人間とロボットが調和する未来社会を見つめた技術開発

Opinion File

「心を持つロボット、その先は悟りを開いたロボットをつくるのが夢」という菅野さん。

ロボットの歴史と日本的な特徴

人工知能、いわゆるAIが急速に発達しつつある現在、各界でAIと人間の関係に注目が集まっている。そんな中で、人間にとってのロボットの存在をどう考えるか――。これまで日本のロボット研究を牽引し、人間共存ロボットの開発に取り組む早稲田大学創造理工学部総合機械工学科教授の菅野重樹さんは、日本と欧米ではそもそもロボットに対する考え方が違うと指摘する。 
世界初の人間の形に似せたヒューマノイド・ロボット「WABOT-1」がお目見えしたのは1973年。製作したのは、早稲田大学の加藤一郎教授のチーム。当時、中学生だった菅野さんは新聞でそのニュースを知り、ロボット工学への興味をつのらせ、加藤先生に学びたいとその門を叩いた。
「85年、茨城県で開催された国際科学技術博覧会、いわゆる『つくば万博』で、鍵盤を弾くロボットを展示しました。それ以降、研究室には外国からの研究者が殺到しました」
外国の研究者がまず驚いたのは、加藤研究室のロボットが人間の形を模倣した「ヒト型」をしていたことだった。欧米風の考え方では、ロボット(機械)は、人間が必要とする労力、労働の一端を任せればよいものである。それゆえ、形にこだわることはないし、人間に必要な作業を行い、人間よりも優れた労働力を提供すればよい。ロボットは、人間に貢献する道具だからだ。しかし、日本ではなぜわざわざヒト型をしているのだろうか。
「80年代、日本の自動車工場などに産業ロボットが導入された時、日本人は『ももえちゃん』、『せいこちゃん』などと名前を付け、人間と一緒に仕事をする仲間として受け入れました。それに対して、欧米では産業ロボットは人間の仕事を取り上げる存在として、反対運動が起こりました。この感覚的な受け止め方の違いが、今もなお、世界と日本のロボット研究のアプローチの違いを示しています」
菅野さんによると、古来日本ではアミニズム(※1)の伝統が息づいていたことが理由の1つだという。日本人は、万物にはそれぞれの霊魂が宿ると考えてきた。だからこそ日本では、ロボットは「人間の敵」でもなく、人間の役に立つ単なる「モノ」でもなく、むしろ共生する「仲間」とする素地があったのだ。
「もう1つ、大切なことがあります。人間社会で役に立つロボット、人間と共存するロボットのあり様を考えると、どうしても人間と同じ空間で過ごす存在として、同じような大きさで、同じような動作ができるロボットが望ましいという結論に行きつくのです」
人間と同じ空間で過ごし、人間の活動を補助するなら、ヒト型が一番望ましい。外国の研究者にそう説明すると、次第に納得するという。
「そもそもロボットとは何か。100人の研究者がいれば、ロボットの定義は100通りあります。しかし、この先、技術が進歩していけばいくほど、ロボットはますます人間に近づいていくでしょう」

人間共存ロボットの現在の性能と今後

身長146.7cm、重量111kg。台車型の全方向移動機構を持つ上半身型ヒューマノイド。家庭内での介助・補助を目的に製作。
人間共存ロボット「TWENDY-ONE」。丸みを帯びたやさしいフォルムが親近感を与えている。
人間と同等の自由度配置・関節構造で、指先を忠実に再現。全体は人間の手のように柔軟材に覆われている。

菅野さんは、世界で初めて卵を割るロボット「WENDY」をはじめ、知能・感情を持つロボット「WAMOEBA」シリーズ、人間共存ロボット「TWENDY-ONE」など、様々なロボットを開発してきた。その過程で、人間とロボットの違いとは何か、人間を人間たらしめているものは何かなどについても考えてきた。
「ロボット研究を突き詰めていくと、結局のところ、人間を研究することになります。ロボット工学を学ぶには、人間の体の機能や動き方を知ることはもちろん、進化の過程で獲得した形や仕組み、心の作用などについても学ぶ必要があるのです」
近年、AIの性能がどんどん上がり、シンギュラリティ(※2)という言葉も聞かれるようになっている。しかし、菅野さんは、人間のように複雑で多彩、繊細な動作ができるロボットは、まだまだ当分は現れないという。
「人間の役に立つ人間共存ロボットの開発・研究を進めていますが、壁がいくつもありま す。現在のロボットは、ある限られた作業はできるが、人間の多様な動きをすべて同じようには行えないのが現状なのです」
例えば、介護する人の負担を軽減するために、介護施設や病院などでロボットが活躍するのではという期待がある。しかし、現在のところ、ロボットはそう簡単に人間の代わりは務まらないという。
例えば、立ち上がろうとする人を支える時、人間ならばその人の体の調子や体の動かし方、タイミング、表情などに合わせて、無意識のうちに力をコントロールして介助する。しかし、ロボット(コンピューター)は、たとえディープ・ラーニング(※3)の機能があったとしても、状況に合わせて適切に行動をすることが難しいからだ。
「ディープ・ラーニングに注目が集まっていますが、必ずしも万能というわけではありません。なぜなら、AIが学びとる対象が限られているからです。人間には数値化できない、本人もあまり意識しない感覚的な動作や、微妙な力加減などの情報がたくさんあります。今後、共通性、汎用性を見出す能力が上がれば、次の段階が見えてきますが、簡単ではありません」
たとえ、立ち上がる人を支える機能が完璧に備わったとしても、そのロボットが食事や着替えなど、別の介護をするには、さらにそのための機能やシステムが必要となる。つまり、まだ1人の人間のようには、ロボットは複数の動作をこなせない。シーンやニーズに合わせて様々な役目をこなすロボットをつくるには、さらなる技術の向上や画期的な開発が必要なのだ。

