一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで――出典:映画『千と千尋の神隠し』銭婆(ぜにーば)のセリフ
岡本 真帆

Power Of Words 私の好きな言葉

歌人 岡本 真帆

日常の何気ない風景、誰かと交わした言葉、ずっと覚えていたい心の揺れ。そんなはかないものを丁寧に掬(すく)い取るように詠んだ短歌集『水上バス浅草行き』が多くのファンの心をとらえている歌人の岡本真帆さん。上記の言葉は、自身が短歌をつくる時に大切にしている姿勢と重なる。

「どんな些細な経験も、無駄なものはないと思います。自分の中に蓄蔵されたものを見つめ、それらを残しておきたいという思いを込めて歌をつくっています」

短歌をつくり始めたのは社会人になってから。実は、学生時代に「自分にも、すぐに天才的な短歌が詠めるのでは」と思い、チャレンジしてみたが、それほど上手くいくわけもなく挫折。しばらく短歌という表現を遠ざけていた。しかし、広告制作会社で、コピーライターとして短い言葉を扱う仕事を経験する中で、自分なりの表現ができるのではないかと、再び短歌と向き合った。

「歌をつくる時に意識しているのは、自分自身に嘘をつかないこと。書いた言葉に対して本心からそう思えるか、本当に同意できるかどうかを確かめるようにしています」

同時に、表現がひとりよがりにならないようにも気をつけている。鑑賞する人に何を伝えるか、受け取りやすい形になっているか、じっくり検討している。

「短歌を鑑賞して、思い描いた景色や気になった言葉について周囲の人と話すと、きっと自分と他人の違いが浮かび上がってくると思います。それをコミュニケーションのきっかけにしてもらえたらうれしいです」

今は、短歌を詠むことが楽しくて仕方ないという岡本さん。今後、彼女からどんな歌が生まれ、心の琴線を揺さぶってくれるのか。早くも次の歌集が待ち遠しい。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾

PROFILE

歌人 岡本 真帆

おかもと・まほ
1989年、高知県生まれ。四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。2022年、初めての短歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)を刊行。現在、東京と高知で二拠点生活をしている。リモートワークで仕事をしながら、短歌にいそしむ日々を送っている。