気候変動問題を解決に導くソリューションとは
渡部 肇史×小澤 守

Global Vision

J-POWER社長

渡部 肇史

関西大学名誉教授

小澤 守

激甚災害、爆弾低気圧、ゲリラ豪雨……と荒ぶる気象用語に負けそうになる。
気候変動の主因とされる温暖化をくい止めようと地球規模の対策が求められているのは周知の通り。
身近な生活インフラである「電気」の世界で、実効性を伴ってCO2削減を促すための道筋を、安全安心の伝道師に訊ねた。

事実と技術に立脚した議論に重きを置こう

渡部 本日は関西大学名誉教授の小澤先生と対談させていただくわけですが、コロナ禍ということでオンライン会議システムを使って対談させていただきます。J-POWERは電気事業者として常に多方面にわたる技術を開発し、それを駆使しています。昨今は全地球的な課題である気候変動問題に対応しうる先端的技術、あるいは有効なソリューション(解決策)の獲得に精魂を傾け、この難題に正面から対応していかなくてはと肝に銘じています。
小澤 その点について私は、今年2月に参議院の「資源エネルギーに関する調査会」に参考人の一人として呼ばれ、国会議員の前で話をする機会がありました。その場で感じたのは、環境第一で手当たり次第にCO2を減らすという語り口は議員たちに受けがよいが、そうするためのエネルギーバランスはどうあるべきか、それを裏付ける技術的課題をいかに克服するかといった肝心の議論は見過ごされがちだということでした。事実と技術に立脚した議論に重きを置かない現状には私自身、大いに違和感があります。
渡部 2015年のCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で決議された「パリ協定」では、日本は13年度比で30年に26%削減、50年に80%削減を目標に掲げていますけれども、小澤さんはこの目標設定をどのように評価しておられますか。
小澤 それくらいがんばってCO2を減らさないと、地球温暖化防止に貢献できないし、やると公言した日本の面目も立たない。その目安になる数値ですが、だからといって、その達成のためなら国の政策が環境一辺倒で突き進んでよいという話にはなりません。電源構成でいえば、CO2を出さない再生可能エネルギーにシフトせよとか、でも原子力はイヤだとか、さらにCO2の排出量の多い石炭火力を減らせとか、事実と技術の視点を欠いた議論に終始していては、どんな目標にも到達しえないと思います。
渡部 国のエネルギー基本計画では、30年時点の日本の望ましい電源構成は「再生可能エネルギー22~24%、原子力20~22%、石炭火力26%、天然ガス火力27%、石油火力3%」を原案としています。これらの構成比が今後見直されることはあるにせよ、環境問題にのみ起因してエネルギーバランスが根底から覆るようであってはならないということでしょうか。
小澤 要はエネルギーバランスも電源構成も、ここに至るまでの事実の積み重ね、技術の発展や蓄積の延長線上で成り立っているのです。観点を変えれば、日本の経済を維持し、国民がちゃんと生活できて、その上で環境対策に万全を期すということで、その成り立ちを見誤ってはならない。そうした複雑系の中からベストバランスを見つけ出す作業が容易なわけはなく、とても環境一辺倒の価値観では追いつかないでしょう。

ベストバランスの探求と議論の深化

渡部 小澤さんご自身は、ボイラーの安全性を長く研究してこられて、エネルギー産業の成り立ちや技術開発の現場にも精通されています。我々事業者が、電力の安定供給という社会的使命を果たしながら、地球温暖化防止に貢献していく道筋をどうつけるべきとお考えでしょうか。
小澤 エネルギーバランスも電源構成も、個々の選択肢に過度に寄らず、トータルなシステムとして俯瞰して見ることが第一の要件です。需要の大半を賄っている輸入エネルギーと再生可能エネルギーなどの国産エネルギーを按分して、システム全体として信頼性が高く、CO2排出を極力抑制できるようなベストバランスを探り当てていく。そして、それをかなえる第二の要件は多種多様な選択肢を用意し、どんな変化にも耐えうる柔軟な対応力を失わないことです。
渡部 少しでもベターな方向に導いていくようなバランスの取り方、そのための合意形成のプロセスも大切にということですね。
小澤 そういう冷静かつ粘り強い議論が、今はこの国に必要だと思います。CO2削減問題がクローズアップされると、再生可能エネルギー礼賛の大合唱が起きたり、CO2排出量の多い石炭火力はフェードアウトだと槍玉にあげたりする。仮に再生可能エネルギーで電源の数十%を賄うとして、そのとき生じる電力供給の不安定さをどの電源でバックアップするのかといった議論までは、まず踏み込みませんね。
渡部 的を射たご指摘と思います。メディアなどの取り上げ方にしても、ある国が大胆な再生可能エネルギーシフトに踏み切ったと見出しを躍おどらせても、電源としての信頼性低下や電気料金の値上げといった副作用にまで言及することは少ない印象です。
小澤 昨今かまびすしい「石炭への逆風」も、客観性に欠けると言わざるをえません。先ほど示していただいた「30年時点の電源構成」で全体の26%を占める石炭火力を、いったい何に置き換えようというのか。CO2抑制を踏まえて石炭火力に代替可能なベースロード電源といえば、現実的には原子力しか見当たりませんが、原子力発電プラントの再稼働が遅々として進まない現状からして、今から10年後に石炭火力の穴を埋めるどころか、原案の「原子力20~22%」の達成も難しいでしょう。国のエネルギー供給が逼迫する中で、いかにして日本のエネルギーの活路を見いだしていくのか。政官財を挙げて、今こそトータルなシステムの再構築に向けた議論を深めるべき時だと思います。

