「フラットな組織文化」が未来を拓く 自由に発想・発言・行動する人財とともに
渡部 肇史×星野 佳路

Global Vision

J-POWER社長

渡部 肇史

星野リゾート代表

星野 佳路

「本社と現場に上下関係があるうちはフラットな組織と呼べません」と日本の観光業界を牽引する経営者は、柔らかな口調で言った。
基本に忠実に、100年先までサステナブルでいられる経営の極意とは?

斬新で良質なサービスモットーは「基本に忠実」

渡部 本日は「星のや東京」を使わせていただき、ありがとうございます。早速ですが、軽井沢の温泉旅館を起源とする星野リゾートは、日本の観光業の常識を覆すような施策を次々に打ち出して、今や国内外で60前後の旅館やホテルなどを運営、利用客の人気も絶大と伺っています。その代表はどれほど型破りな戦略家かと思いましたが、経営のモットーは「基本に忠実」だそうですね。

星野 私は31歳で会社を引き継ぎましたが、まだ経験も知識も浅かったので、自分の直感に頼って経営の舵取りをするわけにはいきませんでした。老舗旅館の4代目として会社を潰したくないという一心で、学生時代に学んだ著名学者の経営書などの「教科書」を読み漁り、手順を踏んで経営判断をする手法を学んだのです。

渡部 あくまで基本に忠実でいながら、決して守りの経営にならず、時代の変化を捉えて大胆に新境地を拓いていく――。我々J-POWERとは事業分野は異なりますが、経営者の一人として、星野リゾートの企業姿勢に深く共感します。また、見習いたいところが山ほどあります。

星野 最初から順風満帆だったわけではありません。私が初めに面くらったのは、経営者には選択肢が多過ぎるということでした。選択の幅が広いから意思決定に迷うし、経営戦略も混沌としがちです。そんな折に救いの手を差し延べてくれたのが経営の教科書でした。教科書が失敗のリスクを減らしてくれて、私の背中を押してくれたと思います。

渡部 あまたの経営書には、成功確率を高めるヒントが記されている気がしますが、それを失敗のリスクを最小化する筋道で読み解くことが有益であったということですね。

星野 星野リゾートは108年続いている会社ですが、私は会社の業績を伸ばして成長させることよりも50年後、100年後に潰れていない状態を維持すること、言い換えれば長期的視野に立った経営のサステナビリティを第一義としてきました。そのための教科書として、米国の経営学者フィリップ・コトラーのマーケティング論や同じく経営学者マイケル・ポーターの競争戦略論などがよい道標になってくれたと思います。

渡部 多くの選択肢の中から、経営判断として1つを選ばねばならない厳しさについては、私にも心当たりがあります。まずはその選択に自らが納得し、その上で社内のコンセンサス(同意)を得るわけですが、最終的に「これで間違いなし」と確信を持つまでが容易ではありません。

星野 J-POWERのような業態では、局面ごとに大きな経営判断を求められるケースが多いと思います。我々の場合は、日々の業務の中で場面ごとの対応を迫られますので、大きな経営判断はヘッドクォーターが担うにしても、日々の状況判断は各施設、各現場に委ねるのが本筋です。ですから、私に課せられた任務は、旅館やホテルの最前線で接客しているスタッフが、それぞれの持ち場で正しい判断をできるような環境を整えることなのです。

「フラットな組織文化」が独自性と競争力の源泉

渡部 日々の判断は現場に委ねるというお話を、さらに詳しく教えてください。私も常々、役職や年次の上下関係などに捉われない風通しのよい組織づくりをしたいと思っていますが、星野リゾートでは「フラットな組織文化」を社是として、人事をはじめとする経営戦略の要に据えているそうですね。

星野 フラットな組織文化とは、立場や年齢、性別などに関係なく双方向のコミュニケーションがとれる環境と、スタッフ一人ひとりが自ら考え、アイデアを発信し、チームで議論を重ねることが習慣化している組織です。サービス業にとって最も鮮度の高い情報は接客の現場にありますから、スタッフ自身が気づき、自由に発想して、提案するアイデアが現場に蓄積されていく。それこそが星野リゾートらしい、こだわりを持ったサービスの源泉というわけです。

