「脱CO2」を成長につなげるために
エネルギーとサプライチェーンの安全保障を問う
渡部 肇史×寺澤 達也

Global Vision

J-POWER社長

渡部 肇史

一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事長

寺澤 達也



円安に加え、ウクライナ危機の余波もかぶさり、日本のエネルギー安全保障は大きく揺らいでいる。

激動が続く世界情勢を見据えつつ、それでも「脱CO2」への歩みを着々と進めるために今、私たちにできること、考えねばならぬことを斯界(しかい)きっての賢人に尋ねた。

史上初めて遭遇した世界的エネルギー危機

渡部 昨今、予想外の厳しい暑さや寒さによって電力需給逼迫(ひっぱく)が生じたり、ウクライナ危機で燃料価格の高騰や供給不安が広がったりと、日本のエネルギー安全保障をめぐってはネガティブな事象が尽きません。エネルギーを含めて経済政策全般に携わってこられた寺澤さんは、この状況をどのようにご覧になりますか。

寺澤 エネルギー危機といえば1970年代のオイルショックが記憶に鮮明で、日本はアラブ諸国など石油産出国と良好な関係を保つことの大事さを知りました。言葉を換えると、化石燃料の安定調達が可能なサプライチェーン(供給連鎖)を築くことを学び、以来、エネルギー安全保障のコアと認識してきました。

渡部 その記憶を呼び覚ますかのように、世界有数のエネルギー供給国であるロシアの動向ひとつで、化石燃料のサプライチェーンが大きく揺らぐ事態になっています。

寺澤 国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長は「史上初の世界的なエネルギー危機」と言明しています。70年代の危機は石油限定で中東対先進国でしたが、今回は石油、LNG、石炭などを含む化石燃料全般に及ぶ危機で、なおかつ、先進国のみならず新興国や途上国も影響を受けることから、まさに初めての全世界を覆うエネルギー危機であると。それを第1の視点とすると、実は第2の視点として、我々が早急に取り組まねばならない「エネルギートランジション(転換)」(※1)に関連して、新しいサプライチェーンの難問が浮上しています。

渡部 「2050年カーボンニュートラル」へ向けて、産業や社会を根底から変えていくための「脱CO2」へのエネルギー転換が求められるわけですが、そこで活用される資源にまつわる問題でしょうか。

寺澤 脱CO2化で注目される再生可能エネルギー(以下、再エネ)や水素、蓄電池などを活用する上で欠かせないのが、クリティカルミネラル(重要鉱物、※2)と呼ばれるリチウム、ニッケル、コバルトなどです。これらの資源の供給元は中国をはじめ、ごく少数の国や地域に限られますから、化石燃料とは異なるサプライチェーンのセキュリティ問題を抱えているのです。

渡部 そういえば10年ほど前、尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の巡視船とが衝突して外交問題化し、中国からレアアース(希土類)の対日輸出が止まったことがありました。

寺澤 不幸な出来事であった半面、あれをきっかけに日本は、世界に先駆けてレアアース対策を包括的に行うための経験と知見を得たとも言えます。そして、エネルギー安全保障を考える第3の視点は、いついかなる時にも電力が安定供給されねばならないこと。世の中のデジタル化がここまで進むと、電力供給のセキュリティは、社会生活を健全かつ平穏に営むための生命線と言ってよいのではないでしょうか。

エネルギーセキュリティとディスパッチャブル電源

渡部 3つ目の電力安定供給は、まさに我々の事業の本丸にあたります。喫緊(きっきん)の課題である脱CO2化を念頭に置いて、揺れ動く国際情勢に左右されにくいサプライチェーンを築くことがエネルギーの安全保障に不可欠と考えています。

寺澤 要は、いかにして信頼に足る供給元を確保するかにかかっていると思います。クリティカルミネラルなどの資源に限らず、それらを用いた製品群――電力分野でいえば太陽光パネルや蓄電池、風力発電用タービンなどでも、すでに供給サイドの寡占化が進んでいますので。

