「幸福学」から見る働き方の新様式
坂木 萌子×前野 隆司

Global Vision

フリーアナウンサー

坂木 萌子

慶応義塾大学大学院教授

前野 隆司

ロボットエンジニアから、幸福学の第一人者へ──その意外すぎる転身は工学と心理学的手法を自在に操る研究者だからこそなせる業だったそう。
人の幸せという観点に立った「働き方改革」の真にたどるべき道筋とは……。

ロボットから幸福学へ軸足を移した幸せな展開

坂木 前野さんは、「幸福学」の第一人者ですが、「幸福学」というのは誰もが求めてやまない幸福を、客観的に掘り下げる学問という理解でよろしいでしょうか。
前野 そうですね。幸せとは何かというのはアリストテレスの時代から哲学上の課題で、その後宗教家や思想家がその解明にあたって、1980年頃からは心理学の分野で実証科学としての幸せ研究が始まりました。
坂木 人の心の状態や動きの何をもって幸福とするか、科学の目で解き明かそうと……具体的にどのような手法を取られるのですか。
前野 例えば、ある集団にアンケート調査で「あなたは幸せか?」と質問し、さらに「感謝しているか?」と質問を重ねる。その結果を統計的にプロットすると「幸せな人ほど感謝する人で、感謝しない人は不幸せな人」と分かるのです。そういうアプローチで人間の幸福の形や中身を探っていく試みが近年、非常に盛んになってきています。
坂木 ご経歴を拝見してアレッと思ったのは、前野さんはエンジニア出身の工学博士でいらして、幸福学の前にはロボットの研究をなさっていた。機械から人間、モノから心への急展開のような印象も受けます。
前野 よく聞かれる点ですけども、私のロボット研究は、工学と心理学を行き来するスタイルを取っていました。専門的にはヒューマン・マシン・インターフェースといって、人と接する時ロボットはどう振る舞えばよいかという課題を工学と心理学で解明していきました。
例えば、色々な表情や仕草のロボットを見せて「かわいいと思うのはどれ?」とアンケートで尋ね、それにかなうロボットのメカや仕様を考案する、まさにモノと心を両立させる領域ですね。
坂木 昨今のAIの隆盛を考えると、「心が通うロボット」の研究には十分意義があったと思います。人の心の中央にある「幸福」に研究者としての軸足を移された、何か特別な思いがあったのでしょうか。
前野 坂木さんも私も、みんな幸せになりたいですよね。ところが幸せについての心理学、あるいは人々が幸せになる職場なり、幸せに暮らせる家なりを専門に扱う研究分野があって然るべきなのに、それがまだ手付かずであることに気づいてしまったのです。
坂木 自分が打って出るしかないという使命感のスイッチが入った。
前野 ええ。もう一つ、私はもともと哲学に興味があり、大学に移ってから「心とは幻想である」というテーマの研究をしました。心はあると思うから悩みやストレスを抱えるのであって、心はないと思うと楽だし、「幸せ」でいられる。そのことを脳科学の実験などでも確かめたのですが、「心はない」という命題がうまく伝わらずに悔しい思いをしました。ならばいっそ、ど真ん中の幸せを研究して、その成果を伝えたほうが人々を幸福にできると意を決したわけです。