渡部 一般的な企業組織では、顧客のニーズを本社が汲み上げ、対応策を施策として各現場に下ろす傾向があります。そういうトップダウン型の経営を排して、ボトムアップに徹するイメージでしょうか。

星野 現場の声を重んじるのはよいとして、そもそも本社と現場に上下関係があるうちはフラットな組織と呼べません。これに関して私は、米国の経営学者ケン・ブランチャードの一連のエンパワーメント理論を教科書にして、フラット化のための社内ルールを決めました。第1の視点は「組織内に権限を持つ人は必要だが、偉い人がいてはいけない」。これを日本流に解釈して、職場では役職名で呼ばず、「さん付け」で呼び合うとか、デスクの大きさにも差をつけないという具合に、形から変えていきました。私自身、個室どころか決まった席もありません。原則フリーアドレスにしている職場で、扱いはみんなと同じです。第2の視点は「組織のスタッフ間で情報量に格差をつけない」こと。最前線のスタッフと私を含むヘッドクォーターとの間では極力、経営情報や財務情報などを共有できる仕組みにしてあります。情報量に差があると有利不利が生じるため議論の妨げとなり、特に現場サイドが情報格差を理由に言い負かされると、自由に発想する意欲が萎えてしまいかねません。

渡部 そのフラットな組織文化を、働く人たちの視線で捉えた言葉が「言いたいことを言いたい人に言いたい時に言う」ですね。自ら判断して行動するスタッフが育まれるし、利用客の身になって共感を呼ぶサービスを提供できるのも頷けます。

星野 ただし、スタッフへ「常に考え、発想し、提案せよ」と押し付けたりはしません。そうする自由もあるし、しない自由もある。各人に顕在化している職能を会社は評価し、相応の待遇を約束しているのだから、そこの帳尻さえ合っていれば問題はありません。発想も提案もしなくても、自分なりのやり方でチームに貢献していれば肩身の狭い思いをすることもない。そういう自由闊達さが、本当の意味でフラットな組織のよさだと思っています。

自分のやりたい仕事に希望の任地で打ち込める

渡部 もう1点、組織のフラット化で興味深いのが「自分のキャリアは自分で決める」という人事戦略です。例えば会社からの一方的な異動発令はないとか、社内に昇進・降格という概念がないのは本当でしょうか。

星野 事実です。現にスタッフ自らの意思による異動が大多数を占めていて、希望者は多様な人事制度を利用して異動申請を行っています。稀に会社起点の異動もありますが、その場合も本人の同意が必要です。
また役職は存在しますが、スタッフには上・下の意識がなく、単に役割が変わるぐらいの認識です。役職に就きたければ誰でも立候補できるし、自ら降りることも選べます。

渡部 自分のやりたい仕事に、希望する任地とポジションで思う存分打ち込める環境が整っているのですね。

星野 そうやって高い志を抱き、各地の施設に赴くスタッフには、その土地の一住民としての視点も加わります。仕事を通じて地域の人々や社会と密接に関わる中で、郷土色豊かなサービスを創出したり、その地域の文化の魅力を掘り起こして発信したりする。職場と地域の間にそのような好循環が生まれるわけです。

渡部 日々の業務と地域貢献とが不可分の関係になるのですね。J-POWERグループの事業拠点も国内外の発電設備だけで100カ所を超えており、それぞれの地域との共生関係をいかに深めていくかが重要な経営課題になっています。

星野 その点で話をさせていただくと今、CSR(企業の社会的責任)からCSV(共通価値の創造)への着実な流れがあります。私自身、ボランティア的な社会貢献や環境対策には懐疑的で、CSVを提唱したマイケル・ポーターが言うように、企業の社会貢献は本業に組み込まれた形でなければ持続可能性が乏しいと思っています。

