「しない会社」が最強になれたワケ
坂木 萌子×土屋 哲雄

Global Vision

フリーアナウンサー
 

坂木 萌子

株式会社ワークマン専務取締役/
東北大学特任教授

土屋 哲雄

円高やコロナ禍による逆境を物ともせず、快進撃を続ける作業服のワークマン。成長のカギは、高機能で低価格な同一製品を見せ方や売り方を変えて品揃えする「新業態」と「客層拡大」にあるというが、その仕掛け人に真意を聞いてみた。

「何もしなくていい」の一言からそれは始まった

坂木 実は私、プライベートで「#ワークマン女子」のお店によく立ち寄るもので、大ヒットを仕掛けたご本人からお話を伺えるのを楽しみにして参りました。

土屋 ありがとうございます。どうぞお手柔らかにお願いします。

坂木 土屋さんは元々、商社マンとして世界を舞台に華々しいキャリアを積まれていたとか。そこから作業服専門の小売業である株式会社ワークマンに転身されたのは、どんな経緯があってのことですか。

土屋 ワークマンの創業者が私の叔父にあたり、前々から誘いはあったのです。いい会社であるのは承知していたので、定年も近くなり、そろそろ話に乗ろうかと入社したのが2012年のことでした。

坂木 入社したら、叔父様から「何もしなくていい」と告げられたとか。どういうことでしょう。

土屋 初めはカチンと来て、畑違いだから期待されていないのかと勘ぐりましたけど、その言葉の裏には深い意味があるのではないかと。商社時代の私は中国語ワープロとか、極小文字を印字できるレーザープリンター、スポーツフォームの分析装置といった隙間市場を狙ったビジネスを多く手がけ、それなりの成功を収めました。ただ継続性に欠けていて深掘りができないジャングル・ファイター気質なので、そこを見抜いた叔父が「会社を掻き回してくれるな」と釘を刺したのかもしれません。

坂木 後日、「何もしない」の真意をお尋ねになりましたか。

土屋 いや、聞こうと思えば今でも聞けますが、聞かないほうがいいだろうと(笑)。ワークマンは1979年に創業以来、とにかく愚直に作業服市場を深掘りしてきて、「余計なことをしない」を社是とするような会社です。全国どこへ行ってもワークマンの店舗は坪数が100坪で、品揃えは96%が共通。価格は980円、1,900円、2,900円、3,900円、4,900円の5段階にほぼ集約し、すべて定価販売で値引きはしません。そうした標準化が、恐らく日本一進んでいる小売業だと思います。

坂木 そんな会社の一員になり、しばらくは遊軍として社内をあちこち見て回るうち、土屋さんは想定外の危機を発見されます……。

土屋 2年目ぐらいの時に、作業服の全国市場は売上1,000億円、1,000店舗で頭打ちになると予測できたのです。当時、会社はずっと増収増益を続けていたものの、すでに700店舗ほどに達していたので早晩、成長できない会社になってしまう。これは大変だと。

坂木 そこで2014年に、満を持して示されたのが「中期業態変革ビジョン」ですね。業態変革という用語はあまり聞き慣れませんけども。

土屋 普通なら「中期経営計画」とか言うのでしょうけど、それでは危機感が伝わらないのと、社員に必達のプレッシャーを与えてしまう。あくまでこれは方向性で、慌てることはないから5年、10年かけて会社を変えていきましょう、という意味合いで「ビジョン」としました。肝心の業態変革のほうは、作業服オンリーで来た業容そのものは変えずに、ほぼ職人さんたち限定だった客層を一般の方々に広げて、見せ方や売り方を変えようと訴えかけたのです。

同一製品の見せ方、売り方を変えた新業態で「客層拡大」

坂木 プロ仕様の作業服が専門のワークマンは、「高機能で低価格」という他の追随を許さない強みで圧倒的シェアを築きました。しかし、そこに安住すれば先細りが見えているので、経営の舵を切ったのですね。

土屋 変えずにいても年2~3%の成長は可能かもしれません。でも、私が社員や加盟店の方に会い、話を聞いてみると、地味で色彩の乏しい作業服だけの世界に飽きて、職場や売り場に閉塞感が漂っていました。お客様にしても、若い世代にはグレーや紺色の定番のみではアピールできませんから、まずカラフルでスタイリッシュな作業服を品揃えしてみたのです。

