コミュニケーション・デザインの発想で「新しい普通」をつくる
高橋 鴻介

Opinion File

「世の中を前に進めていく『未来の当たり前』を発明したい」と話す高橋さん。

対話のために考案された「新しい点字」のチカラ

東京・渋谷区役所の本庁舎。2年前に新築されたガラス張りの瀟洒なビルに歩み入り、ふとエレベーター前の壁に貼られた階数表示に目が留まる。数字の一部に丸いドットを重ね合わせた風変わりなデザイン。庁内を歩いてよく見ると、階段の手すりや、トイレ前の案内図にも同じフォントの文字や数字が使われていることに気づく。
「ココハ オドリバ デス」、「ダンセイ トイレ」、「ベビーチェア」……。
なるほど、これは点字の一種に違いない。なのに、手で触れなくとも普通に読めてしまうという摩訶不思議。トイレ案内図の横にはこう書かれていた。
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・ブレイルノイエ プロジェクト
――Braille Neue Projectは、晴眼者が使う墨字と視覚障がい者が使う点字が一体になった、目でも指でも読めるユニバーサルな書体「Braille Neue」の制作・普及を行っていくプロジェクトです。――
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Braille Neue(ブレイルノイエ)を開発したのは、27歳の若き発明家、高橋鴻介さんである。「新しい点字(※1)」を意味するこのフォントは、高橋さんが毎日一つずつ書きためている発明アイデアの中の112番目「目で読める点字」が出発点だ。
「実は僕、ふだんは広告会社のクリエイティブ部門に勤める会社員なんですが、入社して割とすぐ、先輩から『業務日誌もいいけど、もっと面白いことに時間を使おうよ』と誘われて始めたのが、この1日1案のアイデア交換でした。それ以来、何か気になることを見たり聞いたり、思いついたりした時に書き残すのが習慣化していたんです」
そんなある日、たまたま仕事で足を運んだ視覚障がい者のための施設に、新たな気づきを呼び込む出会いがあった。その場で意気投合してすぐに友だちになった施設の利用者が、すらすらと点字を読むのを見て思った。「めちゃめちゃカッコいい」と。「でもどうして、僕は読めないんだろう」、「自分も点字を使って、この人ともっと話がしたい」。そして、彼にこう言われたことが、いちばん大きな衝撃だったという。
「高橋くんも点字を習えば、暗闇の中でも本が読めるよ」
「僕はそれまで、点字は目の見えない方の専用ツールみたいなもので、自分とは関係のないものと思い込んでいました。それが、このひと言で全然違うものに見えてきた。『触る文字ってすごい、ものすごく進化してる』というように。例えば、点字が使えたら、原稿を見なくても、指でなぞりながらスピーチができるんですよ」
障がい者は何かができない人ではなく、自分にできない何かをできる人だった。この発見が「目で読める点字」の発想へとつながっていく。2017年夏のことだった。

Braille Neueは2019年1月、新庁舎に移転した渋谷区役所のトイレ案内図などに採用。渋谷公会堂や渋谷ヒカリエなどの公共・商業施設、高橋さんが勤める電通本社にも使われている(写真:高橋さん提供)。
「Braille Neue」とは
従来の点字と墨字(目で見る文字)を重ね合わせることで、視覚障がい者も晴眼者(目の見える人)も読むことができるようにつくられた新しい書体。アルファベット、数字、カタカナの3種。袋文字バージョンもある(写真:高橋さん提供)。