幸せのメカニズムを4つの因子で解き明かす

坂木 人の幸せを抽象概念で捉えずに、論理に根ざしたメカニズムで計量して可視化する。それが幸福学のお立場と受け止めましたが、前野さんは、幸せのメカニズムに「4つの因子」があることを突き止められました。
前野 幸せの研究には多くの先例があって、幸せな人とはよく感謝し、自己肯定感が強く、楽観的で、主体的というような指標が無数にあります。それらが多すぎて覚えづらいので、私が因子分析(※1)という手法で解析してみたら、幸せを構成する因子を4つに括ることができた。心理学者たちが挙げた幸せに関する質問を日本人1,500人に尋ねて、回答結果をコンピューターで解析したのですが、その手法自体はシンプルなもので、従来やった人がいなかったにすぎません。
坂木 その法則性の発見が幸福学の普及・浸透に大きく貢献しました。4つの因子について、あらためてご紹介くださいますか。
前野 第1の因子が「やってみよう!」です。夢や目標を持ち、主体的に自分で何かやってみようと思う人は幸せで、逆にやる気がしないとか、やらされ感が強くなると幸福度は下がります。
第2の因子は「ありがとう!」。何事に対しても感謝する人は幸せで、人を思いやり、親切になれる利他の人は幸福度が高い。では感謝される人はより幸せかというと、そうとは限りません。
第3の因子は「なんとかなる!」。前向き、楽観的で、未知のことにチャレンジする人は幸せです。多少のリスクを負っても前に出る人は幸福で、石橋を叩いても渡らない人は幸福度が低い。
第4の因子は「ありのままに!」。自分らしさをしっかり持ち、自分軸で何事にも対処できる人は幸せですが、逆に、何かにつけて他人と自分を引き比べてしまう人は幸福度が低いのです。
坂木 自分が幸せかどうか顧みるのに、それぞれの因子がとても良い指標になりそうです。ふと思ったのは、日本人は第3と第4の因子が苦手かと……楽観派より慎重派の人が多そうですし、横並びの意識が強かったりもしますから。
前野 鋭いですね、おっしゃる通りです。文化心理学に集団主義と個人主義という区分があって、日本人や東アジアの人は前者の傾向が強く、前へ出すぎず、周囲の目を気にしながら生きようとします。後者は、しっかりした自分を持つのが正しいとの考え方で、欧米人に多く見られます。
坂木 あと、4つの因子すべてで満点を取れば至上の幸福と言えるのか、それとも多少の凸凹があっても全体でバランスが取れていれば幸せとするのか、評価の基準はどうなのでしょう。
前野 全部が高得点であるのが理想ですが、幸せになりたい一心で無理やりポイントを高めようとするのはお勧めできません。別の研究では「幸せを目指しすぎると幸福度が低い」という分析も出ています。自分自身の重荷になるほど思い詰めずに、周囲に感謝しながら、好きなこと、できることを気長にやり続けることが、幸福度を高める近道と言えるのではないでしょうか。

対話の場がある職場ほど幸福度が高まっていく

坂木 人を幸せにしたいとの思いで幸福学に取り組んだ前野さんは、研究成果を職場や家庭での人間関係にも押し広げ、学問としての応用範囲を広げておられます。幸せな生き方に次いで、幸せな働き方についても発信する意図はどこにあるのでしょうか。
前野 それはごく単純に、人の生活時間はかなりの部分が労働に費やされますから、職場で幸せを感じられないのでは困る。ならば職場を幸せにしようとなって、目指すべき指標についても「4つの因子」がそのまま当てはまるはずと考えました。
坂木 言われてみれば「やってみよう!」「ありがとう!」「なんとかなる!」「ありのままに!」はどれも、職場の士気を高める合言葉としても通用しそうです。しかも上辺だけのスローガンに終わらず、働く人の日々の行動指針を示してもいますし。
前野 その後の研究で分かったのは、職場の幸福度はコミュニケーションの善し悪しで決まるということです。基本は簡単で、挨拶したり、感謝したり、力を合わせたり、逡巡している人の背中を押したりするだけで、お互いの幸福度が増していきます。
そして多くの企業を訪ね、実際の職場を調べた中で見えてきたのは、幸せになっていく職場には「ポジティブな対話の場」があること。朝礼でも、ランチミーティングでも構いません。例えば、幸福度アンケートの結果を受けて、誰それはこの因子が低いから駄目だと叱るのではなく、ここが低いなら皆で力を合わせて引き上げていこうと、前向きに話し合うためのプラットフォームを持つことが重要なのです。
坂木 今のお話で思い出したのですが、職場のコミュニケーションに関して、知人に聞いた話ですが、業務の効率化とIT化の一環でフリーアドレス(※2)を導入した企業で、肝心の社員たちがそれに馴染めず、かえって職場が殺伐としているというのです。そのようなケースでは、せっかくの施策が職場の幸福度アップにつながらない理由があるのでしょうか。
前野 よいご指摘をいただきました。職場のコミュニケーションを円滑にし、対話の機会を増やす上でフリーアドレス化は大いに期待が持てます。
ただし、若い社員の多い新進企業などにはピタッとはまっても、歴史の深い老舗企業などでは逆効果を生じかねません。ですから導入に際しては社員のマインドセットと制度の適合性を慎重に見極めて、巧みに切り替える必要があるのです。