坂木 それがよく売れて、お店のムードが変わっていったと……。

土屋 我々が意図していなかった効果に繋がりまして、店頭に並べたスタイリッシュな作業服を求めて、一般のお客様の来店が増えました。例えば、交通整理員向けの完全防水型レインスーツを赤や黄色でつくったら、それをバイク用のライダースーツとして買っていかれるとか、下にジーンズをはき、上に派手目な作業服をはおるとスタジャンに見えるとか、作業服をそれ以外の用途で買われる方がお店にどっと押し寄せてきた感じです。

坂木 その成功を糧に2018年、アウトドアウェアの新業態「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」を立ち上げ、次いで2020年に女性向けに特化した「#ワークマン女子」を、2022年にはその併設店として「ワークマンシューズ(WORKMAN Shoes)」もオープンさせています。中期業態変革ビジョンに掲げた「客層拡大」の方針を矢継ぎ早に成就され、しかも、どの新業態も軒並み好業績を収めているとか。

土屋 創業以来、地味な作業服しか取り扱えなかった社員や店舗スタッフが、華やかさを解禁された途端に走り出したと言いますかね。ワークマンは「(価値を生まない無駄なことを)何もしない会社」で、社内行事をしない、残業をしない、会議も極力しない、仕事にノルマを課さない、頑張ることは禁止というワークスタイルを実践していますが、この時はお客様の熱気に煽られて「頑張って」しまったかもしれません。

坂木 「何もしない」を徹底されたことで、10期連続で最高益更新という破格の業績を叩き出せるのは、非常に驚きです。もう1つ、「ワークマンプラス」や「#ワークマン女子」の店頭にある製品は、ワークマンの店舗でも同じものが買えるというのは本当でしょうか。

土屋 はい。例えば、「#ワークマン女子」で扱うママさん仕様のTシャツにはポケットがたくさん付いていて、子育てに必要な身の回りの品々を収納できるつくりになっています。とことん機能を重視したワークマン仕様の作業服が原型としてあり、そのうちのファッション性に優れたものを「#ワークマン女子」に並べるといった無駄のない水平展開です。

坂木 私自身も子育て中の身で、ポケットは本当に重宝します。お菓子も飲み物も、ハンカチもティッシュも、今は除菌シートなども入れますから、とにかく収納第一(笑)。

土屋 ほかにも、ポケットにノートパソコンや大型ペットボトルが3本も入るジャケットは「着るバッグ」だし、作業服の内部に扇風機やヒーターを仕込んだ「着る冷暖房」、顔の部分まで虫よけネットが付いた「着る網戸」と、ワークマンの製品は何かが少しずつ違う。着るものに機能を付けるのではなく、機能を着るものに取り込んでいくという発想で一品一品をつくり上げています。

「ブルーオーシャン」で店舗数は増加の一途

坂木 現在、ワークマン系列の店舗は全国で1,000店に近く、客層の異なる新業態を加えた効果で市場規模は4,000億円にも膨らんでいるとか。洋々たる前途が開けていそうですが、ただ、ワークマンの既存店と新業態店で同じ製品が買えるとなると、お店同士で顧客を奪い合うことはないのでしょうか。

土屋 加盟店間で競合はしません。地理的に商圏が重ならないように出店し、既存店を犠牲にしてまで店舗数を増やさないという方針が第一の理由。さらに時間的にも競合はしません。例えば、ワークマンではお客様の仕事前後の、平日の早朝や夕方に来店が集中するのに対し、「ワークマンプラス」のお客様は平日昼間か休日がほとんどです。品揃えも前者が「プロ仕様の作業服」全般であるのに対し、後者は「一般向けの専門服」に絞ってあるので客層が重なる心配もありません。

坂木 確かに「ワークマンプラス」のお店には、キャンプやDIY、料理、園芸といった専門性や趣味性の高い服が並んでいます。今度は、アウトドア用品店などとの競合が起こりませんか。

土屋 各分野に有名ブランドのお店はたくさんありますが、機能重視で高品質、しかもリーズナブルな価格帯で幅広く対応できるのはワークマンだけ。なぜそうなったかというと、まともに競合すれば負けるからです。創業以来ワークマンは競争したことがない会社で、負けない市場だけを選び、負けない勝負をしています。

