燃料ではなく電気を運ぶ新進ベンチャーの発想力
伊藤 正裕

Opinion File

「未確定の市場に対してリスクを取って投資できるのがベンチャーの強み」と話す伊藤さん。

EV時代の必須インフラ 超急速充電器を街角に

地図製作大手株式会社ゼンリンの調べによると、電気自動車(EV)に欠かせない充電スポットの設置数(※1)は、2021年2月時点で全国に約3万基。ガソリンスタンドの数とほぼ並んだ格好だが、その出力レベルはまだ満足できるものではなさそうだ。

充電スポットの7割以上を占める普通充電器の場合、30分の充電で走れるのはほんの10〜20㎞ほど。5分の充電で約40㎞走行可能とされる急速充電器もあるが(※2)、これはまだ約8,000基で、緊急時や業務用での使用を想定している。政府は昨年6月発表のグリーン成長戦略(※3)で、35年までに乗用車新車販売で電動車100%を実現する方針を明示。充電スポットも30年までに15万基に拡大するとしているが、その大半が普通充電器だとしたら、今後増大するであろうEV需要を賄うことはできるのか。

「EV車は今、航続距離を延ばすためにどんどん開発が進んでいて、バッテリー容量100kWhで800km近くも走れる高級車が人気を呼んでいます。この車を今の日本の普通充電器につないでも、3時間の充電で容量の1割も満たせないのです。今後もEV電源の大容量化は進んでいくはずですから、急速充電器のインフラ整備は急務です」

エネルギーベンチャー企業パワーエックスの取締役兼代表執行役社長CEO、伊藤正裕さんはそう指摘する。実際、22年上期の高級車販売台数を見ると、米国でも欧州でもメルセデス・ベンツのハイエンドEVである「EQS」が、ガソリン車の人気車種を抑えて2位につけている。日本市場にも年内に投入される見込みだが、現状ではそのポテンシャルを十分に堪能しにくい状況だ。パワーエックスが推計したところ、容量100kWhのバッテリーを1時間でフルに充電できる超急速・高出力の充電スポット(※4)は、米国には約1万3,500カ所あるが、日本ではわずか14カ所しかない。これではカーボンニュートラルを目指して電動車の普及を促すといっても、充電インフラの未整備が足かせとなりかねない。

日本自動車会議所のまとめによると、22年上期の乗用車販売台数に占める電動車の割合は43.7%で、昨年同期から5.7ポイント増加した。ただし、電動車には電気自動車(EV)のほか、燃料電池自動車(FCV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、ハイブリッド車(HV)も含まれる。欧州で10%台と普及するEVに限っていえば、日本はまだ1%にすぎないのだ。

そこで、伊藤さんらパワーエックスが手掛けているのが、国内最大容量320kWhの大型蓄電池を搭載したEV超急速充電器の開発である。最大出力240kWで、100kWhのEVなら約25分でフル充電が可能。電気は蓄電池から供給するため、高圧変電設備などの大掛かりな工事は不要となり、一般商用コンセントで運用できるので大幅なコストダウンが実現するという。既存の充電器に比べてコンパクトで、置く場所を選ばず、移動・設置も容易である。蓄電池側の制御で、再生可能エネルギー(以下、再エネ)による発電量が多い時間帯に電力を自動で補給する仕組みも搭載する。

「日本にも世界にも、こういう大容量・低価格の蓄電池システムはまだありません。蓄電池を導入したほうが、導入しない場合よりも経済的である状態をストレージパリティ(※5)といいますが、国内で初めてこれを達成する製品となるでしょう」と、伊藤さんは胸を張る。すでに試作品は完成し、8月3日より先行受注を始めたところ、即座に引き合いが続いている状況だ。

