防災が変わる、ビジネスを変える気象情報の活かし方
佐々木 恭子

Opinion File

気候変動問題に対しては適応策、すなわち安全に対応するための防災・減災の側面から取り組んでいる。

進展する気象予報 頻発する大雨災害に挑む

6月1日から産学官連携で世界最高レベルの技術を用いた線状降水帯予測を開始します――(気象庁報道発表資料)

斉藤鉄夫国土交通大臣は本年4月28日、気象庁による新たな予測情報の発信を始めることを表明。「線状降水帯」がもたらす集中豪雨による被害軽減に向け、その発生の可能性が高いと判断される場合、半日から6時間前に気象庁ホームページなどで警戒を呼びかけることを明らかにした。

線状降水帯は、次々と発生する積乱雲が連なって数時間にわたり同じような場所を通過・停滞することでできる線状の雨域や雨雲のまとまりのこと。2017年の「平成29年7月九州北部豪雨」では、九州北部の各地でこれまでの観測記録を更新する大雨をもたらし、2020年の「令和2年7月豪雨」では球磨川を氾濫させる大雨をもたらすなど、各地で頻発する大雨災害につながる集中豪雨の原因となる現象である。

気象庁によると、線状降水帯の発生予測は当面、「九州北部」など全国を11の地域に分けた大まかな範囲が対象となり、予測した地方での的中率は4分の1程度であるという。だが、「これまで困難だった予測を可能にする大きな前進です」と、企業などに気象情報を提供する合同会社てんコロ.代表で気象予報士の佐々木恭子さんは話す。

「気象庁はちょうど1年前の6月にも、『顕著な大雨に関する情報』の発表を始めています。これは線状降水帯がすでに発生して大雨災害の危険度が急激に高まっている時に出されるもので、線状降水帯というキーワードを使い、極めて危険な状況にあることを明確に示して命を守る行動につなげるという、これ自体が画期的な情報提供の始まりでした。

このような情報が出されるようになった背景としては、線状降水帯による大雨が災害発生につながる危険な現象だという認識が社会に浸透してきたことにあります。そこで、予測精度の向上を進めるのと同時に、まずは実況で『線状降水帯』が検知された時の情報提供を開始したということです」

今回の予測情報はそこからさらに一歩進み、線状降水帯が発生する前の段階で、その可能性があると判断された時点で発表される。発生まで半日から6時間程度のリードタイムがあることで、早めの対策、早めの避難につながる点で大きな意味があると、佐々木さんは言う。

気象庁では大学などの研究機関とも連携して観測技術の研究開発を強化、予報モデルの実証などにスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」も活用していく構え。2029年度には市町村ごとに線状降水帯の情報提供が行えるよう、予測精度を高めていくとしている。

『すごすぎる天気の図鑑』(荒木健太郎著、KADOKAWA)より

天気のシナリオを描く気象予報士の醍醐味

佐々木さんが気象予報士の資格(※1)を取得したのは15年前。テレビ番組の制作ディレクターからの転身だった。

「バラエティ番組の担当でしたから、タレントさんを押さえて屋外でロケというのが多く、天気予報は重要でした。当時は雨雲レーダーのような便利なアプリもなく、広い範囲の予報なら当たるんですけど、ロケ地のこの場所でどうなのか、スポットの情報となるとわかりません。晴れ時々くもりと言っていたのに、なぜいきなり夕立なのかと、ストレスが溜まることがありました。それならいっそ自分で予報ができれば、スケジュールも組みやすくなるし、苛立つこともないだろうと。

ところが、気象予報士の試験勉強を始めてみると、物理学に基づく難解な話も案外に面白く、すっかり魅力にハマってしまいました。雲や雷や台風が生まれる原理を学べば、まさにその現象を身近に見て仕組みを実感できます。お風呂の湯気を見ても、なるほどこれも雲かと納得する。そんなことが楽しくなっちゃったんですね。晴れて資格を手に入れた頃にはもう、転職の意思を固めていました」

気象予報士の仕事についても調べてみると、大勢の人に伝えるメディアの天気予報だけでなく、企業や自治体に個別に気象情報を提供したりコンサルティングをしたりする役目もあることがわかり、新しい自分の進路が見えた。その仕事に就いて初めの頃に驚いたのが、ある電力会社の気象に関するシビアな事情である。

