エネルギーに関する議論を深めるための視座
寺島 実郎
Global Headline
昨年10~11月、英国グラスゴーでCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催された。「クライメートジャスティス(気候正義)」なる言葉が登場し、それがある種の熱気を持って語られているが、こうした言葉を用いてエネルギーや環境問題を議論することの危うさをまず指摘しておきたい。それは正義以外は邪悪なものという考えで突っ走ることの怖さだ。
言うまでもなく、エネルギーは一国の経済にとって血流と言ってよいほど重要なものであり、経済全体をどのようなバランスで維持するのかという政策と密接に関係するため、長期的なビジョンとある種の強い意志を持って議論する必要がある。特にエネルギー自給率が11.8%しかなく、エネルギーの大半を海外からの輸入に頼る日本では、単純なベストミックスではなく、絶妙なバランス感覚と積み上げが必要な分野であることを忘れてはいけない。極めて長期的でバランスの取れたエネルギーに対する視座が必要なのである。
まずエネルギーには、流行りすたりがあることを認識しておく必要がある。戦後の日本をふり返ってみても、終戦の1945年から50年代終わりにかけて日本のエネルギーの中心は「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭だった。だが、1962年に一次エネルギー供給で石油が石炭を上回ると、「エネルギー流体革命」と言われ、炭鉱は次々に閉山に追い込まれた。その後、2000年代に入って地球温暖化が問題になると、電力供給の6割を原子力で賄うとまで言われたりもした。そして現在は、「再生可能エネルギーを重視する」とさえ言えば、エネルギーに知見があるかのように見られる時代になっている。
今、原油価格の高騰を受け、日本にはエネルギー危機が現実のものとして迫ってきている。2012年以降、政策的に円安を奨励してきたために、当時と比べ約33%も高い価格で輸入する状況にあり、さらなる円安がそれに拍車をかけている。こうした歴史と現在の状況を鑑みるならば、CO2の排出量だけを見て、一足飛びに石炭火力を廃止するような拙速な議論に陥るのではなく、日本が培ってきた世界一高効率でクリーンな石炭火力技術を活用し、それを将来的な水素発電につなげていくような考え方のほうがはるかに賢い選択ではないだろうか。
おそらく2022年は、エネルギーの高騰を企業も生活者も痛感する年になるであろう。流行の議論に埋没するのではなく、日本のエネルギーの構造変化を視界に入れながら、日本が置かれている状況と、日本が選択しうるエネルギー政策をしっかりと見つめ直さなければならない。
(2021年11月26日取材)
PROFILE
寺島 実郎
てらしま・じつろう
一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)、『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)など多数。メディア出演も多数。
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