渡部 その風力発電で、J-POWERは20年来の歴史と国内事業者で第2位の設備容量を有しています。ただ、ご指摘の通り、風車や主要機器については今や海外メーカーの寡占化が進み、国内で調達するのが難しくなってきました。

寺澤 産業政策の観点からは、サプライチェーンの一角に日本の企業も加わって付加価値をきっちり高めていくことが重要です。見方を変えると、脱CO2化を推進する上でのエネルギー政策と産業政策を別建てでなく、融合することが求められています。CO2を減らすことは最も重要ですが、同時に日本の産業を発展させ、経済を上向かせることを、我々は真剣に考えねばなりません。

渡部 もっともなご指摘と思います。電力の脱CO2化を図る上で、再エネ由来の電源へのシフトが唯一無二の策であるような論調には私は疑問を持っております。これまで多様な電源を組み合わせてエネルギー安全保障を成してきた現実を直視し、あらゆる選択肢を排除せずに議論を進めるべきではないでしょうか。

寺澤 よく太陽光発電と風力発電を増やせばカーボンニュートラルが達成されるかのように言われますが、日本の実情はそうではありません。それら再エネ由来の電源には、まず立地や風況などで量的に制約があること。また季節ごと、あるいは1日のうちで出力が一定しない変動電源(※3)であるために、時々刻々の電力需要を賄えない分を埋め合わせる「ディスパッチャブル(出力調整が可能な)電源」と組み合わせないと、安定性に欠けるのです。

渡部 現状、そのディスパッチャブル電源の代表格が火力発電ですから、我々も保有する石炭火力発電所の脱CO2対策に努力を傾けているところです。最先端の石炭ガス化技術を用いた水素利用の高効率な発電システムを開発する一方、もとからCO2フリー電源である水力発電所の設備更新も進めています。

寺澤 煎じ詰めれば、再エネ電源は既存の電力システムに組み込まれてこそ活躍の場を得られるのです。今後、再エネ導入が進めば進むほど、ディスパッチャブル電源の存在意義も増していく。ですから、渡部社長がおっしゃるように多様な電源を保持し、個々の技術に磨きをかけながら資材調達や人財面も含めて、事業領域全般の多様性を深めていくことが肝要なのだと思います。

再エネ普及がもたらす電力システムの進化

渡部 私が再エネ由来の変動電源と、既存の電源による調整の現実を目の当たりにしたのは、福島県南会津郡にある当社の下郷発電所を視察した折でした。下郷発電所は揚水発電所で、元々は夜間電力を使って山の上の貯水池に水を汲み上げ、電力需要の大きい昼間の時間帯に水力発電を行う仕組みです。ところが最近、再エネ由来の発電施設が増えたために、それらが稼働している昼間に水を汲み上げ、稼働が止まる明け方と夕方に発電をするようになったと言うのです。

寺澤 揚水発電は既存のディスパッチャブル電源の中では注目株で、今年の3月22日、首都圏と東北の一部で電力需給逼迫(※4)が発生した際に、大規模停電を回避する立役者になりました。野球でいえばピンチに登場する抑え投手のような役回りですけども、本来の出番とは違った場面で登板するようになったのですね。

渡部 ええ。つまりは、再エネ電源の普及が進んで、既存の電力システムの運用が改変を余儀なくされたわけです。下郷発電所の例はエリア限定の事象ですが、すでに全国各地で起きているかもしれません。

寺澤 再エネ普及の度合いがしきい値以下では見過ごせた問題が、それを超えた途端にシステム全体の重要課題として顕在化したとも言えます。国のエネルギー基本計画に「再エネの主力電源化」が明記され、2030年までに全電源に占める再エネの比率を倍増する算段である以上、再エネ電源の出力変動問題をどう解消していくのか、この国の電力システムに迅速かつ抜本的な進化を促す必要があると思います。

