所の研究者によるエッセー集"The Usefulness of Useless Knowledge"(邦題『「役に立たない」科学が役に立つ』※5)の中に、「有用性という言葉を捨てて、人間の精神を解放せよ」、「役に立つ知識と役に立たない知識との間に、不明瞭で人為的な境界を無理やり引くのはもうやめよう」という言葉がある。これを目にした時、藤原さんは「我が意を得たり」と思ったという。物事の真理を追究することは科学者の基本的な営みだが、それは必ずしも社会に役立つ何かを生み出すことを前提とするとは限らない。また、意図せぬ偶然の結果が、後に大きな価値を生むこともある。ものづくりにも、そういう自由があっていい。

事実、失敗作から生まれたヒット商品は無数にある。「ポスト・イット」の名で知られる付箋もその1つ。化学会社の研究員が超強力接着剤を開発するはずが、接着力は弱々しいのに何度も貼れる素材をつくったのが始まりというのはよく知られた話。ほかにも、薬品の開発中に容器についた青カビから生まれた抗生物質のペニシリン、グラノーラの失敗作が起点となったケロッグのコーンフレーク、人工クラゲの試作品から転じた「カニカマ」など、好例は枚挙にいとまがない。

「無駄を大切にすることは、失敗を広い心で受け入れることだと思います。何かをつくってすごいものが完成したら、自分ってすごいと素直によろこべばいいですし、下手なものしかでき上がらなくても落ち込まず、これはこれでおもしろいなと肯定する。そうやって失敗が成功になることで、世界はもっと楽しくなるはずだと私は思っています」

スイカバーソルジャーソードケース。スイカバーが剣のように見えるので「鞘」をつくってみた。(写真:ご本人提供)
独り言用糸電話。その名のとおり、一人で会話ができる糸電話。(写真:ご本人提供)

失敗でも下手でもいい 好きなことを肯定する

そんなふうに藤原さんが思うようになったきっかけは子ども時代にまで遡る。小学生の頃、下校途中に通りかかった暗い路地の片隅で、サングラスの謎めいた中年女性が一人無心に「芋けんぴ」を頬張る姿を見て気がついた。

「これが自由というものかもしれない。誰の目も気にせずに、その瞬間にしたいことをすればいい。私ももっと自由になれるはず」

その頃、毎日がつまらないと思っていた藤原さんの生活は少し楽しくなった。

高校生になると、好きだった音楽バンドSAKEROCK(※6)のアルバム「MUDA」に出合い、「無駄」という感覚に惹かれていく。ネガティブだと思っていた言葉がポジティブな意味を持ち始めた瞬間だった。

「小さな頃から私はものをつくるのが割と好きで、中学や高校でも音楽とか映画、ゲーム、彫刻とかいったカルチャーめいたものが好きでした。勉強はあまり好きじゃない。そうすると、大人の目からすると『無駄なことばかりして』となりますよね。それに、好きだからといって上手にできるわけではなく、能力のある人への引け目のようなものも感じていて。それが、みんなが無駄と思うことでもやっていいんだ、好きなことをすればいいんだと、あのアルバムにどこか背中を押されるような感覚だったのを覚えています」

その肯定感が、「無駄づくり」となって結実したのが2013年。芸人活動をする傍ら、YouTubeにアップするためにテレビ番組「ピタゴラスイッチ」(※7)のような仕掛けをつくってみたが、本物には及びもつかない代物が出来上がる。どう見ても失敗作のこの作品を、なんとか成功したことにできないか。思案の末にひらめいた妙案が「無駄づくり」だ。無駄なものを敢えてつくったことにすれば、むしろこれは成功作。どんな失敗もコンプレックスも、すべて解決できる魔法の杖となるに違いない。

