マルチな才能が活きた『こども六法』の発想力
北村 雅良×山崎 聡一郎

Global Vision

J-POWER会長

北村 雅良

教育研究者、写真家、俳優、声楽家

山崎 聡一郎

一芸でなく、多芸に秀でる。研究室に籠もる代わりに、晴れ舞台に立ち万雷の拍手を浴びる。ライフワークである法教育関連の書籍を出せば、桁外れのベストセラー。
21世紀のマルチタレントに、その発想力について話を聞いた。

撮って、歌って、研究する マルチな才を紐解けば

北村 2019年8月に上梓されたご著書『こども六法』(※1)が50万部を超すベストセラーになり、山崎さんの名声を世に知らしめました。ご感想はいかがですか。
山崎 自分については大した知名度ではないと思います。山崎聡一郎が書いたから売れたのではなく、『こども六法』という本がおもしろいと感じて買われた方が多いわけですから。
北村 プロフィールを拝見すると肩書きに教育研究者、写真家、俳優、声楽家とあって、なんと多才な方だろうと思ったのと、でも法律は専門外なのかとやや奇異な印象も受けました。今日はそのあたりのこともお聞きしたいと思っています。
山崎 たぶん私が法律の専門家だったら、あんなふうに「六法」を書き改めるなんて思いつかなかったでしょうね。結構、そこがポイントかもしれません。
北村 いきなり核心に迫る前に、山崎さんのマルチな才能を紐解きたいのですが、まず写真家としてはどんな活動をなさっていますか。実は私もかなりの写真好きでして、毎週末に自宅近辺の野山を歩き回っては、生き物の写真を撮り続けています。
山崎 写真家として請け負う仕事は、音楽家のプロフィール写真や舞台のリハーサル写真などが中心です。私の場合は人物を撮ることが多くて、昔から学校とかクラブ活動の集合写真をよく頼まれて撮りました。何十人も集まると顔が隠れたり、目を閉じたりする人が必ずいて、シャッターを切るまで臨機応変に指示を飛ばさないといけません。
北村 わかります。撮られるほうは「笑えと言われて笑えるものか」などと呑気なものですが(笑)。
山崎 そういう時は俳優や声楽家もやっている強みで、掛け声の通りはいいんです。
北村 舞台に立つ方は発声法から違いますね。俳優業を目指されたのは、どういう経緯で?
山崎 元々ミュージカルを観るのが好きで、高校で合唱部、大学ではミュージカルのサークルに入りました。それでも足りず、男声合唱団にも所属してみっちりやりました。たまたま劇団四季がミュージカル出演者のオーディションをやると知り、それに受かって出演したのが「ノートルダムの鐘」(※2)の舞台だったのです。
北村 華々しいデビューですね。普通の人なら、それ1本でもサクセスストーリーなのに、そんな型通りの生き方でよしとしないのが、山崎さんの真骨頂でしょう。
山崎 よく「二足のわらじか、三足なのか」と聞かれるのですが、数はあまり意識していません。自分のやりたいことは何でもやりたいし、現にやってもきました。その1つひとつを仕事に数えるかどうかは、対価を支払ってもらえるか。私にその需要があるか否かで決まるのですから。

『こども六法』に見る ごちゃ混ぜの効用

北村 もう1つの顔が教育研究者で、その知見が『こども六法』の実現には大きかったと思います。そもそも、なぜ教育や法律を研究テーマに選ばれたのか。そして何より、法律を学ぶことのおもしろみとは何か。正直言って、私は法律がおもしろいと感じたことがただの一度もなくて、法律好きという方のお考えをぜひ拝聴したいのですが。
山崎 後段の質問からお答えすると、法律特有の言い回しと言いますか、日常を支える非日常な側面が興味深かったのです。法律の勉強を始めたら、法体系とか、法制度の仕組みがおもしろいと感じて自然にのめり込みました。
前段については、私自身にいじめを受けた体験があり、その悩みの過程で「六法全書」との出会いがあった。言い換えれば、いじめ問題を解決に導くために法律の知識が武器になるということを、自分自身の体験と研究を通じて世の中に知ってもらおうというのが、この『こども六法』なのです。
北村 今回ご縁を得て『こども六法』を手にしてみたら、いろんな法律の条文をイラスト入りで解説してあって、これなら読みやすく理解できると、私にもピンと来ました。
山崎 ありがとうございます。
北村 堅苦しい法律用語を子どもにもわかるやさしい文章に書き直し、漢字にはルビが振ってあるので小学生でも読めるだろうし、上手につくってあると感心しました。
山崎 そこが最も苦心したところでした。この本の売りとして「法律を知ったり、使えるようになったりすれば、自分の身を守れるよ」というのが表向きですが、もっと純粋に「法律って本当はおもしろい」と子どもたちに気づいてほしいのが私の本音です。
北村 山崎さんの研究テーマが「法教育を通じたいじめ問題解決」で、その幹に枝葉を繁らせるように、大学時代はいろんな学問的領域からアプローチを試みられたそうですね。
山崎 在籍した慶應義塾大学総合政策学部は自由度が高く、例えば学習環境デザインという領域では、ゲームや知育玩具を使って子どもの考える力を伸ばす研究をしました。メディアリテラシーとかコラボレーション技法の授業では、今まで結びつかなかった対象の間に関連性を見出したり、商品化の筋道を探ったりもしました。
北村 ガチガチの専門家を育てようという学部ではないわけですね。法律の専門家ではないから『こども六法』が発想できたという、冒頭のお話も合点がいきます。
山崎 結局、法教育をツールにしていじめ問題の解決策を模索しながら、法律以外の勉強にも精を出したことが今日の成果につながったと思います。私自身、様々な分野に興味を持って、ある種「ごちゃ混ぜ」に生きてきたおかげで『こども六法』にたどり着けたと言えるかもしれません。

