弱点を武器にしてオンリーワンをつくる
坂木 萌子×中村 元

Global Vision

フリーアナウンサー

坂木 萌子

水族館プロデューサー

中村 元

その手にかかれば、どんな水族館もたちどころに千客万来。
人呼んで「集客請負人」、肩書きは本邦唯一の「水族館プロデューサー」。
常識を変え、まちを変え、社会を変える思いの丈を創造性と呼ばずに何と呼ぶ。

メディアを席巻したスナメリの出産シーン

坂木 中村さんは、各地の水族館にあっと驚く見せ場を演出して、水族館人気をよみがえらせています。肩書きの「水族館プロデューサー」も耳に新しいですが。
中村 自そう名乗って水族館づくりに関わっているのは、日本では私1人です。魚が好きで詳しいからとか、水生動物の学術的価値を知らしめたいとかは一切なく、来館者に心底満足してもらえる展示方法を編み出して、1人でも多くのお客さんに来ていただける水族館をつくりたい。言ってみれば「集客請負人」なんです。
坂木 大学時代は経済や経営を学ばれ、卒論のテーマもマーケティングだったとか。鳥羽水族館(※1)に就職されたのは、そちらのご興味からですか。
中村 就職活動の本命はメディア関係でしたけど、当時はライバルたちへの気後れもあって(笑)。それで実家から近くなじみもあった鳥羽水族館へ入れてもらってから、そうか、大勢の人に見せて伝える点では、水族館も立派なメディアじゃないかと開き直りました。
坂木 入社後はアシカのトレーナーをなさったのですね。
中村 最初の3年間は飼育係を自ら志願しました。先々、水族館の経営面に関わっていくにしても、展示している動物のことと飼育係のことを知っておきたかったから。でもこれが逆にお客さまのことを知るとてもいい機会になりました。
坂木 トレーナー修業の後、水族館の営業部門に異動されて、いよいよご自身が本領発揮のステージに立たれます。
中村 お客さんを呼び込もうと営業セールスに奔走するうちに、旧態依然の営業戦略では効き目なしと悟りました。何か新風を吹き込まないといけない。そこで思い出したのが飼育係だった時に、イルカの仲間スナメリの出産をビデオ撮影してテレビ各社に配信した時のことです。その赤ちゃんが母体から出てくる一部始終を写した動画は他に例を見ない。テレビが欲しがるのではないかと各局に打診すると、あちこちから「映像が欲しい」と返事が来ました。
坂木 ニュース番組などでオンエアされれば、鳥羽水族館を知ってもらう大チャンスになりますね。
中村 ものすごい反響があって、瞬く間にローカル局から全国ネットへ拡散し、果ては外国のテレビ局にまで波及。翌週から明らかにスナメリ目当てのお客さんが増えました。
坂木 中村さんが仕掛けなければ何も起きなかったのですから、快挙というほかありません。
中村 こういうPR手法こそ集客の役に立つと確信し、社内に業界初となる広報室を立ち上げてからは、動物たちを次々にビデオ撮影してはメディア配信を繰り返しました。それにつれて来館者も目に見えて増えるという好循環が、その後10年以上続きました。

