女性、社会、地球とともに美をもって多くの人を幸せに!
渡部 肇史×前田 新造

Global Vision

J-POWER社長

渡部 肇史

株式会社資生堂元会長

前田 新造

創業から1世紀半、業界のトップランナーとして走り続ける資生堂。その陣頭に立った前田さんの持論は「化粧は女性を内面からも輝かせる」。
経営から退いた今、いよいよその確信を深めている。
華やかで強靭な組織づくりと、柔軟かつ芯の通った人育てによってグローバルビューティーカンパニーとなった資生堂は、多様性と共生の時代にこそ輝きを増すだろう。

創造的価値を常につくり出せているか

渡部 化粧品会社というと、ユーザーとして個々の商品に触れていても、ビジネスの実情を知る機会はそうはありません。業界のトップランナーである資生堂の舵取り役として、前田さんは何を見据えて、経営されてこられたのでしょうか。
前田 資生堂は来年で創業150年を迎えます。明治5年、新橋―横浜間の鉄道開通と同じ年に洋風の調剤薬局として創業し、ほどなく化粧品事業に転換して、当時の社長が三つの哲学を唱えました。一つに、資生堂の企業理念を商品をして語らしめよ。二つに、すべてのものはリッチでなくてはならない。三つに、ブランドは世界に通用せねばならないと。私も経営者として、この三つを肝に銘じ、今日に至るまで「ブランド資生堂」を磨き上げることをずっと事業の柱としてきました。
渡部 J-POWERはこれまで、卸電力事業が主体の「B to B」(※1)のビジネス中心で来ましたが、電力自由化が進み、SDGs(※2)が企業活動の基盤に組み込まれる時代になり、消費者や需要家を意識した「B to C」(※1)の発信力やブランド力を高めることが不可欠と考えています。資生堂の三つの哲学を伺って感じたのは、どれも平易明瞭な言葉で語られていて、社内の誰もが共有しやすいだろうなと。
前田 そこがポイントです。会社の理念やビジョンを仰々しく掲げても、絵に描いた餅では全社的な共感を得るには至りません。ブランディングに関して付け加えるなら、我々は資生堂ブランドの継続的なスクリーニングを怠りません。ブランドの構成要因は、1に絶対的な信頼感と安心感、2に圧倒的な存在感、3にプライド/憧れとされますが、果たして我々はそうした創造的価値をつくり出せているかと四六時中、お客様の声に耳を傾けています。
渡部 資生堂の化粧品に対して我々が抱くイメージがまさに信頼や安心であり、ショップで接客中のスタッフの振る舞いにもプライドを感じます。それは資生堂のブランド力が商品個々に限らず、会社全体に及んでいることの証左と言えるでしょうね。
前田 そうあるための努力を我々は惜しみません。私は社長時代に「100%お客様志向」の会社に生まれ変わることを「夢」の一つに掲げ、それを飾りに終わらせないよう、役員も含めて意識改革に徹するための施策を講じました。例えば、資生堂のお客様センターでは、お問い合わせやクレームへの対応、励ましの電話などを頂戴しますが、役員も折にふれセンターに出向き、臨場感あふれる電話のやりとりを逐一モニターしています。
渡部 担当部署からの報告を待つのでなく、現場でライブな反響に触れるのですね。
前田 そうしたお客様の声などの重要項目を、その日のうちにイントラネットで社内回覧するシステムもあり、全社にリアルタイムで意識改革を促し、経営判断をも左右するような局面を私自身もいくつか経験しました。

女子高校生の手紙が動物実験を止めた

渡部 顧客のひと声が経営者を走らす……なんともビビッドな舞台裏を垣間見る気がしますけれども、実際にこんな声が、経営判断をこう変えさせたという事例をご紹介いただけますか。
前田 資生堂では商品の研究開発に伴う動物実験を2013年に原則廃止しましたが、この方針転換にきっかけを与えたのは、ある女子高校生から届いた1通の手紙でした。文面には「私は資生堂の化粧品が大好きで、祖母の代からの愛用者です。けれども動物実験をしたような化粧品を将来まで使い続けたくはない。今すぐやめてほしい」と。
渡部 これからを生きる人の感性、切なる思いが伝わってきますね。
前田 まったくです。そうした声は以前からあり、社内で議論を重ねていたのですが、化粧品の安全性や安定性、薬剤の効果・効能を検証するのに小動物を用いた実験が欠かせなかった。ただ技術の進歩が目覚ましく、人工皮膚やシミュレーターによる実験に置き換える代替法が許可されるタイミングでもあったので、これを機に社内での動物実験を全廃し、法律で義務づけられた範囲のみ外部委託することを決断しました。
渡部 その点でも資生堂は世に先駆けたと記憶していますが、動物愛護の観点のみならず、新しい時代に求められる企業像を形づくる上で、解決すべき課題はたくさんありそうです。
前田 突き詰めて考えると、資生堂が提供する商品の出自なり、どのような経過で製造されたかまでお客様は見極められて、それがご自身の価値観にそぐわないなら手放すことも厭わない。商品の送り手として、そこまで配慮すべき時代になったと覚悟を決めなければなりません。
渡部 それは電気の世界にも相通ずる話で、電気は料金だけでなく、生産プロセスの違いが問われる傾向が出てきています。我々も「再生可能エネルギー由来」とか「CO2フリー」などと説明を加える必要がでてきています。
前田 ポンとスイッチを入れて電気が点くなら何でもいいとは、時代が許してくれないわけですね。
渡部 「100%お客様志向」はよく理解できましたが、同時にあと2つの「夢」を掲げられたとか。「大切な経営資源であるブランドを磨き直す」と「魅力ある人で組織を埋め尽くす」ということですが、それらの課題を具体的にどういった施策に落とし込まれたのでしょう。
前田 当時、資生堂のブランド展開は多様化と細分化が行き過ぎて、お客様のブランド認知が逆に薄れる傾向にありました。見かけの出荷量が増えても在庫がふくらむ悪循環を断ち切る必要もあったため、いっそ大胆にブランドを絞り込み、経営資源の選択と集中を図ることにしました。例えば、七つのブランドがひしめいていたシャンプー/リンスの分野は「TSUBAKI」というブランドに統一して、お客様と資生堂とのつながりを再び強化していったわけです。

