和船の伝統と技術を次世代へ 未来につなぐバトンパス
ダグラス・ブルックス

GLOBAL EYE 日本の魅力

新潟県佐渡の観光名物のひとつである「たらい舟」。丸くて大きなたらいのような形をした舟を見た時、後に和船研究家として活躍するダグラス・ブルックスさんは衝撃を受けた。
「私が学んだ西洋の船とは、形もつくりもまるで違っていました。和船は基本的に板で船体を構成し、補強のために梁を入れます。設計図面は一切存在せず、長さと幅を決めたあとは、船大工の勘と経験で造船していました。師匠に弟子入りして、間近で造船方法を学び、非常に驚きました」
和船に惹かれたブルックスさんは28年以上にわたって、名人とも言うべき7人の師匠のもとで造船技術を学び、文章や図面、写真やビデオなどで丹念に製作過程を記録してきた。それは、船大工として活躍するブルックスさんだからこそなしえた偉業だった。
「和船は、構造の巧みさも船大工の職人魂も魅力的。江戸(東京)の『猪牙舟(ちょきぶね)』、青森・下北の『しまいはぎ』、沖縄・伊江島の『サバニ』など、どれもがユニークで素晴らしい」
そうした和船づくりは今、危機的な状況にあるとブルックスさんはいう。実際、ブルックスさんがこれまで師と仰いだ伝統技術を持つ師匠は、皆70代以上。若者の職人離れ、地方離れが進み、次世代へ伝えるべき技術は、各巨匠の腕の中にひっそりとしまわれ、若い世代への継承は風前の灯なのだ。
「いわゆる『師匠の技術を盗む』修業方法、昔ながらの徒弟制度は、弟子が試行錯誤しつつ主体的に学ぶ素晴らしい制度です。一方で、今の時代、学校形式の学び方も必要でしょう。今後、両者を融合した造船学校を日本で立ち上げたいと思っています」
シンプルかつ優美な日本の木工芸を絶賛し、今後の人口減少と地方の衰退を本気で憂えるほど、日本をこよなく愛するブルックスさん。彼によって引き継がれた和船の伝統と技術、その真価と日本のものづくりについて、今こそ真摯に考えなくてはならない。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾

青森・下北半島の伝統和船「しまいはぎ(四枚矧ぎ)」。船側面の化粧板には、牡丹の花が彫られ、美しく彩色されている。この化粧板の伝統は、ハイテク機器を備える現代的な漁船にも今なお、引き継がれている。

PROFILE

和船研究家・船大工・作家
ダグラス・ブルックス

1960年、アメリカ生まれ。大学卒業後、サンフランシスコ国立海洋博物館の専属船大工を務める。大学時代の友人に誘われて1990年に初来日。たらい舟の技術を習得して以来、日本各地の和船技術の習得・記録に努める。『佐渡のたらい舟―職人の技法―』(財団法人鼓童文化財団、2003)など著書多数。