大人向けにリニューアル「天空のオアシス」の癒し

坂木 中村さんが辣腕を振るう中、鳥羽水族館の全面リニューアルを成功に導かれて、さらなる集客増を達成。その経験が水族館プロデューサーの下地になったかと思いますが、これはという成功の秘策でもあるのでしょうか。
中村 そんなものがあれば誰でもこの仕事が務まるでしょうけど、幸か不幸か、私以外に名乗り出る人がいません。しいて挙げるなら、マーケティングとプロモーションの2つを私は大事にしています。
坂木 やはり経営目線からの取り組みが欠かせないと……。
中村 例えば、よく売れる商品は、多くの人が欲しがるから売れるのであって、あらかじめヒットが約束された「鉄板商品」などは例外中の例外です。水族館も同じで、新規でもリニューアルでも、まずマーケティングをしっかり検討して、「この時代、この場所で人々が求める水族館」の方向性を見定める必要があります。
坂木 今、私たちの目の前にあるサンシャイン水族館(※2)も、中村さんのプロデュース作品のひとつです。リニューアルに際して、どこをどう変えようとなさったのですか。
中村 最寄りの池袋駅は世界第2位の乗降客数があって、海のない埼玉県へ延びる鉄道路線も多い。水族館の立地条件に恵まれながら集客数が伴わないなら、顧客ターゲットのズレに目を向けるしかありません。以前のサンシャイン水族館は子ども教育を前提にして、保護者以外の大人が来館したくなる魅力に欠けていました。元来、子どもは水族館よりも動物園に行きたがるし、水族館のあるサンシャインシティに最も引き寄せられるのは女性の買い物客です。
坂木 それで女性を意識した大人向けの水族館へ、ガラリと方向転換されたと。
中村 はい。ただ、おしゃれな女性は普通の水族館には足が向かないので、彼女らをグッと引き寄せるための何かが必要。そこで私が真っ先に思いついたのが「天空のオアシス」というコンセプトです。東京砂漠で渇ききった心と体には「癒しの場」が必要と思い、水族館のすべての展示に潤い感、水中感を持たせる工夫を凝らしました。
坂木 それは現場に来てみれば一目瞭然。3D映像と見まがうような「天空のペンギン」の展示や、アシカが飛び出してきそうな水槽の前に立つと、自分も海中にいるような不思議な感覚に襲われます。
中村 正味の話、水族館に生き物だけを見に来られるお客さんは少数派です。すがすがしい気分に浸りたいとか、心の迷いや悩みを忘れられるかと期待して来館される方が多い気がします。私がつくる水族館で水中感にハマるのは感受性の豊かな女性層が主で、年間パスポートを買ってリピーターになってくださる確率も高いのです。

海の圧倒的な存在感を「水塊」として運び込む

坂木 今のお話にちょっぴり異を唱えると、水族館で水中感にハマるのは大人の女性に限らないと思うのです。実は先日、生後5カ月の息子を連れてここへ遊びに来た時に、彼も「天空のペンギン」を見上げて瞳をクリクリさせていました。あの展示の圧倒的な臨場感に、生まれたてのピュアな感性が刺激され、得も言われぬ高揚感に包まれたのかしら……母親目線で、そんなふうに思いましたが。
中村 それは多分、ご指摘の通りでしょう。「水中感あふれる展示は赤ちゃんにもドンピシャリ」と手帳にメモしておきます(笑)。
坂木 それに、ペンギンやアシカが水中を泳ぎ回るスピード感がたまりません。陸上で見せるハイハイやヨチヨチ歩きからは想像もつかないアグレッシブな動きで、世慣れて麻痺しがちな大人の感性を痛快に裏切ってくれます。
中村 見てほしいのは、まさにそこです。海の中や水辺で暮らす生き物たちのありのままの姿に触れて興奮し、各々自由な発見をしてもらいたい。それを可能にするのが「水塊(すいかい)」という水中世界の切り取り方で、私が水族館をプロデュースする際に根本をなす考え方を表した言葉です。視界いっぱいに広がる青い水塊が、坂木さん母子にも伝わった海の圧倒的な存在感を生んでいます。
坂木 確かに眼前に迫ってくるのは、素敵にリアルな水塊そのものです。見たこともない角度から生き物たちと対面して、こんな能力や個性があったのかと感心したり、これまで以上に好感を抱いたり。
中村 それこそ私の思うツボで、水塊とは水中世界で目に見えるすべてを塊で運んできて、見やすい形に納めた水槽のことでもあります。その見せ方には創意工夫が要るのですが、坂木さん、このサンシャイン水族館を見回してみて、とんでもない制約があることに気づかれませんか。
坂木 普通の水族館と違ってビルの屋上にあるとか、そんなことぐらいしか……。
中村 鋭いですね。大半が屋上施設ゆえに屋根がなく、スペースにゆとりがなく、使える水の量にも限りがあります。ここを陽射しや雨を避ける天蓋で覆うと圧迫感が増すので、青天井を活かしつつ水量が少なくて済む水槽を巡らし、展示の合間は屋上緑化で埋めて、生き物たちも、それを見る人間も伸びやかに動き回れる配置や動線を構築しました。
坂木 手狭に感じるどころか、ワクワクする開放感で気分が高揚します。きっと物理的なハンデを克服するためのアイデアが随所に込められているのでしょうね。
中村 ちょっと惜しい。弱点を克服するのではなく、むしろ弱点を武器にし、ほかにはないオンリーワンの水族館につくり替えようと考え抜いた結果です。すると目論見通りに大勢のお客さんが見に来てくださって年間の来場者数は3倍になりました。

