スポーツの力で長期療養児に青春を
北野 華子

Opinion File

「長期療養の子どもたちに最高の子ども時代や『青春』を体験してもらいたい」と語る北野さん。

子どもたちに「青春」を諦めさせないために

現在、日本には、長期療養児(※1)が約25万人いる。治療の期間は数カ月から十数年と様々で、中には退院後、元通り元気になって暮らしている子もいるが、入退院を繰り返しながら治療を続ける子も、自宅で療養しながら日常生活を送る子もいる。
こうした辛くて長い治療・入院生活を送っている子どもたちに「青春」を諦めさせない活動をしているのが、北野華子さんが理事長を務める特定非営利活動法人(NPO法人)Being ALIVE Japanだ。
「私自身、長期療養児でした。5歳のときに原因不明の難病を発症し、小学生の頃から入退院を繰り返し、治療・療養期間は15年ほど続きました」
病気が治ったら、みんなと同じように学校に行ける。みんなと同じように勉強して、高 校や大学に進む。長期療養児は、病気を治してそんな当たり前の「青春」を送ることを目標に、様々な苦しみに立ち向かってがんばっている。
しかし、治療・療養が続く中、同世代のように学校行事やスポーツをしたり、友だちと遊んだりすることには、どうしても制限がかかってしまう。しかも、それが後どれくらい続くか、不透明な場合も多い。苦しい時期を乗り越え、いざ「青春」しようと思っても、就学期間が過ぎてしまい、学校生活やクラブ活動など、友だちや仲間と共有する貴重な時間は戻ってこない場合もある。
北野さんは自身の経験から、なかなかゴールが見えない長い生活を支え、前向きに生きるには、療養生活を送りながらも実現できる「青春」という活力が不可欠だと実感した。
「治療しながらも実現できる『青春』をつくり、病気のある子どもたちに仲間との経験や、将来の選択肢、可能性を増やしてあげたいと考えました」
その思いを実現するべく、北野さんは米国に留学。米国の小児医療の現場では、療養中の子どもが主体的に医療体験に臨めるよう支援する活動が根付いていた。看護師とは別に「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(※2)」という資格を持つスタッフが、療養中の子どもたちの生活を様々な形でサポートしていたのだ。北野さんに衝撃を与えたのは、病院で子どもたちがスポーツをしている現場だった。
北野さん自身も経験者だが、療養中の子どもは、まず運動や体を動かす遊びを制限されることが多い。体を動かす機会といえば、病棟の中を行き来するか、短時間の散歩くらいだろう。病院でスポーツをするなんて、ありえないことだった。しかし、その様子を見ているうちに、北野さんはスポーツの持つ力に気づいた。
「スポーツには、技やスピードを競うものというイメージがありますが、別の一面もあります。趣味として好きなスポーツを続けたり、観戦して応援したり、様々な楽しみ方があります。療養中の子どもたちも、スポーツをすることで、自立や日常生活に戻るための体力が向上したり、自分自身に自信をつけたり、人と関わることで社会性を育んだりできます。こういう活動をぜひ日本にも持ち帰りたいと思いました」
北野さんの胸の中に、病気の子どもへの支援の一環として、スポーツという新たな切り口が見つかった。

慶應義塾体育会野球部に入部した田村勇志選手(入団時11歳)。背番号6番を付け、神宮球場で行われた早慶戦の始球式に参加した。

病院でのスポーツ活動そのスタートと経緯

北野さんが病院でのスポーツ活動を開始した2015年当時、日本の小児医療の現場には、難病で長期療養している子どもたちのスポーツ活動に関する情報はないに等しい状態だった。「なぜ、スポーツ?」と問われることも多かった。
しかし、北野さんは「激しい運動をするのではなく、仲間をつくったり、仲間と一緒に体験したりするためのスポーツプログラムを提供したい」と訴えた。
「手や足が使えないから、体力が落ちているからと『できないこと』を見つけるのではなく、子どもたち自身が『できること』を見つける機会をつくりたかったのです。やわらかいボールを使う、全員が楽しめる動作やルールを決めるなど工夫すれば、病気の子どもにも『できること』はたくさんあります」
そうして実現した初めての活動。緊張や戸惑いの雰囲気の中でスタートしたものの、最終的に子どもたちや家族に笑顔が広がったという。周囲が驚いたのは、楽しいひとときを過ごしただけでなく、「体を動かした後のご飯はおいしい」と、いつもより食欲が出たという子がいたり、医者や看護師さんとの会話が増えたりしたことだった。「次回のスポーツ活動に参加したいから、今週の治療をがんばる」「スポーツ活動日と重ならないように、検査日を調整してほしい」など、自らの治療に積極的になる子どもが続々と現れた。
プログラムではプロ選手やオリンピック選手などに参加してもらう場合も多い。憧れの選手と一緒に歩いたり、プレイしたりする行動自体が、子どもたちにとって自発的なリハビリにつながるケースも多いという。
スポーツ活動への参加が、子どもたちにとってよい刺激になるのは明らかだった。その話は家族や医療関係者、院内学級の先生などを通じて徐々に広がっていった(※3)。
「現在、うちの病院でも実施できないか、どんなことに注意すべきかなど、小児科医の先生や院内学級の先生などからお問い合わせをいただいています。活動当初は、こんなに急速に広がるとは思ってもみませんでした」
実施しているプログラムは、実に様々だ。バレーボールやサッカーなどのほか、最近はラグビーなども取り入れている。病院に併設されている体育館を使用する場合もあるが、主に使うのは院内学級やプレイルーム、リハビリルームだ。安全にスポーツを楽しめるスペースかどうか、階下に音が響かないかなど、病院の実情に合わせて環境を整える。例えば、ラグビーの場合、試合を忠実に再現するのは難しいが、トライやパスといったラグビーならではのプレイを体験することはできるという。
もちろん、今年になってからは、感染症対策にも細心の注意を払っている。もともと長期療養児は感染症によるダメージが大きいことが多いため、小児医療の現場では、コロナ以前から感染症対策には敏感である。参加するアスリートにも事前に説明して予防注射を打ってもらい、感染症のチェックをしてきた。
「アスリートの皆さんからは、子どもたちを励ますつもりが、むしろ自分のほうが元気をもらったという感想を多くいただいています。できれば、一回きりのボランティアではなく、継続した支援によってアスリートはその社会的価値を高め、多くの子どもたちもいい刺激を受けていく、そんな活動でありたいと思っています」

