ダイバーシティ経営の実現に必要なこと
坂木 萌子×入山 章栄

Global Vision

フリーアナウンサー

坂木 萌子

早稲田大学大学院経営管理研究科教授

入山 章栄

既存知と既存知の新結合こそがイノベーションを生み出す……。
そう断言するのは早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄さん。
ダイバーシティ&インクルージョンという入り組んだテーマも明解に語ってくれた。

コロナ禍で大学の授業も会社経営の環境も激変

坂木 コロナ禍で移動が制限されたり、テレワークが普及したりして、人々の暮らしや働き方が大きく変わっています。入山さんご自身はこの変化をどう実感されていますか。
入山 一番変わったのは、私の受け持つ講義がオンライン形式になって、対面形式がなくなったことですね。早稲田大学はオンライン授業の導入が早くて、2020年4月にまず大学院のビジネススクールで開始し、翌月からは大学の学部でも始めました。この変革を体験してわかったのは、対面授業の良さももちろんありますが、オンライン授業の有用性もたくさん見つかったので、今後は両方を併用したほうがいいということです。
坂木 教育に携わる方にとって、オンラインは何かと不自由で、苦労が多いものかと思いましたが……。
入山 教育者としての力量が問われる気がします。教室で教員と学生が向き合うと講義に耳を傾けざるを得ない空気が生じますが、オンラインでは画面をオフにして、教員の見えないところで遊ぶという選択肢もありえます。ですから、よほどおもしろい授業をやらないと学生は視聴してくれないわけで、画面をオンにして聞きたくなるような話ができるか否かが、教員の評価ポイントになると思います。
坂木 それは在宅勤務を余儀なくされている方々のリモート会議などにもあてはまるでしょうか。
入山 勤め人の方ならおわかりでしょうが、オフィス内や会議の席でオーラというか、謎の存在感を放っているだけの上役がいて、無理を通したり難題を吹っかけたりしがちです(笑)。けれども、テレワークではそんなオーラも存在感も通じないし、会議アプリの画面に映る人のサイズは社長も社員も同じですから、一応の平等感も保たれます。テレワークになってよかったという現場の声を、私はあちこちで聞いています。
坂木 大学であれ職場であれ、激変と言っていい環境変化を前向きに捉えて対処していくことがキーポイントと言えそうですね。そういう変わり身の早さという点で、日本の企業をどのように評価されていますか。
入山 結論を先に言うと、このコロナ禍をピンチととるか、変革へのチャンスととるかで企業間格差が開くことは明らかです。うまくいっている会社の多くは、かつてリーマン・ショック時に徹底的に経営を見直した教訓から、意思決定を素早くして次々に能動的な変化を引き起こし、常に会社全体をつくり変えていこうと血眼になっています。そうした危機感が持てない会社は、残念ながら時代の変化に取り残されるしかないと思います。