言われて出すのでなく湧き出るのが発想力

北村 その「ごちゃ混ぜ」が豊かな発想力の源泉になったりするものでしょうか。
山崎 人それぞれの適性によると思います。1つのことに集中して掘り下げることが大事だという価値観からすると、様々なことを同時進行でやりたい自分はたぶん論外です。でも、私は様々なことに興味を持ち、1つのことを掘り下げることができない人間である以上、そこで勝負はできません。一芸に秀でたエキスパートには向きませんが、様々な分野のエキスパートを集めてくる力ならある。そういう自覚は割と早くからありました。
北村 有為の人財を集めてきて唯一無二のチームに仕立て上げ、自分1人ではできないような仕事をやろうと。まるで会社みたいですね。
山崎 はい、志は大きく持って。『こども六法』の場合は、法律の専門家ではない自分に代わって、各関連分野の専門家の方々、例えば法学の教授や弁護士、政治家、メディア関係者などに監修者として参加して頂き、読者である子どもたちにも監修に加わってもらいました。
北村 マルチタレントの山崎さんが混声合唱団のコンダクターを務めたようなものですね。誰も見たこともないような本ができ上がったのにも、何の不思議もありません。
山崎 1人で何役もこなしていた人は昔からいて、決して私が最初ではないですから。
北村 そうでした。銀行マンと歌手の二足のわらじでレコード大賞もとった人とか、精神科医の肩書きを持ちながら芥川賞を受賞した小説家もいます。
山崎 自分はやりたいことをやっているだけ。それを喜んで頂ける方がいるのは幸せなことだと思います。
北村 そうか。発想力とは、他人に言われてひねり出すのではなく、自分の内側から湧き出るものなのですね。

とっておきの逃げ道がいじめ被害者を救う

北村 それにしても、年々、いじめ問題が社会に与える負のインパクトが強まっているように思います。問題の解決や予防への処方箋として、法教育にどのような効力があるとお考えですか。
山崎 端的に言って、いじめは犯罪になりえるという認識に立たない限り、問題の解決も予防も図れません。当事者はもちろん、子ども同士であれば身近な大人が手を貸して、いじめを阻止する手立てを講じていく。その際に加害者の振るう暴力・暴言が、法に照らせば犯罪に相当すると知ることが出発点になると思います。そして、いじめの加害行為が犯罪になりえるというだけでなく、いじめの予防、対応が大人の義務であるという認識を広めていくことも重要です。
北村 いじめ問題にまつわる事件をニュースなどで見ると、子どもの発するSOSを周りの大人がキャッチできずに不幸な結末を招いたという、心の痛む話によく行き当たります。
山崎 私が『こども六法』で教えたいのは、まず勇気を出して「いじめは嫌だ!」と相手に発信する。相手が聞き入れなければ、教師や保護者に助けを求める。それが頼りにならないなら、それ以外で話のわかる大人や公的窓口などに相談してみる。そういう方法すら見つからなかったら、全部投げ出して逃げたっていいんだよと。つまり、この本の真の狙いは、いじめ被害者にとっての選択肢を増やすことにあるのです。
北村 子ども心に万策尽きたと感じたら、どこへ逃げ出してもいいという割り切りが、かえってポジティブに映ります。学校を休んでも、長い人生を思えばいかほどのこともない。
山崎 最終的な逃げ道を持っておかないと、いじめ被害を大人たちに周知できません。さらに、いじめられる側が悪いという本末転倒に屈しかねません。そうではなく、いじめ問題は加害者がやったことに対して絶対的な責を負うべきで、被害を防いだり、解決したりできない大人にも同等の責任があるというのが、私の主張の基本です。
北村 まったく同感です、自責の念も含めて。
山崎 誰もがいとも簡単に、被害者にも、加害者にもなりえるところにも、いじめ問題の根の深さがあります。また、この本の「いじめ防止対策推進法」の章でも触れているとおり、学校に来させないのは被害者ではなく加害者であるべきです。必ずしも実態は伴っていませんが、法律上はそうなっています。
北村 被害者を退避させるのは、確かに筋が違う気がしますね。
山崎 加害者が放置され、被害者が割を食うなんて理不尽の極みです。法に照らしてみれば、悪いのはいじめる側で、いじめられている君は何も悪くない。そのことがこの本を通じて伝えられたら、「自分なんか生きる価値もない」といったような、底なしの悲壮感から被害者を救ってあげられるのではないかと思います。

