短編小説「幻の橋」
藤岡 陽子

Home of J-POWER

※コロナ禍で取材ができないため、今回は藤岡陽子さんによる短編小説を掲載します(2016年10月発行の本誌47号の写真を再利用しています)。

上士幌町では珍しい、羊を飼育する「ゴーシュ羊牧場」

作家 藤岡 陽子/ 写真家 かくた みほ

四月も下旬だというのに、冬を思い出させる冷たい風が、松野佳代の真正面から吹きつけてきた。北海道にいると季節が春であることを忘れてしまう。

「ここが糠平湖ね。それであそこに見えるのが、タウシュベツ川橋梁? 思ったより……離れているのね」 

辺りが霞んでいるからか、それとも実際に距離があるからなのか、湖岸近くの展望台から眺める橋は、想像していたよりずっと遠くにあった。いま自分が立っている場所と橋との隔たりが息子との距離のようにも思え、佳代の目から涙がこぼれる。

「こんな所で泣くな。人が見ているだろ」

隣に立つ夫の健一が小声で戒めてくるが、どうしても涙が止まらない。でもそんな健一も落胆は隠せないのか眉間に深い皴(しわ)を刻んでいる。物事がうまくいかなかった時の夫の癖だ。

「陽介のことは諦めよう。三日間も探し回ったんだ、この上士幌には住んでないということだろう。帰る前に橋も見たことだし、そろそろ空港に向かおう」

「お父さん、ちょっと待って。カメラで写真を……」

この旅のために購入したスマホで、佳代は橋の写真を撮った。そしてバッグの中から一枚の絵はがきを取り出し、いま撮った写真と見比べてみる。やっぱり、間違いない。

絵はがきに描かれているアーチ型の橋は、いま自分が目にしているタウシュベツ川橋梁に違いなかった。


お父さん、お母さん、お元気ですか。

お父さんはこの一月で、会社勤めが終わりますね。

長い間、家族のために働いてくれてありがとうございました。これからはゆっくり過ごしてください。

ぼくは結婚して、昨年女の子が生まれました。

陽介より


         

いまからおよそ三か月前、一月の半ばに陽介から絵はがきが届いた。ポストを開けて何とはなしに絵はがきを手に取り、そこに息子の文字を見つけた瞬間、佳代はその場で両膝を折り泣き崩れてしまった。

陽介から連絡がきたのは六年ぶりのことだったからだ。

「お父さん、これ見て……。陽介の……」

ポストの前でひとしきり涙を流した後、佳代は家の中に戻って健一を呼んだ。夫はこの一月で六十五歳の誕生日を迎え、定年後の再雇用勤務を終えたばかりだった。

「お父さん、あの子いま、どこにいるんでしょうね。はがきの消印には、北海道 上士幌郵便局って印字されてるけれど……」

「知らん。親に黙って結婚までしよって」

健一は怒ったように絵はがきを睨みつけていたが、裏、表、裏、表と何度もひっくり返し、そこに書かれている以上のものを探そうとしていた。だがわずか五行の文章と名前以外には、住所も何も記されていなかった。

健一が先に駐車場に戻った後も、佳代はしばらく展望台から離れられずにいた。でもそろそろ戻らないと夫が待っているだろうと思い踵を返したその時、カメラを携えた五十代くらいの男性がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。

「失礼ですが、地元の方ですか?」

ほとんど無意識のうちに、佳代は男性に声をかけていた。普段なら、見知らぬ男性に話しかける勇気なんてないのだが、息子への強い想いが、佳代に大胆な行動を取らせる。

「ちょっとお訊ねしたいんですが、タウシュベツ川橋梁がもっとよく見える場所をご存知ないですか?」

すがるような気持ちで胸の前で両手を合わせると、

「ここまではお車で来られたんですか?」

と男性が、柔和な顔つきで訊き返してきた。少し手間はかかるが地元の森林管理署で通行許可証をもらい、入場ゲートの鍵を借りれば橋の間近まで車で行くことができる、と教えてくれる。

「実は夫と二人で、ここへ来る前に管理署に寄ったんです。でも全部貸し出し中で、鍵は借りられませんでした。ツアーに申し込もうとも思ったんですが、予約はすべて埋まっていて……」

