未来に希望を灯す光のまちを歩く
藤岡 陽子

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徳島県阿南市と橘湾火力発電所を訪ねて

室戸阿南海岸国定公園内にある蒲生田岬灯台。四国で最初に朝日が昇る場所。

J-POWER橘湾火力発電所は、徳島県南東に位置する阿南(あなん)市にある。四国で最初に日が昇る場所と言われ、LEDの世界的生産地としても知られる風光明媚な「光のまち」を旅して歩いた。

作家 藤岡 陽子/ 写真家 竹本 りか

厳しい航行守る蒲生田岬灯台から

急傾斜の長い階段を一歩一歩上がり、やっとの思いで蒲生田(かもだ)岬灯台にたどり着いた。灯台を背に海を眺めれば、四国最東端の島、伊島(いしま)がすぐ先に見える。
岬と伊島の間は「橋杭(はしぐい)の瀬」と呼ばれる潮流が激しい難所で、ここを船が渡る時、灯台がおおいに役立っていると聞く。灯台が初めて点灯したのは1924年だというから、95年間もの間、航行を守り続けてきたことになる。
夜の海から見る灯台の光はどのように見えるのだろうかと、青空の下で両目を閉じてみた。
波音だけが響く暗闇の中、船から見上げる灯台の光は、私たちが想像するよりはるかに明るく心強いものなのだろうと思う。

津峯神社を参拝し 橘湾の椿泊へ

阿波三峰のひとつ津峯山の山頂にある津峯神社。
阿波水軍の本拠地でもあった椿泊町の港。

旅の安全を願って津峯(つのみね)神社を訪れた。こちらの神社は阿波三峰のひとつ、津峯山の山頂にあり「開運延命・病気平癒・海上安全」の神として信仰されている。
標高284mの山頂までは歩行者用の参道もあるのだが、今回は参詣リフトに乗ってみた。秋のすこやかな風を感じながら後ろを振り返れば橘湾が一望でき、旅への期待で胸がいっぱいになる。
津峯神社でのお参りをすませた後は、橘湾沿いにある椿つばき泊どまりへ。
椿泊は県内随一の水揚げ高を誇り、江戸時代は阿波水軍の本拠地として名を知られた歴史ある漁港町。車1台が通るのにやっとの細道を右へ左へ気の向くままに散策すれば、どう迷っても必ず海へと行きつくのが楽しかった。

津峯神社の参詣リフトに乗る著者。
津峯神社の境内から眺めた橘湾。
椿泊町は風情のある細道が続く。
光をテーマにした施設「光のまちステーションプラザ」には、LEDを使ったオブジェが展示されている。

光のまちから発信するLEDを活用した事業

空飛ぶLEDを使って撮影した夜の古民家。

阿南市は「光のまち」として知られているが、その理由のひとつは町のあちらこちらで見られるイルミネーションの輝きにある。
世界で初めて「青色発光ダイオード(青色LED)」を製品化した日亜化学工業株式会社が市に本社を置いていることもあり、夜には駅前や商店街、公園などがLEDで彩られるという。
市内にLEDを使って事業を展開している会社があると知り、「株式会社シナジーテック」の代表取締役である大栗克俊さんに話を聞かせていただいた。
「うちの会社の3本柱はイルミネーション、植物工場、業界最軽量のドローン用照明装置(通称、空飛ぶLED)です」
一次産業(農業)中心の町にキラッと光るものがなにかほしい。大栗さんがLEDを活用した事業を40歳で立ち上げたのは、そんな思いからだという。
2002年にボランティアのイベントでスタートを切ったイルミネーション事業は、東京ドームの電飾を請け負うまでに成長。LEDで水耕栽培する植物工場もエディブルフラワー(食用の花)を安定供給し、利益を上げている。さらに新ビジネスとして力を注ぐドローン用照明装置も2018年に県の認定商品に登録されるなど、地元企業として着実に成長を遂げる。
大栗さんにドローン用照明装置を使って夜間撮影した写真を見せてもらった。柔らかな光の中に佇む夜の古民家。暗闇で青緑に発光する一本の樹木……。幻想的な写真の数々に思わず見惚れ息をのむ。
「空飛ぶLEDは150m上空からでも月明かりほどの光を放ちます。だから夜間の人命救助にも活用できますよ」
生まれ育った地元からキラッと光るものを発信し続ける大栗さん。その挑戦は、町の未来だけでなく日本の未来も照らすような気がした。

