木目を活かした雑貨で木の魅力を伝える
株式会社Hacoa

匠の新世紀

株式会社Hacoa
福井県鯖江市

木の置時計「Wall Clock Mini」(左)と木製名刺入れ「Card Case Gentle」(右)。

木製デザイン雑貨のブランドHacoaをご存じだろうか。
1500年の伝統を持つ越前漆器の技術を用いてモダンなデザインの製品を生み出し、多くのファンから支持されるHacoa。
製品に込めた思いを聞いた。

リーマンショックを転機に品揃えと売り方を大改革

株式会社Hacoa
代表取締役
市橋人士さん

木目を活かした温かみのあるデザイン雑貨を製造・販売する株式会社Hacoa。全国に12の直営店を展開し、新しい商業施設でも引っ張りだこの人気を誇る同社も多くの困難を乗り越えてきた。中でも「リーマンショックが起きた2008年は本当につらかった」と話すのは同社代表取締役の市橋人士さん。

「USBメモリなどのデジタル関連商品(デジタルギア)を商社経由で全国のセレクトショップや百貨店に販売し、建築の内装の仕事などもやっていましたが、これらの仕事がほとんどなくなってしまいました。当時は社屋を新設し、最初の直営店を東京・秋葉原につくったばかりで、億以上の借り入れをしていました」

だが、この苦境が大きな転機になったと市橋さんは言う。

「それまではデジタルギアが中心だったのですが、売り上げを上げるために商品のバリエーションを増やしていきました」

同社はこれ以降インテリア雑貨や家具、文房具、キッチン用品など、様々なジャンルの製品を開発していくのだが、その時に役立ったのが直営店だった。直営店で直接、顧客の反応を見て、顧客が本当に欲しいものは何かを探りながら、製品をつくっていくことができたのだ。

「直営店によって、これまでは間接的にしかわからなかった販売動向の情報を直接得ることができました。当社はこれ以降、直営店を増やしていくのですが、この時から製造直販の、いわゆるD2C(Direct to Consumer)体制を持つことになり、これが経営の効率化と安定化につながったと思います」

そんな顧客の要望に応える中から生まれた商品の一つが名刺入れだ。

「ちょうど東京・丸の内に2店舗目を出したばかりの頃に、ビジネスワーカーの人からの要望に応えてつくったものです。我々の技術は木を薄く加工してつくるのが特徴なので、名刺入れはぴったりの商品でした」

名刺入れは、ビジネスワーカーが初対面の時に個性をアピールするアイテムの一つ。ほかにはないナチュラルなイメージが2000年代初頭に流行していたLOHAS(健康と環境を志向するライフスタイル)ともマッチし、新入社員や転勤者へのプレゼント需要も喚起して同社を代表するヒット商品となった。現在では10アイテム以上のバリエーションを提供している。

木製のキーボード「Full KiBoard」。最初の製品はルーブル美術館に展示された。

伝統技術を活かした漆を使わない漆器

創業者で現会長の山口怜示さん。
Hacoaでは一つの製品を最初から最後まで一人で担当する。
仕上げのサンドペーパーがけは、時間を計りながら行っている。
コンピューターで制御された自動旋盤も導入されている。
材料の選定も伝統技術の一つ。中には10年以上乾燥させるものも。

漆を塗った器が漆器なので「漆を使わない漆器」とはそもそも形容矛盾だが、Hacoaの製品を表すにはふさわしい言葉だ。

Hacoaがある福井県鯖江(さばえ)市は、1,500年の伝統を持つ越前漆器の産地。漆器の製造は分業制で、漆を塗る「塗師(ぬし)」が有名だが、これ以外に漆を採取する「漆掻(うるしかき)」、木工品をつくる「木地師(きじし)」などがある。