電力安定供給を前提に温暖化防止に貢献

渡部 もう少し技術の話を掘り下げたいのですが、J-POWERは戦後復興期の電力需要増に応えた国策会社として設立され(04年民営化)、水力にはじまり、石炭火力や送変電の開発を全国各地で展開し、風力・地熱・バイオマスなどの再生可能エネルギーや原子力の分野にも取り組んできました。電源構成として間口が広く、選択肢を多く有している点、そして60年余に及ぶ実績の積み上げ、技術の進展と蓄積、研究・技術の系譜などが当社のベースにあります。
小澤 そこがとても重要です。エネルギー分野のイノベーションは、新しい技術が登場しても、従前のものにすぐに取って代わることはありません。古い話で恐縮ですが、蒸気動力の歴史を振り返ると、1712年に英国のトーマス・ニューコメンが大気圧のもとで稼働する蒸気機関(大気圧機関)を開発し、その数十年後にジェームズ・ワットが大気圧機関に新規技術を導入して現在につながる蒸気動力の発展の礎を築いた。需要家たちは当然、性能に勝る後発のワット型に雪崩を打ったかと思いきや、1800年時点の普及率はニューコメン型が8~9割で、ワット型は1割程度。技術は手順を踏んで、それまでの実績に積み上がっていくことの証左だと思います。
渡部 新しい技術の開発については、特に石炭利用技術の研究開発とプラント実装に、我々は長い年月を費やしてきました。石炭火力の発電効率を極限まで高め、同時にCO2排出も極力抑制する、いわゆる「クリーンコールテクノロジー」の研鑽に40年以上も心血を注いでいます。ただ漫然と石炭火力を使い続けるのではなく、高効率化・ゼロエミッション化に資する技術を取り入れた次世代型石炭火力への転換、新陳代謝が必要と考えるからです。
小澤 そうした技術開発の現場をよく知る一人として私が証言しますが、日本の石炭火力発電の技術は、世界的に見ても最高水準にあり、中でも超々臨界圧(USC)プラントや先進超々臨界圧(A-USC)プラントに関する技術は他の追随を許しません。それらを国内の石炭火力の高効率化・ゼロエミッション化への礎とするにとどまらず、石炭火力が主力電源であるような海外の多くの国や地域に日本の高い技術を移転する形で国際貢献していくことを、もっと真剣に自信を持って推進すべきと思っています。
渡部 まさに我々が長年意図してきた点です。引き続き、日本の高い技術の移転を通じて、途上国などの温室効果ガスの実効的な削減に寄与していきたいと考えています。
小澤 石炭火力への逆風は強まる一方ですが、「重要なのは電力安定供給の担保。その上で地球温暖化防止に貢献しうる新しいシステムに順次切り替えていくのが筋」と主張をするくらいの気概を示したいところです。

次世代型発電技術でCO2を削減

渡部 お言葉を頂戴して意を強くいたしました。そして次に問われるのが、新しいシステムへの切り替えに向けて我々がどんな次世代型技術を準備できているかでしょう。焦点はさらなる効率性とCO2低減を追求する「クリーンコールテクノロジー」ですが、その中核に位置するのが「石炭ガス化技術」です。かつて小澤さんには、当社の若松研究所で石炭ガス化複合発電(IGCC、※1)の「EAGLE」プラントを視察していただきましたが、技術はさらに相当先へ進んでいます。
小澤 私は北九州市の現地であれを見て、これこそ「極み技術」と呼ぶにふさわしいと直感しました。標準的な微粉炭火力では石炭を砕いた微粉炭をボイラーで燃やし、蒸気タービンを回して電気を起こすのに対して、石炭ガス化複合発電ではガス化した石炭ガスを燃料にして、ガスタービンと蒸気タービンを両方回すことで、発電効率を引き上げ、それによってCO2排出の低減を達成するという斬新さです。現物を前にして説明を聞きながら「これだ」とひざを打ちました。
渡部 その先には、IGCCに燃料電池を付け足してトリプル複合発電を行い、究極的な高効率化とCO2削減を目指す石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC、※2)の出番も控えています。IGFCの研究開発は舞台を広島県の大崎上島に移し、当社と中国電力株式会社との共同出資事業である「大崎クールジェンプロジェクト」に引き継がれて、今まさにプラント実装に向けた実証試験に着手しています。ぜひ現地をご覧いただければと思いますが、これからプロジェクトの第2段階で、基礎技術のIGCCにCO2分離回収設備を付設する「CO2分離・回収型酸素吹IGCC」の実証試験が佳境を迎えているところです。
小澤 それはぜひ拝見したいですね。石炭ガス化技術がもたらす二重、三重の高効率化でCO2排出を抑えるのと並行して、石炭ガス中の炭素成分を分離回収することで、直接的にCO2を減らすという前途有望な石炭利用技術であり、その成果には世界が注目していると思います。
渡部 発電プラントから回収したCO2を地中に安定的に貯留する技術(CCS)や、回収・貯留したCO2を食品製造や植物育成などにリサイクルする技術(CCUS)なども今後の検討課題です。また、石炭ガス化技術を用いて褐炭水素を製造する技術・ノウハウも獲得して、来るべき水素社会の実現に寄与する国際的な取り組みへの参画も決めました。
小澤 水素燃料は確かに興味深いですね。水素燃料なら、自動車を走らせてもCO2は出ないなど環境面の優位性が大きいですから、将来的には、化石燃料に代わってエネルギーバランスの一翼を担う可能性もあります。

