現代のライフスタイルに活かす文庫革の技術
有限会社田中商店

匠の新世紀

有限会社田中商店
東京都墨田区

田中商店直営の文庫屋「大関」浅草店。文庫革でつくられた財布やパスケースなどの小物がずらりと並ぶ。

伝統の皮革加工技術でつくられた、カラフルな財布やスマホケース。
思わず手に取りたくなる華麗さはこだわりのものづくりから生まれた。

江戸に伝わった姫路発祥の工芸技術

文庫屋「大関」
有限会社田中商店
代表取締役 田中威さん

一時は外国人観光客で賑わった東京・浅草も今は日本人ばかり。コロナ禍の緊急事態宣言が解除され、徐々に客も戻りつつあるが、そんな浅草・仲見世通りの1本裏路地に文庫屋「大関」はある。文庫屋といっても文庫本を売る書店ではない。伝統工芸の皮革加工技術「文庫革」を用いた財布や名刺入れ、スマートフォンケースなどを扱うショップだ。シックな店内に入り、店内什器の引き出しを開けると、カラフルで楽しげな模様の小物類が所狭しと並んでいる。
この文庫屋「大関」を運営する有限会社田中商店の代表取締役の田中威さんに文庫革の歴史や特徴についてお話を聞いた。
「文庫革は、私の母方の祖父の大関卯三郎が横浜で修業して、関東大震災後にここ墨田区向島で製造を始めたものなんです」
「文庫」というのは、江戸時代に大切なものを入れた小箱のことで、この小箱を装飾するために用いられたのが「文庫革」だ。白いなめし革にカラフルな模様を施す文庫革の加工技術は、江戸時代に姫路から伝わったものだという。兵庫県姫路は室町時代から牛革の加工が盛んな土地で、その加工技術の1つとして文庫革があった。その技術を現代まで受け継いだのが田中商店に伝わる文庫革だ(姫路では現在、「姫革細工」と呼ぶ)。
現在同社が用いているデザインの多くは、大関卯三郎さんがデザインした約80種のデザインをベースにしたもの。戦前は米国に輸出もしていたが、その後廃業。文庫革の技術を継承していた大関春子さん(田中さんの叔母)は、卯三郎さんの長女である田中さんの母・陽子さんが嫁いでいた田中商店で、一人ほそぼそと文庫革の製作を続けていた。当時の田中商店は問屋からの注文に応じて一般皮革袋物などを製造していた。
ターニングポイントになったのは、2000年代に入り、現社長の田中さんが文庫革のホームページを作成したこと。問屋からの注文数が次第に増えはじめたため、文庫革の職人を増やし、春子さんがその技術を教えたのだという。
2005年には田中さんが社長となり、皮革袋物の製造をやめ、製品を文庫革だけに絞ることにした。さらに、2012年に田中商店直営のショップ・文庫屋「大関」を浅草に出店すると、外国人観光客増加の影響もあって、業績は一気に伸び、生産が間に合わず売り切れになる商品が続出するまでになった。そこで、それまでの問屋への卸販売を中心としたBtoBビジネスを縮小、お客さんへの直販を拡大していくよう業態を変更した。
2000年当時は春子さん1人だった彩色職人も現在は社内に15人、独立して在宅で作業をする職人11人になり、販売員なども合わせた社員数は43人までになった。

