激変する社会に適応するための全体知の必要性
寺島 実郎

Global Headline

戦後の日本は、工業生産力モデルの優等生として、工業力で外貨を稼ぎ、豊かな国になるべく歩んできた。その歩みは1990年代にピークを迎えたが、その後は次第に経済成長が鈍化、1994年のピーク時に世界GDPに占める日本のシェアは17.9%だったが、2021年は5.7%、ピーク時の3分の1以下となり、今やその埋没感は決定的とも言える。コロナ禍に加え、ウクライナ問題、円安、エネルギー価格の高騰など、これからの日本の経済環境は、「第2の敗戦」と言える程の激変に直面することになるだろう。

このような時代の転換期を生き抜くには、未知の問題を解決する力(課題解決力)が必要となり、そのベースになるのが、これまでも言及してきている「全体知」だ。

今回のコロナ禍のような未知の問題が発生した場合では、ウイルスや医療などの専門家による「専門知」、複数の専門知を集積した「総合知」だけでは対応できない。それをさらに一段階深めた全体知が必要となる。

全体知とは何か、これを端的に言い表したのが、仏教学者・鈴木大拙が言うところの「外は広く、内は深い」という言葉だ。私の理解では、内の深さと外の広がりに対して柔軟に感じ取る力を持つことこそが、全体知の入り口だ。

「内は深い」とは意識の深さのこと。認識は合理的に理解することだが、意識は美意識という言葉があるように、合理性だけでは判断できない世界のことだ。つまり、この意識の深さが全体知につながる。また、「外は広い」は、世界的見地、宇宙的見地に立ち物事を判断することの重要性だ。

例えば、太陽光は再生可能エネルギーとされるが、一歩踏み込むと太陽の活動は核融合という事実にたどり着く。つまり、太陽を研究し続けることは核融合を研究し続けることなのだと理解しなければならない。大きく変化する社会の中で、日本の原子力政策のあり方を含めたエネルギー政策全体を構想し、課題解決を志向するならば、このような深さと広さ、そして覚悟が必要である。

全体知を身につけるには、安易なネット検索で得られるような細分化・断片化された知識や情報だけではなく、歴史の流れを理解し、なぜそれが起きているのかという裏側を知ること、そして一歩踏み込んで様々な事象のつながりを思考するアプローチが必要となる。強い問題意識を持って、多くの資料や書籍を読み込み、自分の足で歩いて様々な話を聞き、自分の頭で考え、体系的に整理して本質を理解することが重要であり、それが全体知へとつながっていく。

(2022年2月22日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)、『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)など多数。メディア出演も多数。
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