J-POWER創立70年に寄せて
日本のエネルギー戦略を考える
寺島 実郎

Global Headline

日本のエネルギー政策を陰で支えたJ-POWER

今から70年前、1952年に制定された電源開発促進法に基づき、同年9月、日本政府および9電力会社出資の電力会社としてJ-POWER(電源開発株式会社)が設立された。1952年と言えば、第2次世界大戦の戦勝国と日本の講和を決めたサンフランシスコ平和条約が成立した翌年であり、日本が国際社会に復帰し、スタートラインに立った直後のことだ。

50年代の日本は、鉄道輸送や重工業に欠かせない石炭の増産に力を入れていたが、その後の日本は、潤沢に供給された中東の石油を輸入、エネルギーの重心は石炭から石油へと変化していく。1961年には日本の一次エネルギー供給において、石油が石炭を追い抜き、このエネルギー流体革命をベースに高度経済成長期を迎えることになる。ところが、好調に見えたこの時代、1973年と1979年に日本は2度の石油ショックを経験した。これにより、日本はエネルギーを過剰に中東に依存することの危うさを学び、エネルギー供給源とその種類の多様化に舵を切ることになる。その柱の一つとして位置づけられたのが原子力発電で、この日本のエネルギー戦略は2011年の福島第一原子力発電所事故まで続く。

こうした日本のエネルギーの歴史の中で、J-POWERが果たしてきた役割は非常に大きかった。1950~60年代にJ-POWERが建設した佐久間ダム(静岡県)、奥只見ダム(福島県)、御母衣ダム(岐阜県)などの大型水力では、それまで不可能と言われた大規模工事を実現し、10年はかかるといわれた佐久間ダムを3年で完成させた。

続く1970~80年代にはエネルギーの多様化に対応して、地熱発電所や海外炭専焼発電所を、2000年代には風力発電所建設を進め、クリーンコール技術(石炭火力効率化技術)の開発にも挑戦した。さらに、本州と北海道、四国、九州などをつなぐ送電技術や、日本の東西をつなぐ50Hzー60Hz変換技術なども開発している。

J-POWERは、先駆者として多様なエネルギー源の開発や特殊な送電などで、新しい技術を開発しながら難題に立ち向かってきた。まさに日本における電力のパイオニアだったといえる。

21世紀のエネルギー戦略に果たす役割

1970年当時69.9%を占めていた石油は、第1次石油ショックの1973年には75.5%まで上昇。その後2000年には49.2%、2020年には36.4%まで低下している。
出典:資源エネルギー庁「エネルギー白書2022」より


2011年の福島第一原子力発電所事故、そして本年勃発したロシアのウクライナ侵攻が日本のエネルギー戦略に大きな影響を与えたことは間違いない。その教訓を踏まえ、21世紀の日本のエネルギー戦略について改めて考えてみたい。

福島第一原子力発電所事故が極めて衝撃的だったために「反原発、再生可能エネルギー重視」と言えばエネルギー政策に一定の方向感を持っているかのように聞こえるが、これだけでは不十分だ。それを明確に示したのがウクライナ危機だった。ヨーロッパや日本がロシアからの天然ガス供給に不安を抱える中、石油や天然ガスの価格が高騰、電気料金も値上がりして国民生活を圧迫している。こうした危機に直面した時にこそ、エネルギーの約9割を海外からの輸入に頼る日本には賢く、冷静なエネルギー戦略が必要だということを実感する。

考慮すべきポイントは次の3つだ。

一つは国家のレジリエンス(危機対応力・耐久力)。簡単に言うなら、基本要素としての「水と食料とエネルギー」をいかに確保するかということだ。中でも資源が乏しく、外国との間に送電網がない日本にとっては、エネルギーの確保が重要だ。日本は、EUの送電網の中にあるドイツなどとは異なり、電力について自己完結しなければいけない国であり、日本のエネルギーを語る時には、この制約の中で議論していることを忘れてはいけない。

もう一つは原子力。これから原子力発電所の廃炉を行うにも、汚染水を処理するにも、原子力の技術基盤を維持することが重要だ。安全性を担保し、リスクを減らしながら、技術基盤を維持することから目を逸らすべきではない。さらに、海外で開発が進む、安全性に優れていると言われる小型原発やトリウム原発などの最新技術の動向も把握しておく必要がある。原発に賛成・反対という二項対立に縛られることのない柔軟な考え方が必要だ。

最後に、世間一般で言われているSDGs、地球環境に対しサステナブルであること。この問題に対しては、再生可能エネルギーを拡大させながら、中長期的には、水素などの脱炭素燃料を用いていくことになるだろう。

こうしたことを考慮するならば、日本が選択すべきエネルギー戦略は、多様できめ細かく、柔軟な対応力が求められるし、風力や太陽光などの小型分散型電源を系統化しながら、これをマネジメントしていくIT技術の活用も重要となるだろう。

こうした日本のエネルギー戦略を考えた時に、J-POWERの持つエネルギー源の多様さやその技術の重要性に改めて気づかされる。J-POWERの持つ技術基盤には、水力や火力、風力、地熱などの多様性があり、さらには小型分散型ネットワークに活用が期待される揚水発電や送電などの技術もある。

また、J-POWERが開発を進めているクリーンコールや石炭ガス化発電の技術は、日本だけでなく地球全体のサステナビリティに重要な役割を果たすはずだ。石炭というだけでネガティブに捉えがちだが、中国やインドをはじめ多くの国での発電は当面の間、安価な石炭に頼らざるを得ない。その石炭を徹底的にクリーン化し効率化してCO2排出を減らす技術は、カーボンニュートラルな社会を実現するための過渡的な技術として重要だ。

さらには石炭ガス化発電技術の先に水素製造があることは画期的である。J-POWERは、オーストラリアで安価な褐炭を使用した水素製造の実証試験を完遂させ、CCS(CO2回収・貯留)プロジェクトとの連携を計画している。こうした技術は水素社会実現のためのキーテクノロジーの一つとなるだろう。

そういう意味で今、J-POWERが展開する戦略は、70年の歴史の中でたどり着いた一つの結論であり、エネルギーについて日本の進むべき道でもあるように私には思える。

(2022年7月27日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)、『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)など多数。メディア出演も多数。
TOKYO MXテレビ(地上波9ch)で毎月第3日曜日11:00~11:55に『寺島実郎の世界を知る力』、毎月第4日曜日11:00~11:55に『寺島実郎の世界を知る力ー対談篇 時代との対話』を放送中です(見逃し配信をご覧になりたい場合は、こちらにアクセスしてください)。