市橋さんは、1994年に義父で木地師の山口怜示さんに師事し伝統技術を継承した。通常10年かかると言われる修業を1日20時間近く働いて3年間でやり遂げた。市橋さんは東京に単身乗り込み、野宿や車中泊をしながら、セレクトショップや百貨店に飛び込み営業を行っていた。この努力が実って、1998年には有名百貨店から「個展をやらないか」と声をかけられたが、その時に立ちふさがったのが地元の問屋だった。伝統工芸の業界では、職人は問屋の注文に応じて製品をつくり、問屋経由で販売するのが常識だった。「勝手なことをするな」と警告され、個展を断念。そこで、苦肉の策として漆を塗らず、木目を活かした製品を販売したのが現在のHacoaの始まり。「漆を使わない漆器」がHacoaの原点だった。その後2001年に義父の会社である有限会社山口工芸の社内ブランドとしてHacoaを設立。これは同社が重箱などの箱物をつくる工房であることに由来する(Haco+α)。

木目を活かしたトレーや食器などがセレクトショップなどで取り扱ってもらえるようになり、その後、知人のアドバイスでつくったスマートフォンケースが飛ぶように売れた。これに力を得て、デジタルギアのバリエーションを増やしていった。中でも2002年につくった木製のキーボード「木ーボード」は、パリでの展示会で大評判となり、「世界一美しいキーボード」としてフランスのルーブル美術館に1カ月間展示されるという名誉を得た。

「もともとはプラスチックアレルギーの人の要望でつくったもので、技術的にも難しく、大量生産はできない製品です」

だが、こうした実績が同社の名前を高め、若い職人やデザイナーが集まるきっかけになった。商品をつくるだけではなく、集まった若い社員たちを育て、伝統技術を継承していくことも同社の新たな目標になった。

同社では、新しく入った職人にもデザイナーにも等しく「ハコアの哲学」と技術を教え、一つの製品を複数人で分担するのではなく、最初から最後まで一人でつくるという方法を取っている。これは社員が技術を早く習得するために必要なことだからだ。経験の浅い職人は、比較的簡単なものから担当して次第に技術を習得するように教育プログラムが組まれている。

同社の製品は、すべて社内でデザインされている。社内デザイナーがデザインを起こし、自らが試作品をつくり、それを社員が実際に使ってみて、納得するまで改良を重ねていく。デザイナーや社員もまたユーザーであり、職人なのだ。こうしてつくられた商品に愛着が湧かないわけがない。そして、その愛着は顧客にも伝わっていく。

ロングセラーの木製USBメモリ。Hacoaを代表するデジタルギア。

顧客目線を大切にする職人&デザイナーであること

木地師の技術を活かしつつ、時代に即したデザインであることがHacoaの製品哲学だが、中でも市橋さんが強調するのが、顧客に寄り添ったデザインであることだ。そのために大切にしているのが「顧客とのコミュニケーション」だ。

そのことを象徴するエピソードがある。直営店が増え、ネットでの売り上げも伸び始めると、顧客からのクレームが増え始めたという。「クレームというか、やっかみですかね」と市橋さんは笑う。「当時交流のあったドイツ人から、『職人の顔が見えない』と指摘され、顧客に自分たちの思いや真剣さ、汗を流してつくっていることが伝わっていないのではないかと気がつきました」

そして自分たちがどのような思いで、この商品をつくったのかを記した「HACOACT」という小冊子を作成し、商品に同封した。

「『HACOACT』を商品に入れた途端、クレームがぴたりとやんだのです」

ものづくりは、商品をつくって終わりではない。それを顧客に届け、顧客が満足すること。その満足の中には、つくり手への共感や商品が持つストーリーも含まれている。

Hacoaでは、多くの商品でロゴが入るような“一番いい場所”にロゴを入れていない。なぜなら、そのスペースは顧客が名前やメッセージを入れられるよう空けてあるからだ。この商品に対する姿勢こそがHacoaが多くのファンに愛されている理由だ。

一枚板からつくられた電卓の部品。木目を合わせるため、フレームだけでなくキーも彫られている。
前述のものとは異なる横向きの名刺入れの部品。
プレゼント用にメッセージが入れられるのはHacoa製品の特徴。
Hacoa本社社屋。この後ろに工房が2つある。
本社社屋1階にあるショップ。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

株式会社Hacoa

福井県鯖江市に本社を置く木製デザイン雑貨メーカー。1962年創業の有限会社山口工芸を母体とし、現社長の市橋人士さんが2001年にHacoa事業部を設立。2019年株式会社Hacoaに変更。