ポスト・コロナの時代 社会のデジタル化がもたらす光と影
寺島 実郎

Global Headline

コロナ禍によって大きなダメージを受けた日本の産業がこれから進むべき方向について議論すると、必ず登場するのが「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」だ。DXとは、デジタル技術を社会や生活の様々な場面に活用することで効率化を進め、新たなサービスやビジネスモデルを生み出すことだ。
コロナ禍の中でのデジタルサービスといえば、テレワークが代表例で、経験者からは「テレワークでも十分仕事ができる」「もう会社にはできるだけ行きたくない」という声も聞こえてくる。だが、本当にそうだろうか。
テレワークは、上司と部下などのタテのコミュニケーションには優れているが、組織を横断して新しいビジネスモデルをクリエイトするようなヨコのコミュニケーションには適さない。テレワークでは、来週の仕事をこなすことはできても、将来に向け会社全体を俯瞰し、会社の戦略や将来像を描くことは難しい。
加えて、テレワークが常態化したことで通勤定期券代の支給を廃止する企業が増えていることにも危惧を覚える。通勤定期は会社への行き来だけに使用するものではなく、休日のプライベートの活動にも使用されるもので、こうした遊びや余白の中にこそ、新しい発想や気づきが含まれていることを忘れてはならない。
DXを進めることで様々な事柄の効率化は可能だが、それによって失われるものも多いということを認識しておくことが重要だ。何度も言ってきたことだが、ネット検索はピンポイントに情報を得ることには便利だが、図書室などで様々な書籍や資料に触れて、情報をマイニングし、違いや関連性を探り、自分の頭の中に地道にノートをつけていくような作業から生まれる“考える力”や“全体知”を得ることはできない。
さらに、デジタル化が生み出す格差の拡大にも配慮する必要がある。
テレワークをはじめとするデジタル化は、大企業の比較的所得の高いホワイトカラーでは可能だが、エッセンシャルワーカーといわれる運送業や販売業、医療・介護などの分野ではデジタル化が難しい。こうした人たちは社会にとって必要不可欠でありながら、新型コロナ感染のリスクが高い割には所得が低いのが現状であり、社会のデジタル化が進むことで、今以上に格差が拡大していく可能性がある。“生身の人間”というリアルに対する問題意識をデジタルで補完し支えるという明確な意思がなければ、DXは社会の逆進性や歪みをさらに拡大させるだろう。
これから本格化するDXの時代を前に、我々はもう一度、このデジタルの光と影について考え、リアルをしっかりと踏み固めた上で、進んで行きたい。
(2020年9月2日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『日本再生の基軸 平成の晩鐘と令和の本質的課題』(2020年、岩波書店)、『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)、『ジェロントロジー宣言―「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(2018年、NHK出版新書)など多数。メディア出演も多数。