「弱い」雑草に学ぶ生き残りの工夫と戦略
稲垣 栄洋

Opinion File

「植物はいろいろな個性の子孫を残しておきます」と多様性について語る稲垣さん。

人生を変えた雑草との出合い

道端や公園、畑などで、取り除いても取り除いても、いつの間にか生えてくるものと言えば? そう、雑草である。そんな私たちにとって身近な存在である雑草について研究しているのが、静岡大学教授の稲垣栄洋さんだ。

「農業や緑地管理を行う上で、雑草の防除は重要な課題です。雑草と戦い、防除・管理するためには、まず雑草とはどのような性質や特徴を持った植物なのか、その生態とはどんなものかなどを明らかにすることが大切です。それらを研究し、雑草を防除する方法を開発する学問が、雑草学(雑草生態学)です」

稲垣さんが、雑草に興味を持ったのは、学生の頃。研究の一環として植物を育てていたら、傍らに雑草が生えてきた。その雑草がどんな植物なのかわからなかった稲垣さんは、指導教官に「これは何でしょうか?」と問うた。すると、こんな答えが返ってきた。

「花が咲けば図鑑で調べられるから、そのままにして置いておきなさい」

稲垣さんが研究していた植物は、すでに先人が研究をしている。もちろん名前があり、どう育つか、どんな花が咲くかなども調べればわかる。しかし、目の前の雑草については、何もわからない。わからないことを知りたいと思い、研究対象の植物よりその雑草の成長に興味を持った。

「もしその時、先生が『これは○○だよ』と教えてくれたら、私の興味はそこで終わっていたでしょう。でも、この見知らぬ雑草はいつ、どんな花が咲くのか、まったくわからない。答えがないわけです。その答えを探すのがおもしろいと思いました」

そうして、雑草を研究すればするほど、その素晴らしい特殊能力に魅せられた。

「雑草の自由さは、驚異的です。たとえば、図鑑に『春に花が咲く』、『長さは1メートル』などと書いてあっても、現実にはまったく違う生態を示すことが多々あります」

気象条件や周りの植物などの生育環境によっては、同じ種であっても、春よりも秋に咲いたほうが良いかもしれない。茎やつるの長さも、環境や状況に合わせて最適なものにすればいい。雑草は、人間の「常識」や思い込みを軽々と超える自由さを持っているのだ。

「よい例が、ゴルフ場のグリーンに生える雑草のスズメノカタビラです。一般的に、ゴルフ場のグリーンの芝は約5mmに刈られるため、そこに生えるスズメノカタビラは、5mm以下で花を咲かせます。これはそもそも一般的な植物ではありえないことですし、図鑑でもこの種の体長は30cmと書いてあるのに、こんなことがありえるのです。そんなふうに変化自在なのが、雑草のおもしろいところです」

道端に生えるスズメノカタビラ。ゴルフ場のグリーンでは、5mm以下で花を咲かせる。

雑草は「強い」? それとも「弱い」?

苦労人の胸に宿る「雑草魂」。雑草のように、踏まれても踏まれても立ち上がる……。そんな表現があるほど、雑草には「強い」イメージがあるが、意外にも稲垣さんは、雑草は「弱い」という。

「雑草は、植物同士の競争においては『弱い』植物です。だから、『強い』植物との競争を避けて、それらが生えないところ、たとえば道端や公園、畑など、他の植物が進出しないような場所に生えるのです」

植物はもちろん動物も含め、生き物の世界では、弱肉強食が大原則。ナンバー1だけが生き残る厳しい世界だ。たとえば、森では多くの植物が成長に必要な光や水を求めて、激しく場所を奪い合う。「弱い」雑草は、そこでは生き残れない。そのため、雑草は「強い」植物が好まない環境で生きる選択をする。人間に踏まれるかもしれない道端、頻繁に草取りされる公園や畑……。そんな逆境に生きる道を見出したのだ。

「植物は、本来、上に上にと伸びるものです。でも、雑草の中には横に伸びるものもあります。その場所に、背が高くなる植物が生えないなら、光を争って、あえて上に伸びる必要はありませんから。ですから、『雑草は何度踏まれてもたくましく立ち上がる』というイメージは、人間の誤解ですね。立ち上がる必要がなければ、そんな無駄なことにエネルギーは使いません。実際、雑草は横に伸びたり、地下に茎を伸ばしたり、あるいは地下で花を咲かせたり、いろいろな戦略で生き抜いています」