ロボットから考える人間の心と本質

人間共存ロボットの開発を進める一方で、菅野さんはロボットに心が発生する可能性についても研究を重ねている。知能・感情を持つロボット「WAMOEBA」シリーズの研究では、「心」をあらかじめプログラミングして埋め込むのではなく、ロボットに自発的に心が出現するかどうかに焦点を当てている。
「大学院生に毎年、こんな問いを出します。隣に座っている学生が、ロボットではなく人間だとどうやって説明するか。あるいは、自分がロボットではないとどうしたら説明できるか。みんな、悩みますよ。哲学者のデカルトは『我思うゆえに我あり』と言いましたが、人間が人間であることをどう証明するか、答えは簡単には見つかりません。その一方で、ロボットがどんどん人間に近づき、人間のように複雑な動きをするようになれば、ロボット自身が『我思うゆえに我あり』と思う日が来るかもしれません。その可能性はゼロではないし、否定もできないでしょう」
動物も人間も自己保存本能、つまり本能的に生きようと努力する。ロボットも自分にとって良いことが起きるように自ら選んで行動するなら、そこには人間の心や感情、意思に近いものがあると言えるのではないかと、菅野さんは考える。
「例えば、ロボットが動き回ってバッテリーが少なくなったとしましょう。『このままだと動けなくなってしまう。すぐに充電しなくては』と考え、急いで充電器に向かった。その急ぐ様子を見ていた周りの人間が、『慌てているぞ』、『困っている』と認識すれば、そのロボットには感情があると解釈することも可能です」
人間とは何か。心とは何か。菅野さんのロボット研究は、単なるものづくりではなく、社会学、哲学、生命・倫理学など、広い分野と結びつき、人間の本質に迫る。それだけに、これからのロボット研究には、工学やコンピューターはもちろん、医学、バイオテクノロジー、心理学、宗教など、様々な知識や教養が必要だ。
「脳をはじめ、人間の体の構造や機能については、まだまだ解明されていない部分がたくさんあります。ロボット研究を通じて、『人間の体のこの部分は、実はこういう仕組みだったんだ』と気付くことも多いはず。つくってみることが、次につながっていくのです」
新しいものを生み出すアイデアは突然、天から落ちてきたり、何もないところから急にひらめいたりすることはないという菅野さん。様々な経験や実績の積み重ねという下地があってこそ、新しい技術やシステムにつながっていくのだ。
「ロボットの構造自体も人間に近づけていくべきだと考えています。例えば、今のロボットには、人間の循環器系にあたるものはありません。循環器系を備えたロボットをつくれば、そこからまた新しい発見があるかもしれませんね」
菅野さんは、少子高齢化のグラフや資料を見て、急速な速さで日本社会が変化していくと危惧している。
「様々な分野で人手不足を補うために、工場の産業ロボットだけでなく、今後人々の暮らしの中でも人間共存ロボットが本格的に必要とされるでしょう。東日本大震災をきっかけに注目が集まった災害用ロボットの研究も、社会の安全のために続けられるべきです。さらに、災害用ロボットを活かした安全対策の仕組みも整えていかなければなりません」
AIがますます発達する近未来社会では、世界中で人間とロボットの関係が新しく構築されるだろう。その際、ロボットを「いのち」あるものとみなし、ともに生きようとする日本の文化には、どう影響するのか。世界から注目が集まる日本のロボット研究から、目が離せない。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1アミニズム
    生物・無生物を問わず、あらゆるものに霊魂が宿るとする思想。
  2. ※2シンギュラリティ
    人工知能(AI)が人類の知能を超える転換点(技術的特異点)。または、それがもたらす世界の変化のことをいう。米国の未来学者レイ・カーツワイルが2005年に出した『The Singularity Is Near』(邦題『ポスト・ヒューマン誕生』)で提唱した概念。
  3. ※3ディープ・ラーニング
    深層学習。コンピューターによる機械学習。コンピューター自らがデータに含まれる潜在的な特徴をとらえ、より正確で効率的な判断を実現させる技術や手法。

PROFILE

菅野 重樹
早稲田大学
創造理工学部
総合機械工学科教授

すがの・しげき
早稲田大学創造理工学部総合機械工学科教授。1958年生まれ。ロボット研究者。早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、同大学大学院博士後期課程単位修得退学、早稲田大学理工学部助手に。1989年、鍵盤楽器演奏ロボットに関する研究により工学博士に。早稲田大学専任講師、助教授を経て、1998年、同教授。2001年、早稲田大学WABOT-HOUSE研究所所長。世界初の卵を割れるロボットハンドを持つ「WENDY」、人間共存型ロボット「TWENDY-ONE」などを開発。自動化推進協会理事長、計測自動制御学会会長などを歴任。専門は知能機械学(人間共存ロボット、ロボットの知能と感情)。平成29年度文部科学大臣表彰(科学技術賞・研究部門)受賞。