ホワイト企業の現場で心底驚かされること

坂木 幸せな職場の実状をよくご存じの前野さんは、幸福度の高い事業者を顕彰する「ホワイト企業大賞」(※3)の企画委員も務めておいでです。例年の受賞事例に接する中でお感じになることや、そのような企業を目指したいと考える経営者などに何かアドバイスはありますか。
前野 この賞を射止める企業は例外なくすばらしく、とにかく一度、現地を訪ねて見学してほしいと思います。働く人の幸せにフォーカスした職場づくりが、ここまで会社を変えるものかと心底、驚かれるに違いありません。
一例を紹介すると、徳島市で自動車などのネジ部品を製造する西精工株式会社は、規模こそ大きくはないが業界に確たる地位を占め、社長が「社員の幸福こそ私の一番の幸福」と公言して、社員の9割が「月曜から出社したくてたまらない」と答えるような会社です。私が驚いたのは毎朝、社員総出の朝礼を1時間近くやって、皆で会社の理念を確認し合い、当日の各自の課題にどう取り組むかを話し合い、必ず改善点を一つ申告してから、喜々として仕事に入るのです。
坂木 私も様々な企業をレポートする仕事をしていますが、そこまで一心同体に結束している例はお目にかかったことがありません。会社というよりも家族のような……。
前野 まさに大家族主義の経営と言ってよく、利益の追求は二の次。世界の幸せのために自分たちが生き生きと働くことを理想に掲げ、日々、わくわくしながらそれを達成するという働き方が血肉となって根付いている。たとえていうなら、毎日が学園祭前夜みたいなノリなのです。
坂木 そんな社風が一朝一夕に築かれたとも思えませんが、そうつくり変えてきた秘策のようなものがあったのでしょうか。
前野 かつては様々な問題を抱えた一企業にすぎなかったが、20年ほど前に手をつけたのは、挨拶、掃除、コミュニケーションを徹底することだけというのです。それ以外で私に思い当たるのは、社長自身に、人を泣かすほど感動させるパワーが備わっていることでしょうか。
坂木 そうしてみると、会社経営に社員の幸福という観点を取り入れることの意義……平たく言うとメリットはなんだとお考えですか。
前野 一番大事なポイントですね。私の立場で統計的データからいうと、幸せな社員は不幸せな社員に比べて創造性が3倍高く、生産性は3割高い上に、離職率も欠勤率も低いことが分かっています。また、幸せな人は不幸せな人よりも寿命が7~10年長いことも分かっていて、働く当人はもちろん、経営者にとっても社員を幸せにするのが得策であると言い切れるのです。
坂木 昨今、国レベルで俎上にのぼる働き方改革にも、まっ先に取り入れてほしい観点ですね。
前野 同感です。過重労働をなくす時短も、女性の社会進出や登用を促す施策も無論大事ですが、その主目的がGDPや景気回復のためではなく、人々が幸福になるための働き方改革であるとの理念を明確に示せば、だいぶ説得力が違ってくると思います。

コロナ禍で「幸せ4割」「不幸せ2割」の意外

坂木 もう一点、ぜひお聞きしたいのは、今このコロナ禍にあって私たちは生活様式や働き方を大きく変える必要に迫られています。そのことは個人にとっての幸福も、企業にとっての幸福も見直すことを迫っているのではないでしょうか。
前野 ご質問の答えになるかどうか。実は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言が解除に向かっていた2020年5月頃に、独自に調査を行って人々の幸福度を測ってみました。すると、コロナ禍の前に比べて幸せになった人が4割、不幸せになった人が2割との結果が出て、幸せと答えた人が上回ったことに少なからず驚かされました。
坂木 それは大変意外に思いますけれども、なぜなのでしょう。
前野 詳しく分析してみると、通勤時間がなくなったか、または短くなった、職場での無駄な会議がなくなった、家族と過ごせる時間が増えたといったメリットが、働く人々の幸福度を押し上げたのです。ただし9月頃に再度測ってみると、全体に幸福度がやや低下していた。やはりコロナ疲れでコミュニケーション不足が生じたり、巣ごもり生活が長引いて家族間で諍(いさか)いが起きたりと、デメリットが優勢になったようです。
坂木 短期的には不自由を乗り越えられても、長々続くとしんどくなるのは体感的に分かるような気がします。
前野 それは誰にでも共通する感覚でしょうが、コロナ禍で孤独を感じやすくなった人は、そうでもない人に比べてより強く孤独に苛まれます。それでなくても先が読めない時代に、コロナでますます読めない感が加わって、これから世界は、自分はどうなるかと思いを馳せた時、そうした感じ方や受け止め方に二極分化が起きると思って間違いありません。
坂木 なるほど、幸せを構成する4つの因子の特に3番目、「なんとかなる!」の意識をしっかり持てれば、より前向きに生きられる気がしてきました。
前野 先々の見通しが利かなくても、未知のものにチャレンジしていく人は幸せになり、その場に立ちすくんでしまう人は不幸せになるという、避けがたい二極化が進んでいます。ですから、しばらく続くであろうウィズコロナの時代にお勧めなのは、まず心を整えて、幸せの因子をせっせと積み上げること。そして、できるだけ視野を広くして、常に大局的な判断を心がけること。幸せでなければ生き延びられない時代に今、私たちは生きているのです。

