エシカル消費で踏み出すサステナブルな社会への一歩
末吉 里花
Opinion File
動き始めたエシカル志向 コロナ危機でますます加速
SDGs(持続可能な開発目標)という言葉が浸透するにつけ、新聞やテレビなどのメディアで最近、「エシカル消費」という言葉を目にする機会が増えてきた。
――「エシカル(ethical)」とは、「倫理的・道徳的」という意味で、「エシカル消費」とは、人や社会、環境、地域に配慮したものやサービスを選んで消費することです。安心・安全や品質、価格に次いで商品選択の「第4の尺度」とも言われています。――
京都府のホームページにはそう書かれている。Webで検索すると、徳島県や鳥取県、神奈川県、名古屋市、郡山市など、エシカル消費について何らかの情報発信をしている自治体が続々と現れる。浜松市では、中学校向けの教材「浜松から未来をひらくエシカル消費」が昨年、消費者教育教材資料表彰(※1)で内閣府特命担当大臣賞を受賞。東京都は昨年10月、都内スーパーマーケットにエシカル消費の売り場を設けるなどして普及啓発キャンペーンを展開。消費者庁でもホームページにエシカル消費特設サイト(※2)を開き、情報提供に努めている。
にわかに注目を集めるエシカル消費。その背景にはどんな実情があるのか。2015年に一般社団法人エシカル協会を立ち上げ、日本で最も早い段階でエシカル消費の普及活動に乗り出した同協会代表理事の末吉里花さんはこう話す。
「エシカル消費のムーブメントはもともとイギリスが始まりで、1989年に創刊した雑誌『エシカル・コンシューマー』(※3)がいろいろな商品のエシカル度を判定したのが発端と言われています。97年にはブレア首相が議会で『これからはエシカルな外交が重要』などと発言したことで拍車が掛かりました。
日本ではヨーロッパの動きに反応したファッション業界が、倫理的な価値観を持ってつくられた洋服を『エシカルファッション』(※4)として話題にしたのが、十数年前のこと。それが今また言われ始めているのは、SDGsの考え方が浸透するのに伴って、気候変動とか食品ロスとか、貧困や格差、人権侵害といった問題に関心が向けられて、できるだけ負荷の少ないものを使おうとする意識が広まりつつあるからだと思います」
さらにもう1つ、消費者のエシカル志向を促したのがコロナ禍だ。緊急事態下の巣ごもり生活で、人々は食料や生活必需品が当たり前のように手に入ることの有り難みを痛感した。収入に打撃を受けた人なら、自分にとって何が本当に必要なものであるかを見直したかもしれないし、田舎暮らしに転じたり自家菜園を始めたりして、つくり手の苦労を垣間見た人もいるに違いない。複雑な要因が絡み合うパンデミックの引き金に、無秩序に進められてきた人類の経済活動が無関係であるはずはないと、生態系の破壊について思いを致すことになった人もいるだろう。
「そうした中で、エシカルな価値観を暮らしに取り入れて、買うもの、使うものに気を配る人たちが確実に増えてきているのを感じます。ですから私は、2020年を『エシカル元年』と呼んでいるんです」
弱者を支え、地球を救う消費行動というチカラ
末吉さん自身が「エシカルな価値観」に目覚めたのは17年前。テレビの人気番組「世界ふしぎ発見!」で秘境などを巡ってレポートする「ミステリーハンター」を務めていた頃のこと。アフリカの霊峰キリマンジャロで、かつては山頂を覆っていたはずの氷河(※5)がほとんど消失しているのを見て愕然とする。
原因は諸説あるが、地球温暖化の影響とする見方が有力で、その頃すでに欧米の研究者らが警鐘を鳴らしていた。麓の小学校では「命の水」がかれるのを食い止めようと、懸命に植林活動を続ける子どもたちにも遭遇。頂上まで登れない自分たちに代わって、氷河の様子がどうなっているか確かめてきてほしいと彼らは言った。