彩色の作業。プレス機で凹凸を付けた牛革に手作業で色を塗っていく。8色の塗料であらゆる色をつくり出す。

手作業で際立つ文庫革の華麗さ

金型を当てて、上からプレスすることで牛革を裁断する。
革に凹凸を付けるための銅製の金型。

「文庫革の魅力は、柄の豊富さと立体感のあるカラフルで華麗な模様です」と語る田中さん。それを実現しているのが、その独特な製造方法だ。プリントのような簡単な方法ではなく、押し型で革に凹凸(おうとつ)を付け、さらに手作業で1つひとつ色づけしているのだ。主な工程は次のような順になる。
(1)裁断・型押し
(2)彩色
(3)錆(さび)入れ
(4)仕上げ
(5)縫製・仕立て
裁断では白いなめし革を適当な大きさに裁断し、プレス機を用いて銅板の押し型の熱と圧力により革に模様の凹凸を付ける。この凹凸が革に立体感を与え、印象的な模様を際立たせる大きな役割を果たしている。
彩色は、8種類の専用の塗料を使って、白い革の上に手作業で一筆一筆、カラフルな模様を描く。熟練の技と忍耐が必要な作業だ。
錆入れは漆細工や鎌倉彫りなどにも用いられる日本伝統の技法で、真菰(まこも)というイネ科の植物を乾燥させた粉を使用。革の凹部分に茶色の陰影を付けることで、古びた印象を与える。カラフルな模様がより際立ち、強いインパクトを与えるようになる。作業としては、最初に全体に漆を塗布し、すぐさまその表面を拭き取る。漆は革のへこんだ溝の部分だけに残るので、間髪を入れずに真菰の粉を振りかけ、さらに表面を拭き取る。真菰の粉は溝の漆とともに固まり、カラフルな模様の影を形づくる。"錆入れ"作業前と作業後の違いは一目瞭然で、錆入れしたもののほうが、より鮮やかで立体的、高級感があるように見える。
「昔からある技術ですが、現在もやっているところは少なくなりました」
田中さんは、錆入れの技術をこれからもずっと守っていきたいと語る。
文庫革専業になってからは、祖父から受け継いだ伝統のデザインだけでなく、田中さん自身が作成したオリジナルの新しいデザインも発表してきた。
「今は、彩色職人も15人になり、デザインを勉強してきた人もいるので、社員にもデザインを提案するように働きかけています」
今年は、社員がデザインした最初のアイテムとして気球をモチーフにした商品ラインも発売した。
「どんなモチーフでどんなストーリー(またはテーマ)の柄を提案するのかが一番難しいところです。それが決まればあとはそれほど難しくありません。文庫革はアートではないので、独りよがりのデザインではだめで、使う人のことを考えたデザインが大切です」と話してくれた。
こうした同社の製品に対する姿勢や品質は、他社からの評価も高く、スタジオジブリや「ミッフィー」で知られるディック・ブルーナなど、世界的にも有名なキャラクターのライセンス管理会社とのコラボも実現した。
「試作品を提出して、OKをもらうまでに何度もつくりなおして大変でしたが、我々の技術や品質を評価していただいたといううれしさがありますね」
また、ハンガリーや台湾から社員になりたいと応募してきた人もおり、世界的認知度も上がってきたようだ。

大関春子さん。同社の彩色の職人は彼女のお弟子さん。
革に凹凸を付けるプレス機。
錆入れ作業ではまず漆を塗る。
漆が乾く前に真菰の粉を振りかける。
錆入れ前(右)と錆入れ後(左)。左のほうが立体感が強調され、高級感も出た。

コロナ禍を越えて前に進む

コロナ禍により、田中商店も客足が激減し、売り上げは従来の3割程度に落ち込んだ。
「外国人観光客の売り上げが3割くらいありましたので、それがゼロになり、浅草や銀座のお客さんも激減しました」
彩色のスタッフには、作業を休んでもらい、交替で店舗での接客にあたってもらうという対応を取った。
「彩色のスタッフも直接、お客さんの声を聞くことができ、それが新しいデザインや商品を考えるヒントになったと思います」
田中さん自身も自社のビジネスをじっくりふり返る機会になったという。また、この時間を利用して自社の公式日本語ECサイトとは別に、海外へ向けた英語ECサイトをつくったほか、東京スカイツリーの商業施設「東京ソラマチ」に、文庫屋「大関」の3店目も出店した。
田中商店はこれからもこの伝統技術で、使う人の気持ちが明るくなるような楽しい製品を生み出してくれることだろう。今から、外国人観光客が戻ってくる時が楽しみだ。

最後にスプレーで透明の塗料をコーティングする。
1つひとつ細かくチェックし、微調整を加える。
スマートフォンケースにも様々なデザインが揃う。
仕上がりの大きさに裁断する。
店舗では、同じ柄の商品でも手作業ならではの違いを確認できる。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

有限会社田中商店

文庫革を使った財布、名刺入れ、パスケースなどの革小物の製作・販売をする創業94年の企業。オリジナルデザインは100種を超える。社内スタッフ43名、うち彩色職人15名、社外在宅職人11名。直営店である文庫屋「大関」は浅草のほか、銀座、東京ソラマチにもある。