プーチン大統領の誤算とロシアの弱体化が世界に与える影響
寺島 実郎

Global Headline

6月初頭には、ロシアがウクライナに軍事侵攻してから100日となる。この間に起こったことを総括し、今後考慮すべきことについてまとめておきたい。

プーチン大統領(以下、プーチン)の誤算は、ロシアが長期戦に耐える経済力を持たない経済小国だったことだ。近代戦においては、経済力が勝敗を左右する。プーチンは経済の大切さを正しくは認識していなかったようだ。

世界軍事力ランキングで、ロシアは米国に次ぐ第2位の軍事大国と評価されている。だが、ロシアの軍事予算は米国の約12分の1、軍備は年式が古いものが多く、いまだ世界の核弾頭の約半分を持つ核大国ではあるものの、通常兵器では軍事大国とは言えないことがわかる。

ロシア経済の評価はさらに厳しい。冷戦終結直前の1988年、世界GDPに占めるソ連の割合は約8%だったが、プーチンが大統領として表舞台に登場した2000年のロシアは、わずか1%程度に落ち込んでいた。

プーチンは、01年に米国で起こった9.11同時多発テロによってエネルギー価格が高騰する中、石油や天然ガス、石炭などのエネルギー産業を次々に国有化、外貨を獲得し、政権と自身の権力の浮上材料とした。これによってロシアは豊かにもなったが、その後の20年間でもエネルギー産業に依存した構造から脱却できず、産業力を高めることはできなかった。21年の世界GDPに占めるロシアの割合は約1.6%にすぎず、このまま欧米諸国による経済制裁が続けば、22年は1%を切ることになるだろう。グローバル経済では「相互信頼」が重要で、信頼をなくせばプレーヤーは潮を引いたように消えていく。ロシア国民は、経済的孤立がもたらす怖さを思い知ることになるだろう。プーチンは政治力や軍事力などのハードパワーで秩序を構築しようとしたが、それは限界に達しており、経済をはじめとするソフトパワーが支配する世界だということを我々は目撃しているのだ。

ウクライナ侵攻での勝敗にかかわらず、ロシアの弱体化は確実だが、事ここに至って考えなくてはならないのは、ロシア弱体化のバックファイア(裏目の効果)が世界経済に与える影響だ。

エネルギーの高騰や食料不足、インフレなど、その徴候はすでに見え始めている。欧米各国はインフレに備えて、政策金利を上げるなどの金融引き締め策を始めているが、これにより新興国の資金が先進国に流れ、格差と貧困の問題がさらに悪化することは間違いない。この経済危機のリスクを世界はどう制御していくのか。そして、日本はどうするのか。

ウクライナ危機の次のステージに向けて、世界はすでに動き始めている。

(2022年5月17日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』(2021年、岩波書店)、『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)、『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)など多数。メディア出演も多数。
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