怒られたらあやまろうーーあずまきよひこ『よつばと!』11巻より
伊藤 朱里
Power Of Words 私の好きな言葉
小説家 伊藤 朱里
世間の正しさの前でもがく人々を描いた『名前も呼べない』(筑摩書房)、職場の女性同士の心模様を描いた『きみはだれかのどうでもいい人』(小学館)など、人それぞれの価値観や生き方を万華鏡のように鮮やかに描く作品で注目されている小説家・伊藤朱里さん。上記の言葉を執筆用パソコンの画面に貼り付けて、勇気をもらっている。
「小説を書くとき、世の中に言葉を発信する責任を常に感じています。自分が選んだテーマやストーリー、描写や表現が誰かを傷つけてしまうかもしれないと思うと、筆が止まってしまうくらい怖くなります。そんな弱い自分を奮い立たせてくれる言葉なのです」
「怒られたら あやまろう」は、神社の栗を勝手に拾って怒られないのかと訊かれた際に登場人物の女子高生が答えたセリフだ。伊藤さんは、そのスパッと割り切った言葉から、いろいろ考えすぎて立ち止まってしまうのではなく、とにかく行動することが大切だと感じたという。
「もし自分の作品にまずいところがあって非難されたら、その時は心から『ごめんなさい』と謝ればいい。そう肚(はら)をくくれば、書き続けられる気がします」
伊藤さんは、繊細に丁寧に言葉を選び、紡いでいく。自分の価値観や固定観念で他人を安易に判断したり、批判したりしていないだろうか。自分にも「一方的な正義」を振りかざす加害者的な側面があるのではないだろうか。日々、厳しく自分を見つめながら、小説を書いている。
自分の言動が他者に害をなしたのであれば、真摯に謝ればいい――。その考え方は、他者との関係に苦しむ人の心を慰め、勇気を与えてくれるだろう。「お守りの言葉」の1つとして心に留めておけば、いつか必ず役に立つ。
取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾
PROFILE
小説家 伊藤 朱里
いとう・あかり
1986年、静岡県生まれ。2015年、『変わらざる喜び』で第31回太宰治賞を受賞、同作を改題した『名前も呼べない』(筑摩書房)でデビュー。著書に『稽古とプラリネ』(筑摩書房)、『緑の花と赤い芝生』(中央公論新社)、『きみはだれかのどうでもいい人』(小学館)など。