イチゴで地域に活力と繁栄を
匠の技とITの融合で「楽しく働ける農業」
村山 均×岩佐 大輝

Global Vision

J-POWER会長

村山 均

農業生産法人株式会社GRA
代表取締役CEO

岩佐 大輝

IT企業経営者からイチゴ生産者への転機は東日本大震災だった。

逆境に抗いながら農業技術の系譜をつなぐため、新事業を興し、人を動かし、成功を手繰り寄せたのはテクノロジーへの造詣と、生まれ持った底力である。

農業と地域再生を結ぶイノベーションを探り、地方の再創造に邁進する、若き企業家に話を聞いた。

名産のイチゴ栽培で故郷の震災復興を

村山 2011年の東日本大震災は、岩佐さんにとって人生の転機になったそうですね。東京でIT企業の経営者として活躍しておられたのが一転、宮城県でイチゴ栽培に携わることになり、今、地方の再生という大きな目標に挑まれています。

岩佐 学生時代に立ち上げた会社が10年目を迎えた時、故郷の宮城県山元町が大津波で壊滅的な被害を受け、ボランティアに駆けつけました。がれきの片付けや泥かきなどの復旧作業を手伝ううちに、町の年配者から「泥かきもありがたいのだけれど、君は起業家なのだから、ぜひ雇用をつくってくれないか」と声を掛けられて、その通りだと思いました。

村山 足元の復興も大事だが、先々を見据えて、子や孫の世代が働ける場所を地元につくってほしいという切なる願いですね。

岩佐 はい。ゼロから1をつくり出す起業家であれば、そういう地域貢献こそが本領です。すぐに町の人を200人ほど集め、この地域の誇りは何かと尋ねると7割強がイチゴだと答えました。山元町は昭和初期からのイチゴの産地で、震災前にはイチゴの栽培農家が129軒あったのが、津波により残ったのはわずか4軒でした。その土地にオリジンのない産業を誘致するのは安定性を欠くし、私の祖父もイチゴ農家を営んでいた縁もあって、イチゴの農業でこの山元町を立て直し、ひいては東北を再生しようと意を決したわけです。

村山 それにしても、岩佐さんの経験やキャリアを活かすなら、イチゴの販路を大都市圏に広げるといった側面支援の選択肢もあったのではないかと……自らイチゴ栽培に取り組もうとなさったのはなぜですか。

岩佐 当初は販促支援のためのNPO法人を立ち上げ、東京で大口の取引先を開拓したり、生産地に特化したブランディングを立案したりしました。ところが、実際イチゴを売ろうとすると、農家側の事情で「宮城県産」ならいいが「山元町産」とは書けないと言われ、なかなか話がまとまらない。ならば、自分たちでイチゴ栽培をやって農業の奥深さに触れながら、山元町の発信につながる新しい業態をつくろうと考え直したのです。

デジタル技術と匠の技のマッチング

村山 こうと決めたら即行動に移すのが岩佐さんの信条で、震災の半年後にはイチゴのハウス栽培を始め、翌年明けに農業生産法人のGRAを設立――いよいよ伝統的な農業に最新のデジタル技術を注入していく日々が始まりました。

岩佐 親から子へ代々受け継がれる農業は、いわば一子相伝の世界ですから、どこかの時点で系譜が断たれると、それまで培った技術も手法も消えてしまう。山元町でも農家の後継者不足は深刻でしたから、ITを駆使して、その系譜をつなぎ留められないかと考えました。

村山 それは先人たちが積み重ねてきた経験値を、アナログな状態からデジタル変換して定量化する、誰にでも「見える化」するようなイメージですか。

岩佐 そうですね。ただ、実際にやってみると、経験値を定量化して示せる部分はごく限られているとわかってきました。ITが役に立ったのは、イチゴの生育データをたくさん取って因果関係を突き止め、記録していくような地道な作業です。象徴的だったのは、ある時、一緒に起業した農業歴40年の大ベテランが「ちょっとイチゴが寒がっている」と言うので、ハウス内の設定温度を少しだけ上げると、みるみるイチゴの調子がよくなった。我々のデータでは問題ないはずでしたが、彼らは独特の感覚を持っているんです。農業の現場では、そういうことが日常的に起こり得ます。

村山 とても興味深いお話です。実は電力会社の現場にも似通った状況があって、もうじき創業70年を迎えるJ-POWERにも脈々と受け継がれてきた経験値や、それに基づく集合知などが堆(うずたか)く蓄積しています。それらが発電所の運転や保守業務に欠かせない要件である一方、発電システムや設備機器などは日進月歩でデジタル化が進んでいく。そうした局面でのアナログとデジタルの融合や、世代交代を含めた人から人への技術の受け渡しが、我々の大きな課題になっています。

