YouTube授業が促す歴史の学び方と教え方
山﨑 圭一

Opinion File

普遍的な経済や社会の仕組みを身近な例えでわかりやすく図解しながら解説。熱弁には思わず引き込まれる。

ユーチューブで授業を始めた経緯

教育分野におけるインターネット活用で注目をあびている名物先生がいる。「ムンディ先生」こと、山﨑圭一さん。公立高等学校の教員として教壇に立ちつつ、ユーチューブ(YouTube)の「ヒストリア・ムンディ」(※1)というチャンネルで「世界史20話プロジェクト」、「日本史ストーリーノート」などの社会科の動画を配信。さらに、地理の授業動画も公開しており、これまでに配信した動画は500本以上にのぼる。
特筆すべきは、その再生回数である。「おもしろくてわかりやすい」、「神授業」として話題になり、瞬く間に累計再生回数が1300万回を突破、チャンネル登録者数も6万人を超えている。
「私は、中学高校生時代に出会った歴史の先生に影響されて歴史が大好きになり、歴史の素晴らしさやおもしろさを伝えようと思い、高校教師になりました。今も、リアル(現実)の世界で教壇に立って生徒たちに社会科を教えていますから、自分が本格的なユーチューバー(YouTuber、※2)だとは思っていませんし、それほど革新的なことをしているとも思っていません」
ユーチューブで動画を配信したきっかけは、生徒からの要望だった。当時教えていた高校2年生に「3年生では、いよいよ近現代史に突入するから楽しいぞ、受験まで頑張ろう」と言っていたのに、人事異動で別の学校へ赴任、続きを教えられなくなった。生徒からは、「学校が変わっても、続きを教えてほしい」と頼まれたものの、「生徒の気持ちに応えたいが、現実的には難しい」と思っていた。すると、生徒が「せめてユーチューブで授業をしてほしい」と言ってきたのだ。
「その言葉を聞いて、『そうか、そういう方法があったか!』と思いました。それで、早速一人でカメラを設置して授業動画を撮り、インターネット上にアップロードしました」
動画にはテロップを入れたり、派手な効果音を入れたりする演出はせず、普通の授業を 展開している。おもしろさやわかりやすさを意識しつつ、歴史上のエピソードやその背景について熱く語るムンディ先生の授業は、まるで現場の授業を受けているかのようだ。
意外だったのは、その動画の視聴者が前の学校の生徒たちだけではなかったこと。大学進学を目指す受験生、海外留学中で学校の勉強が不足している人、何らかの事情で不登校になっている人、経済的な理由で塾や予備校に通えない人、学び直しをしたい社会人など、様々なニーズがあることに気づいたという。
「動画を見て、『世界史の勉強がおもしろくなりました』、『日本史が好きになりました』という反応が返ってくると、すごくうれしいです。授業動画が誰かの役に立っている、つまり意味のあることをしていると実感できますから」
「ムンディ先生」の名は、他校の高校教師からの問い合わせがきっかけで誕生した。授業研究のために動画を視聴した若手教師が、アドバイスを求めてSNSを通じて連絡してきたのだ。
当時は本名を公開していなかったため、「チャンネル名にちなんで、ムンディ先生とお呼びしてもよいでしょうか」と問われ、「そうか、自分はムンディ先生なのか」と納得したという。
「最近、ムンディ先生と呼ばれることが多くなり、慣れてきました。若い世代はネットとリアルの境目がないようで、勤務校の生徒たちからも『ムンディ先生』とか『ムン』とか呼ばれることが多くなりました(笑)」
今や、ネットとリアル両方の世界で「ムンディ先生」は根強い人気なのだ。

