誰もが心地よく暮らせる「知縁」でつながる街
山本 遼

Opinion File

「FIRE(経済的自立と早期リタイア)した後にやりたいと思うことを、今チャレンジしたい」と話す山本さん。

65歳以上に特化した不動産会社を立ち上げ

その女性が店舗に現れたのは、山本遼さんが愛媛県の不動産会社に就職して2年目、東京に転勤になってからすぐのことだった。80代でありながら矍鑠(かくしゃく)とした様子の女性は、すでに4軒の不動産会社に門前払いされたという。多くの不動産会社は高齢者と賃貸借契約をしたがらない。断るのが業界の常識だったが、「客としてまったく相手にもしてもらえなかった」という女性の話を聞いて、心が動いた。このまま帰すわけにはいかない。しかし、紹介できる物件を求めて各所に電話をかけるも、200件の問い合わせに対して借りられる物件はわずか5件しか見つからなかった。

「こんなに断られるものかと、頭をがつんと殴られたような気持ちになりました」

これまで高齢者に対して自分も当たり前のように断ってきたが、本当にそれでよかったのか、山本さんが思い直すきっかけとなったできごとだった。

「無事にお部屋が見つかり、お引っ越しの際にアパートまで鍵を持って行きましたが、その女性がタクシーから大きなテレビを持って降りてこられたんです。『引っ越しの間は暇だからテレビでも見ようと思ってるの』とおっしゃるのでびっくりして。息子さんのお店を手伝っていると聞きましたが、とにかくお元気でパワフル。収入があって、健康で、家族も近くにいる。年齢を除けば、私たちと何ら変わりがない。だからこそ、この現状に大きな疑問を感じたのです」

その後、高齢者への賃貸仲介事業を進めることができないか、役員会で提案の機会を得た山本さん。熱を込めてプレゼンするも、役員たちの反応は鈍かった。

「それはすごく大事なことだし、やっていくべきことだと思う。でも、儲かるの?」

「今やることではないよね」云々。

新しいことに挑戦する気風のある会社だったが、高齢者への壁は厚かった。この壁を突破するよりも、自分で事業を起こしたほうが早く実現するのではないかと立ち上げたのが、「R65不動産」だ。

「まずは65歳以上の住まい探しをサポートするサイトを立ち上げました。シニア不動産、高齢者不動産といった名称のほうがわかりやすかったかもしれませんが、事業のきっかけとなった80代の女性と出会い、自分たちと変わらないと思ったことが深く印象に残っていました。だから、ただ単純に、対象者の年齢を示すのが相応しいと思ったのです。それに、自分のことを『高齢者(※1)』だと思っていない方もたくさんいらっしゃるはず。自分も『おじさん』と呼ばれる年齢になってきましたが、人に言われるのは嫌なものです(笑)」

保険と見守りサービスで賃貸借契約のリスクを軽減

R65不動産のポータルサイト。40社のパートナー企業の物件も紹介し、住まいの選択は全国に広がっている。
高齢者というだけで難色を示す不動産会社はまだ多い。

事業を立ち上げた当初は問い合わせがほとんどなく、「半年ほどぶらぶらしていた」という山本さん。その間、様々な人に会ってアドバイスをもらった。とある先輩からの指南で介護施設を回り始め、都内の施設を100カ所訪ねたこともある。95カ所は空振りだったが、5カ所だけ、毎月1人くらい部屋を探している人がいるが、なかなか見つからずに困っているという施設があった。こうした地道な活動から徐々に問い合わせが増えていき、この事業に関心を寄せてくれる人の輪も広がって、R65不動産の認知度は少しずつ上がっていった。

しかし、高齢者でも借りられる物件を探すことは、想定通り、苦難の連続だったそうだ。そもそも、なぜ高齢者に賃貸住宅を貸したがらないのか。そこには大きく3つの問題がある。

1つ目は孤独死(※2)。事故物件になると、次の借り手が見つかりにくくなるといったリスクを伴う。2つ目は入居中のトラブルで、認知症を発症してご近所に迷惑をかける可能性や、家賃を払い続けられるのかといった不安が拭えない。3つ目は、高齢者には貸したことがない、だから断るのが常識という業界全体の不文律のようなものが存在していることだ。R65不動産は、不動産仲介に付随する事業を広げることで、こうした課題に対応するための方策を模索してきた。

「孤独死の問題に対処するため、電力会社と協力して、電気のメーターを利用した見守りサービス(※3)を実施しています。30分ごとに電気の使用量を測定し、その数カ月分の記録から普段と異なる電気の使用量を検知したら通知するというシステムです。このサービスであれば、設備投資費用が抑えられ、監視カメラなどと違ってプライバシーの問題もクリアできます。また、万が一、お部屋で亡くなった場合も、原状回復の費用などを保証する保険を整備しています。見守りと保険をセットにしたサービスを提供することにより、大家さんの不安を解消し、高齢者はより多くの物件にアプローチすることができるようになりました」

さらに、もっと多くの物件情報を届けたいという思いから、R65不動産のビジネスモデルを全国規模で展開する「パートナー不動産」を募集。現在、40社の不動産会社がパートナーとしてR65不動産のポータルサイトに物件情報を掲載している。高齢者の豊かな暮らしを実現したいという想いが全国で芽吹きつつあるのだ。でも、「まだ40社だけ」なのだと山本さんは言う。

「現在、不動産会社は13万社ほどあります。これはコンビニエンスストアよりもずっと多い数。それなのに、まだ40社しかパートナーさんがいないというのは、憂うべき状況だと考えています」