渡部 既存の電力システムを概観すると、都市部の電力需要地から見た場合、大規模電源が遠隔地にあって送電線で電気が送られてくるイメージです。その送電網に沿って近年、再エネ電源などが次々につくられて電気の多様化・差別化が進んでいるのですが、今後はさらに、需要地の近傍に蓄電システムを備えた電力貯蔵施設などをつくる計画も注目されていますね。

寺澤 再エネ電源の比率を高めるには、それに伴って増える出力変動を吸収する仕組みを確保せねばなりません。蓄電システムも有力な手段の一つですが、短期間での実現可能性を踏まえればCO2フリーの原子力利用や、火力発電の脱CO2対策、送変電網の再設計など、手段を尽くして新たな電力システムを構築するべきで、そこに今後のエネルギートランジションの成否がかかっている気がしています。

J-POWERの「先導するDNA」が活きるとき

渡部 その新電力システムの構築にJ-POWERとして主体的に与するために、我々はどのような施策に重きを置けばよいとお考えでしょうか。当社を含む電力業界の内実に精通しておられる寺澤さんから助言をいただければありがたいのですが……。

寺澤 私の知る限り、日本の電力システムの発展過程で、J-POWERは先導的な役割を果たしてきました。元をたどれば戦後復興期の電力需要を賄うための大規模水力や石炭火力の開発に国策として取り組み、地域電力各社と連携しながら、発電および送変電の全国ネットワークづくりを支えた功績は称賛に値します。

そして、電源の多様化という時代の要請に応えて揚水発電や地熱・風力・バイオマス発電などに事業領域を広げ、その間に培った幅広く、奥行きの深い技術的蓄積によって、今また「脱CO2」という命題に最適解を見出そうと挑んでいる。この重大局面でこそ「先導するDNA」が活きるはずと期待しています。

渡部 ありがとうございます。ぜひそうありたいと肝に銘じます。今後の我々の挑戦において、寺澤さんの眼でご覧になってカギはどこにあると思われますか。

寺澤 一つには、電力システムの中にエネルギー貯蔵の仕組みを挟むことが必須になって、揚水発電など既存の技術も活用しつつ、電力貯蔵を可能にする新たなソリューションの実用化が待たれます。

もう一つは、水素とCCS(CO2回収・貯留、※5)の技術を確立して社会実装を急ぐべきだと思います。特にCCSは、製造業が盛んなためにCO2排出が抑えにくい日本で大いに役立つはずです。

渡部 今のお話に関連して、実は当社はオーストラリアに揚水発電所を建設中なのですが、そこでは二つのミネラル鉱山の跡地に水を貯め、その高低差を利用して発電します。周辺には再エネ電源も多くあるので、それらと連携した電力システムの実験場としても注目しています。

また、同じオーストラリアで豊富に産出される褐炭から水素を製造し、日本へ送り出すプロジェクトなどにも参画しています。さらに長崎県の松島火力発電所(石炭火力)では、既存のボイラーに酸素吹きガス化炉を加えることで、将来、ボイラー撤去後に「CCS付きの水素発電(※6)」装置を残すという画期的な試みにも挑んでいます。

寺澤 そういえば、J-POWERは日本の電力会社でいち早く海外進出しましたね。広い世界を舞台に、水素やCCSをめぐる最先端技術を確実なものにし、日本と世界が直面する「脱CO2」への壁を乗り越えてほしい。そうやってJ-POWERをはじめとする日本勢が世界をリードすることが、日本の産業全体の成長を促すと思います。

オーストラリアで実証中の褐炭ガス化・水素精製設備。純度99.999%水素の製造に成功している。
石炭火力の環境負荷低減とエネルギー効率向上を世界最高水準で両立した磯子火力発電所(神奈川県)。

エネルギー政策の新基軸「S+3E+G」とは?