見える人と見えない人 二つの世界をつなぐもの

当時書かれた高橋さんのアイデアノートには、「点字の点を線で結んだようなフォント」とある。これなら誰でも読めそうな気がする。高橋さんはすぐに、試作に取り掛かる。
「点字を覚えるのはとても難しくて、視覚障がい者でも読める人は1割程度だそうです(※2)。それに、目が見えなくなるのは後天性の場合が多い。誰でもその可能性があるわけです。なのに、点字習得のハードルが高すぎる。『わかる』と『わからない』の間のギャップをつなぐようなものがつくれたらと考えました」
とはいえ、その段階ではまだ個人的関心の域を出るものではなかった。それが、社会で実際に使えるものにしたいと、劇的な意識の変化が訪れるのは3カ月後。最初につくったプロトタイプを先輩や友人に見てもらううち、「NO LOOK TOUR」という視覚障がい者と晴眼者の交流イベントで試してみる機会を得たからだ。その日会場では、ブレイルノイエで書かれた参加証を手にした来場者同士が、「あれ、これって点字なの?」、「そう、イベント名が書かれてますね」などと親しく言葉を交わす光景が見られた。
「その会話が、晴眼者と視覚障がい者の方のものだとわかった時、『あ、そっか!』と目の前が急に開ける感覚がありました。同じ文字を共有することが大事なんだと。それが出会いのきっかけにもなるし、そこからコミュニケーションが生まれてくる。今までのように点字の近くに意味が書かれているだけでは、きっとこんな会話は起こらなかったと思います。見えない人のための点字が、むしろ見える人との間を隔てる壁になっていたのかもしれません。だったら、それを乗り越えるツールになることが、この新しいフォントの価値なんだと思えてきたんです」
ブレイルノイエの開発コンセプトがここで明確になる。単に「目で読める点字」ではな く、「見える人の世界と見えない人の世界をつなぐツール」だ。ならば、社会に広げていく意味もあるだろう。そう考えた高橋さんは、アルファベット版に加えてカタカナ版もつくるなどして試作を重ね、改良したプロトタイプを自身のSNSで紹介した。
すると、国内外から多くの反響があった。「ブラジルの美術館で使いたい」、「点と点の間隔が違う」、「盲学校に通う子に教えたい」、「ロシア語版をつくってみた」……。
賛否両論様々な意見があり、その度に手直しをしてすぐアップ。その繰り返しを高速でこなすことで、クオリティは格段に上がっていった。この密度の濃い、オープンなコラボレーションが、ものづくりの過程において非常に重要であることを実感した。
2018年夏、こうして完成体に近づいたブレイルノイエを携え、渋谷区役所へ。話を聞いた長谷部健区長は「区が目指す多様性を尊重する社会に合う」と、翌年1月竣工予定だった新庁舎への採用を決めたのだ。

共有・共感からの発想でコミュニケーションを

点字が誕生したのは約200年前。フランスのルイ・ブライユ(※3)が考案したといわれる。それをもとに日本語点字(※4)ができたのが1890年。その後、現在に至るまで基本の姿は変わらない。社会に定着したその「当たり前」に工夫の余地を見いだし、変化をもたらす発想はどこから来るのだろうか。
「発想の仕方はいろいろとあると思うのですが、僕の場合に言えるのは、人と接点を持ちたい、コミュニケーションを円滑にしたい、そんなことを基本にアイデアを考えます。ブレイルノイエもそうでしたが、こんなツールを共有したら一緒に楽しめるね、仲良くなれるねと。だから、『楽しい』と感じるポイントに『共感する』ことが基本になります」
例えば、高橋さんが発明した「リンケージ」というゲーム。プレイヤー同士の指と指を棒でつないでバランスを保つシンプルな遊びだが、発想のもとは盲ろう者(視覚と聴覚に障がいのある人)がコミュニケーションに用いる触手話(※5)にある。
「目と耳の両方が不自由な方は、触覚によって意味や感情を伝え合ったりします。盲ろうの友人がそうしているのを見て、手話ができない僕も何かを触る行為を共有すれば、彼と一緒に楽しむことができるんじゃないか、と思いついたのが始まりでした」
そして、思いついたらすぐにつくる。これが高橋さんの基本スタイルだ。頭の中だけの考えで完結させない。想像するのと、実際につくって触ってみるのとでは大違い。頭の思考は3割止まりでいい。つくって、試してもらい、意見を聞き、またつくる。そうして体感、実感、共感をもとにつくるほうが、考え抜いて最後につくるよりも、結果としてコストは下がる。
「Build fast, Fail fast(早くつくって、早く失敗しろ)ですね」(※6)。それも、高橋さん流のコミュニケーションの取り方なのだ。