「地球が危ない。世界で起こっているこの事実を、たくさんの人に知ってもらいたい。伝えるだけでなく、解決へ導くために働こう。その時私は、そう固く心に決めました」
以来、旅先で目をこらしてみると、一部の利益や権力のために、美しい自然や弱い立場の人が犠牲を強いられる現実が、よりはっきりと見えてきた。サハラ砂漠では年々消えていくオアシスに不安を募らせる遊牧民と出会い、南アフリカではバラック群に立ち尽くす裸同然の子どもたちの姿に胸を詰まらせた。バングラデシュの縫製工場には劣悪な労働環境で働く婦女子の犠牲があり、インドの綿花畑には劇的に寿命を縮めるほどの農薬被害があって、それらの現実の上に、我々の着るファッションは成り立っていた。
自分にできることは何か。地元でまず海辺のごみ拾いから始めた末吉さんはやがて、人々の消費行動や意識を変える働きかけが重要であることに気づく。その転機となったのが、フェアトレードとの出合いだ。
「環境や人権に十分に配慮してつくられた商品を輸入して、現地の生産者に正当な利益を受け取ってもらう。この仕組みが普及すれば、世界の問題を解決する一つの有力な手段になるかもしれないと思いました」
日本でいち早くフェアトレードのファッションブランドを確立したサフィア・ミニー氏(※6)と会って意気投合した末吉さんは、バングラデシュやネパールの生産現場にも足を運び、現地の暮らしを改善しながら自立を支援する方法について理解を深めていく。
そして2011年の東日本大震災が、末吉さんをエシカル消費へと導くさらなる転機となる。被災者の生活を支えながら地域の復興にも役立つ、フェアトレードと同じような仕組みがあれば……。それが接点だった。
「被災地の方や障がいのある方がつくるものもそうですし、寄付付きの商品やリサイクル品、後世まで受け継ぎたい伝統工芸品に、地産地消のもの。そういったものをすすんで消費することで、弱い立場の誰かを応援したり、地球の負担を減らしたりすることができます。それに、誰もが思う『何かしたい』という気持ちを今すぐカタチにできるんです」
伝えることはレポーターの本分だ。エシカル消費を伝え、広めることを決意する。
セクターの垣根を越える「100人が踏み出す一歩」
末吉さんによると、スウェーデンは「日本よりも25年は進んでいる」と言われるほどのエシカル先進国だという。
「コンビニでは特に意識しないまま手にした商品にも、オーガニックや動物福祉などの認証ラベルがごく普通に貼られていますし、路線バスは生ごみからつくるバイオガスで走ります。市民の方が生ごみと言わず、『生資源』と呼んでいるのにも驚きました」
だが、日本の意識がことさら低いわけではなさそうだ。エシカル協会が10代以上の約6,000人を対象に調べたところ、9割近くの人が「エシカル消費がしたい」と答えている。にも拘わらず行動実態との間にギャップがあるのは、「何を買っていいか迷う」、「どれがよりエシカルかわからない」といった逡巡があるからだろうと末吉さんは見る。
「エシカル消費にコレという正解はありません。ものすごく幅広い選択肢がありますが、自分の価値観に合ったものを選べばいいんです。ただ、見せかけだけの偽物があることも事実ですから、国や国際団体が定めた基準を満たす認証マーク(※7)付きの商品を選ぶのも一つの方法でしょう」
さらに大事なポイントとして末吉さんが強調するのは、消費者ニーズに押され、企業行動に変化が起こることだ。GDP(国内総生産)の約6割を占める個人消費にはその力がある。事実、たった一人の主婦の声からフェアトレード製品の導入拡大へと進展した大手スーパー、イオンの例もある。ほかにもパタゴニア、ナイキ、エスビー食品、森永製菓といった多彩な企業・業界が続々と、エシカル製品の開発・販売に乗り出している。
冒頭に挙げたように行政も同じ。農林水産省ではこの2月、末吉さんも審査にかかわる「サステナアワード2020」(※8)を発表。生産者や事業者、消費者グループによるサステナブルな取り組みを表彰した。