人類が目指すゴールはウェルビーイング

坂木 生き延びるために、私たちは幸せでいなければならない――そうした時代を切り拓くために、これから幸福学はどう深化し、あるいは進化を遂げていくのでしょう。最後に、前野さんの心づもりや目指す方向性についてお話しくださいますか。
前野 幸福から離れて、例えば環境問題にせよ貧困問題にせよ、もはや各人各様の取り組みでは太刀打ちできず、国境や立場の違いを超えて、皆で力を合わせて対峙しないと解けない問題になっています。SDGs(持続可能な開発目標)に示されている解決課題はすべからくそうですね。そのSDGsの中にも、幸福と健康という意味で「ウェルビーイング」の達成が含まれていますが、私は、人類が目指すべきゴールは「SDGsよりも一段上の、広い意味でのウェルビーイング」というのが持論で、人も社会も幸せになることを最優先課題とする時が来ていると本気で考えています。
坂木 昨今、一部の志を持った企業が、社会や社員の幸せを利益に優先させるような動きを見せているようにも感じますけども……。
前野 好ましい傾向にありますが、まだ全然足りていない。とはいえ私は研究者なので、ウェルビーイングを第一目標に据えた社会づくりのための理論的研究に邁進しながら、実践的かつ推奨できる事例などを発掘し紹介していきたい。そして、志を同じくする学者や企業、政治家などとも連携して着々と前進していく。次はそこをターゲットにしようと思います。

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1因子分析
    膨大な量のデータを、共通要因でまとめて目的に応じた分量に縮約する分析手法。多変量解析の手法のひとつで、心理学におけるパーソナリティ研究などに用いられる。
  2. ※2フリーアドレス
    個々の社員が自分の執務机を持たず、図書館の閲覧室のように席を共有するオフィスの形態。リモートワークとの親和性が高く、採用を模索する企業が増える傾向に。
  3. ※3ホワイト企業大賞
    2014年に産学界有志による企画委員会が発足し、自薦・他薦に基づいて「社員の幸せと働きがい、社会への貢献を大切にしている企業」を毎年選び顕彰している。

PROFILE

前野 隆司(まえの・たかし)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。工学博士。1962年、山口県生まれ。1984年、東京工業大学工学部機械工学科卒業。1986年、同大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了後、キヤノン株式会社入社。その後、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授などを経て2008年から現職。2017年から同大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。研究領域はヒューマンロボットインタラクション、認知心理学・脳科学など幅広く、幸福学研究の第一人者。著書に『幸せな職場の経営学』(2019年、小学館)、『幸福学×経営学?次世代日本型組織が世界を変える』(共著、2018年、内外出版社)など多数。

PROFILE

坂木 萌子(さかき・もえこ)

1987年、高知県生まれ。早稲田大学商学部卒業後の2009年、さくらんぼテレビジョン入社。翌年フリーアナウンサーに転身し、主に日本テレビ系列各局の「Oha!4 NEWS LIVE」や「ウェークアップ!ぷらす」、「日テレNEWS24」などの多くの番組でキャスターやコメンテーターとして活躍。現在は、2人の子育てをしながら、BS日テレ「コーポレートファイル」インタビュアーなどを務める。