和服のアップサイクルで伝統工芸を次代に継ぐ
村上 采

Opinion File

「伊勢崎銘仙の大胆な色遣いや抽象柄は、モノトーンにも、ちょっとくすんだ色にも合います」と村上さん。

コロナ禍をきっかけに銘仙の価値を再発見

大正から昭和にかけて一世を風靡した「銘仙(めいせん)(※1)」という織物がある。原料の絹の風合いを活かしたなめらかさ、化学染料を使用した鮮やかな色合い、味わいのある絣(かすり)模様(※2)、豊富なバリエーションを誇るモダンな絵柄が見事に融合した着物は多くの若い女性を魅了し、その丈夫さもあって、普段着として全国的に大流行した。特に、複雑な模様や独特の風合いが特徴の群馬県の「伊勢崎銘仙(※3)」は、全国の銘仙生産量の半分を占めるまでに至ったという。

伊勢崎銘仙は国の伝統的工芸品(※4)にも指定されたが、和から洋へ生活様式が変わっていくにつれて衰退を余儀なくされ、その伝統の灯(ひ)はかなり細くなってきている。

そんな伊勢崎銘仙の伝統を継承しようと奮闘しているのが、現役大学生でアパレルブランド「Ay(アイ)」を立ち上げた村上采(あや)さんである。

「もともとAyは、アフリカ・コンゴの伝統的な布を用いて現地で服をつくって、日本で売るという活動を発端としています。ところが、コロナ禍でコンゴに渡航できなくなり、大学の授業もリモートになったため、実家がある群馬県伊勢崎市に戻ったのです。せっかく立ち上げた事業をどうするか、今後、自分は何をしたらよいのか、悩みましたが、地元で暮らすうちに、地場産業である伊勢崎銘仙という素晴らしい布があったことを思い出しました」

村上さんが伊勢崎銘仙について知ったのは、中学生の頃。地元について学ぶ「故郷授業」を通して、銘仙は高級品ではなく、一般の女性に広く愛されていた普段着だったことや、現代の女性から見てもハッとするほど鮮やかでかわいい着物を生み出す文化が地元で受け継がれてきたこと、それは女性が外で働くことが難しかった時代に女性が活躍できる仕事だったことなどを学んだ。

その影響もあり、高校時代にアメリカ留学した時や、大学のゼミ学習の際にアフリカのコンゴを訪れた時にも、伊勢崎銘仙の継承活動をしている地元のおばあさま方に相談して、伊勢崎銘仙の着物を持って行き、イベントで着たり一緒に着付けを楽しんだりした。

「アフリカには、カラフルでおもしろい模様の布がたくさんあります。でも、伊勢崎銘仙もアフリカの布に負けず劣らず発色がいいし、人を惹きつけるデザインだと思います。アフリカの布と伊勢崎の銘仙、歴史や文化的な背景は違っていても、テキスタイル(織物・布地・柄)の文化として何かがつながっているかもしれないし、伊勢崎銘仙をアフリカに持って行ったら、これまでの自分の視点が変わるかもしれないとも考えました」

伊勢崎銘仙の色柄は、アフリカでも好評だった。村上さんはその素晴らしさを改めて感じる一方で、着物のままではその魅力を十分に伝えるのが難しいだろうとも感じた。

伊勢崎銘仙の良さを広く伝え、次代に伝統を引き継いでいくにはどうしたらよいのか。村上さんの挑戦が始まった。

細部に流行を取り入れたブラウスとティアードスカートの組み合わせ。洋服にさりげなく和のテイストを調和させたデザインが人気。

アップサイクルの意義と社会的課題への取り組み

そもそも、村上さんがAyを立ち上げたのは、コンゴの女性たちと貧困や教育を巡る社会問題解決のために、NGOと協力してビジネスモデルを考えたのがきっかけだった。その根底には、日本の消費者が喜ぶ商品をつくり、同時にコンゴの女性たちが働いて収入を得られるような仕組みをつくりたいという思いがあった。