パワーエックスが開発する電気運搬船「Power ARK」の完成イメージ。2025年までに建造する計画。

電気を船で運ぶ新発想 蓄電池開発がカギ

パワーエックスは昨年3月の創業早々、洋上風力で発電した電気を海路で運ぶ「電気運搬船」を開発すると発表して話題となった。洋上風力は沿岸部の沖合に風車を立て、発電した電気を海底ケーブルで陸まで運ぶのが一般的。これに代えて大型蓄電池に電気を溜めて船舶で輸送すれば、1kmで億円単位とされるケーブル敷設の費用が抑えられ、風車の設置場所も広がるという。

「ケーブルが不要なら海上のどこでも風況のいい場所を選んで風車が立てられますから、日本のような遠浅の海が少ない環境でも、洋上風力の普及に貢献できると考えました」

再エネの主力電力化を目指す日本にとって、洋上風力はその柱となる重要な電源と目される。今はまだ累積導入量5.2万kW(※6)にすぎないが、政府は40年までに3,000万〜4,500万kWに拡大する目標を立てている。そのためには、着床式と呼ばれる海底に支柱を立てる建設法に加え、海中に風車を浮かせる浮体式設備の開発が一つの鍵となる。電気運搬船は、設置場所の自由度が高いこの浮体式洋上風力の活用に適している。

「今までは電気をつくる燃料を船で運んでいました。これからは、電気を電気のまま運んでしまう時代が来ると思います」

伊藤さんのそんな発想は、洋上風力について調べを進めるうち、南極海一帯の風力が格段に強いことを知ったのがきっかけだった。

「地球上で最も強い風が絶えず吹き、波のうねりも最大級とされる海域に、無人と思われる離れ島が無数に点在しているんですね。そこに膨大な数の風車を立て、無人のロボット船に蓄電池を積んで南米やアフリカとの間を自動航行で往復させたら、すごいエネルギー供給源になるだろうなと。あれこれ試算してみると、運航距離や電力量にもよりますが、あながち夢ではないように思えまして」

それには専用運搬船の建造に加え、大容量の電気を溜める大型蓄電池の製造が必須となる。折しも世界の潮流は再エネ重視に向かい、天候や時間帯の影響で出力が不安定になりがちな再エネの弱点を補うため、蓄電池などの需給調整システムの必要性が高まっていた。蓄電池が発達すれば、自然災害など緊急時の電力補給に役立つし、地域分散型エネルギーネットワークの進展にも弾みがつく。

ならば、これから訪れるに違いない自然エネルギーの爆発的普及に向けて、電気の「溜める」と「運ぶ」、さらには「つくる」も視野に入れた新しい技術とビジネスモデルを確立させよう――。その決意が、ファッション通販大手ZOZOの取締役兼COOを務めていた伊藤さんを一転起業へと駆り立て、冒頭のEV超急速充電器や、その核となる大型蓄電池の開発へと結びついた。

その構想に賛同する企業は多く、三井・三菱・伊藤忠の三大商社をはじめ、日本郵船や今治造船、森トラスト、関西電力、そしてJ-POWERも出資を決めた。調達総額は約51億円に達し、今後の事業展開に熱い期待が寄せられている。電気運搬船の初号船「Power ARK」は2025年に完成予定。同時に実証実験に着手する計画という。

最大240kWで出力できる大容量のEV超急速充電器「PowerX Hyperchanger」。
100kWhのEVなら約25分でフル充電が可能となる。
「Hypercharger」は、8月3日より予約販売を開始。設置場所など具体的な計画も進んでいる。

ベンチャーが勝負する「待ったなし」の転換点

超急速充電器や電気運搬船の事業化が進む一方、基盤となる大型蓄電池の量産体制も整いつつある。岡山県玉野市に建設中の日本最大級の蓄電池組立工場「Power Base」がそれだ。造船が盛んだった同市に広がる敷地に、年間5GWh(製品換算で約1万台分)の生産能力を備えた蓄電池生産ラインを設置する。研究開発センターやオフィス棟、会議棟も置かれ、緑地の中で緩やかにカーブを描いてそれらを結ぶ屋根と回廊が、目にも美しいユニークな造形をなしている。聞けば、ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展で金獅子賞に輝いた世界的建築家、妹島和世氏(※7)の手になる設計デザインだとか。

