エネルギー基本計画とファンダメンタルズの重要性
寺島 実郎
Global Headline
日本政府は2050年の温室効果ガス排出ゼロを目標にしているが、それに向けて経済産業省が発表したのが「第6次エネルギー基本計画(素案)」だ。2013年に比べ、2030年の温室効果ガス排出を46%削減という野心的な目標だが、問題は2030年の日本の経済規模をどう考えているかだ。
経済産業省によれば、内閣府が設定した2030年度の名目GDP663兆円をベースに考えた数字であるという。2020年度が約536兆円だから、これからの約10年間で127兆円増やすことになる。2020年度のGDPのうち、製造業は約21%の約113兆円。つまり、現在の製造業を超える規模の成長が「第6次エネルギー基本計画」の前提となる。日本経済をいかに成長させるかという「ビジョン」が完全に抜け落ちていることに疑問を感じる。
昨今、経済についてはSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)という考え方が隆盛を誇っている。サステナブル(持続可能)に比重が置かれがちだが、デベロップメント(開発成長)をどうするのかが極めて重要である。
デベロップメントのために大事な柱となるのがイノベーション(技術革新)とファンダメンタルズ(産業基盤)だ。イノベーションが必要であることは間違いないが、ファンダメンタルズも重要だということを強調しておきたい。日本が高度成長期に置き忘れてきた、ある種の弱点を抱えたままではさらなる成長は望めない。ファンダメンタルズ強化への原点回帰が重要だ。
私は、基幹産業としての「食と農」、「医療と防災」を強化することを提案したい。現在の日本の食料自給率は約38%だが、これを約70%くらいまでもっていくことはできないか。戦後の日本が培ってきた工業技術やDXなどの技術を最大限活用することによって、瀕死寸前の日本の農業を蘇らせる。「食と農」は、生産だけでなく、加工、流通、調理など様々な工程をも含めた広い視界から活性化を考えることが大切だ。さらに、医療と防災に力を入れ、コロナ禍であぶり出された日本の医療の問題点を補強するとともに、近年災害が多発する日本だからこそ医療・防災産業をしっかりと根付かせていくことが必要だ。
そして、ファンダメンタルズとして重要なのがエネルギー政策だが、2050年温室効果ガスゼロを達成するために太陽光発電をどんどん進めればよいという単純な話ではない。なぜなら、太陽光発電は自然要因によって変動が大きいエネルギーで、それを制御できなければ、安全で安定的なエネルギーとはならないからである。日本のエネルギー政策については、また次回に述べたいと思う。
(2021年8月30日取材)
PROFILE
寺島 実郎
てらしま・じつろう
一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)、『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)、『ジェロントロジー宣言―「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(2018年、NHK出版新書)など多数。メディア出演も多数。
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