渡部 確かに自社の利益を削って行うCSRではなく、本業を通じて行うものであるという考えは賛成です。

星野 観光業にできるCSVの最たるものは雇用対策です。星野リゾートは各施設の周辺地域からの正社員採用を促して、企業流出などで細りがちな地方の雇用を支える役割を担っています。また、大学卒の若者が施設スタッフとして地方に移り住むことで高齢化問題にも一石を投じられます。さらに、私たちが提供する様々な観光コンテンツに、地元で活躍する方々に参加いただくことで、地域の魅力やポテンシャルを発信していければと願っています。

マイクロツーリズムがコロナ禍の旅需要を喚起

渡部 観光振興による地方再生という流れの中で、星野さんが提唱された「マイクロツーリズム」が全国的な広がりを見せ、需要喚起に結びついていると伺いました。

星野 マイクロツーリズムは、当社施設から車で1~2時間圏内にお住まいの方に向けて取り組んできた、いわば「身近で、短い旅のプラン」です。元々は観光地のオフシーズン対策のつもりが、コロナ禍で旅の需要が激減する中で需要喚起策として注目され、今年に入って客足が急伸し、コロナ禍前に比べても業績がプラスに転じた施設が相次いでいます。

渡部 旅行客の近場志向にフィットしただけでなく、地域に固有の文化や土地柄などを施設運営やサービスに融合させるという、企業努力のなせる業(わざ)と言えるのではないですか。

星野 そこに重要なポイントがありまして、消費者のニーズを汲み取ることがマーケティングであるとする古い教科書にはアップデートが必要です。1980年代から世界中の企業が消費者志向に徹するあまり、提供される商品やサービスが均質化されて、2000年代以降はコモディティー化(画一化)の弊害が現れています。観光業界も同様で、みんなが共通の顧客ニーズに従うものだから、どこの旅行プランも代わり映えがしなくなりました。結果的に、独自性をアピールして顧客に選ばれるだけの付加価値を創出しなければ競争に勝てなくなりました。

渡部 実は、我々のつくる電気は「究極にコモディティー化した商品」と言われ、どこで誰が発電しても機能は同じで、逆に均質でないと困る商品でもあります。それが今日では、地球温暖化問題から「CO2フリー」という付加価値が注目されています。電気の製造方法で差別化が進み、我々電気事業者の事業計画や国のエネルギー政策にも影響を与えています。

星野 環境面での付加価値でいうと、例えば「星のや軽井沢」では消費エネルギーの約70%を自給自足しています。自分たちで使うエネルギーはできる限り地場の自然エネルギーで賄おうと、温泉排湯と地熱を組み合わせて暖房などに活用しているのですが、それが海外の旅行誌でエコロジカル・リゾートとして紹介されて集客に結びついています。

渡部 日本は世界3位の地熱資源大国で、その資源量は2,000万kW以上に相当するとされています。温泉と同様に地産地消に向く資源ですし、CO2フリー電源としての付加価値もありますので、我々も差別化商品の一候補として地熱発電に注目しています。

星野 差別化の第一歩は、自分たちのこだわりを強く持つことです。これまでお話ししてきたように、星野リゾート総体のこだわりがあり、その意を汲んで、各地の施設がこだわり発想のサービスを次々と編み出しています。せっかく当地を訪れたのなら、ここだけはぜひ見てほしい、これは食べてもらわないと困る、よそではできない体験をして感動を味わってほしいと、スタッフが手ぐすね引いて待ち構えています(笑)。

100年後、旅産業は世界の平和維持産業に

渡部 星野さんは、そんな各地の施設スタッフを「観光人財」と呼んで育成し、ゆくゆくは「観光業を一流の産業にする」というビジョンをお持ちだそうですね。

星野 人口減少に伴う地方経済の衰退や製造業空洞化を埋め合わせるために、この先、観光業にかかる期待は膨らむばかりです。いずれ観光産業が新しい基幹産業として認知されるためにも、星野リゾートには優秀な観光人財を輩出しつづける責務があります。そして観光には人と人、文化と文化、国と国を結びつけていく効能がありますから、私は大胆にも「100年後、旅産業は世界で最も大切な平和維持産業になっている」と予測しているのです。