病院外でのスポーツ活動も拡大中

道具やルールを工夫することで、「できた!」が新たな意欲を育んでいく。
みんなでどうしたらできるかを考えることが成長につながる。

北野さんは、病院外での2つのスポーツ活動にも力を注いでいる。
その1つ目が、長期療養児と兄弟、友人が一緒に楽しむ地域のスポーツ活動(スポーツ祭)だ。せっかく入院中にスポーツの楽しさに目覚めても、自宅療養時にはなかなかその機会がないことも多い。また、長期療養児を抱える家庭では、どうしても親の気持ちがその子に集中しがちなので、兄弟は普段から様々な我慢を余儀なくされていることが多い。そうした家族のストレスを発散するためにも、家族や地域の人々が一緒になってスポーツでつながる場が望ましいと考えたのだ。
「病気のある子と健康な子が一緒にスポーツで対戦するプログラムは、お互いにいい刺激になると思います」
また、病院外での2つ目の活動として、病気の子が学生やプロスポーツのチームに入団し、練習や試合などの活動に参加する「TEAMMATES」というプログラムも展開している。長期療養児が大学生やプロスポーツのチームの一員として、一定期間一緒に活動するプログラムだ。
「慶應義塾体育会野球部(慶應大学野球部)で活動した子もいますし、バスケットボールB.LEAGUE の『川崎ブレイブサンダース』に入団した子もいます。こうした活動が前例となって、同じ病気のある子がスポーツを始めて、同じチームに入団した例もあります。スポーツは、多くの子どもの前向きな療養生活につながるのだと実感しました」
北野さんが目指しているのは、ゼロから1をつくりだすこと。10年前には「病院でスポーツ」は当たり前ではなかったが、今は「新しい当たり前」として定着しつつある。
「スポーツ活動を通じて『青春』を諦めなくてもいい、病気でも『できること』はある、とわかることで、今治療をがんばっている子どもたちも、先の未来を見られるような療養生活ができるでしょう。これからもスポーツを通じて、今までになかった新しい『当たり前』をつくり出していきたいと思います」
病気と闘っている子どもたちにとって、励みになるようなロールモデルをたくさん増やしていきたい――。「できることは必ずある」という確固たる信念を抱く北野さんの奮闘は、留まることなく今日も続いている。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾、Being ALIVE Japan

KEYWORD

  1. ※1長期療養児
    小児がんや腎臓病など様々な病気で、長期的に治療・療養を必要とする子ども。
  2. ※2チャイルド・ライフ・スペシャリスト
    Child Life Specialist。療養中の子どもや家族に対して、心理社会的支援を提供する専門職。現在、日本の国家資格ではなく、米国ACLP(Association of Child Life Professionals)による認定資格。
  3. ※3徐々に広がっていった
    実施病院は国立成育医療研究センターほか7病院。スポーツ活動を提供した子どもの数608 人、5年間のプログラム数131回、提供したスポーツの種類17種目、参加アスリート数62人(同法人「2015-2019年度事業報告書『5Years Report』」より)

PROFILE

北野 華子
特定非営利活動法人
Being ALIVE Japan理事長

きたの・はなこ
特定非営利活動法人Being ALIVE Japan理事長。チャイルド・ライフ・スペシャリスト、セラピューティック・レクレーションスペシャリスト。慶應義塾大学環境情報学部卒業、京都大学大学院医学研究科社会健康医学専攻を修了。米国に留学し、アトランタパラリンピックのレガシー団体「BlazeSports America」やシンシナティ小児医療センターでの実践を経て帰国。埼玉県立小児医療センターでチャイルド・ライフ・スペシャリストとして勤務しながら、入院中の子どものスポーツ活動を展開。