坂木 土屋さんは自著の中で、そのことを「競争相手のいないブルーオーシャンをずっとワークマンは泳いでいた」と記されています。そして「我々は激しい競争のあるレッドオーシャンに飛び込んでいくのではなく、新たに第2のブルーオーシャンを見つけることにした」とも。

土屋 そうです。10年前に私がこの会社に呼ばれた時、何も言われなければ商社時代のジャングル・ファイターを引きずってレッドオーシャンに飛び込んでいたかもしれない。そこで「何もするな」と待ったをかけられたおかげで、第2のブルーオーシャンを探し出すゆとりを持てた。時間を味方にして競合しない市場をゆっくり取っていく、それがワークマンらしさだと私にもわかってきました。

坂木 もう1つ、ワークマンの売り方の特徴に「アンバサダーマーケティング」があると伺いましたが、これはどういった手法ですか。

土屋 我々の究極のライバルは大手ネット通販なので、そこに負けないために、定価で負けない、配送費をかけない、広告宣伝費をゼロにするという3つの方針を立てました。媒体広告に頼ることなく知名度を上げ、販促につなげる手段として、YouTubeやInstagramの世界で影響力を持つ約50人の方に、当社のアンバサダーとして積極的な情報発信をお願いしています。

坂木 専門家ではないが特定の分野に精通している、いわゆるインフルエンサーですね。そういう方々にワークマンの新製品を送り、試用レポートや客観評価を返してもらうと……。

土屋 単なる紹介や評価にとどまりません。お付き合いが始まって6年経ちますが、その間にアンバサダーのご意見を丸呑みして製品化したものが全体の3分の1を占めます。得意分野の製品に対する熱意は社員以上で、「ワークマンと製品をつくった!」などとアピールしてくださる。5万、10万のフォロワーがいる人もおられるので、ユーザー視点からの率直な評価が拡散して的確なターゲットに届くわけです。アンバサダーは、良いことだけでなく、気に入らない点もどんどん指摘してくれます。我々はそれを見て、実際に商品の改善を進めています。

快進撃が続くアウトドアウェアの新業態「WORKMAN Plus」。

データ重視に舵を切った「エクセル経営」も強みに

坂木 競争をしない、宣伝もしないと、土屋さんは「しない経営」を「もっとしない経営」に押し上げたとの世評もあるようです。ただし1点だけ、ワークマンに欠けていたデータ活用を補う「エクセル経営」を会社に持ち込んだことは、「しない」に入らないのではないですか。

土屋 これは入社後に何もすることがなかった頃、創業者が「もっと人材を育てたい」と呟くのを聞いて、それなら表向きの仕事にできる、やってみようかと(笑)。そもそも当時のワークマンは、店舗在庫の数量データすらない「データ活用ゼロ」の会社でした。コツコツ改善しながら業界トップに上りつめたものの、作業服というブルーオーシャンに過剰適応して身動きが取れなくなっていた。その一方で表計算ソフトのエクセルさえ使えない社員が多く、データ活用教育が急務だと思い立って、全社員を対象とする「エクセル研修」に取り掛かりました。

坂木 データ活用で経営改革をするなら、データ分析ソフトを導入するなり、その道に長けた人材を外部からリクルートするなり、手っ取り早い方法がほかにもあったのではありませんか。

土屋 それでは意味がありません。かつてはワークマンも上意下達の会社だったので、人の顔色を窺いながら忖度するのが習性になっていました。その旧弊を断ち、各自が数字に裏付けられたデータを基にして議論をしようと、いわば企業文化を変える必要があったのです。

坂木 研修の効果はいかがでしたか。

土屋 急がない、焦らない、でも確実にと皆がエクセルを習得していき、今では社長以下ほぼすべての社員がエクセル上のデータを介して「対話」ができるレベルに達しています。自分の業務に絞ってデータ分析を繰り返すうちに、社員に改善マインドが芽生え、上司が部下の意見や現場の知恵を吸い上げるのにも、エクセルのスキルがものを言います。

坂木 社内の風通しがよくなり、上下関係もスムーズになったとか。

土屋 一番の成果はそこかもしれません。上と下の垣根が目に見えて低くなり、社長から現場の社員までがフラットな関係になりましたし、企業風土が一変したことで加盟店や製造元、それにアンバサダーともフラットに、身内同然にお付き合いができるようになったと思います。