とはいえ、人間に踏まれるのは、本来、嫌な刺激なのではないか。嫌でも、「弱い」ゆえに、耐えているのだろうか。そんな疑問にも、稲垣さんは明確に答える。

「踏まれるのがイヤどころか、むしろ踏まれたいと思っているかもしれません。なぜなら、人間に踏まれることで、ライバルの植物がいなくなる上に、足裏にくっついた種を遠くまで運んでもらえるという利点もあるからです」

畑の草取りも然り。いつ自分が引き抜かれてしまうかもしれないという逆境もまた、雑草は巧みに利用する。草取りによって、土がかき回されれば、土の中に光が届く。ほかの雑草が引き抜かれれば、そこにスペースもできる。そのタイミングをチャンスととらえ、土の中に残した種(子孫)が芽吹くのだ。

「だから、草取りすればするほど、残念ながら、(次世代の)雑草は次々と生えてくるんですよ。植物としての場所取り競争には『弱い』雑草ですが、逆境を上手に活かして『子孫を残す』という意味では、たくましく生き抜いているので、『強い』とも言えますね」

稲垣さんは、生き物には様々な「強さ」があるという。雑草の「強さ」とは、予測不能な変化を乗り越える力だ。

「人に踏まれるかもしれない道端や、いつ草取りされるかわからない畑などは、茂った森とは違い、何が起きるか予測不能です。そんな中で、雑草は、一代のうちに成長のタイミングや自身の大きさ、あるいは花が咲く時期を変えたり、環境が変わっても生き残れるように、様々な可能性を持つ子孫を残したりしています。もちろん、エピジェネティクス(※1)の仕組みも、巧みに活用しています。雑草は、予測不能な変化に対応する特殊能力という意味ではナンバー1であり、実は『強い』のです」

確実に花を咲かせ、子孫を残すという目的のため、雑草は手段を選ばない。写真は、左上から時計回りに、セイヨウタンポポ、オオバコ、シロツメクサ、エノコログサ。

在来種と外来種の戦い ニホンタンポポの優れた戦略

セイヨウタンポポ、ブラックバス、アライグマ……。こうした「強い」外来種(※2)が進出してくると、「弱い」日本の在来種は絶滅に追いやられるのではと危惧されるが、稲垣さんは一概にはそう言えないと指摘する。

「植物も含め、生き物にとって、アウェイの環境はかなりキツイものです。植物の場合、漁港や空港の周りで外来種が生えても、たいていの場合、日本の環境になじめずに、すぐに消え去ります。何しろ、ナンバー1だけが生き残れる世界ですから。実際、在来種が有利な場合が圧倒的に多いのですが、逆に言えば、そこを乗り越えた生き物は『強い』ということになります。外来種が『強い』というイメージは、そこから来ているのでしょう」

稲垣さんによると、ニホンタンポポとセイヨウタンポポでは、生き残り戦略に大きな違いがあるという。

ニホンタンポポは、まだほかの植物が伸びてこない春先に花を咲かせ、綿毛(種子)を飛ばす。その後訪れるほかの植物が生い茂る夏には、自ら葉を枯らした状態で過ごす「夏眠」という戦略をとっている。ほかの草が勢いを増す夏にはあえて戦わないという、「時期ずらし」の戦略だ。

それに対して、セイヨウタンポポはほぼ一年中、花をつけ、種を飛ばしている。しかし、もともとアウェイで戦っている身、夏草が生い茂るような場所ではほかの植物との競争に勝てず、苦戦を強いられ、枯れてしまう。そのため、セイヨウタンポポは、ほかの雑草と同じく、競合を避けて道端や新たに造成された公園などに根を下ろす。

「確かに、街中では、セイヨウタンポポを目にすることが多くなり、ニホンタンポポが劣勢のように感じられるかもしれません。でも、郊外の自然の多いところでは、ニホンタンポポも、『ずらし作戦』を駆使して、ちゃんと生き残っています。セイヨウタンポポがニホンタンポポの『ニッチ(※3)』を奪えているわけではないのです。ニホンタンポポが減っているように見えるのは、都市化によって、ニホンタンポポが生息するような緑豊かな場所が減っていることに問題があるのです」

「夏眠」していたニホンタンポポは、ほかの植物が枯れる秋から冬にかけて、再び葉を伸ばす。冬の間も葉を広げ、光合成を行い、たっぷりとエネルギーを溜め込む。そのエネルギーを使って、次の春も、いち早く花を咲かせる。ニホンタンポポは、日本の四季に適応した「ずらしの戦略」を用いることで、自らのニッチで確実に子孫を残しているのだ。

