コンピューターは荒野をめざさない
寺島 実郎

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ChatGPTをはじめとする生成AI(テキストや画像、音楽などのコンテンツをつくる人工知能)に注目が集まっている。ChatGPTは、「大規模言語処理深層学習モデル(Large Language Models)」という、大量のテキストデータを使って学習された自然言語処理技術を用いており、入力された文脈に基づき、確率的に合理性の高い言葉を予測して文章を生成する。

生成AIは、能力の拡張という意味で人間にとって光明であることは確かだが、同時に影の部分もあることを理解しておく必要がある。

実際にChatGPTを使ってみて気づくのはまず、生成されたテキストが必ずしも正確とは限らないこと。2つ目には、どのようなデータが読み込まれたのかがわからず、結果責任が不明だ。

これから情報量が拡大していくので、機能が向上していくことは間違いないが、現状では、明らかに情報量に限界があり、技術的自律性もないということがわかる。したがって、生成AIを有効に活用するためには、質問者に課題設定力が求められる。どのような意図、立場、条件で、どのような回答をめざして質問しているのかを明確にすることが必要だ。

重要なのは、「認識と意識」を理解して使うことだ。将棋の最善手を見つけるというような「目的手段合理性」、すなわち「認識」のために生成AIを稼働させるならば、情報量がどんどん増えれば増えるだけ正確さは増し、人類にとって役に立つものになるだろう。

だが、人間は認識だけで行動する生物ではない。人間が人間らしく生きるためには「意識」の力が重要なのだ。意識の中でも、目・耳・鼻・舌・身といった身体的意識については今後、AIが感知能力を高めていく可能性は多いにある。だが、最も人間らしいといえる美意識や愛、友情、理念、条理、宗教といった「価値意識」は、AIも最後まで獲得することはできないと思われる。

例えば、人間は友情のためには損をするとわかっていることでもやってしまうことがある。AIは合理的判断をするためのツールだから、損をすることは絶対にしない。だが、不合理であることがわかっていても自分の「価値意識」に沿った行動を取るかもしれないところにこそ人間のポテンシャルがある。

五木寛之氏の『青年は荒野をめざす』という小説がある。だが、コンピューターは荒野をめざさない。なぜなら、リスクがあって、何の得にもならないかもしれないことは止めた方がいいというのがAIというシステムだからだ。今後我々は、AIを活用しながらも、創造力や企画力といった「価値意識」を活用した能力を研ぎ澄ませていく必要がある。

(2023年5月26日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『ダビデの星を見つめて 体験的ユダヤ・ネットワーク論』(2022年、NHK出版)、『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)など多数。メディア出演も多数。
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