「電気の需要は天気や気温に左右されますよね。その予想を誤ることは、場合によっては電力逼迫を引き起こしかねない大問題です。最高気温で2℃、最低気温なら3℃も外せばクライアントの電力会社から大目玉を食らい、通称『反省文』と呼ばれる顛末書を出さなくてはなりません。予測が外れた要因は何か、シナリオのどこがどう違っていたのかと。

シナリオというのは、その日の気温の流れや天気の移り変わりを表した展開予想で、このストーリーをしっかり組み立てられるかどうかで気象予報士の実力が問われます。ある意味で晴れやくもりの当たり外れ以上に、気象予報士にとって大事な腕の見せどころです」

天気予報は、気象庁が提供する数値予報モデル(※2)の計算結果や、各地の地上気象観測所、気象衛星ひまわりによる観測値などを組み合わせてつくられる。それに加えて地形などの地域特性や、ほかにも経験を積んだ予報士とそうでない人とでは観測や予測データの読み取り方に差が生じることなども、シナリオの違いに関係してくるという。

「複数のシナリオを描いて実際の天気に照らしてみるのですが、見事にそのとおりに天気が変化したときは本当にうれしいですね。この仕事の醍醐味です」

「気候リスク管理」をビジネスに活かす時代

そうした確かな気象情報を必要とする企業は、思った以上にたくさんあるようだ。2021年2月に気象庁が発表した「産業界における気象データの利活用状況に関する調査報告書」(※3)に、その実態が端的に表れている。佐々木さんはこう説明する。

「この調査は、製造業、卸売業、小売業といった気象情報の利用拡大が見込まれる業界を中心に、5,000社にアンケートを送ったものです。これによると、自社の事業が気象の影響を受けていると考える企業は6割以上(65.7%)ありますが、実際に気象情報や気象データを事業に使っている企業となると、約3割(34.7%)にまで下がります。さらに、自社が持つ事業データと気象データを掛け合わせて将来予測に役立てるなど、高度に利活用している企業は約1割(10.7%)に過ぎません。こうしてみると、自社のビジネスが気象と無縁ではないと知ってはいても、現実にはその情報を活用できていない企業が大半であることがわかります」

その理由として、「利活用の方法を知らない」、「どのような気象サービスがあるか知らない」といった認知不足に加え、「専門知識を持つ人材が社内にいない」という人材不足の要因もあると、気象庁では分析している。その不足を補い、企業の関係者を啓発するとともに、現場で活躍できる気象予報士を育てることが、佐々木さんとてんコロ.が遂行する目下のミッションである。

では実際、どんな企業がなぜ気象情報を必要とするのか、佐々木さんに挙げてもらった。

「まず、航空、海運、鉄道などの交通・運輸関係はすぐに思い当たりますね。気象事情が運行状況や安全対策に直結しますし、風況・波浪の予測は港湾などでの荷役作業にとっても重要です。高速道路となると、区間や立地条件によって必要な情報が異なります。1時間に10ミリの雨は平野部では心配なくても、山間部など事故や災害の可能性がある区間では、速度規制などの対策を取らなければならない場合があります。
ほんの1ミリの雨に神経を尖らせる業界もあります。ちょっと水たまりができる程度の雨ですが、例えばプロ野球には大問題。興行成績にかかわりますからね、大ごとです。
製鉄業や製紙業では結露予報が必須です。錆びなどで製品に損害が出ないよう、温度・湿度をコントロールしなくてはなりません。また、少し長期的な予報が必要な場合もあります。飲食業や小売店は気温や天候の傾向を見て、入荷のタイミングや仕入れの量を調整しますし、農業では収穫時期の算出や冷害・高温対策、害虫の発生予測などに2週間〜1カ月ごとの予報を利用しています」

ほかにも枚挙にいとまがなく、分野を問わずあらゆる業界にとって気象情報は、防災・安全のためだけでなく「損をしないため」の情報でもあるのだと、佐々木さんは強調する。気象庁ではこうした「気候リスク管理」(※4)を推奨し、事業に役立つ気象データや調査報告、業界ごとの活用事例などをウェブサイト内で公開している。

