フードロスの根本解決を目指して
川越 一磨
Opinion File
食をめぐる現状と意識 フードロスの課題とは
SDGs(持続可能な開発目標、※1)の取り組みの一つとして注視されているフードロス(食品や食材の廃棄)の問題。2020年のノーベル平和賞がWFP(※2)に贈られたように、今や食料問題とそれに深く関わるフードロス対策は、全世界から注視され、様々な取り組みが行われている。
食を通じた社会起業家(※3)の川越一磨さんも、そんなフードロスの問題に取り組んでいる一人である。
「今、世界では食料生産量の3分の1に当たる約13億トンの食料が毎年廃棄されています。日本でも、1年間に約612万トン(※4)もの食料が捨てられており、世界で4番目に多いのが現状です。そもそも日本の食料自給率は約38%で、年間5,000万トンもの食料を海外から輸入しているのに、一方で、大量の食料を廃棄している。これは、社会全体で解決していかなくてはならない大きな課題の一つだと思います」
スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの弁当やお惣菜の売れ残りは、日本でのフードロスの大きな原因の一つである。その対策として、川越さんは、「TABETE」という事業を立ち上げ、外食店舗や中食店舗、小売店などの食料提供者とユーザー(消費者)をつなぐサービスを行っている。
「スマートフォンのアプリを使って、まだ食べられるものを食べたい人に安価に提供します。お店は売れ残りを減らすことができ、ユーザーはお得な価格でおいしい料理を食べられます。また、フードロス対策に貢献しているという充実感や、新しいお店の味と出合えるワクワク感もあります。この事業は、食のサプライチェーン(生産者から消費者に届くまでのつながり)においては末端部分、川の流れで言えば下流に当たります。しかし、とにかく今できることから始めて、やがては生産者から加工、流通、問屋、小売り、消費者までのサプライチェーン全体を網羅するようなサービスを提供したいと考えています」
コロナ禍の中、食に関わる産業は苦戦を強いられた。例えば、和牛のような高級食材の売り先がない、あるいは外国人の研修生に頼っていた収穫の人手不足などで生産者が困っている状況などが報道された。「食」を軸に事業を展開する川越さんにとっても、これまでのように自由に行えないプロジェクトもある。それでも、これを機に、消費者の目が生産者に向いたのは一つの僥ぎょう倖こうだという川越さん。
「消費者側の意識が変化して、『応援消費』という流れも生まれています。食べ物なんていつでも手に入るから、自分たちは困ることなんてないという『常識』が覆されつつあるのでしょう」
とはいえ、フードロスの問題を社会全体で共有し、解決していくには時間がかかる。しかし、川越さんは、日本人の価値観が一役買うのではないかと感じている。
「もともと日本には、『もったいない』という概念があります。だから、根本的にフードロスの取り組みに理解があるし、浸透しやすいと思います。おいしいものをおいしく食べられる状態を担保するために、今こそ、皆で食のサステナビリティ(持続可能性)を考えるべきです」
みんなをつなげて元気にする料理の力
もともと料理が好きだったという川越さん。
「うちは共働きだったので、子どもの頃、自分でごはんをつくることもありました。手元にある材料でおいしいものがつくれないかと考えたり、自分好みの味に仕上げるために工夫したりするのは好きでした」
そんな川越さんが大学時代に興味を持ったのは、街づくりや地域の活性化。飲食店勤務を経て独立したのは、山梨県富士吉田市だった。飲食店を経営しつつ、客足が遠のき、さびれたシャッター商店街に住民が集うコミュニティ・スペースを整えたり、月一度のペースで子ども食堂を開催したりした。
「当時は、子どもの貧困対策というより、『みんなで集まれる居場所があるといいよね』という感じで、月に一回、一緒に食卓を囲んでいました。そこでいろいろな人と話をしているうちに、子育てしているお母さんというのは大変だと実感しました」
また、富士吉田市の名物である「富士登山競走」。市役所から富士山頂に向かって走り抜けるレースで、当時は海外からのランナーも多かった。そうしたランナーからのリクエストで、ヴィーガン食(※5)を手掛けた経験もある。
「当時、辺りでヴィーガン食を扱っている飲食店は1店だけ。しかし、それを求める外国人客は、予想以上に多いという状況でした。つまり、需要と共有が一致していなかったのです。それで、うちのレストランで急遽、ヴィーガン向けのメニューを提供しました。スタートに合わせて朝6時には朝食を出してほしいと言われ、それじゃあ4時起きだと……。そうした地域の小さな課題に対応する役割は果たしていたように思います」
おいしいものは人を呼び寄せる。人と人を結びつける。だからこそ、社会問題の解決のツールになり得る。川越さんは、そうした料理の可能性を信じ、食によるコミュニケーションサービスを提供する会社を立ち上げた。
「企業の研修、例えば料理を使ってチームビルディングやクリエイティブ研修をやりましょうと呼びかけました。料理というツールを使うと、おもしろいことが起こるのです」
基本的に研修(ワークショップ)は、営業部なり、新規事業開発部なり、部署ごとに行う。研修中は、部長やベテラン社員などの上司も、若手社員も一緒になって料理をつくる。すると、料理の経験がある人とない人の差が歴然となり、料理好きの若者や女性が陣頭指揮をしたり、年配の上司がお皿を並べたり洗ったり補助的な仕事を担当することもある。
「チームワークを高めるためには、『揺らぎ』が必要だと思います。会社での序列は、普段の業務ではもちろん、飲み会でも席順が決まっていたり、お酌をしたり……となかなか崩せない部分がありますが、一緒に料理をするとなるとごちゃまぜになります」
