他の追随を許さぬ技術で串刺機で世界ナンバー1に

匠の新世紀

コジマ技研工業株式会社
神奈川県相模原市

串刺機の設定を変えれば、様々な食材に対応することができる。

焼鳥や串揚げなどで使用される竹串を食材に自動的に刺す串刺機。
串を刺すだけの単純な作業に思えるが、実は奥深い技術があった。
串刺機で9割以上のシェアを持つ企業を取材した。

国内シェア9割以上の串刺機専門メーカー

コジマ技研工業株式会社代表取締役社長 小嶋道弘さん

串打ち3年、焼き一生──。
焼鳥の職人たちの間で言われる言葉である。
焼鳥は肉に串を刺して焼くだけというシンプルな料理だが、実は職人の串打ちと焼きの 技術が味を決めるシビアな世界だ。
素人が刺した串を焼くと、肉が縮んで肉同士が離れ、その間の竹串が焼けて折れてしま う。そうなることなく焼き上げるには、肉に串を刺す時の刺し方や力加減が重要だ。
一人前になるのに3年もかかるという、この串打ちの職人技を、機械で実現した企業が神奈川県相模原市にある。コジマ技研工業株式会社は、1981年創業の串刺機の専門メーカー。日本国内でのシェアは9割を超え、串刺機ではほぼ独占企業といっていい。
だが、コジマ技研は、日本で最初に串刺機をつくった会社ではない。現会長の小嶋實(みのる)さんが串刺機を開発した70年代には、先行する串刺機メーカーが約20社もあったのだ。ではなぜ、コジマ技研はシェア9割以上になったのか。それは「その20社すべてがつぶれてしまったから」と話すのは、現社長で實さんの息子の小嶋道弘さん。それだけでなく、同社を真似て串刺機を売り出した後発企業もほとんどがなくなってしまったのだという。
他社がつぶれてしまうような画期的な串刺機……コジマ技研の串刺機は、どこがそんな にすごいのか。その秘密を語るにはまず、その開発の歴史を知らなければならない。

同社の初代串刺機MA102型。当初はほとんど売れなかったという。
職人が刺した焼鳥は、肉と肉の間が離れず、竹串を焦がすことなく、焼き上げることができる(写真はイメージです)。

借金から始まった串刺機開発の歴史

實さんは70年代、神奈川県内で知人らと機械工場を立ち上げ、技術担当として働いていたが、当時の社長の素行が影響し、あろうことか連帯保証人として莫大な借金を背負ってしまった。その会社を整理するための残務処理で連日遅くまで働き、ある日行きつけの焼鳥屋に行くと、ネタがなくなっていた。
「どうしてもっとたくさんつくらないの」と尋ねると、店主は「焼鳥は仕込みが大変なんだ。あなたも機械屋なら、自動で串刺しができる機械をつくってみな。機械ができたら、これまでの飲み代のツケをなかったことにする」と言われ、實さんは一念発起、串刺機の開発を始めたという。
實さんはまず、肉屋や焼鳥屋で働かせてもらい、肉の捌き方や串に刺す方法、その難し さ、コツなどを実体験として学んだ。そして、串を肉に刺す時は、布を針と糸で縫うように串を微妙に上下させながら刺していることを知る。この微妙な上下動によって、肉が串からズレ落ちることなく、焼いても肉と肉が離れず、また食べる時にはすっと抜ける食べやすい焼鳥ができあがるのだ。
では、どうすればまっすぐな竹串を運針(うんしん)のように上下に動かせるか……。そこで思いついたのが、串はまっすぐに刺しながら、それを受ける肉のほうを波形のトレーに入れ、上から押さえながら串を刺すという方法だ。トレーの形状を変えることで、波の上下幅を変えることも可能だ。正肉、ねぎま、砂肝、つくねなど、それぞれに対応するトレーをつくっておけば、同じ機械で様々な肉に対応することも可能になる。
あとは、トレーを何種類もつくり、最適な形状を見つけるまで試行錯誤をくり返した。
77年、こうして数年間の開発期間を経て完成した串刺機を持って、焼鳥屋や居酒屋に 営業に行ってみると、市場にはすでに20社のメーカーがひしめき合っていた。しかも、その20社の串刺機はどれもが使い物にならないものだった……。