山本さんによれば、高齢者のうち6人に1人が賃貸住宅を借りている。その数約400万世帯。ちなみに大学生の総数は約270万人で、そのうち賃貸住宅を借りているのは6~7割、200万人にも満たない。高齢者のマーケットがいかに大きいかということがわかる。しかし、同時に、最も難しいマーケットであるともいえる。

「高齢者には賃貸住宅を貸さないという風潮は根強いものがあります。中には、大家さんがOKを出しているのに、管理会社や不動産会社が入居を拒むケースもある。この事業で一番難しいと思うのは、人の意識を変えることだと痛感します。でも、ここをクリアできれば、例えば外国人の方、身体に障がいがある方、LGBTQ(※4)の方など、高齢者ほど困難ではないけれど、やはり賃貸住宅を探す際に困っている多くの方々の突破口になるかもしれない。そんな期待を抱いているんです」

貸主や不動産会社の担当者には、部屋の内見に立ち会ってもらったり、店舗に来てもらったりすることもある。高齢者と一括りにするのではなく、実際に会うことで、心理的なハードルを取り除く一助になると考えているからだ。

共同書店には現在40人の棚主がいる。それぞれの個性が映し出された本棚を見るだけでも楽しい。
北千住にオープンした共同書店「編境」。人と人との境界を編む場所にしたい、との想いが込められている。

シェアハウスを拠点に人と人がつながる街を

北千住のシェアハウス「アサヒ荘」にはクリエイターが多く暮らしている。毎月、住人たちが企画するイベントで盛り上がる。

山本さんの挑戦は、不動産業にとどまらない。現在、15棟のシェアハウス(※5)に加えて、北千住(東京・足立区)で棚貸しの共同書店を運営。以前は、東京・世田谷区の松陰神社付近で日替わり店長が切り盛りするスナックも開いていたそうだ。

「共同書店もスナックも、一人ではできないけれど、誰かとシェアすることで可能になる。自分が立てるステージを探している人は案外多いんじゃないかと思っているんです。5%の労力で80点くらいのものをみんなでつくる、そんな考え方で進めていけば、たくさんの人がステージに立つ機会を得られるかもしれません」

共同書店に70代の女性が来た時のこと。本を購入するわけでもなかったが、1時間ほど話をして、「3年ぶりに人と雑談をしました。こんなにしゃべったのは、本当に久しぶり」と笑顔を見せて帰ったという。中には、本に詳しいお客さんが、店員に対して本に関する熱弁を振るうこともある。ここは、お客さんにとってもまた、ステージが与えられる場所なのかもしれない。

山本さんは現在、自らが運営するシェアハウスで暮らしている。15軒のシェアハウスは、クリエイターが集まるシェアハウス、国際協力の仕事に携わる人が暮らすシェアハウスなど異なるコンセプトをもち、個性豊かな住環境を展開している。

「私は就職後に上京したので、東京に友だちがほとんどいませんでした。唯一、東京にいた友だちがシェアハウスに住んでいて、遊びに行ったら、住人同士の利害のない関係性がとても心地よく感じました。そこからシェアハウスの運営を始め、住民としても関わるようになりましたが、今、自分の家がすごく楽しいんです。こうした人とのつながりによって成り立つ『小さな街』を、シェアハウスを拠点につくれないだろうか。最近はそんなことを考えています」

日々の生活に幸せを感じ、「このままおじいちゃんになりたい」と話す山本さん。数十年後の未来を考える時、いつも思い浮かべるのは79歳で亡くなった祖母の姿だ。

「薬剤師だった祖母は、がんで亡くなる2年前まで自営の薬局で働いていました。薬を1つ売るにもじっくり時間をかけて丁寧に話を聞く。近所の人からも慕われ、子どもながらに格好いいなと憧れていました。R65不動産を始めたのも、私が歳をとった時に、住む場所も含めていろいろな選択肢がある世の中であってほしい。そんな願いもあったのです」

「地縁」を避けて東京に出てくる人は多いが、山本さんが今注目しているのは「知縁」だ。「知っている縁、知縁でつながることは、とても快適だし、人間っぽい。知縁でつながることができる場所を、街の中にどんどん増やしていきたいんです」

年齢などの属性に関係なく、人と人とが縁をつむぎあう。あちらこちらに知縁が広がる街が、山本さんの理想だ。


取材・文/脇 ゆかり(エスクリプト)、写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1高齢者
    日本の65歳以上の高齢者の数は3,627万人、総人口の29.1%を占める(2022年9月15日現在:総務省統計局)。
  2. ※2孤独死
    誰にも看取られることなく、1人で亡くなること。地域社会とのつながりの希薄化や経済的困窮などが原因として挙げられる。その数は年々増加し、社会問題となっている。
  3. ※3電気による見守り
    入居者のプライバシーを侵害しないように、AIが電気の使用量に基づき見守るサービス。
  4. ※4LGBTQ
    レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クィアまたはクエスチョニング(=性的指向・性自認が定まらない人)の頭文字をつなげた略語で、性的マイノリティを総称する。
  5. ※5シェアハウス
    1つの住居を複数人でシェアして暮らす賃貸住宅。キッチンやリビング、バスルームなどを共有することが多い。山本さんが運営するシェアハウスのようにコンセプトが明確なタイプも増えている。

PROFILE

山本 遼
株式会社R65代表取締役

やまもと・りょう
株式会社R65代表取締役。1990年、広島県生まれ。2012年、愛媛大学工学部を卒業後、愛媛県内の不動産会社に就職。2016年にR65不動産を法人化(株式会社R65)。65歳以上を対象とした賃貸住宅を取り扱って話題となる。「高齢者賃貸」に関する講演のほか、「ガイアの夜明け」をはじめ多数のメディアに出演。現在はシェアハウス15棟に加え、棚貸しの共同書店を運営。高齢者の住まい探しや街づくりについて発信を続けている。