人の成長を超えて会社は成長し得ない

渡部 選択と集中でブランドを磨き直し、本来の輝きを取り戻されたと。残る一つの「夢」は人財育成で、社員の能力開発や就業環境の整備といった課題ですね。
前田 人育ては人事部の役目という枠を外し、社長以下の執行役員が全責任を負って取り組もうと最初に決めました。そして着手したのが、会社組織全体をバーチャルな大学に見立てた「エコール資生堂」の立ち上げです。社長の私が学長になり、各執行役員が担当部門にちなんだ学部の学部長に就きました。例えば、経営学部では経営企画部長が、芸術学部では宣伝部長が教鞭を執るといった具合です。
渡部 言うなれば「資生堂学」を修めるための総合大学ですね。着想がユニークで素晴らしいですね。
前田 我々自身が先人から受け継いだ資生堂のDNAや、キャリアの中で培った会社や仕事への思い入れを次世代に譲り渡していく。それによって、それぞれが専門性が豊かで、なおかつ資生堂の理念を体現できる人財に育ってもらうことが目標です。その根底には「会社の成長は、人の能力の成長を超えては達成し得ない」という信念がありました。
渡部 深く頷くばかりです。無論、我々J-POWERの中でも人財育成の重要性に鑑みて八方手を尽くしているのですが、ぜひお伺いしたいのは、社内に適材適所の優れた実務家を育てるのと、リーダーを見出して訓練するのとでアプローチを変える必要があるのではないかと。
前田 確かに、私も実務能力とマネジメント能力は別物と考えていて、異なる育て方を用意する必要があると思います。それで「エコール資生堂」には、実務家を育てる本科とは別に、次世代を担うリーダー層を養成する「バーチャル大学院」を併設し、社長はもちろん現職の部門長や執行役員が教壇に立ち、将来の部門長・執行役員候補を鍛え上げるコースもつくりました。
渡部 打てば響く施策の数々が大いに参考になります。やはり人財・人事に関連して、全社員の8割を女性が占める資生堂は、「女性活躍社会」と言われる今、存在感をひと際放っています。女性に優しい会社、女性が働きやすい職場環境といえば真っ先に名前があがる「究極のダイバーシティ企業」との世間の評判を、どう受け止めておられますか。
前田 資生堂にとって、女性が本当に能力を発揮できる社内環境をつくることは、創業当初から会社の大命題でした。特に1986年の男女雇用機会均等法の施行前後は、育児休業制度や企業内保育所の整備をはじめ、育児と就業の両立支援に本腰を入れて取り組みました。ただ、それはまだ「女性が働きやすい職場」をつくるフェーズ1の施策であり、時代は今、その先にあるフェーズ2を求めていると感じています。