タウシュベツ川橋梁は、糠平湖の水位が下がる一月から六月頃までは湖面に姿を現すが、それ以外の時期は湖中に沈んでいる。その神秘的な現象から「幻の橋」と呼ばれ、人気の観光名所になっているらしかった。

「それはお気の毒でしたね。もしよければ私と一緒に行かれますか? 私はすでに入場ゲートの鍵を借りてますから」

「いいんですか?」

「かまいませんよ。撮影の間、少しだけ待っていただけますか」

タウシュベツ川橋梁は、1987年に廃線となった旧国鉄士幌線の鉄道橋だったんです。完成したのは1937年で、糠平ダムが建設された1955年に鉄路が湖の対岸に移設され、鉄道橋としての役目を終えました。

男性が、ファインダーを覗きながら橋の歴史を教えてくれた。その穏やかな語り口に癒され、佳代はこの旅に来て初めて静かな気持ちになっていた。涼やかな水流の音や葉擦れの音、小鳥のさえずりが風に織り交ざって耳に届き、その中に息子の気配を探す。

「佳代、なにしてる?」

だが突然、後ろから声をかけられ振り返ると、健一が困ったような顔をして立っていた。佳代が駐車場に戻って来ないので、しびれを切らして迎えに来たのだろう。

「お父さん、こちらの方が、タウシュベツ川橋梁の近くまで連れて行ってくださるって」

佳代の言葉に、健一が眉を上げて男性を見る。男性もカメラを下ろして振り向くと、人の好さそうな笑みを浮かべた。

そこまでしなくてもいい。ここから見ただけで、おれは満足だ。

そう首を横に振るかと思ったが、健一は意外にも「よろしいんですか? ご迷惑では?」と神妙な顔で男性に向き合った。

「構いませんよ。私は倉元と申しまして、上士幌町にある上士幌電力所に勤務している者です」

名刺を取り出さんばかりの礼儀正しさで、男性が頭を下げてくる。健一も「松野です。ご厚意に甘えさせていただきます」と折り目正しいお辞儀を返した。

「観光地の展望台が、まさかこんな深い森の中にあるとは思いませんでした。『ヒグマ出没中』の看板には肝を冷やしましたよ」

展望台から駐車場に続く小径を、佳代たちは足早に戻っていった。家にいる時はむっつりとしてほとんど何も話さないのに、健一は滑らかな口調で倉元さんに話しかけている。

「この森にはエゾリスが住んでいて、ミズナラの種子、いわゆるドングリを主食にしてるんです。エゾリスたちは拾ったドングリを、ちょっと離れたところまで運んでいって土の中に隠すんです。なのに埋めたことを忘れるもんですから、その場所から発芽し、やがて樹木となる。そんな感じで森が広がっていったようですよ」

腰に括りつけたクマよけの鈴をリン、リンと鳴らしながら、倉元さんが佳代たちの少し前を進んでいく。健一と二人で歩いていた時は気づかなかったが、樹木の幹から柔らかそうな芽が吹き出している。巨大な傘のようにそびえ立つミズナラの根元に、カタクリが赤紫色の花を咲かせていた。

「ご夫婦で北海道旅行とは、羨ましいですね。今回はどこを回られたんですか?」

リン、リン、リン、リン──。

繊細な鈴の音を聞きながら、倉元さんの問いかけに健一がどう答えるか、佳代はじっと耳を澄ませる。健一は何と答えようか迷っているのか、しばらく押し黙った後、

「私たちは観光でここへ来たわけではないんです。息子を探しに、上士幌の町を訪れたんです」

と覚悟を決めたように口を開いた。

陽介が勤めていた会社を辞めたのは、いまから六年前のことだった。その頃はもうすでに実家を出て一人暮らしをしていたので事前に相談されることもなく、ある日ふらりと帰ってきて、

「会社を辞めました。来月から北海道で牧畜をします」

と佳代と健一に告げてきたのだ。

就職してまだ二年目、陽介が二十四歳の時だった。佳代は頭がまっ白になってしまい、咄嗟に何を言うこともできなかったが、健一は、

「なにを言ってるんだ、頭を冷やせっ」

と大声で怒鳴りつけた。

罵声を浴びることを覚悟していたのか、陽介は下を向いたまま何も言わずにじっと黙っていた。ただ健一だけが声を荒げ、うな垂れる息子に説教とも恨み節ともわからない言葉を浴びせ続けた。