冬に凍ってしまう水槽で北国の酷寒を楽しもう

坂木 弱点を逆手にとって武器にせよという超ポジティブ発想に初めて出会いました。短所に目をつぶり長所を伸ばすという世間一般の常識を疑ってみる必要がありそうです。
中村 そう、弱点を克服するなどはもってのほかで、私は弱点をこそ伸ばすべきだと考えています。いい例が、北海道で手がけた「北の大地の水族館(※3)」。これは旭川市と北見市を結ぶ国道沿いの小さな公立の水族館を、まちづくりの象徴としてリニューアルしてほしいとの依頼でした。内陸部で近くに海はなく、めぼしい展示にも事欠いて、周辺人口がごく少ない上に費やせる予算もわずか、あげくに冬場は入浴中に髪の毛が凍りつくほど寒い……。
坂木 水族館の立地として普通に考えれば弱点だらけなのですね。本来ならスルーしたい案件でしょうけど、弱点好きの水族館プロデューサーの目には宝の山に映って、結局はお引き受けになった。
中村 そんなところです(笑)。そんなに寒いのだったら冬には凍ってしまう屋外水槽をしつらえて、「世界初」を売りにしたらいいと。展示の目玉には、サケの仲間で体長1m超になるイトウや、イワナの道産子ともいえるオショロコマを指名。幻想的な湖とか青く深い滝壺に擬した水槽を用意して、水槽には地場の天然地下水を満たし、豊かな自然のPRと経費節減の一石二鳥を狙いました。
坂木 サンシャイン水族館でこだわり抜いた水塊の見せ方や水中感などを、北海道仕様にアレンジして投入されたのですね。それにしても、リニューアルを経て来館者数が15倍に増えたというのは本当ですか。
中村 事実です。おもしろかったのは、イトウもオショロコマも見慣れた地元のみなさんが、水塊の中で生き物が泳ぐ様子や、北国の大地と季節感を表現した展示に目を見張り、喝采を送ってくれたことです。魚類学や理科教育的な従来型の展示ではそうはいかないはずで、お客さんが多く来てくれるのが良い水族館であり、ちゃんと見てもらえるのが良い展示であるという私の信念を、図らずも裏打ちする結果になりました。
坂木 お話を少し巻き戻しますけど、弱点を強みに変えて、あわよくば武器として使うことが誰にでも、例えば私にもできるでしょうか。中村さんのように長く経験を積まれた方に備わる特別な才能かと思いますが。
中村 そんなことはありません。程度の差はあれ、誰彼なくやっていることだし、発想をひっくり返すことで、常識でがんじがらめの自分から脱皮することにもつながるでしょう。弱点には強みに転換できる余地があるのと、弱点があるから進化できるという側面もある。強みばかりで弱点のない生き物は、それ以上進化することがありません。弱点だらけであればあるほど、次のステージに進むためのヒントを見つけやすいのです。

