カーボンの特性を活かし“超おいしい”をつくる
旭工業有限会社

匠の新世紀

旭工業有限会社
神奈川県綾瀬市

Sumi Nabeは、カーボングラファイトを旋盤で削って成型する。写真は削り終わった鍋を旋盤から外すところ。

工業用部品などに使用されるカーボングラファイトを利用して、炭で焼いたようなおいしい料理ができるプレートや鍋を開発した旭工業有限会社。
開発の経緯やおいしさの秘密を聞いた。

町を活性化するプロジェクトに参加

旭工業有限会社代表取締役社長
嶋知之さん

「綾瀬市は、バーベキューが盛んな地域なんです」
そう語るのは、カーボン(炭素)の加工工場を営む旭工業有限会社代表取締役社長の嶋知之さんだ。
同社がある神奈川県綾瀬市には、第2次世界大戦後、米軍厚木基地が置かれたほか、自動車産業を中心とした4つの工業団地がつくられ、現在でも250以上の工場が集まる、関東でも有数のものづくりの町。米国人に加え、近隣の工場で働くブラジルなどの外国籍の住民が数多く居住している。その人たちが週末に各家庭の庭や公園でバーベキューをすることは日常的な光景になっており、日本人の間でもバーベキューが人気だという。嶋さん自身もバーベキューが趣味で、日本バーベキュー協会の会員にもなっているほどだ。
「2012年に、協会の講習会で炭の遠赤外線効果について学んだ時に、当社のカーボン製品でも同じような効果があるのではないかと思ったのがきっかけでした」
遠赤外線とは、電磁波の一種で、ガラスなど様々なものから出るが、特に炭からは大量に発生することが知られている。ものに当たるとその分子を振動させて熱を生じさせるため、食品の中まで加熱することができ、焼きむらなくこんがりと焼くことができる。炭で焼いた鶏肉や魚などが、ガスで調理したものよりもおいしいのはこの遠赤外線の効果だ。
嶋さんは、同社が扱っているカーボンのかたまり、カーボングラファイト(黒鉛ソリッド材)を削って、バーベキュー用のプレートを試作してみた。実際に肉を焼いてみると想像以上にうまく焼けたが、肉が焼き付いたり、カーボンの粉が肉に付着するなどの問題があり、この時は製品化までは考えなかったが、綾瀬市のふるさと納税の返礼品用にバーベキュー用プレートをつくったりしたという。
本格的に動き出したのはその4年後、16年のこと。綾瀬市内のものづくり企業が持つ技術力を活かして一般消費者向けの製品を開発し、地域活性化に役立てようというプロジェクト、「あやせものづくり研究会」に参加した。
ものづくり企業の密集地である綾瀬市だが、市内にある企業の多くが下請け企業であり、バブル崩壊後のグローバル化や産業構造の変化の中で、厳しい経営環境に置かれているのは日本の他の地域と同じだ。綾瀬市役所はこうした状況を変え、その技術力を維持するために、このプロジェクトを始めた。
選ばれた4社の1つとしてプロジェクトに参加した旭工業は、デザイン会社のアドバイスを受けながら製品開発を行い、18年に完成したのがカーボングラファイトでつくったプレートと鍋、Sumi Ita(スミイタ)とSumi Nabe(スミナベ)だった。

Sumi Toasterで食パンを焼いたところ。ふっくらとおいしく焼き上がる。
Sumi Toaster(手前)とSumi Ita grill(奥)。
Sumi Nabe(手前)とSumi Fuka Nabe(奥)。

カーボングラファイトとはどのようなものか

プログラムすると自動で掘削作業を行うマシニングセンタに材料をセット。
削り上がった状態(右)と、それを研磨した状態(左)。
マシニングセンタは、ドリルを入れ替えながら、自動的に素材を掘削していく。