陽介は、夫婦の間に生まれた、たった一人の子どもだった。

健一と佳代は互いが二十五歳の年に結婚し、それから十年間子宝に恵まれず、もう諦めようと思っていた時期に授かったのだ。

嬉しくて嬉しくて、佳代は愛情のすべてを注いで陽介を育ててきた。ただ健一は少し違い、熾烈な競争社会で勝ち残れるようにと、愛情を表に出すことはせず、頑なまでの厳しさで一人息子に向き合っていた。

あれは、陽介が中学生になってすぐのことだったか。

陽介が大事にしていた羊のぬいぐるみを、「男がいつまでもこんなものを持つな」と健一が取り上げてしまったことがある。幼稚園の時に買ってやったもので、好きだったアニメの羊と同じ「ショーン」という名前をつけていつも一緒に眠りについていた。

陽介は内気でおとなしい子だったので、父親に叱られても言い返すことはなかった。反抗期らしきものもなく、高校も大学も、健一の勧めに従って志望校を選んだ。就職は自分の意思で決めたものの、どこかで父親の期待に応えようとしていた感じがあった。

だから陽介が退職を告げに来た時は、驚くというよりも呆然とした。健一に反抗する姿が、佳代には信じられなかったのだ。

「二度と家に帰ってくるな。連絡もするな」

そして健一のその言葉を最後に、陽介からの連絡は途絶えた。本当に北海道に行ったのかはわからなかったが、翌日になって夫婦で陽介のアパートを訪ねると、荷物はすでに引き払われていた。 

それから六年間、佳代は陽介の居場所を探さなかった。

健一に「放っておけばいい」と言われていたのでそれに従い、白紙を重ねていくだけの日々を送ってきたのだ。

そんな空虚な日常に、陽介から絵はがきが届いた。

住所は記されていなかったけれど、はがきに押してあった消印を頼りに、佳代は上士幌のことを懸命に調べた。本当は健一も、ずっと気になっていたのだろう。はがきが届いた数日後に佳代に向かって、「北海道に行ってみるか」と言ってきた。「もし陽介が上士幌に住んでいるのなら、会いに行ってみるか」と。

「六年ぶりに便りが届いてから、私は息子がいまどこで暮らしているのかを調べるために、役所に住民票をとりに行きました。ですが同一世帯ではないので本人の委任状が必要だと言われ、諦めたのです。ただ家内がどうしても上士幌に行きたいと言うものですから、春になるのを待ってここまでやって来たしだいです」

ぽつりぽつり、と健一が倉元さんに、陽介の話を聞かせた。わずか一年で会社を辞めて、北海道で牧畜をやると言い出したこと。二度と家に帰ってくるなと告げたら音信不通になったこと。「昨年孫が生まれたようで」と口にした時、健一の声は震えていた。

「それで、息子さんは見つからなかったんですか?」

「はい……。上士幌の役場で教えてもらった地元の牧場を、かなりの数回りましたがだめでした。帰る前に絵はがきにあった橋だけでも見ようと思って、それでここへ……」

小径を抜けて駐車場に着くと、倉元さんが自分の車から地図を持ち出してきた。ここから現地まで先導するが、もし逸(はぐ)れたら入場ゲートで待ち合わせしましょう、と地図を貸してくれる。

「じゃあ気をつけて行きましょう」

白色のバンに乗り込むと、倉元さんがゆっくりと車を発進させた。佳代と健一もレンタカーに乗り込み後を追ったが、車内では一言も言葉を発さなかった。

入場ゲートを通り過ぎて三キロほど林道を走ると、駐車ができる開けた場所が見えてきた。その空き地で車を降り、そこからは二百メートルほど足場の悪い道を歩いていく。足元がぬかるんでいて何度もつまずきそうになったけれど、たどり着いた河原からは、すぐ間近にタウシュベツ川橋梁を見ることができた。

「すごいわね。なんてきれいな……景色」

風雪に耐えてきたアーチ橋は、その古さゆえの美しさがあった。

いまにも崩れそうな脆さもあったが、あるがままの姿を晒す古橋からは、廃された哀しみよりむしろ苦難に屈さない強さを感じた。

「私が上士幌電力所に赴任するのは、今回で二度目なんです。二十年ほど前にも同じ場所で働いていたんですが、その時に比べると橋の劣化はかなり進んでいますよ。お二人とも、幻の橋が消えてしまう前に見に来られてよかったです。間にあってよかった」