ダイバーシティ経営は「何のために」の自問から

坂木 これからの時代、私たちが取り組むべき大きな課題として、地球環境や国際社会との共生・共存があげられます。こうした課題がコロナ禍を経てより鮮明になり、待ったなしの対応を迫られていると思いますが、入山さんは経営学の立場から「ダイバーシティ&インクルージョン」の重要性を説かれていますね。
入山 まずはダイバーシティ(diversity:多様性)の達成が欠かせません。そう認識した日本企業の間で「ダイバーシティ推進室」の開設ブームが起き、それ自体は歓迎すべきことですが、問題は「何のためにやるか」が腹落ちしていない点です。大手企業などでダイバーシティ担当になって私の所へ相談に来られる方々にそこを質(ただ)すと、「社会の風潮だから」とか、「他社も始めたから」とか、目指すゴールが未設定のままなので、何から手を着けるかも見えてきません。
坂木 入山さんは、どんな解を提示されるのですか。
入山 簡単です。御社の業績を上げるためにダイバーシティが不可欠ですと、その一点推しです。「ダイバーシティはイノベーションの原動力だ」という話をさせていただき、「新しい価値を次々に生み出すイノベーションが生み出せるかどうかに、社業の帰趨はかかっている」と話します。新しいアイデアを生むのに何が必要かというと、この世にあるもので、まだ出合ったことのない何かと何かを組み合わせるという試行錯誤です。これを経営学的に言うと「既存知と、別の既存知との新しい組み合わせ(新結合)がイノベーションを生む」ということになります。
坂木 新しい価値は、ゼロから生まれるわけではないと……。
入山 私はよく「知の探索」と言っていますが、その「知」を持っているのはほかならぬ個々の人間です。ならば、多彩な「知」を持つ多様な人たちが、同じ組織に集結するほど新結合が起こりやすいわけで、だからこそ、ダイバーシティはイノベーションの原動力となるのです。
坂木 ダイバーシティとイノベーションの因果関係は理解できましたが、多様性に富んだ組織とは同質性に乏しい組織でもあるので、何かと波風が立ちやすいという話も聞きますけれども。
入山 そこで「インクルージョン(inclusion:寛容さ)」の出番がきます。多様な人の多彩な知に触れる機会がせっかく訪れても、皆が寛容に受け入れないことには何も起こりません。日本の人や組織は大方このインクルージョンに無自覚であるために、ダイバーシティの潜在力を引き出せないまま、社内に断層だけを残すわけです。
坂木 自分の考えや意見とは相容れない声にも、きちんと耳を傾ける度量が問われるのですね。
入山 ただし、互いに頷き合っていれば済む話でもなくて、端的に言えば、会議で揉める必要があるのです。ダイバーシティが高い会社の会議は、おのずと侃侃諤諤(かんかんがくがく)になります。多様な人がいて、めいめい意見を出し合えば議論は白熱し、おいそれと全会一致みたいな決着には至りません。例えば、男性幹部の意見に一世代くらい若い女性社員が異を唱えても、「何を言うか!」「無礼だ!」とキレないで、条理を尽くして話し合うこと……求められるのは、そういう寛容さです。

お笑い番組と会議で光る「ファシれる人財」とは……

坂木 職場の会議で、自分の本心をさらけ出せたら爽快でしょうね。そのための環境づくりが容易でないのは私にも想像がつきます。
入山 そういう企業風土の醸成に欠かせないのが、社内の全員に共有される「心理的安全性(psychological safety、(※1))」です。会議では部長が9割方しゃべるとか、ピントのずれた発言をしようものなら一笑に付されるとか、その場に闊達な意見表明を許さない空気感があると、いくら多様な知見を集めても意味がありません。この件で私がよく引き合いに出すのが、お笑い番組におけるMC(進行役)と雛壇芸人たちのパワーバランスの話です。
坂木 ぜひお聞きしたいです。
入山 番組名は伏せますが、お笑い界の大御所をMCに据えて、背後に陣取った芸人たちが我先に、そのカリスマ芸人に拾ってもらおうと汗だくになるパターンがまず1つ。もう1つは、MCが雛壇と同格かそれ以下の技量しか持ち合わせず、ひたすら芸人たちに話題を振って番組を成立させるパターンです。前者をAパターン、後者をBパターンとすると、ダイバーシティがより優っているのは、どちらだと思いますか?
坂木 どちらもおもしろそうですが、皆さんが発言しやすいのはBでしょうか。
入山 正解(笑)。Aは、MCと芸人個々が1対1の関係しか築けないので、ピリピリした緊張感に苛まれて心理的安全性は皆無に等しい。対してBは、その場の誰もが自由気ままに発言できるので、心理的安全性が非常に高いわけです。
坂木 なるほど。次からはそこを踏まえて番組を見てみます(笑)。
入山 何が言いたいのかというと、会社の中で管理職が担う仕事は、お笑い番組のMCと同じであると。職場のダイバーシティを高めたいなら、オーラで威圧するような上役には退場願って、メンバーと同じ目線で話せる人財を登用することです。言い換えれば、管理職は発言しやすい雰囲気をつくって円滑な進行役に徹する「ファシリテーター」であるべきなのです。したがって今後は「ファシれる人財」がキーパーソンになる。
坂木 わかりやすいですね。話題が人事面に及んできましたが、入山さんは、終身雇用や新卒一括採用などを柱とする日本の人事制度にも、ダイバーシティが進まない一因があると指摘されています。
入山 この国に根を張る「メンバーシップ型」雇用はダイバーシティの対極にあって、社員が幅広い知見を得て「知の探索」に乗り出し、会社にイノベーションの果実をもたらすという目標の達成には、不向きです。それに対して、グローバル企業などの人事制度を見ると、仕事本位に雇用契約を結ぶ「ジョブ型」雇用を旨とし、中途採用が多くて流動性も高く、キャリアの途中で武者修行に出して成長を促す制度なども充実しています。
坂木 従来型の日本的経営がイノベーション創出に向かないなら、経営陣がよほど腰を据えて改革に取り組まないといけないわけですね。
入山 そうするには、社長の任期が短すぎるのもネックです。2年2期とか3年2期で会社をつくり替えるのは土台無理な相談で、成果が出ている限りは10年でも20年でも続投すればいい。それによって独裁体制が築かれてコーポレートガバナンスを侵すなら、監視役の社外取締役が遠慮なく社長の首を切ればいいだけの話です。