生き物の生態に学ぶ これからの生き方

「ビジネス界では、『ニッチ』という言葉は、小さなマーケットや隙間産業などの意味で使われていますが、生き物にとっては、決して『隙間』ではありません。自らがナンバー1として生きていける、重要な居場所です。ライオンも、ダンゴムシも、雑草も、すべての生き物が自分だけのニッチを持っています」

実際、ジグソーパズルのように、たくさんの生き物によって、ニッチは埋められている。もう新たに入り込む隙はないようにも思えるが、稲垣さんのイメージでは、ニッチはもっと流動的なものだという。

「環境が変わると、生き物は影響を受けます。得意なはずの戦略が効かなくなったり、新たな方法が必要になったりすることもあるでしょう。環境の変化でニッチが大きくなったり小さくなったりするのに合わせて、空いた場所を詰めたり、動いたり、植物も動物もいろいろチャレンジしています。そうしないと、自分が寄って立っているところ、すなわち軸足を置いている大切なニッチを守れないからです」

こうした生き物の生態は、人間にとっても大きな参考になる。

「長い進化の歴史の中で生き残ってきた生き物、この世に存在する生き物は、すべてが何らかの強みや特殊能力を有している成功例だと言えます。まっとうに競争することを避け、時には逃げたり、擬態したり、タイミングをずらしたり、『弱者の戦略』を駆使してしぶとく生き残る生き物の生態を知ることは、生きていく上での学びが多いと思います」

そもそも我々、ホモ・サピエンスは、生き物としては弱かったけれど、弱かったからこそ助け合うことに注力し、しかも、その能力がナンバー1だったからこそ、同時代に生きていたネアンデルタール人などとの戦いに勝ち、生き残れたのではないかと推測する稲垣さん。

「言葉も道具も、人間同士が戦ったり、相手を傷つけたりするためのものではないと思います。もともとは、お互いに助け合うためのものとして発達したのではないでしょうか。そういうことに思いを馳せ、人間は弱かったからこそ生き残れたということに、今一度、目を向けるべきかもしれません」

ビジネスパーソン、スポーツ選手、芸能人……。多くの著書を通じて、幅広い読者に影響を与えている稲垣さん。実際、雑草をはじめとする生き物の生態から得た見識と親しみやすく、わかりやすい文章は、たくさんのファンに広く愛されている。

「読者から『生きていく勇気を学んだ』、『自分のやっていたことは、やはり正しかったと答え合わせができました』などのお手紙をもらい、感動しました。科学者として科学論文だけを書かねばいけないという思いがふっきれました」

まだまだ雑草について知らないことがいっぱいあるから、これからも雑草の研究に勤しむという稲垣さんがイキイキと語る、生き物の戦略物語。それらは、個人の生き方や未来の活動を示唆する一助になるだろう。

取材・文/ひだい ますみ  写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1エピジェネティクス
    DNAの配列変化を伴わずに、遺伝子発現を制御する仕組みのこと。スイッチでオンオフを切り替えるイメージに近い。
  2. ※2外来種
    人間の活動に伴って、それまで生息していなかった場所に持ち込まれた動植物。特に、生態系、人の生命・身体、農林水産業に被害を与える(その恐れがある)ものを特定外来生物という。飼育、栽培、保管および運搬することが原則禁止。
  3. ※3ニッチ
    もともとは、装飾品を飾るために、寺院などの壁に設けられた小さなくぼみを指す。転じて、生物学では「ある生物種が生息する範囲の環境(生態的地位)」という意味で使われている。さらに、近年、ビジネス界では「大きなマーケットの狭間にある小さなマーケット」という意味でも使われている。

PROFILE

稲垣 栄洋
静岡大学大学院教授
植物生産管理学研究室

いながき・ひでひろ
1968年、静岡県生まれ。1993年、岡山大学大学院農学研究科(当時)修了。農学博士。専攻は雑草生態学。1993年農林水産省入省。1995年静岡県庁入庁、農林技術研究所などを経て、2013年より静岡大学大学院教授。研究分野は農業生態学、雑草科学。農業研究に携わるかたわら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に『身近な雑草のゆかいな生き方』(草思社、2003年)、『弱者の戦略』(新潮社、2014年)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHP研究所、2016年)、『生き物の死にざま』(草思社、2019年)など。