坂木 会社の内と外が、あ・うんの呼吸でつながっているのですね。

土屋 エクセル経営を通じて私自身が学び得たことは、社内の人材が最も優秀であり、彼ら彼女らがオーガニックに成長してくれるというのが理想です。社員に限界があるなら教育すればいいし、社員の限界が成長の限界であっていい。だからこそ教育する価値があると肝に銘じています。

人気の大型商業施設などへの出店が多い「#ワークマン女子」も注目株だ。

仲良く、楽しく働くための「100年の競争優位」

坂木 今のお話の中に、製造元や加盟店ともフラットな関係というワークマンらしさがありました。土屋さんは「ホワイトフランチャイズ」と称して、社内外の関係者が快適に働ける環境づくりに注力されているそうですが。

土屋 ご指摘の通りで、例えばワークマンでは製造元に納品数を決めてもらい、それをすべて買い取る「善意型サプライチェーン」という形態をとっており、互いの信頼関係が築けたらまず変えることはありません。その一方で、加盟店には決して営業面でプレッシャーをかけず、家族経営の方には残業はせずに定時で店を閉め、家庭生活を大事にしてくださいとお願いしています。

坂木 フランチャイズ本部から加盟店に対して、がつがつ売上を稼ごうとしないで、家族で仲良く、楽しく働いてと要請するなどという話は聞いたことがありません。

土屋 そうでないと加盟店の経営が親から子、孫へと受け継がれるような関係性は築けないのです。実際、ワークマンの加盟店契約更新率は99%で、中には親子で3店経営されているケースもあります。そのご家族には「ワークマンプラス」や「#ワークマン女子」など業態のバリエーションを活かした店舗構成を楽しんでいただいています。

坂木 無駄な競争を避けて第2のブルーオーシャンを泳ぎながら、ビジネスの川上から川下まで良好な関係を保ち続けた先にあるのが、土屋さんの言葉をお借りすると「100年の競争優位」なのですね。

土屋 ええ。すごい世界をつくらないと100年も続かないですし、それには10年、20年かかってもいいが、その代わり必ずやり遂げようと思っています。100年の競争優位の中で人の善意を信じて、期限を設けず、ノルマは課さず、少しずつ前進していく。そういうポジティブアプローチでうまく回していくことが、ホワイトフランチャイズの理想です。

坂木 よくわかりました。最後に、土屋さんの今後の夢を伺えますか。

土屋 今、私の念頭にあるのは、ワークマンの製品を環境対応型にすることです。現状でも、一般のアパレル製品の寿命が1年なのに対し、当社の製品は5年間定価で売れるのでサステナビリティは低くありません。でも、廃棄処分になる率がまだ0.5%あるので、これをゼロにする。そして1円たりとも値上げをせずに、SDGsで先頭を走る企業になる。それを正夢にしたいですね。

坂木 「しない会社」を突き詰めるワークマンなら、きっと成就されると信じております。夢の膨らむお話をありがとうございました。

(2022年11月17日に実施)

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

PROFILE

土屋 哲雄(つちや・てつお)

株式会社ワークマン専務取締役。1952年、埼玉県生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て三井物産デジタル社長に就任。本社経営企画室次長、三井情報取締役。2012年、ワークマンに入社。2019年より現職。2022年、東北大学特任教授に就任。2018年に新業態店「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」を仕掛けて大ヒット。2020年に女性目線の「#ワークマン女子」、2022年には「WORKMAN Shoes(ワークマンシューズ)」を相次いで立ち上げるなど業容を急拡大中。著書に『ワークマン式「しない経営」』(2020年、ダイヤモンド社)、『ホワイトフランチャイズ ワークマンのノルマ・残業なしでも年収1000万円以上稼がせる仕組み』(2021年、KADOKAWA)。

PROFILE

坂木 萌子(さかき・もえこ)

フリーアナウンサー。1987年、高知県生まれ。早稲田大学商学部卒業後の2009年、さくらんぼテレビジョン入社。翌年フリーアナウンサーに転身し、主に日本テレビ系列各局の番組でキャスターやコメンテーターとして活躍。2020年3月に第2子を出産。現在はBS日テレ「コーポレートファイル」インタビュアーなどを務める。