こうした動きを消費者の立場から後押しするのが、末吉さんとエシカル協会の役割だ。エシカル消費の実践者であり案内人でもある人材を育てるために始めた「エシカル・コンシェルジュ講座」の修了者は1,700人を超え、そこから人気のウェブメディア「ELEMINIST」(※9)のような活動も次々に生まれている。
「今一番、力を入れたいのは教育です。誰でも幼い頃にエシカルと出合い、学べるようになることが私の願い」と末吉さんは言う。そのために、消費者庁主催の子ども向けエシカル消費ワークショップに参画するなどの活動を続け、今春から使われる中学1年の国語の教科書(教育出版発行)に末吉さんの文章が載ることも決まった。
ともに同じ時代を生きる個人が、企業が、行政が、そして学校が動くことで社会の仕組みは少しずつ変わる。
「一人の100歩よりも、100人が踏み出す一歩を大切に」
それが末吉さんのスタイルである。
取材・文/松岡一郎(エスクリプト)
写真提供/一般社団法人エシカル協会
KEYWORD
- ※1消費者教育教材資料表彰
公益財団法人消費者教育支援センターが毎年開催。行政、企業、消費者団体などが作成した教材から、教育現場で役立つ優秀なものを表彰。 - ※2エシカル消費特設サイト
エシカル消費の普及・啓発を目的に消費者庁が開設。全国各地の事業者や団体による様々な取り組みを紹介。
- ※3エシカル・コンシューマー
環境、人権、持続可能性、動物福祉などの観点から独自の基準「エシスコア」を定めて製品やサービスを評価。日本企業のものも。
- ※4エシカルファッション
環境に負荷をかけない素材や生産方法、適切な労働条件のもとでつくられる洋服。劣悪な条件で働く多くの女性労働者が犠牲となったバングラデシュのビル崩落事故(2013年)を機に大きく注目されることに。 - ※5キリマンジャロの氷河
2002年、米国の古気候学者ロニー・トンプソンがキリマンジャロの氷河は2020年までに消滅するとの予測を発表。同様の調査報告は現在でも続き、2017年には京都大学の水野一晴教授らが「10~20年後に消滅する」とした。 - ※6サフィア・ミニー
フェアトレードファッションの世界的パイオニア。1990年に来日してNGO「グローバル・ヴィレッジ」を創設、95年にフェアトレードブランド「ピープルツリー」を立ち上げる。2009年に大英帝国勲章第五位(MBE)受勲。 - ※7認証マーク
有機JASマークや国際フェアトレード認証ラベルなど、様々なマークがあり、コントロールユニオンジャパンなどの第三者認証検査機関の審査に基づき認証される。 - ※8サステナアワード2020
食料や農林水産業に関する持続的な生産消費の達成を目標に農林水産省が立ち上げた「あふの環プロジェクト」の一環として実施。受賞者は公式サイトで閲覧可能。 - ※9ELEMINIST(エレミニスト)
「エシカル&ミニマルなライフスタイルを生きる人」を応援するウェブメディア。オンラインショップも併設。
PROFILE
末吉 里花
一般社団法人エシカル協会代表理事
日本ユネスコ国内委員会広報大使
すえよし・りか
一般社団法人エシカル協会代表理事。慶應義塾大学総合政策学部卒業。TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界各地を旅した経験を持つ。エシカルな暮らし方が幸せのものさしとなる持続可能な社会の実現のため、日本全国でエシカル消費の普及を目指している。著書に『はじめてのエシカル』、絵本『じゅんびはいいかい? 名もなきこざるとエシカルな冒険』(ともに山川出版社)など。中央環境審議会循環型社会部会委員、東京都消費生活対策審議会委員、日本エシカル推進協議会理事、日本サステナブル・ラベル協会理事、地域循環共生社会連携協会理事、ピープルツリー・アンバサダーほか。