200年の歴史を持つ点字の新しいカタチが誕生。駅やショッピングモールで普通に見掛ける日も近いかも(写真:高橋さん提供)。

プロセス志向でつくるインクルーシブな世界

高橋さんの会社での肩書きは、コミュニケーション・デザイナーである。人と人、何かと何かをつなぐ術を考え、仕事に結びつける。発明家としての活動もその延長線上にある。だから、でき上がったものを自分で作品とは呼ばない。誰かに使われることで意味を持つツールでありたいと思うからだ。必然的に、発想の根っこには「社会との接点」もある。
「学生時代に、社会課題をテーマにデザインを学んだことが関係しているんだと思います。例えば、防災用品の価値をデザイン的に捉え直すとか。ただ、社会課題ありきというより、好奇心ありきで、こんなものができたら楽しい、おもしろいと自分自身が思えることから出発する場合が多いですね。だからつくり上げていく過程も楽しめるというか、そのプロセスにこそ意味があると思っています」
プロセスを志向すると、巷間言われるダイバーシティ(多様性)やユニバーサルデザインの見方も少し変わってくる。多様性の実現は互いの違いを認め合うことから始まるが、そこで止まってしまいがち。その先に対話がなければ本当の理解には至らない。誰にでも使いやすい共用品は隔たりのない社会に必要だが、完成させることが目的化しがち。ユーザー自身が参加してつくるインクルーシブデザイン(※7)のほうが高橋さんの感覚に近い。
さて、あなたが何かを発明するとしたら、どこに発想の基点を置くか。すでにある「当たり前」に少しの工夫を加えるだけで、ニューノーマルの時代が拓けるかもしれない。

ペットボトルのキャップをボルト代わりに使って段ボールを組み立てる「CAPNUT」。人が入れる空間も建築可能(写真:高橋さん提供)。
「リンケージ(LINKAGE)」は、カードの指示に合わせて、崩れないように棒で指同士をつないでいくゲーム(写真:高橋さん提供)。
リモートワークの運動不足解消を目的に開発した「ARゆるスポーツ」。顔の筋肉を動かしてオンラインで競い合う(写真:高橋さん提供)。

取材・文/松岡 一郎 写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1新しい点字
    Braille(ブレイル)は「ブライユ式点字」、Neue(ノイエ)は「新しい」を意味するドイツ語に由来する。
  2. ※2点字の識字率
    視覚障がい者のうち点字が読める人の割合は12.7%(厚生労働省 平成18年身体障害児・者実態調査結果)。
  3. ※3ルイ・ブライユ
    Louis Braille(1809-1852)、フランスの盲人教育家。5歳で失明し、盲学校で学んでいた16歳(1825年)の時に点字を考案した。
  4. ※4日本語の点字
    日本でローマ字式の点字が初めて使われたのは1887年。その後、東京盲唖学校の教員・生徒らが協力して日本語の点字を作成。その日にちなんで11月1日は「日本点字制定記念日」とされる(日本点字委員会)。
  5. ※5触手話
    手話を表す手に触れて、盲ろう者がその意味を読み取る方法。解読手話ともいう。
  6. ※6Fail fast
    ベンチャービジネスを成功に導く秘訣として、シリコンバレーなどでよく言われる言葉。Google成功の一因ともされる。
  7. ※7インクルーシブデザイン
    これまでデザインのターゲットから除外されてきた多様な人々を巻き込み、制作過程を共にする参加型のデザイン手法。インクルーシブの意味は「包括的」。すべての人を包み込み共に学ぶ「インクルーシブ教育」などもある。

PROFILE

高橋 鴻介
株式会社電通
第2CRプランニング局
コミュニケーション・デザイナー

たかはし・こうすけ
発明家、コミュニケーション・デザイナー。株式会社電通 第2CRプランニング局勤務。1993年、東京生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。デジタル、テクノロジー表現、サービス開発領域のクリエイティブ・プランニングに従事しながら、発明家としても活動中。墨字と点字を重ね合わせた書体「Braille Neue(ブレイルノイエ)」をはじめ、日常生活に根ざした発想から新しいコミュニケーションを生み出すデザインを追求している。WIRED Audi INNOVATION AWARD 2018で日本のイノベーター20人に選出。