実際に、一緒に料理をつくるというミッションを体験すると、今自分にできることでチームに貢献しようと協力したり、仲間の新たな面を発見したり、部内のコミュニケーションにとってプラスになるという声が多いという。
「参加者からは、概ね好評をいただいています。今はコロナ禍で料理を通じた研修は難しいのですが、落ち着いたらぜひ復活させたいと思っています」
スローフードのよさを見直したい
川越さんがスローフードの活動と出合ったのは4年前。スローフードとは、ハンバーガーやホットドッグなどに代表される「ファストフード」の対義語として生まれた言葉で、「おいしい、きれい、ただしい(Good,Clean,Fair)食べ物をすべての人が享受できるように」をスローガンに、食とそれを取り巻くシステムをより良いものにするための世界的な草の根のスローフード運動(※6)のことでもある。川越さんは、現在の食のあり方を見直し、食の未来のために様々なことをやっていこうという活動理念に賛同し、イベントに参加してきた。
「流通に乗らない規格外の野菜を使い、600人分のスープをつくるイベントに参加したこともあります。おいしいスープを通じて、規格外だからって食べられないわけではないし、食べられるものを捨てるのはもったいないというメッセージを伝えたかったのです」
川越さんは、今は普通に流通している食材が市場から消えて、10年後には食べられなくなってしまうかもしれないと危惧している。
「ファストフードは確かにつくるのも食べるのも手軽です。でも、もしそれだけになってしまったら、どうでしょう。日本各地には昔から受け継がれてきた郷土食が豊富にあり、多様性があります。その食の豊かさを担保するために、もっと食に目を向ける必要があると思います。絶滅危惧種ならぬ『絶滅危惧食材』をいかに守って次世代につなげていくか、仕組みを整えなければなりません」
すでに、ウナギやマグロなどは深刻な絶滅危機に瀕していると言われている。そのほか、水質汚染や地球温暖化による自然や気象条件の変化などによって収穫が激減している食材も多い。もちろん、環境面だけでなく、生産者の高齢化と継承者の問題、農業経営や流通のあり方など、社会的な課題も山積している。
「食の現在と未来を考えていくと、CO2や海洋プラスチックの問題などにも広がっていきますが、すべての問題を解決するカギとなるのは教育だと思います。子どもの頃の食体験は、命や環境、社会などについて考えるきっかけとなり、生きる力や未来にも深く結びついているからです。実際、世界では『エディブル・スクールヤード(校庭菜園)』(※7)が広がっており、日本でも取り入れる学校が増えています。こうした活動を通じて、日本の子どもたちが自然を身近に感じ、食を心から味わう中で、エコロジーや持続可能な生き方について学んでいってほしいと思います」
昔はおいしいものが食卓にたくさん並んでいたのに、もう食べられない――。そんな悲惨な未来を迎えないために、川越さんはSDGsに積極的に取り組んでいく覚悟だ。
「私にとって挑戦は、原動力です。利益だけを追うのではなく、社会の様々な問題を解決するために闘っていきたいのです。SDGsには『ゴール』が設定されていますが、私はゴールというより基本だと考えています。今後、SDGsに貢献できなかったら企業としての意味がないというように、社会の価値観や風潮も変わっていくでしょう。私は食という分野で挑戦し続けたいと思っています」
川越さんのように挑戦し続ける熱い魂こそが、今と未来の社会を変えていくに違いない。
取材・文/ひだい ますみ 写真/吉田 敬
KEYWORD
- ※1SDGs
持続可能な開発目標。2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。17のゴール・169のターゲットから構成される。フードロス問題は、目標12の「つくる責任 つかう責任」に該当する。 - ※2WFP
国連世界食糧計画。飢餓に苦しむ途上国を中心に、戦地や被災地などの過酷な現場で食料を届ける活動をしている団体。新型コロナウイルスの感染拡大や気候変動による災害により、食料不安や飢餓に苦しむ人が急増しており、「飢餓のパンデミックになる恐れがある」と警鐘を鳴らしている。 - ※3社会起業家
社会変革の担い手(チェンジメーカー)として社会問題の解決を目指す、ベンチャー企業などの起業家。 - ※41年間に約612万トン
FAO(国際連合食糧農業機関)の報告書2019年より。 - ※5ヴィーガン食
植物性食材のみでつくられた料理のこと。ヴィーガン(vegan)は、卵や乳製品を含む、動物性食品をいっさい口にしない「完全菜食主義者」で、乳製品などを食べるヴェジタリアン(Vegetarian)よりも厳格。 - ※6スローフード運動
1989年にイタリアで始まり、現在160カ国以上に広まっている国際組織。スローフード日本は、2016年、スローフード国際本部から正式な承認を受けた国内運営機関として発足。 - ※7エディブル・スクールヤード
1995年アメリカの公立中学校で始まった、持続可能な生き方のための菜園学習プログラム。
PROFILE
川越 一磨
株式会社コークッキング
代表取締役CEO
かわごえ・かずま
株式会社コークッキング代表取締役CEO。1991年、東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。大学在学中から料理人の修業を積み、卒業後飲食店勤務を経て、山梨県富士吉田市に移住。コミュニティカフェや子ども食堂を立ち上げる。その後、株式会社コークッキングを創業、料理を通じたチームビルディングワークショップや、フードロスに特化したシェアリングサービス「TABETE」に取り組む。また、フードロスの啓蒙活動「Disco Soup」の運営に従事。Slow Food Youth Network Tokyo 代表を経て、2019年4月には一般社団法人日本スローフード協会の理事に就任。