求められる専門職人材 次代を担う人づくりを

佐々木さんも協力した『すごすぎる天気の図鑑』、『もっとすごすぎる天気の図鑑』(荒木健太郎著、KADOKAWA)は、天気や気象について幅広い世代が楽しみながら勉強できる本。

「気象情報を上手に活用すれば、損をしないどころか得をすることも十分にあり得ます」と佐々木さんは言う。例えば、アパレル・ファッション業界。「冬のコートは気温○℃以下、ロングブーツは□℃以下で売れ始める」などといった業界の定説を経験則に終わらせず、調査に基づく販売データと気象データを用いて定量的に分析すれば、商品展開や販売戦略、売場づくり、在庫管理などの施策に先手を打つことができ、ひいては生産性の向上や省力化にも結びつく。

「気象状況を追い風に、業績アップが期待できるわけですね。コンビニ業界ではそうした取り組みもすでに浸透しつつあるようです。今後、社会全体でビッグデータやAIの活用が広がれば、個々の企業が持つ独自の膨大なデータに、気象に関するオープンデータを組み合わせて分析し、意思決定や業務改善に活かすことも可能になると思っています」

そうなると、今でさえ不足しがちな気象専門職の人材ニーズはさらに高まることになりそうだ。事実、気象予報士を採用する企業や自治体は増加傾向にあり、自然災害リスクの軽減に躍起になる損害保険会社では社員に資格取得を推奨する動きもあるという。

「気象予報士の有資格者は1万人以上ですが、趣味で取る人もいたりして、実は現場ではまったく足りていないんです。私たちが主催する気象予報士講座(※5)では、メディアで予報を伝える人というよりも、予測業務の最前線で働く人を育てることを念頭に置いています」

一方、高度化した気象情報を防災・減災にもっと活かすため、大人たちの啓発と、子どもたちの防災教育にも力を入れていく。

「災害につながりそうな現象が発生する時に出される気象情報に耳を傾け、その情報に準じて発表される自治体の避難情報にしたがって行動すれば、命を落とすことはほとんどない、今の予測技術はそこまで進化しています。なのに、現実には多くの方が犠牲になるのはなぜでしょう。情報の出し方もありますが、受け手の側で十分に活かせていない面もあるはずです。どうすれば情報を使いこなし、自信を持って行動できるのか。特に子どもたちに、その力を学びとってほしいと思うのです」

気象予報士の資格が誕生してほぼ30年。積み重ねてきた予測する技術と伝えるスキル、教える力が、真価を問われる時代になった。

取材・文/松岡 一郎(エスクリプト)、写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1気象予報士
    気象業務法の改正によって1994年に導入された国家資格。2022年3月30日現在、11,251名が登録されている。
  2. ※2数値予報モデル
    大気や海洋・陸地の状態の変化を数値シミュレーションによって予測するためのプログラム。局地モデルや全球モデルなど、予報の目的に応じていくつかの種類がある。
  3. ※3産業界における気象データの利活用状況に関する調査報告書
    2019年度に実施した第1回調査を踏まえ、利活用されていない要因を探るために2020年11月に行った追加調査の報告書。
  4. ※4気候リスク管理
    気候によって影響を受ける可能性(気候リスク)を把握し、気象観測データなどを活用して対応すること。
  5. ※5TeamSABOTEN気象予報士講座
    初心者にもわかりやすく天気や気象の基礎から学べる講座。佐々木さんをはじめとする現役の気象予報士が講師を務める。
    https://www.team-saboten.com/

PROFILE

佐々木 恭子
合同会社てんコロ.代表
気象予報士

ささき・きょうこ
合同会社てんコロ.代表、気象予報士。早稲田大学第一文学部卒業後、テレビ番組制作会社でバラエティ番組担当のディレクターに。2007年に2回目の挑戦で気象予報士資格を取得。民間気象会社で自治体防災向けの局地予報、高速道路・国道向けの雪氷予測などを担当した後、2010年に独立。予報業務のほか、カルチャースクールや気象予報士資格取得スクールの講師などを務める。「てんコロ.の気象予報士講座」を主宰。著書に『天気でわかる四季のくらし』(2011年、新日本出版社)、監修に『奇跡の瞬間! 空の絶景100選』(2021年、宝島社)などがある。