倉元さんの言葉に頷きながら、もし今日この人に出逢えていなかったら、自分たち夫婦は一生、目の前の景色を見ることは叶わなかっただろうと佳代は思った。運命はいつもぎりぎりのところで行先が変わるのだと気づかされる。

「もっと伸び伸び、育ててやればよかった……」

淡い灰色の橋を見つめ、誰に言うでもなく健一が呟く。

「二十二年間も一緒に暮らしていたのに、おれは陽介の本心が見えていなかった。あの子が本当に好きだったもの、やりたかったことは何だったのか、ちゃんと聴いてやればよかったな」

込み上げてくるものを抑えこむかのように、健一が唇を硬く結んだ。佳代は夫の腕をつかみ、「あの子の心が見えていなかったのは、私も同じです」と小さく首を振る。退職を告げに来たあの日、嘆くのではなく、「頑張りなさい」となぜ励ましてやれなかったのか。寡黙な夫の、不器用で言葉足らずな愛情を、息子に伝えてやれなかったのか。六年経ったいまでもまだ、悔やみ続けている。

「橋をバックにご夫婦で並んでください」

熱心に橋の撮影をしていた倉元さんが、佳代と健一の元に戻ってきた。記念写真を撮ってくれるという。

「実は私の娘も、二十五歳の時に突然仕事を辞めたんですよ」

自分にも娘と息子がいて、家族は神奈川で暮らしているのだと、倉元さんが自分のことを話し始める。

「客室乗務員になるために、専門学校に通いたいと言い出しましてね。それで、二十八歳の時に夢を叶えて航空会社の契約社員として内定をもらったんですが、いまの時世でまだ訓練すら受けられない状況なんです。会社のほうから希望退職か休業か、どちらかを選ぶようにと言われたらしいんですがね」

娘は一度も空を飛ばないまま休業しています、いつ解雇されるかわからない状態でして、と倉元さんが苦く笑う。

「ご心配じゃないんですか」 

佳代は思わず訊き返した。自分だったら気が気じゃなくて、新しい就職先を探したらどうかとせっついてしまうだろう。

「私が心配する前に、娘のほうから相談に来ましたよ。このまま会社にいていいものか、転職したほうがいいだろうかって。不安になったんでしょうね。それが、いまから一年前の話です」

「それで、娘さんにはなんと答えられたんですか」

健一はしばらくじっと倉元さんの話に聞き入っていたが、やがて切実な表情を浮かべてそう訊いた。

「チャンスを待ったらどうだ、そう言いました。可能性がゼロでないなら待てばいい、と。娘が人生を懸けて選んだことを、応援してやりたいと思ったんです」

子どもたちには、好きなことをして生きてほしい。楽しく元気でいてくれたら、それだけで自分は幸せなのだと倉元さんが微笑んだ。倉元さんの言葉が、しんしんと、雪のように佳代の胸に積もっていく。佳代の隣で、健一がそっと両目を瞑った。

「そうだ松野さん、帰る日を明日に延ばせませんか? 私も一緒に牧場を探してみますよ」

地元の人たちに訊ねてみます、と倉元さんが言ってくれる。

「ですがこの近辺の牧場は探し尽くしました。ナイタイ高原牧場も、十勝しんむら牧場も回って……」

「お父さんっ」

健一の言葉を遮り、佳代は小さく叫んだ。周囲の人が振り向くほどの大きな声が口から漏れ出た。

「お父さん、あの子、羊の牧場で働いているんじゃないかしら。だって小さな頃から羊が大好きだったでしょう? 私たち、牧場といえば牛や馬だとばかり……」

こんな大事なことに気づかないなんて、どうかしていた。

「羊の牧場なら、上士幌町にも何軒かありますよ。東京から移住してきた男性が働いているか、訊いてみましょう」

倉元さんの言葉を聞いた健一の顔が、ぱっと明るくなった。その表情を見て、健一は今日の飛行機をキャンセルするはずだと安堵する。いや、たとえもし健一がこのまま帰ると言ったとしても自分は一人でここに残る。親子の間に橋がまだ架かっているうちに、あの子を探しだすのだと心に誓った。