「タスク型」と「ひとりダイバーシティ」のススメ

坂木 ダイバーシティ経営をもう一段掘り下げて理解するために、入山さんは職場の多様性を「デモグラフィー型」と「タスク型」の2つに分けて考えることを勧めておられます。
入山 デモグラフィー型とは、性別や国籍、年齢といった目に見える属性で区分される多様性のこと。一方のタスク型は、ビジネスにおいて必要な能力や経験、価値観の違いなどで識別される多様性を指します。
イノベーションの創出に本質的に重要なのはタスク型ですが、デモグラフィー型も含めて、組織の中で多様性の軸をできるだけ多く持つことが好ましい。なぜなら、多様な国籍や年齢層のメンバーによる混成チームにすれば、性別や国籍に対する認知が薄れて、明確な断層をなくせる効用があるからです。
坂木 単純化して言うと、人には外面で見分けられる違いと、内面の違いがあって、本当は内面込みで判断するべきなのに、外面に引きずられて見てしまうということですね。そんなことはあらゆる場面で起きていますね。
入山 おっしゃる通りで、社会分類理論(Social Categorization Theory、(※2))によれば、人間の認知には限界があるために、例えば目の前に人が大勢いると、脳が勝手に「男性か女性か」でグループ分けして認知してしまう。そのメカニズムがジェンダー、人種、民族、年齢差などに依拠した分断や階層化、差別をもたらしたとも言えるでしょう。であれば、各人の内面性に依拠するタスク型ダイバーシティを優先して追求することが職場を自由闊達にし、組織の強靭化にもつながると期待できるのです。
坂木 なるほど腑に落ちました。もう1つ、入山さんは「ひとりダイバーシティ」なるものを推奨してもおられますが、これの多様性とは一体どんなことですか。
入山 経営学の用語では「イントラパーソナル・ダイバーシティ(個人内多様性)」といって、これまで見てきた組織内ダイバーシティを、一人の人間内に置き換えて考察してみることです。イノベーティブな組織では、メンバー個々が「知の探索」に熱心で、離れた知と知の出合いが起きやすい。一人の人間が多様な知見や経験を持っていたら、その人の中でも知と知の新しい組み合せが起きるので、ダイバーシティは自分一人でも達成できます。
坂木 転職しなくてもできますか。
入山 できます。私は働き方改革というのは、ひとりダイバーシティを高めるため、知の探索のためにあると思います。副業でもボランティアでもいいので、本業以外のことをやることで様々な人と出会い、様々な知見や経験を得ることができ、それがひとりダイバーシティにつながります。そして、メンバー個々がひとりダイバーシティを高めることで互いの多様性を受容しやすくなり、集合体としてのパフォーマンスを押し上げるのは間違いありません。