株式会社シナジーテックの大栗克俊さん。
大栗さんが営む植物工場で生産されたエディブルフラワー。
業界最軽量のドローン用照明装置。
照明装置を載せたドローン。通称「空飛ぶLED」。

野球で地元に活気を ユニークな町おこし

ABO60(阿南ベースボールおばちゃん)のみなさん。キラッキラの笑顔が最高です!

手入れの行き届いた青々とした芝に、褐色の土。そして本格的なスコアボード。こちらは「アグリあなんスタジアム」という四国最大級の野球場で、ユニークな町づくりの拠点になっていると聞く。
「阿南では野球を通してまちづくりをしているんです。どこにも負けないおもてなしで、多くのお客さんを町に呼んでいるんですよ」
「野球のまち阿南構想」について語ってくださったのは阿南市野球のまち推進監の田上重之さん。15億円の費用をかけて完成したスタジアムは、今年でオープン12年目を迎えるという。
野球観光ツアーや合宿の誘致をはじめとする年間事業は34件。台湾や韓国からも野球を目的とした観光客を呼び、年間約6,000人の宿泊客、約7,000人の日帰り客を招いている。
2014年には通称「ABO60」(阿南ベースボールおばちゃん)、というボランティアのチアリーダーも結成され、野球の町を盛り上げている。「ABO60」は全員が60歳以上の女性で構成され、まっ赤な衣装は還暦の赤をイメージ。
「町のために、私たちもなにか手伝えることがあったらと思って」
リーダーの都崎文恵さんは田上さんの同級生で、定年を過ぎても奔走する田上さんの力になりたいと、仲間を募ったという。パワフルでエネルギッシュ。ABO60のみなさんのキラキラした姿に力をもらう。
「阿南を草野球の聖地にしたいんです」と力強く語る田上さんの姿もまた、眩しかった。

四国最大級の野球場「アグリあなんスタジアム」。
「阿南市を草野球の聖地に」と日々奔走する田上さん。
阿南市那賀川町の道の駅に建てられた「89番野球寺」。四国霊場88カ所詣りの次だから89。8(や)、9(きゅう)という意味もある。

間に合った継承 阿波踊り竹人形

阿南市の伝統工芸、阿波踊り活竹人形。

新事業に挑むいっぽうで、伝統を守ることに力を注ぐ人物もいる。阿南市の伝統工芸「阿波踊り竹人形」を受け継ぐ松﨑孝さんに会いに行ってきた。
「私が竹人形の作成を始めたのは2010年のことです。商工会議所の呼びかけに応えて57歳で習い始めたんですよ」
当時、唯一技術を持っていた鶴羽博昭さんを講師に迎えて学んだ後、卒業生たちで「阿南市竹人形伝承会」を立ち上げた。鶴羽さんは昨年4月に88歳で亡くなられたが、今は弟子たちが技術を受け継いでいる。人形づくりに使われるのは五三竹といわれる竹の先の細い部分。
竹を取り、さばき、漂白するーー。準備には7日間ほどかかるのだと松﨑さんに教えてもらう。そのうえ人形にしていく作業は一つひとつが手作業なので、かなりの時間が必要なことを知る。
「いずれ下の世代に教えていかないといけませんね、伝統工芸は終わらせてはいけないから」
阿波踊り竹人形のほかにも野球人形をつくってみたりと、新たなアイデアを出しつつ伝統の継承に挑む松﨑さん。人形づくりの話を聞かせてもらっているはずなのに、いつしか人生の深いところを諭されているような気持ちになるのが不思議だった。
「光」という言葉は「希望」の2文字に置きかえられるーー旅をしている途中からそんなことを考えていた。
希望を持つ人がいるかぎり、未来は必ず明るいものになる。この町で出会った人々が、「夜の海から見る灯台の光」がどんなに明るいかを教えてくださった気がする。