岩佐 わかる気がします。私たちが心がけているのは、無形文化財のような「匠の技」をまずリスペクトして、そこに新たな付加価値をもたらすテクノロジーを取り入れ、両者を程よくマッチングさせることです。その加減が難しいのですが、長く保守的な風土の中で営まれてきた農業の現場に、ITだ、デジタルだと得体の知れないものを次々に持ち込んだら、たとえ技術革新が必要だと頭でわかっていても、心から受け入れてもらえるとは思えません。

1粒1,000円で売れる「ミガキイチゴ」誕生

ミガキイチゴのコンセプトは「食べる宝石」。2013 年度グッドデザイン賞を受賞した。写真:GRA提供

村山 山元町にある先端農場「イチゴワールド」では、スタッフがタブレット端末を抱えて農作業をしたり、広い温室内をセグウェイ(電動二輪車)に乗って移動したりするそうですね。「IT農業」らしい光景ですけども、私としては、匠の技とデジタル技術のマッチングがどんな恩恵をもたらすのかに興味があります。

岩佐 端的に言うと、これまで熟練農家の「勘と経験」に頼ってきた生産管理―― 例えば温度や湿度、CO2、日射量、肥料などを一元的な生産システムに担わせるのです。農場内に無数のセンサーなどを張り巡らせて、あらゆる生育条件をコントロールできるようにする。作業の無人化が目的ではなく、人員は人手のかかる要所に配置して、匠の技を注ぎ込み、生産性の改善に努めます。これを働き手の側から見ると、朝4時起きで作物に水やりをするとか、農繁期には休みも取れないといった過酷な労働環境から解放される利点があるわけです。

村山 なるほど。イチゴの品質・収量アップだけでなく、農家の働き方改革も促せるのですね。そしてまた、収穫したイチゴをブランド化した「ミガキイチゴ」は高級イチゴの代名詞のようになりました。私も試食しましたが、大粒で、香り高くて甘味も強く、本当においしくいただきました。

岩佐 ありがとうございます。それは「ハナミガキ」という、うちのオリジナル品種で、最上位のクラスは売り場で1粒1,000円で販売していただいています。

村山 たしかに果物を超えた威厳を感じさせるイチゴでした。ただ、ミガキイチゴには他品種のものも含まれるそうですね。

岩佐 栃木生まれの「とちおとめ」など、山元町の気候にフィットして栽培しやすく、品質面でポテンシャルが高い品種を3~4種類つくり、その時期に一番おいしいものを、ミガキイチゴという統一ブランドで出荷しています。

村山 私は信州の出身で、リンゴやブドウの生産者に聞いた話では、ある特定の品種に人気が出ると農家がこぞって同じ品種をつくるようになる。すると、やがて品質にばらつきが出始めて、消費者の信頼を損ねかねないとのことでしたが……。

岩佐 農産品はコモディティ化(差別化の喪失)が起きやすく、10年、20年かけて育てた品種の価値が一気に下落してしまうことがあります。そこで特定品種に依存しないブランドとしてミガキイチゴを立ち上げ、じっくり磨きをかけていこうと考えました。

村山 そのコモディティ化に関して、実は電力業界には逆向きの変化が出てきています。というのは、もともと電気に色はなく、どこで誰が発電しても同じ電気だったのですが、昨今は、その電気が何に由来するか――例えば風力か、太陽光か、火力かの違いで需要家の受け止めが変わってきます。ですから安定供給を大前提としながら、地球環境に配慮した電気をつくることが、より一層大事な使命になっているのです。

岩佐 そうした相反する課題の両立に挑んでいる発電事業は非常に尊いものだと感じます。

日本の農業をより強くグローバルな視点で

村山 匠の技とITを融合してミガキイチゴをつくり上げた、その新しい業態を「先端施設園芸」と呼ぶそうで、岩佐さんはイチゴ栽培と並行して、施設園芸の実証研究にも携わってこられたのだとか。

岩佐 これはGRAの立ち上げ後に、復興庁と農林水産省の「食料生産地域再生のための先端技術展開事業」に参画する機会があり、イチゴの生育データ等に基づいて、さらなる高収量・高品質化や病害虫管理の手法などを研究しました。言うなれば、イチゴワールドを先端施設園芸の実験場にして、農業と地域再生を結びつけるイノベーションのあり方を模索したわけです。

村山 見方を変えると、GRAの取り組みには、あとに続く若い世代に勇気を与え、ビジネスモデルを示すという重要な役割もあるのですね。農産物の自給率が極めて低い日本で、この上農業の担い手が減り、生産性が上向かなければ由々しい事態を迎えるのは明らかですから。

岩佐 自分の国で食べるものは、自分の国でつくるべきというのが私の持論です。とはいえ、人件費はじめ高コストが避けられない自国生産を維持するには、手の内にある農業資源をフル活用し、ITを含めて持てる技術や知恵を全投入する覚悟が必要なのではないでしょうか。