渡部 私どもJ-POWERにも前途有望な「電力人財」が大勢おりますので、最後に何かメッセージを頂戴できればと思います。

星野 今後50年間で、エネルギー産業ほど振れ幅が大きい分野はないと思う半面、きっとこうなっているという未来の姿が目に浮かんできます。そういう変革期に社業を現場で支えて、方向付けをしていくのは夢の持てる爽快な仕事だろうなと、うらやましくさえ思います。

渡部 本日は中身の濃いお話を聞かせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

星野 ここ「星のや東京」は御社からも至近ですので、またご利用ください。ありがとうございました。

(2022年5月24日、星のや東京にて実施)

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

PROFILE

星野 佳路(ほしの・よしはる)

1960年、長野県生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。1986年、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)4代目社長に就任。所有と運営が一体化した日本の観光業界で、いち早く運営サービスに特化したビジネスモデルを確立。経営破綻した大型リゾート施設などの再生にも着手する。現在の運営拠点は、独創的なテーマで圧倒的非日常へいざなう「星のや」、地域の魅力を再発見する上質な温泉旅館「界」、洗練されたデザインの西洋型リゾート「リゾナーレ」、旅のテンションを上げる観光客のためのホテル「OMO(おも)」、みんなでルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の5ブランドを中心に、国内外60前後の施設に及ぶ。趣味はスキー。

対談会場「星のや東京」について

都心のオフィス街とは思えぬ静寂に包まれた「星のや東京」。

伝統的な旅館のあり様を都心の高層建築に組み込めば

星野リゾートが「独創的なテーマで圧倒的非日常へいざなう」をコンセプトに展開する「星のや」。その一つである「星のや東京」がGlobal Visionの対談会場。東京都心・大手町にある地下2階、地上17階の近代的な高層ビルだが、その中はまさに「ザ・日本旅館」。周辺のオフィス街とは隔絶された異空間だ。玄関で靴を脱ぎ、通路もエレベーター内も畳敷きという純和風の空間を進むうち、禅の心を表現したという空気感に深い安堵を覚え、高揚感に包まれる。

一般的なホテルのようなフロントはなく、和装の案内人が玄関で丁重に出迎えてくれる。スタッフは、日々創意工夫を重ね、東京の文化の魅力が詰まった宿泊者向けのアクティビティを生み出している。高いおもてなしの技を磨き続けられる環境があるのは、まさに「フラットな組織文化」が体現された結果だ。

ここ「星のや東京」で圧倒されるのは館内を埋め尽くす「和」の心。日本古来の旅館のあり様を貫きつつ、そこに現代のホテルに備わる機能性や利便性、快適性も巧みにとり入れた。建物や庭からなる横の展開を、高層建築の縦の空間に組み込んだ、いわば「塔の日本旅館」なのだ。

和の建築美に満ちた客室で旅館本来の逗留スタイルを味わう。
玄関で和装の案内人に出迎えられ靴を脱ぐと、畳敷きの異空間。

ホテルの一スタイルとして日本旅館を位置づけたい

軽井沢の温泉旅館がルーツの星野リゾートにとって、近年、存在感が薄れてきた日本旅館へのテコ入れは重要課題の一つ。星野佳路代表はこう語っている。

「日本旅館が勢いを失ったのは、どこかで進化を止めてしまったから。形式に捉われ、旅行者の変化への対応も十分ではありませんでした。だから今、私たちは日本旅館を再び進化させたいのです」

その進化の最先端に「星のや東京」は置かれているわけだ。「和」の心に満ちたもてなしの技に加えて、西洋型ホテルに引けをとらないサービスと機能。

「ホテルの一スタイルとして日本旅館を位置づけていきたいと考えています。日本に来たから日本旅館なのではなく、快適でサービスが素晴らしいから日本旅館に泊まるという市場を創造していく。その先には必ず日本旅館が海外の大都市へ出て行くチャンスがあるはずです」