女性の社会進出が難しい状況の中で、家族を食べさせるために、あるいは子どもたちを学校に通わせるための現金収入を得たい。そんなコンゴの女性たちの思いは、江戸から明治、大正、昭和の多くの日本女性の思いと重なる。実際、銘仙の反物を織る仕事は、時期によっては相当の稼ぎとなり、一家の家計を支える重要な収入源だった。そんな社会的な背景の共通点もまた、村上さんの心の琴線に触れたのだろう。

「昔から受け継がれてきた伝統や技術を絶対に絶やしてはいけないと思いました。でも、着物を着る人が少なくなった現代で伊勢崎銘仙の魅力を知ってもらうには、どうしたらよいか。その方法として考えついたのが、アップサイクルでした」

アップサイクルは、ここ数年、SDGsの取り組みとともに、日本でも急激に広まっている。不要になったものを回収して、一度原料に戻して再利用する「リサイクル」とは違い、古くなってしまったものや不要になったものに新しいアイデアを吹き込み、デザインし直すことで生まれ変わらせ、使い捨てをやめて、ものを大切にするという考え方だ。

村上さんは、伊勢崎銘仙を使った洋服づくりに着手。現在、ブラウスやスカートなどに銘仙の生地を一部取り入れた作品をプロデュースしている。

「今期の新作は、ティアードスカート(※5)です。一段目にはオーガニックコットン100%生地、二段目、三段目に伊勢崎銘仙の布を使っています。銘仙に使われている絹は、自然由来で、やがては土に返る天然の素材です」

村上さんは、伊勢崎銘仙の着物を仕入れ、新たに活用できるように洗ってほどき、色や柄を見ながら使い方を決めていく。

「ティアードスカートでは、36cmという着物の反物の幅を活かしたデザインに仕上げています。裾の周囲にたっぷり布を使うデザインなので、でき上がったスカートはほぼ一点ものになります」

淡いピンクのやさしい花柄、思わず目が行くビビッドな赤紫の地に浮かび上がる印象的な大花のデザイン、黒や赤などが効いているポップな色遣いの抽象柄……。どれにしようか、さんざん迷いながら買うという楽しみも与えてくれそうな商品が、多くの女性たちを喜ばせている。

「東京と群馬、二つの拠点での展示即売会では、似合う色やお手入れの方法など、お客様といろいろお話しするのが楽しみです。様々なバリエーションがある伊勢崎銘仙を使っているだけに、迷いながら吟味し、お気に入りの一品を選んでいただく時間もぜひ楽しんでほしいと思っています」

蚕から絹糸をつくり、それを紡ぎ、機(はた)で織る。多くの手間暇をかけてつくられる布。そこには、様々な技術と伝統が凝縮されている。

「本当に魅力のある衣服とは、素材も含めて、それができるまでの時間や労力をかけてつくったもの、つまり、背景に多くの人が関わっているものではないか」という村上さん。それは、大量生産、大量消費の商品とは、一線を画す価値を持つ。

「銘仙を含めた着物は、昔はおばあちゃんからお母さんへ、そして娘へと受け継がれてきました。その過程で、ほどいて洗浄し、サイズ変更して仕立て直す……。今でいうアップサイクルですよね。伊勢崎銘仙も、そんな昔ながらの着物だったからこそ、アップサイクルに向いていたと思います」

会社立ち上げの理念である「文化を織りなおす」というコンセプトに忠実に、村上さんは伊勢崎銘仙を使ったアップサイクルに取り組んでいる。

ビジネス上の課題と今後の夢・目標

本当によいものを所有する満足感が味わえるオリジナルポーチなど、小物も売れ筋商品。
組子の技法を使ったアクセサリー。伝統技術の新しい活用法の一例としても注目される。

技術や伝統の継承は尊いものだが、尊いからといって、存続するのは難しい。村上さんは、そこを克服するべく、様々なビジネス上の課題に取り組んでいる。

「まずは、地元群馬県の若い世代も含め、伊勢崎銘仙について知ってもらいたいと思っています。実は、地元の高校で起業に関する講演をした際に、『銘仙について知っていますか?』と問うと、『上毛かるた(※6)で知っているけど、実物は見たことがない』、『銘仙に触れたことがない』という声を聞きました。そこで、地元の若い世代への周知が必要だと思いました」