それでは、旭工業が原料として使用しているカーボングラファイトとはどのようなものなのだろうか。石炭の一種であるコークスを粉砕・成型し、それを3,000度の高温で20日間にわたって熱処理することにより、不純物を燃焼・気化させた純度99.9%の炭素のかたまりで、主に工業用に使用される素材だ。
特徴として、2,500~3,000度まで耐えられる「耐熱性」、電気を通す「導電性」、薬品などでも浸食されない「反応耐性」、相手素材を傷めない「自己潤滑性」、さらに金属よりも「軽く加工が容易」という、5つの特性を持っている。このため、高温で不純物が混じらないことが求められる金(ゴールド)のインゴッド製造用の型や、高速回転する軸を受ける部品などに使用されている。
旭工業では、溶けた金属を入れる坩堝(るつぼ)や鉄工所で高温の鉄材を流すためのローラー、水力発電所の発電機の軸受けなどを主力商品として生産しているが、そのすべてがBtoBで、一般消費者向けの製品の製造は行ったことはなかった。
「あやせものづくり研究会」は、綾瀬市がデザイン会社をものづくり企業に紹介し、その費用の一部を支援、さらに販売までサポートするもの。旭工業は、16年にこのプロジェクトに応募、採用された。そして、デザイン会社の協力を得て、プレートと鍋を開発することになった。
開発にあたっての課題は、
(1)日常使いでカーボンの粉が材料や手などにつかないようにすること
(2)火にかけると微量のカーボンが燃焼してしまうことを防止すること
(3)一般の人が使いやすいデザインと商品価格を実現することなどだ。
これらの問題は、従来の企業相手の工業製品ではほとんど問題にならないことだった。しかし、一般消費者向けでは大きな課題だった。
カーボンの微粉付着や燃焼の問題については、食材が当たる表面に、フライパンなどに使用されるテフロンをコーティング、火が当たる裏面には対熱塗料をコーティングすることで解決。これにより手が黒くなることもなく、調理時の焼き付きも防止し、汚れも簡単に取ることができるようになった。
一番の問題は、製品価格だった。カーボングラファイトは高価な素材のため、体積が大きくなるとそれだけ価格も高くなってしまう。
金属なら、プレス加工(金属の板を折り曲げて成型する)や鋳物加工(溶かした金属を型で成型する)など、少ない材料で、様々な形をつくることができるが、カーボングラファイトは、削り出し(塊を削って成型する)でしか加工できないため、鍋のような形状の場合、くぼんだ部分をすべて削る必要があり、削った部分はすべて廃棄処分となる。このため、最初の試作品では鍋1個が10万円以上になってしまった。これをリーズナブルな価格にするのに試行錯誤をくり返した。
「5回くらい試作品をつくりましたが、社員には本業の合間を縫ってつくってもらう必要があり、『社長の息子(当時、嶋さんは専務)が儲からない仕事を振ってくる』と、社員たちは協力的ではありませんでした」
「専務のお遊び」と思われていたのだ。このため、なかなか試作品が完成せず、開発期間は2年に及んだ。ようやく納得のできる価格とデザインが決まり、18年にSumi ItaとSumi Nabeを完成し、あやせものづくり研究会のホームページでの販売を開始した。これがテレビや新聞などでも紹介されたことで、社員の反応が変わったと嶋さん。「社員に活気が生まれました」と、嶋さんは言う。
「それまでは、クライアントから来た図面や指示のとおりに部品をつくるのが仕事でしたから、それがどこでどんな風に使われているのかも実感がありませんでした。ところが、自社のオリジナル製品ができたことで、家族にも話がしやすくなり、さらに『こんな製品があったらいいのに』、『こういう売り方をしたらどうか』という意見が社員からどんどん出てくるようになりました」
こうした社員の意見を取り入れて、その後もグリル用プレートや深い鍋などのラインナップを追加してきた。
現在の最新アイテムが食パンをトーストするためのSumi Toaster(スミトースター)だ。嶋さんによると、遠赤外線効果により短時間で焼き上がり、水分の保有率が一般的なトースターよりも高いため、食パンの外側はかりっと、中はモチモチした食感に焼き上がる。「トーストがおいしくできることで有名な家電のトースターがあるのですが、食べ比べをしたところ、7人中7人が当社のSumiToasterで焼いた方がおいしいと答えました」
自信たっぷりに語る嶋さん。20年12月に発売し、現在は品切れになるほどの好評を得ているという。
Sumi Toasterは、綾瀬市内のベーカリーともコラボし、同店で購入すると、食パン1本がプレゼントされる。
「初期投資をこれから回収していく段階」と語る嶋さんだが、会社に活気が出てきたことや社員が誇りを持って働き始めたことには手応えを感じているようだ。

円柱形のカーボングラファイトがSumi Nabeの材料。
加工前(右)と加工後(左)。
旋盤で材料を回転させ、金属の刃を当てて削っていく。
1つひとつ削るため、生産量は1日に20個ほど。
遠赤外線で材料の中まで熱が通るため、失敗がない。写真提供/旭工業有限会社提供

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

旭工業有限会社

1956年創業のカーボン加工の専門会社。カーボンの鏡面仕上げやワイヤー放電加工など、独自の高い加工技術を持つ。現社長嶋知之氏の祖父が創業し、知之氏で4代目。