「このあたりの瀬戸内海にはアートの島々として知られる直島(なおしま)や犬島、豊島(てしま)が連なり、工場敷地に近い宇野港も含めて瀬戸内国際芸術祭の舞台となっています。電機産業のさかんな関西圏、自動車産業の供給網を持つ広島にも近く、技術系人材も豊富です。こういう環境で、自然との調和や芸術を楽しみながら快適に働くことができたらと、妹島さんにはそういう思いで相談しました」

こうした持続可能な生産環境にも伊藤さんが目を向けるのは、決して平坦ではなかったこれまでのベンチャー人生の苦い経験が関係しているかもしれない。高校時代に弱冠17歳で起業、3D画像コンテンツ事業を展開して大手企業の目に留まり、一躍時の人となる。事業は14年間続くも収益化は難しく、前澤友作氏率いるスタートトゥデイ(現ZOZO)の傘下に入った。ZOZOでは自動採寸スーツの開発で脚光を浴びるが、量産技術の確立が注文に追いつかず、責任者として工場を駆けずり回る日々を過ごして辛酸をなめた。

「その過程で蓄電池開発に通じる技術や工場運営、戦略的経営といったノウハウが得られましたし、働く環境の重要性も知りました。今、その経験のすべてをつぎ込んでいます」

パワーエックスを起業したのは、上場企業幹部として世界中からESG投資の目にさらされる中、時代の大きな転換点にいることに気づいたから。地球を覆う「待ったなし」の危機的状況に立ち向かうため、事業者として自分にできることは何かと考えた。

「化石燃料はある意味でエネルギーを貯蔵する自然の装置です。技術とビジネスモデルを駆使すれば、これに代わる持続可能な仕組みがつくれるはずだと思いました」

ここを起点に展開する次世代エネルギー・ソリューション事業。それが、20年先を見て伊藤さんが選んだ次のライフワークである。

岡山県玉野市に建設中の蓄電池組立工場「Power Base」の設計イメージ。

取材・文/松岡 一郎(エスクリプト)、写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1EV充電スポット設置数
    普通充電器:約2万1,700基、急速充電器:約7,950基、合計:2万9,650基(2021年2月時点)。
  2. ※2普通充電器/急速充電器
    経済産業省のWebサイト「EV・PHVプラットフォーム」に詳しい解説がある。
  3. ※3グリーン成長戦略
    2050年までのカーボンニュートラル達成を目指して政府が策定した政策。14の重点分野について実行計画を示している。
  4. ※4超急速・高出力充電スポット
    出力100kW以上の充電器を備えた場所。IEA Global EV Outlook などを基にパワーエックス社が算定。
  5. ※5ストレージパリティ
    2030年頃に蓄電池価格7万円以下(1kWあたり/工事費含む)が達成の目安(経済産業省)。
  6. ※6累積導入量5.2万kW
    2021年末。一般社団法人日本風力発電協会調べ。
  7. ※7妹島和世(せじま・かずよ)
    金沢21世紀美術館、ルーブル美術館別館などの設計で知られる。2010年に日本人女性初のプリツカー賞受賞。

PROFILE

伊藤 正裕
株式会社パワーエックス
取締役兼代表執行役社長CEO

いとう・まさひろ
1983年、伊藤ハム創業者・伊藤傳三氏の孫として生まれる。高校在学中の2000年、携帯電話のネットサービスを利用したCRM(顧客情報管理)の手法で特許出願。弱冠17歳で株式会社ヤッパ(現ZOZOテクノロジーズ)を創業。2004年経済界大賞青年経営者賞受賞。2014年にZOZO傘下に入り、ZOZOテクノロジーズ代表取締役CEOを経て、株式会社ZOZO取締役兼COOに就任。「ZOZOSUIT」「ZOZOMAT」などの新製品を開発し、同社のテクノロジーとイノベーションを牽引した。2021年3月独立起業、現職に。