村山 日本の農業をより強くするために、テクノロジーが貢献する余地がまだ十分あるとお考えですか。

岩佐 私たちが進める先端施設園芸は、作物の生育条件のすべてを人為の及ぶ範囲内でコントロールする、いわば攻めの農業です。そしてその対極には、機械化を拒み、生産効率も度外視するような尊い農業、守りの農業もあります。守りの農業には補助金を払ってでも続けてもらうべきだと思います。そういう攻めと守りを両立させながら農業を育てていく視点も大事だろうと思います。

村山 それから海外に目を転じると、GRAは早くからインドに進出し、現地に農場を構えてイチゴ栽培に着手されています。そちらはどういった経緯で始められたのですか。

岩佐 大震災の翌年にインドの農村を訪ねたら、生活インフラがまるで整っておらず、東北の被災地よりも厳しい状況でした。農業ならこの地域を支える産業になり得るだろうと考え、地域社会を豊かにする意図ならやってみようと思いました。

村山 即断即決されたのですね。

岩佐 ええ。私たちのイチゴの技術が、将来的に国境を超えていろんな土地に根を張り、市場も広がっていけばとの目算もありました。インドを皮切りにヨルダン、マレーシア、北米などでイチゴ生産の実証事業を進め、幸い着々と実を結んでいます。

イチゴ農場は隅々まで清潔に保たれ、場内移動にはセグウェイが用いられている。写真:GRA提供
山元町で展開するイチゴワールドは、イチゴ狩りの人気スポットでもある。写真:GRA提供

楽しく働ける農業に若いプレーヤーを呼び込む

村山 インドには私も仕事で出かけたことがありますが、あらゆる面で都会と地方の落差が大きいのに驚いたのと、地方出身の若者は都会に出て、あるいは海外に渡ってIT企業などに職を得ることが一番の目標のようですね。

岩佐 いまやどこの国へ行っても、農業は格好がよくないから、ITで身を立てようと躍起になる若者であふれています。だけど本当はそうでもなくて、地方で農業に従事してもそれなりに経済的な豊かさは得られるし、そもそも楽しい仕事なのだという事実を、世界的に証明したい気持ちが私にはあります。

村山 地方では特に、若い世代の定着率の低さが地域振興のネックになっていますから、若者を振り向かせ、呼び込む手立てを講じなければなりません。その点で、岩佐さんは地方に魅力ある職場をつくるだけでなく、自ら培った農業技術やノウハウを惜しみなく公開し、有為な人財を育ててもおられる。なかなかできることではないと思います。

岩佐 私たちの創業の志であり、ミッションとしているのは、農業を強い産業とすることで世界中の地域社会に持続可能な繁栄をもたらすことです。その目標に一歩でも近づくために「実行実現」「価値共創」「自利利他」「電光石火」という4つの行動指針を掲げていて、そこに農業の若いプレーヤーたちが共鳴してくれるのかもしれません。

村山 AI農業には働き方改革の効能もあるとのことでしたが、仕事に忙殺されないで自分の時間が持てること。そして何より、楽しく仕事ができること。それが若い世代を引きつける要諦であるのは、私がJ-POWERの社内を見渡して実感する点です。そして人財育成の面でも、岩佐さんは親身な形で対策しておられます。

岩佐 これは「イチゴアカデミー」といって、新規就農を望む方に山元町に移住してもらい、2年間の寮生活を通じてイチゴ栽培を学んだ後、独立起業をめざしてもらう研修制度です。修了者の半数以上が開業して新たな雇用を呼び込んでいますし、栽培するイチゴは高品質な上に、日本の平均的農家の2倍の収穫量を達成しています。

村山 素晴らしいですね。故郷に根をおろした新事業を起点に、有為の若者たちが各地へ巣立っていき、おいしいイチゴと人の輪がどんどん広がっていくイメージ……人生を農業に懸けた若き起業家の面目躍如ではありませんか。

岩佐 己を磨いてたわわに熟せるよう、全力で走り続けます。ぜひ一度、私たちの農場へ足をお運びください。大歓迎いたします。

村山 私も現場を見て回るのが大好きなもので、きっと見学に伺います。本日はありがとうございました。

(2022年3月1日取材)

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬
※本対談はオンラインで実施しました。

PROFILE

岩佐 大輝(いわさ・ひろき)

農業生産法人株式会社GRA代表取締役CEO。1977年、宮城県生まれ。大学在学中にIT企業を起業し、2011年の東日本大震災後、被災した故郷・山元町の復興を目的に特定非営利活動法人GRA、農業生産法人 株式会社GRAなどを設立。特産品のイチゴに着眼、熟練農家の経験や勘とデジタル技術の融合を図ったIT農業でイチゴビジネスに構造変革を起こし、1粒1,000円で売れる「ミガキイチゴ」を生み出して話題を呼ぶ。先端施設園芸を基軸にした「地方の再創造」をライフワークと見定め、現在、日本とインドで6つの法人を運営する。著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『絶対にギブアップしたくない人のための成功する農業』(朝日新聞出版)など。