渡部 地球規模で高まる脱CO2化への要請に、ロシア発のエネルギー危機が重なって、原子力発電の存在感が増しているように感じます。エネルギー安全保障の観点から原子力をどう評価し、どのような展望を持っていますか。

寺澤 先程来の話にもあったように、資源価格の高騰や調達不安から逃れ、多様な電源を保持してベストミックスを達成する上で、原子力の利用は重要かつ不可避です。近年、再エネへのシフトが顕著だった欧州でも、ウクライナ危機以降はフランスやイギリスなどが原子力への回帰を表明し、日本でも原子力発電所の再稼働や運転期間延長といった方針が一層明確になると私は見ています。

渡部 電力事業に携わる者として私は、そうしたエネルギーとサプライチェーンの安全保障は、国が成り立つための基盤ではないかと思います。それがいかに重要であるか皆さまにご理解いただけるよう、我々自身がもっと議論を喚起していかねばならないと感じています。

寺澤 たとえ対立を生みかねないにせよ、客観的分析に基づく真摯な議論を通じて、最善のソリューションを見つけ出す必要があるのです。繰り返しになりますが、エネルギー問題を解決するにはリアリズムが必要で、脱CO2化の達成が経済成長の足かせになってはならない。それを端的に言い表したくて、私なりのエネルギー政策の基軸として「S+3E+G」という考え方を提起しています。

渡部 国のエネルギー政策の基軸が「S(安全性)+3E(安定供給、経済効率性、環境適合)」ですから、それに「成長(G、growth)」を上乗せしようと……とてもわかりやすくて、説得力を感じます。中身の濃い、示唆に富んだお話をありがとうございました。

寺澤 こちらこそ。J-POWERはこれまでも、日本の電力システムの発展に大きな役割を果たしてきました。電力安定供給と「脱CO2」の両立という、社会課題の解決に向けたJ-POWERの取り組みに、これからも期待しています。

(2022年8月8日実施)

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1エネルギートランジション
    エネルギー分野において化石燃料などを再生可能エネルギーに置き換えるなどして「脱CO2」へ向けた抜本的で構造的な転換を図ること。ないしは、その転換期を指して言う。
  2. ※2クリティカルミネラル
    リチウム、ニッケル、コバルトなどの重要鉱物の総称。クリーン技術に広く用いられ、風力・太陽光発電・バッテリーの拡大により電力部門での需要は2040年までに3倍になるとされる。
  3. ※3変動電源
    風力発電、太陽光発電など風況や日照しだいで電力供給量が変動する電源のこと。出力変動を他の電源で補って需要と供給の同時同量を保つ必要がある。
  4. ※4電力需給逼迫
    寒暖の激変などで電力需要が想定外に増えたり、災害などに起因して電力供給が減ったりして電力不足が差し迫った状況に陥ること。
  5. ※5CCS(CO2回収・貯留)
    火力発電や水素生成などで生じたCO2を大気中に排出される前に分離・回収し、地中や深海に貯留して、大気中の温室効果ガス濃度の上昇を抑制する技術。
  6. ※6水素発電
    水素の燃焼エネルギーで発電機を駆動するガスタービン発電、汽力発電が主流で、ほかに水素と酸素の化学反応から直接電力を取り出す燃料電池発電もある。

PROFILE

寺澤 達也(てらざわ・たつや)

一般財団法人日本エネルギー経済研究所理事長。1961年、大阪府生まれ。1984年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。1990年、米国ハーバード大学ビジネススクール修士(MBA)取得。2001年ジェトロ・ニューヨーク事務所産業調査員、2008年大臣官房政策審議室長、2011年内閣総理大臣(野田内閣)総理秘書官などを経て、2016年貿易経済協力局長、2017年商務情報政策局長に就任。2018年から経済産業審議官を務める。2019年に退官後は内閣府参与に就任。2021年7月から現職。