新しいワーク・ライフ・バランスで幸せを追求する
正能 茉優

Opinion File

「したいことだから、好きだから」が行動の基本。ソニーの仕事もハピキラの仕事も楽しいという。

自分らしい生き方と時間配分を考える

学生時代に友人と「ハピキラFACTORY(以降、ハピキラ)」を起業した正能茉優さん。大学卒業後は、ハピキラの社長業を続けながら企業の社員として働く道を選び、現在はソニー株式会社に勤務している。その働き方は「パラレル・キャリア(複業)」と呼ばれ、今注目を浴びている。
一企業に属する正社員が、他の仕事で社長業を兼務する――。その新しい生き方、働き方に、違和感を抱く向きも多いだろう。「働く=自分の所属する会社で一生懸命仕事し、貢献すること」が当然という多くの人にとって、理解は難しいかもしれない。
しかし、今どきの20代、それも真剣に自分の生き方を考えている若者の中には、違う価値観を持っている者が現れている。正能さんは、自分の生き方、時間の使い方についてこう語る。
「自分にとって、どう働くのが幸せか。私にとってはソニーでの仕事も大事、学生時代に起業したハピキラも大事なのです。もちろん、家族や友だち付き合いなど、仕事以外の要素も同様に大切にしたいと思っています」
正能さんは、自分なりの人生配分表をつくっている。それによると、ソニーの仕事は30%、自身が社長を務めるハピキラの仕事も30%、家族7%、恋愛7%、昔からの友人6%、仕事上の人脈づくり5%、それ以外は個人的な趣味などに充てると決めている。
「例えば、私の中でソニーの仕事は30%とすると、1週間あたりこれくらいの時間を使えるということが明白になります。それをもとに、スケジュールを管理していきます」
複業しながら、プライベートの時間も大切にする。正能さんは、それを実現するためには、自分が持つ時間の価値を最大限高めることが必要だと語る。
「自分の1時間あたりの価値を最大限高めて利用するには、自分は得意なことや好きなことをやり、苦手なことはアウトソーシングするのがよいと考えています」
正能さんが苦手なのは、洗濯と領収書の整理。どちらもアウトソーシングすることで、浮いた時間を有効に使っている。
「モタモタと洗濯をしている時間や、領収書の整理に戸惑っている時間を考えると、お金で解決したほうがずっと効率的です。もちろん、お金はかかりますが、例えば、税理士さんに領収書の管理をお願いするお金を、自分の得意なことや好きなことで稼ぐと思えば、仕事を頑張れるし、効率だっていいと思います。不得意なことに延々と時間を使うより、そのほうが効率がよいと思います」

ハピキラは、学生時代の友人・山本峰華さん(前列右)とともに2人で起業。

互いに響き合う2つの「正業」

本当は、得意なことだけをやっていたいが、それでは自分の幅が広がらないため、好きなこと、おもしろいと思うことにも積極的に挑戦するという正能さん。今、興味があるのは、それまでほとんど関心がなかったテクノロジーの分野だ。
「ソニーに入社して、AIや様々なテクノロジーなどについて教わったり、関係者に会ったりしたことで刺激を受け、興味が湧いてきました」
ソニーでは「こんな体験を実現したい、お客様に届けたい」という想いと、社内に眠っている技術をかけ合わせて、商品開発に取り組んでいる。長年、ソニーが培ってきた技術や基礎研究などをもとに、どういうコンセプトで、誰に向け、どういう商品をつくるか――。その仕事には、自身の会社「ハピキラ」の経験が大いに役立っている。
正能さん曰く、「ハピキラは、地方のすぐれた商品をかわいくプロデュースして、都会の若者に届ける会社」。地方の商品を発掘し、商品としてのコンセプトを考え、ターゲットを絞り、販路を切り拓く。
「どこで売るか、つまり販路の獲得という前提がある上で、誰に売るか、そのためにはどういう商品をつくるのかという順序でものを考えていかないと、行き詰まってしまいます。それは、ハピキラの仕事を通じて、身をもって知りました」
価値の発掘、再定義、販路の開拓、宣伝PR……。「つくる・広める・売る」を、自らの手で行ってきたからこそ、採算ベースに乗せるまでの時間や資金を予測したり、販路の開拓の仕方やPRのタイミングなどを考えたりする力が身についたという。
現在、ハピキラでは、「MY農家BOX」という事業に取り組んでいる。旬のおいしいフルーツを食べたい若者と、販路を開拓したい農家を直接結ぶシステムである。
「もともと、ハピキラではお菓子やお酒などを扱ってきました。でも、1次産品(加工されていない農林水産物)ときちんと向き合わない限り、地方経済は元気になりません。『MY農家BOX』では、1万円を払うと、年に3回、旬のおいしいフルーツが農家から届きます。そこには、農家のフェイスブックやLINEなどのIDを添えています。どうぞ農家と直接やりとりしてください、仲良くなってくださいという気持ちを込めています。若者と農家の仲人をしているような感じですね」
なぜ、フルーツを選んだのか。
「野菜とは違い、フルーツなら料理が苦手な人でも調理せずにすぐに食べられ、友だちや同僚などにプレゼントしやすいからです。今後は、『MY漁師BOX』、『MY酪農家BOX』など、様々な分野に展開していくことも考えています」
ソニーでの仕事とハピキラの事業。正能さんの中では、どちらかが正業でどちらかが副業というわけではなく、それぞれの仕事での経験や刺激が、「正能茉優」というビジネスパーソンをつくりあげているのだ。