世界標準のダイバーシティへ一気に「変化」の舵を切る

坂木 ここまで、ダイバーシティ経営を実現するための要点を、組織の多様性と寛容さ、人事や雇用、人財登用といった課題に絡めてお話し頂きました。そして、いざ実行に移す際には、それらすべてを一気に変える必要があるとのことですが、1つずつ変えていくのではいけませんか。
入山 実は、経営学の理論に「経路依存性(path dependence)」(※3)というのがあって、日本の企業組織が変化できなかった最大の理由がこれだと私は思います。例えば、会社の仕組みには手をつけずに、ダイバーシティだけを取り入れようとしても、ダイバーシティとは真逆の「同質な人財」を前提にした仕組みで、しかも現状うまくかみ合っている中に、それこそ「異質な多様性」が入り込む隙間はありません。だから、全部を一気に変えるしか方法がないのです。
坂木 会社を丸ごと裏返すぐらいの覚悟がいる、壮大なプロジェクトになるのですね。それでも、コロナ禍で半ば強制的に「働き方改革」が進んでいる今は、ダイバーシティ経営を進めるチャンスと言えますね。
入山 ピンチかチャンスかというより、チャンスもあるぞと思って全体を変えられる会社が結局、生き残っていけるのです。自らを変革して新しい価値を生み出していくプロセスは楽しいし、ワクワクしてきます。世界標準のダイバーシティ実現へ向けて、とことんチャレンジを重ね、失敗もたくさんするかもしれませんが、その中でどんどん「知の探索」を続けてほしいと思います。
坂木 最後に、個人レベルで「ひとりダイバーシティ」に磨きをかけるとしたら、どんな行動や心がけが有用なのか教えてくださいますか。
入山 一義的には、めいめいの職分に応じた「タスク型」の多様性に自覚を持ち、レベルアップを図ることでしょう。それとは別に私が注意喚起を促したいのは、いい学校を出て、いい会社に勤めて、特に男性社会で「マジョリティ経験」しかしたことがない人たちです。この世界には「マイノリティ経験」を強いられている人が無数にいて、その気持ちがわからぬままにダイバーシティを語られても空語にしか聞こえてきません。なので、ぜひマイノリティ経験を積んでください。
坂木 なるほど。すぐには思い浮かびませんが、例えばどんな経験が相応しいでしょう。
入山 私自身の経験を自戒を込めて紹介すると、お子さんがいる男性には、学校の保護者会に出席するのがお勧めです。私の子どもが通う小学校の保護者会の顔ぶれは大半が専業主婦の方で、私が教室に足を踏み入れたら、担任の先生以外は全員女性で、男性は自分ひとりだけでした。「ああ、これがマイノリティ経験か」とたじろぐと同時に、どこかスイッチが入った気もしました。
坂木 男性社員ばかりの会議室の片隅で、独りじっとしている女性社員の気持ちに、思いが至りましたか。
入山 こういう体験こそが糧になると、心底そう思いました。

(2021年11月26日実施)

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1心理的安全性
    他者からの反応に怯えたり、羞恥心を感じたりせずに、自然体の自分をさらけ出すことができる状態。米ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した。
  2. ※2社会分類理論
    組織の中で人が他者を無意識にグループ分けする認知バイアス。「グループ分け」という認知が脳内にできると、人は自分と同じグループの人に好意的な印象を抱く。
  3. ※3経路依存性
    制度や仕組みが過去の経緯や歴史によって頑なにしばられる現象のこと。ここでは、慣れ親しんだ組織形態が現況に合わなくなっても適切な更新が阻まれる根拠を指している。

PROFILE

入山 章栄(いりやま・あきえ)

早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授。1998年、慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で企業や国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学し、2008年に博士号(Ph.D.)取得。ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授、早稲田大学大学院経営管理研究科准教授を経て、2019年から現職。専門は経営戦略論、国際経営論。国際的な主要経営学術誌に多く論文を発表している。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(2015年、日経BP)、『世界標準の経営理論』(2019年、ダイヤモンド社)など。

PROFILE

坂木 萌子(さかき・もえこ)

1987年、高知県生まれ。早稲田大学商学部卒業後の2009年、さくらんぼテレビジョン入社。翌年フリーアナウンサーに転身し、主に日本テレビ系列各局の多くの番組でキャスターやコメンテーターとして活躍。現在はBS日テレ「コーポレートファイル」インタビュアーを務める。