地球温暖化をくい止める電気のつくり方
下郡 けい

Opinion File

温暖化対策には身近な省エネ意識・行動も有効。冷房の設定温度を上げたらCO2を減らせるといった発想を持とう!

異常気象で思い知る「パリ協定」の重み

「人間が増やしてしまったCO2を、自ら減らす。地球温暖化をくい止める方法を、私たちはそれ以外に知りません」
一般財団法人日本エネルギー経済研究所で欧州など各国のエネルギー政策を研究する下郡けいさんは開口一番、そう断言された。まさに名言。お訊ねしたい旨の半ばは回答を得たようなものだが、残りの半分、CO2を減らしながら電力需要を満たす「電気のつくり方」はやはり一筋縄ではいかないらしい。
「昨今の異常気象に鑑みて温暖化対策が急務であることが広く認識されてきました。人類が気候変動問題に対峙し、身を切るようにして対策を講じてきても、未だ決め手に欠けたままです。そうではあっても、これまで私たちがたどってきたCO2削減への試行錯誤のプロセス、あくなき挑戦の一部始終の中にしか、解決策は見いだせないと思います」
この命題には秘策も奇策もない。自分たちが現に積み上げてきた対応策を一覧し、解決への糸口をたどる「補助線」を何本も引いてみるような、手探りの作業が必要なのだろう。
1本目の補助線は、気候変動問題への国際社会の取り組み。振り返れば1992年、リオデジャネイロでの「地球サミット」(※1)における気候変動枠組条約の採択。97年、第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)での「京都議定書」(※2)採択。そして2015年、COP21での「パリ協定」(※3)採択がエポックメーキングな成果として思い起こされる。
「地球サミットでは、温室効果ガスの気候変動への悪影響防止が各国首脳間で初めて議論され、京都議定書には、先進国間の温室効果ガス削減目標(90年比で5%減)が盛り込まれました。それが18年後のパリ協定を経て本流と化すのですが、この流れを勢いづけたのが、温暖化に関する科学的知見の評価を提供する学術機関、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書です」
88年設立のIPCCは、毎年開かれるCOPの議論などが各国政府の思惑に左右されぬよう、中立性や公平性を担保する役割を担う。07年に発表した第4次評価報告書(AR4)では、温暖化の主因が人間の活動である可能性は「90%以上」と根拠をあげて示し、各国の環境対策を促した功績によってノーベル平和賞を受賞したほどだ。
「IPCCは続くAR5で、人為起源の温暖化の可能性が『極めて高い(95%以上)』と表現して、COP21で20年以降の温室効果ガス排出削減の国際枠組みが採択される呼び水になりました。このパリ協定の締約国は195カ国に及び、世界の温室効果ガス排出規模の9割近く(88%)を占めた点が非常に画期的です」

CO226%削減の約束は果たせるか

では、COP21の席上、日本はどのような目標を掲げて、温室効果ガス排出削減に取り組む姿勢をアピールしたのか。いわば国際社会に対する「約束」の履行を含めて、気候変動問題への個別具体的な貢献を追ってみることが、2本目の補助線となりそうだ。
「日本政府は、30年度に温室効果ガス排出量を13年度比で26%減らすという約束草案を提出しました。また、長期的には50年にできるだけ近い時期に脱CO2社会を実現できるよう努力するとしています。その実現に向けて、国内の電源構成のバランスを見直し、産業・民生を通じて省エネ対策を進めるといった施策を示しました」
こうした数値目標や年限は各国が自己申告し、その後は5年刻みで達成状況を確かめ、次の進捗も見通す。日本が13年度を基準にしたのは、東日本大震災の発災以降に原子力発電所が停止し、電力不足を補うために火力発電所の稼働率が向上した結果、CO2排出量が急増。同年度のCO2総排出量が過去最大になった事実と密にリンクしている。
「日本の目標設定は低過ぎないかと諸外国から指摘されることもあります。しかし、13年基準に直して比べると日本は26%減、米国18~21%減、EU全体で24%減となり、決してひけをとるものではありません。注目すべきは、この30年度の数値目標は国の掲げる『エネルギー基本計画』に依拠して算出されていて、その政策が実現されない限り、目標達成もおぼつかないことなのです」
エネルギー基本計画の成否を握るカギの1つが電源構成で、国の原案では30年時点の望ましい構成比は「再生可能エネルギー(再エネ)22~24%、原子力20~22%、石炭火力26%、天然ガス火力27%、石油火力3%」とされている。今から10年後にその状態になっていることを前提に「温室効果ガス排出量を26%削減」と申告したわけで、果たして日本はこの約束を果たせるのだろうか。
「それが容易でないことは率直に認めなければならないでしょう。是が非でも地球温暖化をくい止めるという観点に立てば、自国の手札としてある多様な電源のうち、どんなカードを、どういう配分で組み合わせた時に副作用を抑えつつCO2排出削減を最大化できるか、しっかり吟味する必要があります。その中から見いだされる電源の組み合わせ、いわゆる『電源ミックス』という考え方がとても重要なのです」

