やさしさのない人とは、相手ができないことを求める人です。――フランソワーズ・サガン『サガンの言葉』
佐原 ひかり
Power Of Words 私の好きな言葉
小説家 佐原 ひかり
生きていく息苦しさや痛みを抱える人の心の動きを繊細に描く小説が、多くのファンを魅了している作家・佐原ひかりさん。二十代の半ばに、「やさしさ」について考えていた時に出合ったのが、上記の言葉だ。
「古今東西、やさしさについての定義や表現はいろいろありますが、この言葉はストンと腑に落ちました」
例えば、会社の上司が部下に、先輩が後輩に、親が子に、自分ができることは相手もできるはずと単純に思い込むことは、相手を踏みにじることにならないか。人それぞれ、置かれている状況や立場が違うし、能力の違いも向き不向きもある。それらを意識せずに、相手ができないことを求めるのは、サガンが指摘する通り、「やさしさ」に欠けている。
佐原さんは、そんな当たり前だが、つい忘れがちな視点を持ち続け、「やさしく」ありたいと願っている。
「私自身、偏食気味で魚が食べられません。旅行先のお店で、おつくりを勧められましたが、苦手なものはやはり苦手。苦い思いをしました。隣の人は自分とは違う人間、一瞬でもいいからそれを思い出すこと、意識することからしか『やさしさ』は生まれないと思います」
今後も、周囲の環境や大人の影響を受けやすい子ども、少数派の人々の側に立ち、人の弱さや“できない”ことに寄り添っていきたいという佐原さん。
「世の中には、暴力や貧困など、苛酷な現実がたくさんあります。私は一人の作家として、そうした厳しい現実があることを認識し、それに抗うように物語を書いていきたいのです」
様々な困難に苦しむ人々が「ふぅっ」と息をつけるように、その存在をそっと受け止める佐原さんの小説。その温かさに触れれば、明日を生きる勇気が湧くに違いない。
取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾
PROFILE
小説家 佐原 ひかり
さはら・ひかり
1992年、兵庫県生まれ。2017年『ままならないきみに』で第190回コバルト短編小説新人賞を受賞。2019年、『きみのゆくえに愛を手を』で第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞し、改題した『ブラザーズ・ブラジャー』で作家デビュー。その他の著書に『ペーパー・リリイ』、『人間みたいに生きている』などがある。