『こども六法』の印刷校了を祝す記念写真にスタッフとともに収まる山崎聡一郎氏(右から2人目)

読みやすくする工夫が随所に。ただし、各条文の意味内容を曲げたり端折ったりしてはいないという。

職場のハラスメントに法教育の手法は通じるか

北村 今のお話を伺っていて、子どもの世界のいじめと、大人の世界のハラスメントは似ている気がしました。実は私、会社で会長職のほかにコンプライアンス委員会の長も兼ねていて、そうした問題に目を配る立場にあります。仮にどこかの部署でパワーハラスメント(パワハラ)事案などが生じたとして、上司の部下に対する教育指導か、パワハラに当たるかを線引きするのが非常に悩ましいわけです。
山崎 職場の上下関係の中で、上司は「部下を手厚く指導している」と思い、部下は「上司のいじめ以外の何物でもない」と感じているとします。その結果、部下が体調を崩したり出社できなくなったりすれば、パワハラがあったと見るしかないでしょうね。
北村 だとすれば、山崎さんが『こども六法』で示された法教育の方法論を、こちらにもうまいこと応用できないものかと……。
山崎 つい最近も、神戸市の小学校で教員間のいじめ問題が明るみに出ましたが、あのような事案が公表されだしたのは、ハラスメントの定義が浸透してきた現れと見ています。網を広くかけておいて早期発見につなげる。いじめの定義も「被害者が嫌だと思えば、それはいじめ」となっていますが、問題の根が浅いうちに摘み取れれば、企業のリスクマネジメントにも貢献するのではないでしょうか。
北村 傾聴に値する意見だと思います。もう1歩踏み込んで、学校教育の場と違って、職場では一定の技能・技量を身につけて仕事に取り組むのだから、力不足のままで仕事をされたら全体が困るという言い分については、どう答えられますか。
山崎 それはおそらく教え方の適合性の問題で、その言い分を安易に受け入れてしまうと体罰の問題に行き当たるように思います。近年ようやく日本でも体罰や暴言を容認する風潮が見直されてきましたが、学校や職場での教育ではもちろん、スポーツなどでチーム強化を図る上でも、体罰や暴言に効果がないことは研究によって実証されています。
北村 昨今では、スパルタ教育ですら死語になっていますからね。
山崎 体罰や暴言に類するようなプレッシャーをかけず、自主的に考えて行動するように仕向けること。重要なのは厳しく言うことではなく、目標値までスキルアップする方法を一緒に考えることだと思います。
北村 そこが大事なポイントです。
山崎 どう言えば部下がスキルを伸ばせるか……それがマネジャーの手腕だと思うのですが、こんこんと論理立てて説明する場合もあれば、あえて課題を投げかけるにとどめる場合もある。要は、一人ひとり教え方が異なって当然ではないかと。
北村 指導マニュアルだけでは事足りないのですね。我々の肌感覚では、殆どの人はマニュアルが効果的でも、当てはまらない人間が若干出ます。
山崎 その数名をちゃんと個別指導すると、マニュアル組よりもいい仕事をしたりするので、人間というのは奥が深いものだと思います。
北村 なるほど。これからのマネジャーは、プレッシャーで部下をコントロールするのではなく、部下と一緒にスキルアップを考えるような指導力と、何でも相談できるような普段からのチークワークが大切ですね。目から鱗が落ちそうな刺激を頂きました。ありがとうございます。
山崎 こちらこそ、得難い経験をさせて頂いて感謝しています。

構成・文/内田 孝 写真/吉田 敬

KEYWORD

  1. ※1『こども六法』
    弘文堂刊の書籍。「六法全書」と異なり刑法・刑事訴訟法・少年法・民法・民事訴訟法・日本国憲法・いじめ防止対策推進法を収録。10~15歳の想定読者が幼稚園児や留学生にも拡大中という。
  2. ※2「ノートルダムの鐘」(劇団四季公演)
    文豪ヴィクトル・ユゴーの代表作に想を得て劇団四季が舞台化したミュージカル作品。2017年の日本初演舞台から山崎聡一郎氏もキャスト参加、声楽で培った美声を披露する。

PROFILE

山崎 聡一郎(やまさき・そういちろう)

1993年、東京都生まれ。県立熊谷高校を経て慶應義塾大学総合政策学部進学後は、自身の経験を踏まえて「法教育を通じたいじめ問題解決」をテーマに研究活動を開始。
学部3年時にオックスフォード大学に短期留学。慶應義塾大学から研究奨励金を受給し、法教育副教材『こども六法』を制作。
2019年一橋大学大学院社会学研究科修士課程を修了、現在は慶應義塾大学SFC研究所で研究を継続。法と教育学会正会員。俳優として劇団四季「ノートルダムの鐘」に出演、写真家としても活躍中。