資生堂ショック転じて資生堂インパクトに

渡部 フェーズが一つ繰り上がると、女性の就業環境はどう変わるのですか。
前田 女性にとって「働きやすい職場」から「働きがいのある職場」へと進化します。言い換えるなら、子育てをしながら働けるレベルから、子育てをしながらキャリアアップが図れるレベルに引き上げるのです。現に資生堂では、フェーズ1から2へ進めるための社内制度を拡充し、女性の働きやすさを支えると同時に、女性の活躍機会を増やすことに力点を移しています。
渡部 それは、2015年施行の女性活躍推進法の主旨にも適った施策ですね。ただ、会社で活躍や昇進のチャンスが増した分、働き方もシビアになりそうです。大本の「女性に優しい」という企業イメージを保ちながら難しいチャレンジだったのではないでしょうか。
前田 実際、女性社員の残業や出張が幾分増えたのを労働強化とみて「資生堂ショック」と揶揄する報道などが出て、いっとき就職希望者を不安がらせるような事態も招きました。しかし、資生堂の真意はそこにはありません。女性への無理強いを避けようとする忖度が、伸びる女性の芽を摘んでしまいかねない旧弊に抗った結果で、むしろ女性の優遇と差別を混同しない人財育成に挑んだ成果であるという理解が広まってからは、同じ事象が「資生堂インパクト」と呼ばれるようになりました。
渡部 まさに「ジェンダーフリー、かくあるべし」と言いたいですね。女性登用への門戸も広いと想像しますけれども。
前田 今、全管理職に占める女性の割合は3割ほどで、早晩これを4割に引き上げようとしている段階です。そうした男女比に限らず、組織内である構成比が3割を超すと全体の流れや雰囲気が一変するというのが私の持論で、資生堂の売上海外比率が3割を超え、業容がドメスティックからグローバルに急展開した折にも、この仮説がぴたりと当てはまりました。
渡部 前田さんは、資生堂の中国進出にあたっては陣頭指揮に立ち、着々と巨大市場を開拓しながら、中国の市民生活に化粧の習慣を根付かせたり、社員に接客のマナーを植え付けたりと幅広く活躍されました。CSR活動の一環として現地に小学校を建てられたそうですね。
前田 中国との縁はビジネス以前のもので、資生堂の社名自体、中国の古典『易経』に出てくる「至哉坤元、万物資生」からいただいています。すなわち「大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものはここから生まれる」との願いを込めている。だから折に触れて恩返しをするのは当然の務めなのです。

化粧は女性を内面からも輝かせる

渡部 今や資生堂は、海外ビジネスが過半に達する「グローバルビューティーカンパニー」の地位を揺るぎないものとされました。J-POWERも海外での電力ビジネスに力を入れていますが、国境や人種、性別などの垣根を超えた「共生社会」との応接に関して、前田さんにお聞きしたい点が多々あります。
前田 基本は自社のビジネスの延長線上に、相手方の産業、社会、地域、環境などと「共生」を図りつつ、継続可能な事業やプロジェクトを見出すことではないでしょうか。資生堂の場合、中国甘粛省での植林事業が好例で、現地で進む砂漠化を食い止めながら、資生堂のシンボルである椿の木等を社員が植え育てることでモラールアップも図ります。また、先に触れていただいた陝西省での学校寄贈の件では、校名を「資生堂集団希望小学校」として過疎地の子どもたちが希望を持って学び、将来、ぜひ資生堂の現地法人に就職してほしいとの願いを込めています。
渡部 化粧品会社の本領を発揮する、ひと味違った社会貢献を国内外で展開して評判を呼んでいるそうですね。
前田 一つは、皮膚疾患があって外科的治療では治せない方に向けた講習会です。資生堂が開発した専用ファンデーションで肌の傷などを見えなくするスキンケアで、上海、香港、台北のほか東京銀座にも常設施設があります。もう一つは全国各地の高齢者施設などを巡回し、お年を召した女性にお化粧を施して差しあげる取り組み。これには社員だけでなく社長も参加します。化粧をすると、高齢者の皆さんが本当に美しく、明るくなって、化粧は女性を内面からも輝かせると実感できるので、我々もやり甲斐があります。
渡部 化粧というものが、社会のある局面では医療を補助し、福祉を充実させながら、美をもって多くの人を幸せにする。心豊かな共生社会を育むための優れた伴侶、それが化粧品であると、お話を伺って認識を新たにしました。
前田 特に今はコロナ禍にあって、人々の考え方が内向き、後ろ向きに傾きがちです。そんな逆境の時でさえ、化粧は人を元気づけ、勇気を与えて、心の有り様まで豊かにしてくれる。美には、そういう力が宿っています。
渡部 若いうちも、年を重ねてからも同様ですね。そして女性にも、男性にも、また企業にも美しくなるチャンスがある。
前田 そうです。「美しく生きる」というのを体現していただくと、世の中が少しよくなっていくんじゃないかなと思います。
渡部 本日は非常に興味深く、ご示唆に富んだエピソードやサジェッションの数々を頂戴し、誠にありがとうございました。
前田 こちらこそ、有意義な時間を過ごさせていただいて感謝しています。

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1「B to B」と「B to C」
    「B to B」はメーカーと卸業者の取引や、卸と小売業者の取引などを指し、「B to C」は企業が消費者に商品を販売したり、サービスを提供したりすることを指して言う。
  2. ※2SDGs
    国際連合が掲げる持続可能な開発目標。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のこと。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない」ことを誓っている。

PROFILE

前田 新造(まえだ・しんぞう)

株式会社資生堂元会長。1947年、大阪府生まれ。1970年、慶應義塾大学文学部社会学科卒後、株式会社資生堂入社。1985年に相談販売向けブランド「イプサ」を立ち上げ、翌年、別法人化に伴い出向。1989年に資生堂復帰後は、マーケティング本部化粧品企画部長、国際事業本部アジアパシフィック地域本部長、経営企画室長などを歴任。2005年、代表取締役・執行役員社長、2011年代表取締役会長に就任。2013年代表取締役会長・執行役員社長、2014年代表取締役会長を経て2016年より相談役。2020年退任。