諸外国の状況を対照してみること

副作用を抑えながら最大限CO2を減らす電源ミックスを考えるには、その根拠になる指標やデータにある程度通じておく必要がある。そこで誌面中に図表をいくつか掲げたので、日本の現在地を各々で確かめながら、諸外国の状況も対照してみてほしい。所変われば品変わる。
3本目の補助線は、各国の電力消費・電源構成・CO2排出などの傾向から「電気のつくり方」が決して一様でないと知ることで、この領域がご専門の下郡さんの面目躍如である。
「データにある日本以外の4カ国のうち、資源大国の米国は電力消費量の多さに比例してCO2排出量も抜きん出ています。電力料金が格安なため消費に歯止めがかかりにくい点、パリ協定に国としてのCO2削減目標(26~28%減)を申告しているものの、トランプ大統領はパリ協定の離脱を表明しました。一方でいくつかの州などは温暖化対策を強化する動きをみせています」
万事に突出する米国に比べると欧州勢はおしなべて穏やかに見える。が、各国のエネルギー事情を背景とする電源構成の差異が鮮明で、気候変動問題への対処などにも独自のポリシーで臨む傾向が見られるそうだ。
「英国は08年、世界に先駆けて気候変動法(※4)を制定し、50年までに温室効果ガスを90年比で80%減らす目標を掲げ、昨年さらに実質ゼロ目標に改めました。化石燃料資源の生産量が減少傾向にあり、洋上風力などの再エネ開発や原子力利用で厳しい目標に挑む姿は、往年のジョンブル魂を彷彿させます」
EUの両輪であるフランスとドイツは何かと対立軸も多いが、電源構成において真逆とも言える志向性を有する点が興味深い。原子力が国の基幹産業であるフランスは電源の7割以上を原子力に委ねる一方、ドイツは90年代まで電源の7割前後を占めた石炭火力と原子力からの脱却(※5)を宣言したという。
「ドイツは、原子力を減らした分を石炭火力で補ったためにCO2排出量が急増しました。今は風力中心の再エネへの転換に懸命ですが、ただ、そのためのコスト増が電力料金を押し上げているのが悩みの種でしょう。またフランスで最近、原子力の電源構成比を5割に減らす法案が通り、再エネ開発にも熱が入ってきているところです」

「S+3E」を4本目の補助線に

さて、図表の中でひときわ異彩を放っているのが「国別の電力消費量割合」だろう。一人あたりの電力消費量では中段より下位の中国が、人口を加味すれば米国も抜いて堂々のトップ。その電力事情の内実やいかに……。
「長く石炭資源に依存して産業を発展させた中国では、今も電源構成の7割近くを石炭が占めています。ただ近年着々と再エネの構成比を伸ばし、原子力の比率も3%に近づけるなど、CO2排出量の抑制を通じて国際貢献を印象づけようとする意図が感じられます」
そのようにして各国が固有のエネルギー事情や抱える課題に基づいて「電気のつくり方」を編み出し、実践している。日本の場合、この問題を考える際に「S+3E」という指標がよく用いられる。安全性(Safety)を大前提に、安定供給(Energy Security)、経済性(Economy)、環境保全(Environmental Conservation)を確保して考えることで、より確かな結論に近接できるというわけだ。これを4本目の補助線に採用しない手はない。
「電源構成に当てはめれば、発電方法にそれぞれメリットとデメリットがあり、どれか1つで『S+3E』を満たすことなどできないし、そもそも1つに絞る必要はないのです。再エネ、原子力、石炭火力、天然ガス火力、石油火力のどれもが完璧ではないと心得て、多様な電源をバランス良く持っておくこと。ひいてはそれがCO2排出量の削減につながり、地球温暖化対策にもなるのですから」
人間が増やしてしまったCO2を、自ら減らす……冒頭の下郡さんの言葉が、リフレインして聞こえた気がした。

取材・文/内田 孝 写真/竹見 脩吾

KEYWORD

  1. ※1地球サミット
    正式名は、国連環境開発会議。気候変動枠組条約は、大気中の温室効果ガス濃度の安定化を最終的な目標とし、日本を含む155カ国が署名、1994年に発効した。
  2. ※2京都議定書
    正式名は、気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書。京都市で開かれたCOP3で採択され、気候変動への国際的な取り組みを定める条約の先駆けとなった。
  3. ※3パリ協定
    パリで開かれたCOP21で、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みとして採択され、195カ国が締約、翌2016年に発効した。
  4. ※4気候変動法
    2008年、英国が今後50年にわたる気候変動対策を規定した世界初の法律。低炭素社会への移行促進と国際社会でのリーダーシップ発揮が狙い。
  5. ※5石炭火力と原子力からの脱却
    産炭国のドイツで気候変動対策を促す根本的な構造転換のため、2022年に脱原子力を、2038年に脱石炭火力を目指すことを政府の肝煎りで決定した。

PROFILE

下郡 けい
一般財団法人日本エネルギー経済研究所
戦略研究ユニット国際情勢分析
第1グループ主任研究員

しもごおり・けい
一般財団法人日本エネルギー経済研究所 戦略研究ユニット国際情勢分析第1グループ 主任研究員。専門分野はエネルギー政策(欧州地域)、原子力政策。2010年、早稲田大学法学部卒業。2012年に東京大学公共政策大学院修了。同年、日本エネルギー経済研究所入所。戦略研究ユニット原子力グループを経て、2018年から現職。欧米などの原子力を中心としたエネルギー政策の分析に従事。