新型コロナのトンネルの先に希望のある社会の構築を
寺島 実郎

Global Headline

2021年の年頭にあたり、20年の振り返りと我々が目指すべき社会像について語っておきたい。
言うまでもなく、20年は新型コロナに始まり、新型コロナに終わった年だった。ポイントになったのは、「42万人死亡説」というセンセーショナルなメッセージに、政府やメディアが過剰反応し、日本社会が正しく対応できなかったことだ。
新型コロナによる死亡者は、20年末で2,000人を超えた。これは、19年に亡くなられた方の死亡要因「インフルエンザ3,575人」や「交通事故4,279人」より少ない数字だ。日本の健康保険加入率や医療体制を考えるなら「42万人死亡説」は直ちに否定されるべきだった。
私は新型コロナは恐るるに足りないと言いたいのではない。こういう危機的な状況であればあるほど、現実の数字を相対化して理性によって行動することが大切なのだ。
必要なのはインターネット検索で得られるような断片的な知識ではなく、有機的で連携的な深みをもった知識、すなわち「総合知」だ。こういう時代だからこそ専門家の語る「専門知」の落とし穴にはまらぬように、的確な情報を自分の頭で咀嚼(そしゃく)しながら取捨選択すること、情報に対する感度を磨くことが重要だ。
そのためには、新聞や書籍などをじっくりと読み込むような作業が必要になるが、その新聞の発行部数が激減しており、00年には4,740万部あったものが20年末には3,000万部を割ると予想される。その背景には、インターネットの普及もあるが、それ以上に日本の貧困化があるだろう。日本の00年と19年を比較すると、所得の高い製造業や建設業が412万人減少し、代わってこれらの業種より年収が約91万円低い、広義のサービス業が715万人も増えている。失業者の数は減ったものの、いわゆる“ワーキングプア”と呼ばれる貧困層が増え、1997年をピークに可処分所得が減少したため、新聞を買う余裕のない家庭が増えているとも考えられる。こうしたことが、日本の科学ジャーナリズムの劣化に拍車をかけていることは間違いないだろう。
さらに、年間の「自殺者数1万9,425人」のうち、20~30代の若者が約24%を占めることにも留意したい。若者が自殺するということに対し、私自身、教育に関わるものとして慚愧(ざんき)に堪えない。大人たちは若者たちのロールモデルとなるような姿を見せられるように努力しなければならないし、日本を若者が希望を持てる国に変えなければならない。
そのために、21年は「総合知」、そしてさらに深い「全体知」を持つことの重要さを伝えるための様々な活動を、今まで以上に積極的に行っていきたいと考えている。
(2020年11月24日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)、『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)、『ジェロントロジー宣言―「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(2018年、NHK出版新書)など多数。メディア出演も多数。
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