ねぎま用のトレー。ねぎを置く部分が肉よりも大きくなっている。
ぬれ煎餅でテストしているところ。上から押さえた瞬間に正確に串を刺す。
コンパクトタイプのMKT80ちびスケ5。1時間に約500本刺すことができる。丸串対応。
大量生産に対応したMUV1T-S。1時間に最大1500本刺すことができ、丸串のほか、鉄砲串、角串、平串などにも対応。

大企業への納品実績でデファクトスタンダードに

「父が開発した串刺機を持っていった時、串刺機は“使い物にならないもの”の代名詞だったようです」と道弘さん。
串に刺した肉は、軽く振れば落ちてしまい、焼けば肉と肉が離れて、竹串が燃えてしまう……。「串刺機」と言った途端、焼鳥屋の店主たちは「うちには必要ない」と会ってもくれない。それでも、「弊社の串刺機は他社のとは違う」と営業を続け、なんとか実物を見てもらい、「これなら使えるね」と言ってもらえる……。そんな地道な営業活動を続け、81年には専業メーカーとして創業、次第に販売数も増加していった。
転機が訪れたのは80年代の後半。大手食肉メーカーの担当者がコジマ技研の串刺機に目 を留め、工場で使える大型機をつくれないかと相談してきた。設計から見直し、大量生産ができる機械を納品すると、これが大好評。食肉業界に“串刺機のコジマ技研”の名を一気に知らしめることになる。
すると、焼鳥だけではなく、おでんや団子、串カツなど様々な食材を串に刺せないかとの問い合わせが相次ぐ。食材に合ったトレーをつくれば、どんな食材でも串を刺せるのが同社の串刺機の特長なので、實さんはどんな無理難題でも引き受けてしまう。
そうこうしている間に、先行していた20社は全部つぶれてしまっていた。だが、今度は同社の機械の真似をするものが現れる。中には、コジマ技研の社員を引き抜き、図面を 持ち出させる会社まで現れた。まるで、経済小説である。
最初は、裁判に訴えようとしたそうだが、實さんは「時間と手間がもったいない、ウチは毎年機能を向上させた新製品を出せばいい」と裁判を起こさなかったそうだ。

現場に学ぶ姿勢こそコジマ技研の強み

實さんの自信と懐の深さには驚かされるばかりだが、その源泉はどこにあるのか。
それは最初の開発時から行われていた、現場の職人とともに働き、その技術やコツ、作 業の勘所をしっかりと学ぶことだ。現場で使う人の目線で、その要望に応えるのはすべてのものづくりの基本だ。 
實さんが決めた「毎年新製品を発売する」という伝統は現在も続いており、昨年は焼鳥 よりもはるかに難しいと言われるうなぎ用串刺機を、老舗のうなぎ店の協力で開発し、新発売した。
日本国内では人手不足が深刻で、焼鳥店用の串刺機の需要は増える一方だが、それだけ ではなく、海外からの注文も増えているという。フランスをはじめとする欧米で焼鳥が人気なのに加え、東南アジアのサテ、スペインのピンチョス、中東のシシカバブなど、串料理は世界中にあり、特に営業をしたわけではないのに、そうした国からの問い合わせや注文も多く、今や同社は世界30カ国以上に機械を納品している。「串刺機のコジマ技研」というブランドは広く世界に伝わっているのだ。

全社員12人のうち、社長を含む8人が機械の組み立て、メンテナンス、営業もこなす。
ボタンが2つしかなく、誰でもすぐに使えるのも大きな特長。
串がしっかり刺さって、なかなか抜けない。
これまでつくってきた多種多様なトレーを壁に展示している。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

コジマ技研工業株式会社

1981年創業の串刺機専門メーカー。小型店舗用のコンパクトタイプから、大量生産に対応した機種まで多様なラインナップを持つ。