松﨑さんに活竹人形を見せてもらう著者。光のまちステーションプラザでは人形づくりが体験できる。
仕掛けによって踊り出す活竹人形。「ア、ヤットサー、ア、ヤットサー」と思わずかけ声をかけてしまいそう。

環境と安全が第一 万全を尽くす姿勢

青空に溶け込むような橘湾火力発電所の全景。

J-POWER橘湾火力発電所が建つ敷地に一歩足を踏み込むと、まず建物の淡い色彩に目を引かれた。黄色、青色、緑色が明るい太陽光に照らされて、周辺の自然に美しく調和している。
「ボイラー建屋は阿南市の花、ひまわりの黄です。石炭バンカー建屋は徳島の名産である藍をイメージしていて、タービン建屋はスダチの緑だったでしょうか」
気さくな笑顔でそう教えてくださるのは菊池哲夫所長。環境に配慮して建てられた発電所内を、案内していただく。
今回は石炭を貯蔵するサイロ内を、特別に見せてもらえることになった。サイロは全部で8基あり、1基には約7万トンの石炭を貯蔵することができるのだという。
「サイロ内にはカメラが2台設置してあって、発熱による煙などの異常を常時監視しています」
サイロ内部は鯨の腹の中のように暗く、その大きさはなんと直径46m、高さ75m。底部にある払出し口から、石炭が出ていくジリジリという音が絶え間なく聞こえる。
こうして貯蔵された石炭は、年間で約460万トンが消費されるそうだ。
サイロ内を見学した後は、発電所の周囲に巡らされた防潮堤を歩いた。外周およそ2kmの防潮堤は東南海・南海地震に備えたもので、1年3カ月の月日を費やしてつくられたものだそうだ。
「安全対策において空振り三振はいいけれど、見逃し三振はだめなんです」
悔いが残らないよう、備えだけはしっかりしておかなくてはいけないと、菊池所長は話す。
環境や安全に万全の策を尽くす発電所の姿勢は、私たちの暮らしにも置き換えることができるはず。
今回も学びの多いルポとなった。

青空を突く高さ200mの煙突。
安全装備でサイロ内へ入る菊池所長と著者。
サイロ内部に保管された石炭。
輸送されてきた石炭を陸揚げするアンローダー。
陸揚げされた石炭を運ぶコンベヤー。
7万トンを保管できる8基の石炭サイロ。
サイロ上部。コンベヤーで運ばれてきた石炭は天井からサイロ内に落ちてくる。
1機105万kWの出力をもつタービンと発電機。
排ガス中に含まれる煤塵を除去する電気式集塵装置。
発電所を取り囲む防潮堤。
発電の仕組みが学べる「Jパワー&よんでんWaンダーランド」。

橘湾火力発電所
所在地:徳島県阿南市橘町小勝
認可出力:210万kW(105万kW×2)
運転開始:2000年7月(1号機)/2000年12月(2号機)

Focus on SCENE 四国最東端にある石のモニュメント

四国の最東端にある蒲生田(かもだ)岬は、四国でもっとも早く太陽が昇るため、元旦には初日の出を見る人々で混雑する。そんな蒲生田岬の遊歩道の入り口にある巨大な石のモニュメントが「波の詩(うた)」だ。徳島県阿南市が、自然溢れる蒲生田岬の新たなスポットにしたいと2010年に設置したもの。阿南市在住の彫刻家・大津文昭さんの作品で、波と風をモチーフにしたという。ハート形の大きな空洞には大人2人が座れるほど。モニュメント北寄りの砂浜はアカウミガメの産卵地として知られ、周辺の小中学生によって、保護活動が行われている。

文/豊岡 昭彦

写真 / 竹本 りか

PROFILE

藤岡 陽子 ふじおか ようこ

報知新聞社にスポーツ記者として勤務した後、タンザニアに留学。帰国後、看護師資格を取得。2009年『いつまでも白い羽根』で作家に。最新作は『海とジイ』。その他の著書に『手のひらの音符』『満天のゴール』がある。京都在住。