独自の工夫が施された水槽内の仕組みにより、生き物たちが生活する姿を見ながら散歩を楽しめる。

アシカがF1マシンのスピード感で泳ぐサンシャインアクアリング。「天空のペンギン」と人気を分ける。

バリアフリー観光を広め まちを、社会を変えたい

坂木 北海道のオファーを受けるに際しては、中村さんが以前から取り組まれている「まちづくりNPO」の活動につながることも、背中を押す一因になったのではありませんか。
中村 それがモチベーションになったのは確かです。ないない尽くしのリニューアル計画にあって、地域住民のみなさんの切実な願いや、首長以下役所スタッフのまちづくりにかける熱意が伝わってこなければ、とても受任に踏み切れる状況ではなかったですから。
坂木 中村さんは、まちづくりの基盤として「バリアフリー観光」の普及・啓発に努めておられますが。
中村 地方の観光客数はもう頭打ちとする常識が一方にあり、その弱点をひっくり返そうと私が考え出したのが観光地ぐるみのバリアフリー化です。高齢者や障がい者にも不快や不自由な思いをさせない施設やサービスを徹底すれば、家族や介助者を含めて何倍かのお客さんに来ていただける。観光地として誰もが行きたくなるのと同じくらい、行きたくない人をつくらないことも大事です。その意味で、観光マーケットとはコミュニティーマーケットなのだと提唱し、基盤づくりを推進しました。2002年に伊勢志摩バリアフリーツアーセンターを立ち上げ、そこでの成果が刺激になって今、全国各地にバリアフリー観光のセンターが20カ所ほどでき、私はそれを束ねる日本バリアフリー観光推進機構の理事長を拝命しています。
坂木 各地のセンターで、具体的にはどのような活動を……。
中村 常設の事務局を置いて、高齢者や障がいを持った方の旅行・観光にまつわるガイドや情報提供、相談にお応えするほか、障がい者ご自身に委ねて観光・宿泊施設の調査や評価を行う体制づくりも各地で推進中です。誰もが気軽に旅に出て、旅先でも安心して過ごせるバリアフリー観光の定着と一層の拡充を図っていきます。
坂木 これから2020年の東京オリンピック・パラリンピック、25年の大阪万博と大がかりなイベントが待ち受ける中で、さらに重要度を増して期待が高まる活動領域になりますね。最後に、まちづくりや社会貢献への思いや、水族館プロデューサーとしての今後に期するところをお聞かせください。
中村 まちづくりは、私の大枠でのライフワークであり、その中にバリアフリー観光推進への取り組みや、水族館の文化的価値を高めるための仕事を位置付けています。特に水族館については、子ども向けの教育ツールとみなすと本来の価値の大半を失ってしまうので、誰が見に行ってもハッとして、グッときて、また来たくなる、知的な刺激に満ちた大衆文化の拠点であることに、ずっとこだわっていきたい。
その目的のために自分がなすべきは、世の中をつまらなくする常識を変えて、まちを住みよいものに変えて、ひいては社会を変えていくこと。その志を胸に、ずっと前のめりに生きていくつもりです。

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1鳥羽水族館
    三重県鳥羽市に1955年開館。約1200種・3万点の展示生物は日本最大級。
    1990年リニューアルで観覧順序をなくした自由通路が約1.5km続く。
  2. ※2サンシャイン水族館
    東京都豊島区に1978年開館。日本初の都市型高層水族館でフロア面積や重量に制約を受けるが、2011年のリニューアル以来その「弱点」を「武器」に戦略的な展示や多彩なイベントで人気を博す。
  3. ※3北の大地の水族館
    北海道北見市に2012年リニューアル開館。前身は山の水族館。自慢は幻の淡水魚イトウの展示数日本一と、冬に凍った川の下層を泳ぐ魚を見られる仕掛けが世界初。

PROFILE

中村 元(なかむら・はじめ)

日本唯一の水族館プロデューサー。1956年、三重県生まれ。成城大学卒業後、鳥羽水族館入社。アシカトレーナー、企画室長、副館長などを歴任して2002年退社。新江ノ島水族館、サンシャイン水族館、北の大地の水族館などのリニューアルを成功させて「集客請負人」の異名をとる。NPO法人・日本バリアフリー観光推進機構理事長。著書に『水族館哲学~人生が変わる30館』(文春文庫)など。『中村元の全国水族館ガイド』(長崎出版)の最新改訂版が2019年2月に刊行予定。

PROFILE

坂木 萌子(さかき・もえこ)

フリーアナウンサー。1987年、高知県生まれ。早稲田大学商学部卒業後の2009年、山形県のさくらんぼテレビジョン入社。翌年フリーアナウンサーに転身し、日本テレビ系列の地上波、BS、CS放送を中心に番組キャスターやコメンテーターとして活躍。現在はBS日テレ「リーダーズ メッセージ」でインタビュアーを務める。2018年5月に第1子を出産。