「無駄っていいよね」、「めっちゃおもしろい」、「くだらなすぎて好き」――。藤原さんが開設したYouTubeチャンネル「無駄づくり」は瞬く間に人気を博していく。

心に「余白」をつくり 白黒つけずに生きてみる

そんな藤原さんだが、活動を始めて間もなく10年、最近では「無駄って何だろう」とあらためて考えることが増えたという。

「動画を見てくれた方からたくさんの反響があって、経済学者や社会学者の方がコメントしてくれたりもして、無駄づくりが思った以上に受け入れられているのを感じます。それってたぶん、社会が『余白』を求めているんじゃないかと思うんです。仕事や勉強に追われたり、時間や規則に縛られたり、SNSでも常に誰かの評価に晒されたりして、とても窮屈な社会に私たちは生きています。目に見える成果とか生産性とかいったものは大切かもしれませんが、それを追い求めるだけでは人生はきっと豊かにならないし、自分を追い詰めることにもなってしまう。だから、無駄といわれるものを肯定して、生活の中に取り入れることで気持ちに余白をつくる、心にゆとりを持つ。すると人生が豊かになり、社会も寛容になる。そんな効能があるように思っています」

自分自身がもっとそれを実践するため、藤原さんは今、2つのことを大事にしている。まず、思考を止めないこと。インターネットなどの情報を意識的に遮断して、自分の頭で考える時間を毎日必ずつくる。そして、同時に行動すること。ものづくりだけでなく、凧揚げとか石拾いとか、生産性とは無縁の、やらなくてもいいことを敢えてやる日をつくる。

役に立つのか立たないのか。白黒なんかつけないで、グレーゾーンに身を委ねる。そんな藤原流の生き方が心地よい。

ファッションの切り口から「無駄」を表現する展示会「MUDA COLLECTION 2022 Summer」を西武渋谷店で開催(2022年6月)。(写真:ご本人提供)
2022年8月には「株式会社無駄 渋谷支展」として、イヤホンケーブルを絡ませてまたほどくなどの「無駄なお仕事」を体験するイベントを開催。(写真:ご本人提供)

取材・文/松岡 一郎(エスクリプト)、写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1「世界を変える30歳未満」30人
    経済誌『Forbes』が世界を変革する若きイノベーターを選出するプロジェクト。日本では「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」として2018 年にスタート。
  2. ※2青年版国民栄誉賞「JCI JAPAN TOYP」
    傑出した若者たち(TOYP:The Outstanding Young Persons)を称える国際青年会議所(JCI)の事業として、日本では公益社団法人日本青年会議所が主催。
  3. ※3明和電機
    中小電機メーカーに擬態した芸術ユニット。様々なナンセンスマシーンを開発して国内外で発表している。
  4. ※4文化庁メディア芸術祭
    アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門で優れた作品を顕彰し、鑑賞の機会を提供するフェスティバル。
  5. ※5「役に立たない」科学が役に立つ
    プリンストン高等研究所の創立者エイブラハム・フレクスナーと当時の所長ロベルト・ダイクラーフが研究にまつわるエッセーを綴った書籍。東京大学出版会より翻訳書が刊行。
  6. ※6SAKEROCK(サケロック)
    ミュージシャンで俳優の星野源が出身高校のメンバーと2000年に結成したインストゥルメンタルバンド。2015年に解散。
  7. ※7ピタゴラスイッチ
    NHK教育テレビの子ども向けテレビ番組。様々な仕掛けが施された道を工作してボールを転がす「ピタゴラ装置」が人気コーナー。

PROFILE

藤原 麻里菜
発明家(コンテンツクリエイター)
文筆家
株式会社無駄代表取締役社長

ふじわら・まりな
1993年、神奈川県生まれ。2012年、吉本総合芸能学院東京校18期卒業。2013年、YouTubeチャンネル「無駄づくり」を開設し、現在まで200個以上の不必要なものを制作。2016年、Google主催「YouTube Next Up」入賞。2018年、国外での初個展を台湾で開き、2万5,000人以上の来場者を記録。2019年、総務省「異能vation」破壊的な挑戦部門に採択。2021年、Forbes JAPAN「30 UNDER 30 JAPAN(世界を変える30歳未満の30人)」に選出。2022年、青年版国民栄誉賞「JCI JAPAN TOYP」会頭特別賞受賞。近著に『考える術』(2021年、ダイヤモンド社)がある。