究極の高効率発電技術IGFC の完成をめざす大崎クールジェンプロジェクト。

若松研究所のEAGLE プロジェクトでは、基盤技術のIGCC に磨きをかけた。

人を大事にする風土が技術の伝承を円滑にする

渡部 今日のお話の中で、新しい技術は従前からの技術を駆逐せず、その上に積み重なるというご指摘が胸に響きました。だからこそ時間をかけて技術を育て上げ、磨きをかけ続けることが大切なのだと……それは人財も同じではないかと感じました。
小澤 まったくその通りで、技術はすぐに育たないし、技術者を育てるにも長い年月を要します。どんな技術分野であれ、試行錯誤を繰り返して成果を積み上げ、幾多のブレークスルーを果たして、おのおのの地歩を固めてきたはずです。そういう限りない挑戦の上に築かれた技術的達成が、まっとうな議論も経ないでないがしろにされたり、技術の系譜が絶たれたりすれば、もはや国富の損失といってよいでしょう。
渡部 そうした挑戦ができる風土を醸成し、挑戦する気概を持ってもらうには、何が必要でしょうか。
小澤 失敗を許すこと。そして何を、どう間違えたかの検証をきっちり行うこと。そういう社風や制度が根づいていれば、何事にも余裕を持って挑んでいけますし、それが企業のレジリエンス、すなわち、しなやかな強さや復元力につながるのだと思います。
渡部 私も事あるごとに、失敗していいのだと言っているつもりですが、さらにアクセルを踏み込む必要があるかもしれませんね。
小澤 私が専門とする蒸気動力には300年余の歴史がありますが、IGCCやIGFCがその最新の進化形と言えなくもない。J-POWERのエンジニアが各現場で向き合っている課題解決への意気込みや確信が、もしかしたらニューコメンやワットのような先賢たちと地続きかもしれないと思いを馳せたら、挑戦する勇気が体の奥から湧いてこないでしょうか?
渡部 先人から受け継いだ技術課題を、自分が1歩でも2歩でも前に進めて、あとは後世の人に託せばよい。そういう視座を持つと、何となく心が静まり、変な気負いも消えて、何事もうまく運ぶような気がしてきます。
小澤 そうです。技術は、紙に書かれたものでは伝わらず、人によって伝わる。だから人財を大事にする風土を持った組織ほど、技術の伝承もスムーズに運ぶのが道理です。
渡部 そういう人育て、技術の磨き上げに私自身も挑戦いたします。
小澤 成果を楽しみにしています。

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1石炭ガス化複合発電
    Integrated coal Gasification Combined Cycle。石炭をガス化炉でガス化してガスタービンを回し、排熱で蒸気タービンを回すことで効率を高めた発電システム。
  2. ※2石炭ガス化燃料電池複合発電
    Integrated coal Gasification Fuel Cell combined cycle。石炭ガス化複合発電(IGCC)に燃料電池を組み合わせてさらに効率を高めた発電方式。

PROFILE

小澤 守(おざわ・まもる)

関西大学名誉教授。関西大学社会安全研究センター主幹研究員。工学博士。1972年、神戸大学工学部機械工学科卒業、1977年大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了(工学博士)。1979年以降、神戸大学工学部生産機械工学科助手・助教授、ドイツのアレキサンダー・フォン・フンボルト財団奨学研究員、関西大学工学部機械工学科助教授、関西大学社会安全学部安全マネジメント学科教授などを歴任し、2020年4月から現職。専門は工学的製品・システムの安全性、プラントの安全。関西電力「原子力安全検証委員会」社外委員。著作に『エネルギー変換論入門』(共著、2013年、コロナ社)など。