私は私の王女様である そしてその民である――大島弓子「八月に生まれる子供」(『ロストハウス』収録)より
成田 名璃子

Power Of Words 私の好きな言葉

小説家 成田 名璃子

美味しい家庭料理と人々の温かな交流の物語『東京すみっこごはん』シリーズで人気の小説家・成田名璃子さん。成田さんが心にいつも置いている言葉は、少女漫画家の大島弓子さんの作品に登場するセリフだ。
「大島さんの作品には、詩のようなセリフやじっくりと考えてみたい深みのある言葉がたくさん出てきます。その中の一つとして、すっと入ってきました。ただ、出会った時に衝撃を受けたというより、じわじわと心に沁みてきて、本当に感銘を受けたのは30代になってからです」
当時、忙しく働く毎日を送っており、「自分の王女様は会社だった」という成田さん。仕事があり、衣食住にも困らず、それなりに人生は順調。なのに、どこか満たされない空虚な思いを抱え、生きづらさを感じていた。
「自分自身の『王女様』になろう、自分で人生の舵取りをしていこうと決めて小説を書き始めたら、虚しさがすーっと消えていきました。救われたと思いました」
後半の「民である」も、成田さんを支えている。
「仕事や人との付き合いの中には、周りの空気を読んだり、忖度したりして、自分を裏切る機会は意外にたくさんあります。でも、決して自分を裏切らず、常に自分自身の感覚や思いに忠実でありたいと思っています」
どんな感情や目標を心の中に置くかを決めるのは、自分。誰もが自分の人生の主人公であり、自由なのだ。大島作品から生き方のヒントをもらったように、小説家として読者を支え勇気づける言葉を届けられたらうれしいという。
今度はコメディを書こうか。それとも平安貴族のお話にしようか。成田さんは、自分自身の王女様として、そしてその民として、今日も言葉を紡ぐように書き続けている。

取材・文/ひだい ますみ 写真/大泉 美佳

PROFILE

小説家 成田 名璃子

なりた・なりこ
1975年、青森県生れ。東京外国語大学卒。2011年、『月だけが、私のしていることを見おろしていた。』で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞し、作家デビュー。2015年刊行の『東京すみっこごはん』(光文社)が人気を博し、シリーズ累計26万部を突破。