村上さんは、起業を考える子どもたちに、伊勢崎銘仙との出合いも含めて、自分の過去を素直に話した。

「もともと、ものづくりが好きだった私は、学生時代に手づくりしたアクセサリーをインターネット上で販売しました。まわりの友だちの口コミや協力もあり、それなりに成功したと思います。そうした小さな成功体験があり、やがてAyに結びつきました。銀行からの大口融資を受けて始める事業もありますが、今、伊勢崎銘仙のアップサイクルに取り組んでいる私のように、小さな成功体験を何度も積み重ねて発展していく事業もあります。大きなリスクを背負わないで、その時々、目の前の課題に一生懸命に取り組むというスタイルもありだと思います」

伊勢崎市で開催されていた銘仙のファッションショーは、継承活動をしてきたグループの高齢化により、今年、終焉を迎えた。そんな中で、村上さんは、新たな形でのファッションショーの開催や、ふるさと群馬での実店舗経営などを視野に入れ、次代への文化の伝承方法を考えている。

「残念ながら、昔ながらの伊勢崎銘仙の製造は担い手がなく、途絶えてしまいました。今後は、伊勢崎の繊維工場とともに伝統的な絣の技術を活かした布を開発し、それを活かした新しい商品をつくりたいと思っています。また、和室の欄間(らんま)などに使われた組子の技法などの工芸技術を活かしたアクセサリーやインテリア小物なども提案していきたいと考えています」

今は国内向けに行っているインターネット販売を、ゆくゆくは海外にも広げ、伊勢崎銘仙や組子細工のほかにも、高度な技術を誇る日本の美しい伝統工芸品をアップサイクルし、広く紹介していきたいという村上さん。

「クラウドファンディングを通して、立ち上げ資金の協力をいただきましたが、それは私自身に対する応援だったと思います。今後は、魅力ある品を開発・量産する仕組みを整え、ビジネスとして自走していけるよう、工夫を重ねていきたいです。日本には、海外の人にとっても魅力的な美しい伝統工芸品が、まだまだたくさんありますから」

温故知新。生まれ育った土地で受け継がれてきた文化を知り、それを継承し、さらに新しい手法で伝統の技を次代へとつないでいく。その道を拓く村上さんの挑戦は、まだまだ続いていく。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1銘仙
    銘仙の起源は、江戸時代、たて糸が多く筬目(おさめ)が千ほどもありそうな緻密な織物を「目専」、「目千」と呼び、これが転じて「めいせん」となった説がある。
  2. ※2絣模様
    布を織る前に糸にあらかじめ模様を想定した染色を施し、織り上げて図柄を表現したもの。模様の輪郭がかすれて見えるのが特徴。
  3. ※3伊勢崎銘仙
    伊勢崎で生産された銘仙。伊勢崎銘仙(登録名は「伊勢崎絣」)は、1975年に通商産業大臣(当時)より伝統的工芸品に指定。
  4. ※4伝統的工芸品
    特徴となる原材料や技術・技法の主要な部分が今日まで継承されていて、その持ち味を維持しながらも、産業環境に適するように改良を加えたり、時代の需要に即した製品づくりがされたりしている工芸品。
  5. ※5ティアードスカート
    tiered skirt。ティアードは、「重なる、列になる」の意味で、ひらひらしたひだ飾りで、段に区切られたデザインのスカートのこと。
  6. ※6上毛かるた
    子どもたちに群馬の歴史、文化を伝えたいという趣旨から、群馬県の歴史・自然・人物・産業などを詠んだかるた。「め」の札は「銘仙織出す伊勢崎市」。

PROFILE

村上 采
株式会社Ay
代表取締役社長

むらかみ・あや
株式会社Ay代表取締役社長。1998年、群馬県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中。高校1年生時にアメリカ合衆国ミネソタ州に1年間留学。留学中にアフリカに興味を持ち、コンゴ民主共和国を拠点に活動する慶應義塾大学長谷部葉子研究会コンゴプロジェクトに所属。2019年5月、アパレルブランド「Ay」を立ち上げる。現在、郷里である群馬県伊勢崎市の絹織物を生まれ変わらせる商品ラインを発表。