幸福を掛けるハンガーを世界に
中田工芸株式会社

匠の新世紀

中田工芸株式会社
兵庫県豊岡市

これまで数千種類のハンガーを製造してきたという中田工芸のハンガー。上から、もっとも生産量の多いAUT-05、輪島塗りを施したWJ-01A、別注ハンガー。

アパレルブランドのショップや有名旅館・ホテルなどで使用される木製ハンガー。
現在、国内で製造している唯一のメーカーが兵庫県豊岡市にある。
海外でも高い評価を受ける同社を取材した。

アパレルブランドの困難な要求に応えて77年

中田工芸を代表するAUT-06Mは、左右の木部を中央で接着して製造されている。
中田工芸株式会社
代表取締役社長
中田修平さん

「ハンガーには、洋服だけでなく、幸福も掛けてほしいという願いを込めて、ギフト用アイテムとしてお薦めしています」

そう語る中田工芸株式会社代表取締役社長の中田修平さんは、同社の三代目だ。

同社は兵庫県豊岡市で創業、アパレルやホテルなどの企業を対象に木製ハンガーを納入してきた。2007年、先代社長の時代に、東京・青山にショールームを開設するとともに、個人向けの販売も本格的にスタートさせた。

中田さんはそれを機に「自分にもできることがあるのではないか」と、跡継ぎとなることを決意。働いていた米国から帰国し、自社での修業を開始、17年に代表取締役社長に就任した。

「中田工芸は今年で創業77年になる木製ハンガーのメーカーです。日本の高度成長期には、岐阜や静岡など各地に多くの木製ハンガーメーカーがありましたが、バブル崩壊以降、数が減少し、現在は当社だけになりました」

プラスチック製品や海外からの安価な製品に押され、多くのメーカーが撤退する中、同社だけが生き残れた理由を、中田さんは「アパレルメーカーなどからの厳しい要求に応える中で培われた、職人たちの技術力とノウハウにある」と語る。

「当社のハンガーは、1本1本手づくりしているため、1つとして同じものはありません。先代が言っていたのは、世界的アパレルブランドのデザイナーからの難しい要求にも一つひとつ応えてきたことがノウハウの蓄積につながり、当社の技術力を上げ、それによってブランドからの信頼を得ることができて、生き残りにつながったということです」

プラスチックは同じ形のものを大量につくるのには適しているが、ちょっとした形の変更にも金型の修正が必要で、金型の製作には莫大な費用がかかる。

中田工芸は、手づくりの木製ハンガーだからこその対応力と即応力を活かして、技術を蓄積してきたのだ。

AUT-05の製造工程。木材の歩留まりがいいように考えられている。
部材を電動のこぎりで切断していく。
勘と経験を頼りにサンドペーパーで削り出す。
下地剤を研磨し、滑らかな仕上がりに。
仕上げ塗装も1つずつ手作業で行う。

寸分の違いもない製品をつくる職人の技術力

実際に本社工場の製造現場を見せていただいた。同社の製造は、成型部、塗装部、商品部の3つの部署で行われている。

成型部では、原料となる木材から部材を切り出し、接着、削り出し、研磨などの工程を行う。同社のハンガーでもっとも多い形態は、左右の木部を中央でつなぎ合わせたもの。我々がしばしば目にするタイプだ。木材の無駄が少なく、歩留まりよく(経済的に)つくることができ、環境にもやさしい製品だ。

まず、ハンガーの左右の木部を1つの木材から切り出し、それを接着剤と木製ダボ(つなぎに使用される小さな円筒形の部品)で圧着。そこから決められた形に成型していく。

切り出しの際には、切断面を決める「型」があるが、それ以降は治具や補助具などもなく、3次元の難しいカーブがフリーハンドで見事に削り出されていく。すべて職人さんの勘と経験がものをいう世界だ。そして、中田さんがいうように、事実としては「1つとして同じものはない」のだが、それが謙遜でしかないことも分かる。