周囲とのコミュニケーションが自分らしい働き方を支えるカギ

自分の生き方を堂々と主張する正能さん。しかし、当然ながら、そんな彼女には風当たりも強い。「どうして、そんな働き方をするんだ」と批判されたり、怒られたりすることもある。
「最初は、なぜ分かってもらえないんだろう、古い考えに縛られている人たちだなあと思っていました」
周囲の人との仕事観、人生観の違いを認めてほしいという思いから、「私を違う国の人間だと思ってください」と訴えたこともある。
しかし、歴史を見ると、文化や習慣の違いから、もめごとがおこるケースは多い。そして、深刻に対立するか、理解し合うか、どちらかの道を歩むことになる。
正能さんが選んだのはもちろん理解し合うほうの道だった。では、そのために、どうすべきか。
正能さんは対話が必要と考え、これまでのように「自分を理解してくれない」と相手を一方的に責めないと心に決めた。
「変化を嫌う相手にも、相手の考え方があり、価値観があります。それを批判するのではなく、こちらの気持ちや考え、私の価値観を説明しなければ、永遠に分かり合えないと気付きました。私は、ソニーで片手間に働いているわけではありません。周囲の皆さんと同じように、ソニーの仕事は自分にとって大事であることを伝え、行動で示していかなければならないと思っています」
今、正能さんは、周りに理解を求めて対話し、スタッフと一緒にランチに出かけるなど、日頃から周りとのコミュニケーションを大切にしている。ハピキラで得た人脈をソニーの仕事仲間に快く提供もする。
「困っている人がいた時、自分が力になれそうなら貢献したいし、自分が持っている人脈やノウハウは、自分のためだけではなく、ほかの人のために使いたいなと思っています」
正能さんのパラレル・キャリアを下支えしているのは、どんな分野の仕事においても大切なコミュニケーション力なのだ。
「私は、走りながら考えるタイプ。考えきってから動くことが苦手です。でも、商品開発の現場では、コンセプトをじっくり比較検討して考える作業が必要な場合も多いんです。様々な考えや能力を持つ社員がいる中で刺激を受けながら、周りへの感謝の気持ちを忘れずに働いていきたいと思っています」

今後、変化があっても人生に満足していたい

講師として、起業体験から得た知識やビジネスの方法論を話す正能さん。人材育成は、 今、気になっていることの1つ。
1泊2日の慶應義塾大学の研究プロジェクトに、「先生」として参加。学生との交流は、 新しい刺激になった。

正能さんは、パラレル・キャリアという生き方を他の人にも勧めたいとは考えていない。人によっては過労死につながる場合もあるだろうし、周りとの軋轢に耐えられない場合もあるかもしれない。
そもそも、これまでの会社員のように1つの仕事に専念する働き方であれ、複(副)業を持つ働き方であれ、その人が選んだ働き方を尊重すべきだと考えている。
「私の父は、いわゆるモーレツ社員で、1つの会社で仕事に専念し、プライベートよりも仕事を優先するような働き方をしてきました。母はそんな父を支え、家庭を守る専業主婦です。私の働き方や生き方は、父や母のスタイルとは違うけれど、彼らの生き方を否定するつもりはありません。それも1つの選択だなと思います」
大切なのは、自分が何をしたいのかだという正能さん。自分なりの幸せと成功を定義すべきだと提言する。
「私は『ビュッフェ・キャリア』と呼んでいるのですが、ホテルのビュッフェのように、好きなものを、好きなだけ、好きなバランスで食べるのが幸せの基本だと思います。今は、2つの仕事、家族や友だちとの時間、趣味の時間など、自分の中のバランスが大切。巨万の富を築きたいとか、ハピキラを上場するような大きな会社にしたいとか、そんな『成功』は求めていません」
自身のライフ・ワーク・バランスは満足度100%だという。今後の仕事における目標は、ソニーでは「もう一度『世界のソニー』と呼ばれるような、画期的で世界に誇れる商品をつくること」、ハピキラでは「人材を育てるための枠組みをつくること」だ。
ただし、結婚や出産、子育てなどのこれからのライフステージによって、自分自身のやりたい仕事や好きなことも変わっていくだろうとも思っている。そうした変化は当たり前のこととして受け止めるが、「自分がどうしたいか、どうしたら満足のいく生き方ができるのか」という視点は、ずっと持ち続けていたいという。
「最近、3つ目の『やりたいこと』を見つけました。母校である慶應義塾大学の研究プロジェクトをつくっているのですが、教育っておもしろいなと気づいたのです。こちらの知識を教える、授業をするというより、学生と一緒にプロジェクトを回していくという感じですが、なかなか自分の想定を超える場になるので面白いです」
持ち前の前向きな考え方とひたむきさに、しなやかさを加えて、正能さんはイキイキと自分の人生を生きていく。
終身雇用が崩れ、働き方改革が叫ばれる中、幸せとは何か。確固たる信念を持って生きる彼女のように、いま一度、自分の価値観を見直し、働き方や生き方を考えたいものだ。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾

PROFILE

正能 茉優
株式会社ハピキラFACTORY
代表取締役社長
ソニー株式会社 商品企画担当

しょうのう・まゆ
1991年、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中の2012年、地方の商材をかわいくプロデュースし発信する株式会社ハピキラFACTORYとしての活動を開始。大学卒業後は、広告代理店に就職。現在は、ソニー株式会社で新規事業・新規商品の開発に携わる一方で、ハピキラFACTORYの経営も行う。
経済産業省「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する研究会」の委員や、北海道天塩町「政策アドバイザー」なども務める。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。