翌朝、倉元さんの車で、上士幌町にある羊牧場を訪れた。

細い道を右へ左へと進み、草地を下ってたどり着いた場所には、青味を帯びたなだらかな斜面が広がっていた。

「じゃあ私はここで失礼します」

赤い三角屋根の建物の前で車を停めると、「この先は、ご家族水入らずで」と倉元さんが小さく会釈する。

「本当にお世話になりました。ありがとうございます」

佳代は心からのお礼を伝え、健一のほうをちらりと見た。緊張でどうにかなりそうだったが、夫もまた不安なのかその顔は青ざめている。

車を降り、甲高い羊の鳴き声に振り返ると、ブルーのつなぎを着た陽介がこっちに向かって歩いてきていた。そのすぐ後ろには、赤ん坊を抱いた小柄な女性がついてきている。佳代は夫の腕を強く引いた。健一が両目に涙を滲ませ、こくりと頷く。

「陽介……元気だったか」

「うん、元気だったよ。お父さんとお母さんは?」

屈託のない息子の笑顔が、六年間の空白を明るい色に染めていく。健一が堪えきれずに手の甲を両目に押し当てると、陽介も涙を浮かべ、「よく来てくれたね」と歩み寄ってきた。

「はじめまして美幸です。この子は娘の萌菜で、今月で五か月になりました」

美幸さんがはにかみながら一歩、二歩と近づいてきて、佳代の腕に赤ん坊を抱かせてくれた。甘ったるいミルクの匂いが鼻先をかすめ、そのあまりの愛おしさに胸が詰まる。佳代たちを残し、健一と陽介が赤い三角屋根の建物に向かっていった。「お父さん、こっちこっち」と陽介が手招きし、健一の前で鉄の扉を開けると、羊たちがいっせいに大きな鳴き声を上げる。驚いた健一がよろめき、陽介が笑いながらその体を支えている。

橋はまだ架かっていた、と佳代は心の中で呟いた。

これほど幸せな時間が自分の人生に残っていたのかと、腕の中の柔らかなものをそっと抱きしめる。

「はじめまして、萌菜ちゃん。……おばあちゃんよ」

話しかけると、大きく見開かれた澄んだ瞳がまっすぐにこちらを見返してきた。冷たかった風の中に、春の訪れを感じさせる温もりを、佳代はたしかに感じていた。

※この作品は、フィクションです。登場する人物や団体は、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

展望台から見たタウシュベツ川橋梁。小さくしか見えない。
上士幌町の森にはヒグマも生息している。
タウシュベツ川橋梁を間近で見ると、古代ローマの遺跡のようだ。
牧場で育てられている羊は大半がメス。
糠平湖は、糠平ダムによってせき止められた人造湖。
1956年の運転開始時に設置された発電所のプレート。
発電した電気を送り出す開閉所。
上士幌ダム制御所。糠平ダムの情報を監視する。
周囲の風景に溶け込む糠平ダム。ゲートの色を茶色にするなどの配慮が見られる。昨年、土木学会の「選奨土木遺産」に認定。
洪水吐ゲートは、洪水がダムを越流するのを防ぐために使われる。
ダムからの高圧の水を水車に導く水圧鉄管。
糠平発電所の外観。発電所は、七飯町の北地域制御所で遠隔監視制御されている。
水車・発電機は2基設置されている。

糠平発電所
所在地:北海道河東郡上士幌町
許可出力:44,200kW
運転開始:1956年1月

Focus on SCENE 高原牧場から望む十勝平野

北海道上士幌町にあるナイタイ高原牧場は、日本一広い公共牧場。十勝平野の雄大な地平線が眼下に広がる。総面積約1,700ha は、東京ドーム358個分にあたる。育成牛預託専門の牧場で、6カ月以上の低月齢の乳牛を全国の牧場から預かり育成、人工受精させて妊娠牛として飼い主に戻す。夏には約250頭ずつ11群、3,000頭近くの牛がのんびりと草を食む姿が見られる。

文/豊岡 昭彦

写真 / かくた みほ

PROFILE

藤岡 陽子 ふじおか ようこ

報知新聞社にスポーツ記者として勤務した後、タンザニアに留学。帰国後、看護師資格を取得。2009年、『いつまでも白い羽根』で作家に。最新刊は『空にピース』(幻冬舎)。その他の著書に『満天のゴール』、『おしょりん』など。京都在住。2021年、『メイド・イン京都』(朝日新聞出版)で第9回京都本大賞を受賞。