塗装部では、成型部でアップした木部に、指定の色を塗布し、衣類が傷つかないよう下地剤を塗布、それを研磨した後に、さらに仕上げの塗料を吹き付ける。乾燥後に、表面に傷やむらなどがないか検品され、商品部に送られる。

商品部ではロゴやネームを印字し、フックやズボン吊り用部品などの取り付けを行う。最終的にもう一度検品作業が行われて、完成品となる。

実は中田工芸には、左右の木部をつなぎ合わせず、1本の部材からハンガーを削り出す芸術品のような製品もある。これをつくれるのは同社でも2人しかいないという、スペシャルな製品だ。

機能美と造形美を追求した中田工芸のハンガー

中田さんは、中田工芸の木製ハンガーは、衣類を大切にしたいという人にとって、機能としても有用だと語る。

「当社のハンガーの表面は、衣類を傷つけないように細心の注意を払って丁寧に仕上げられており、湾曲したカーブは、服のシルエットを保って、長期間掛けても服の型崩れなどを防止します。同時に、服を掛けやすく、着る時も服を取り出しやすいように計算されています」

まさに機能美と造形美を追求したハンガーなのだ。

同社では現在、個人向けとして、結婚式の引き出物や、卒業式での記念品などでの利用を提案、「名入れ」ができることをアピールしている。

「ハンガーは『服(福)を掛ける』ということから、お祝い事に利用していただきたいと思っています。卒業の記念品として学校の校章を入れて、ハンガーを使う度に学校を思い出してもらえたらなと。結婚式用の引き出物は、09年頃から始めて、結婚専門誌に広告を出したところ、思った以上の反響がありました。引き出物では、出席者の名前を1本1本すべてに入れるという要望にもお応えしています」

お客様の感動と笑顔で世界一のハンガー屋を目指す

中田さんがこれから力を入れていきたいというのが海外市場だ。

「本年1月に、英国ロンドンで展示会を行いました。背広の語源になったといわれるサヴィル・ロウという場所があるのですが、スーツ発祥の地と呼ばれ、有名な紳士服のテーラーが並ぶストリートです。展示会で、テーラーの方たちに見ていただいたところ、思った以上に反応がよく、現地のパートナー企業と協力して、まず英国マーケットを広げていきたいと思っています」

ハンガーには著作権や意匠権などはないため、同社のハンガーを真似ようと思えば、同じような製品を製造することは可能だ。それだけに大事なのは、ブランドとしての信頼感だ。

「社員には、どうせやるなら“世界一のハンガー屋を目指そう”と言っています。それは売上や規模で世界一になるのではなく、自分たちがつくったハンガーによってお客様に世界一感動していただけるような、お客様に世界一笑顔をもたらすような、そういうメーカーになるということです」

数千種類のアイテム数があり、年間約16万本のハンガーを生産しているという中田工芸。そのハンガーに服を掛けてみれば、その滑らかな動きや、掛けられた洋服のシルエットに77年の伝統と確かな技術が込められていることが実感できるだろう。

商品部へ送る前の検品作業。
創業当時に製造されていたハンガー。平面的で簡素な構造だ。
一枚板から製造する場合の切断方法。
トレンチ(襟元のカーブ)のある高級ジャケットハンガー。
「南京鉋(なんきんがんな)」を使用し、フリーハンドで削り出す。複雑で繊細なラインを描き出す職人技。
中田工芸の本社ビルは、JR江原駅前にある。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

中田工芸株式会社

兵庫県豊岡市にある日本国内唯一の木製ハンガーのメーカー。1946年、創業。年間約16万本のハンガーを製造。アパレルブランドやホテルなどを中心にハンガーを販売するが、2007年からは個人向けにも力を入れている。従業員数約60名。ブランド名は「NAKATA HANGER」。東京・青山にショールームがある。