歴史をおもしろく学ぶための工夫

日本史の授業では、パズルのように写真を張り合わせ、奈良時代と平安初期の仏像の大きさの違いから仏教の変化を実感させる。

授業動画が注目されるにつれ、こんな質問が増えた。授業動画がこんなにわかりやすくておもしろいのなら、いずれ現場の授業は不要になるのではないかと。しかし、ムンディ先生は、現場の授業にはライブの良さがあるという。
「音楽アーティストの活動と同じだと思います。CDやインターネットの音楽配信がある からといって、ライブやコンサートがなくなるわけではありません。私も教師として、現場の授業の中で生徒の興味を引き付けて、その反応を敏感に察知し、『もっと簡単な言葉で説明しよう』とか、逆に『ここはもっと深掘りして教えよう』とか、その場その場で変えていきます。もし退屈な授業をして、生徒につまらない顔をされたら、教師として改良しなければならない点があるという気づきにもなります。様々な改良を重ねることで、教師としての腕が上がっていくのです」
現場の授業では、歴史を楽しく学べるよう、まんがやアニメ、映画などを教材として積極的に使っている。理科の実験や工作のように、実際に手を動かして学ぶこともある。 「火縄銃について学ぶ授業で、アニメ『忍たま乱太郎(※3)』を見せました。火縄銃の構造や使い方をわかりやすく説明していたからです。経済の授業では、おもちゃのお金を使い、インフレやデフレを経験させました」
産業革命の授業では、割りばしとタコ糸で織機をつくり、布を織る体験を導入。産業革 命に大きく貢献した「飛び杼(ひ)」について、じっくりと学ばせた。
「ジョン・ケイという人が発明した『飛び杼』のおかげで、経糸(たていと)の間に緯糸(よこいと)を素早く通せるようになり、織りにかかる時間が大幅に短縮されました。その結果、織物を大量に生産でき、産業革命が一気に進みました。……と、言葉だけで説明しても、生徒はなかなかピンとこないでしょう。でも、手を動かして実際に織物をつくってみれば、より印象が深くなります。生徒たちには、『飛び杼』というシンプルでありながら画期的な発明のおかげで、現代につながるような経済的な革命が起きた ことを理解してほしかったのです」
そうした数々の工夫を凝らした授業が、おもしろくないわけがない。さらに、歴史年号 や人物名を丸暗記するのではなく、全体的な流れをつかみ、個々のできごとがどのように人類の歴史に影響してきたかを考える授業は、ものごとの本質について深く学ぶ喜びをもたらしてくれる。当然、生徒は夢中になる。
現場の授業で得た生徒たちの反応は、動画にフィードバックされる。現役高校教師とし て実践した教え方や授業のエッセンスを昇華したもの、それがユーチューブの授業動画の圧倒的なおもしろさ、わかりやすさにつながっているのだ。

教師のための新しい集合知形成のツール

現役の公立高等学校の教員でありながら、ユーチューバーの顔を持つ山﨑さん。教師仲間からの反発もあるのではと思いきや、意外なことに、温かく応援してもらえたという。
「これまで、教員は生徒に教えるスキルを自己流で磨いていくしかありませんでした。他の先生の授業を見学できる研究授業は年に1?2回程度ですし、小規模の学校なら、世界史を教える教師は一人だけというケースもあります。だから、若い教員もベテランも、授業の運び方や説明のポイント、生徒の興味付けなどについて、同業者からのアドバイスやヒントを常に求めています。私の動画も、そんな研究材料の1つとして役に立っているならうれしいし、やりがいにもなります」
社会科の教員は、日本史、世界史、地理などたくさんの知識が求められる。しかも、大 学では日本史専攻だったのに、着任校では世界史や地理の授業を受け持つケースも多い。
「すべての先生が歴史、地理、政治経済、倫理などすべての科目で100%の知識を持っているわけではありません。私自身、動画に誤りがあって厳しく指摘されることもありま す。しかし、それらを参考に動画を修正したり、撮り直したりすることで、自分の授業の妥当性が高まると考えています。私だけでなく、たくさんの教師がインターネット上で個々の授業を公開すればするほど、情報交換が盛んになり、教師による集合知が形成されるでしょう。そういう新しい仕組みができるといいですね」
実際、授業動画に興味を持つ同業の教師からは、授業動画の準備や撮影はいつしている のかという質問が舞い込む。
「昨今、教育現場の長時間労働が問題になっていますが、実際私もヘトヘトです。でも、私にとって、小学生から学んできた日本史は親友みたいな存在ですし、高校時代に出会った世界史は新鮮で、心ときめく恋人のようなもの(笑)。休日や夜などプライベートな時間を削って、授業動画の撮影をしています」
根っからの歴史好きで、歴史を教えるのも好き。山﨑さんにとって、教師は天職なのだ ろう。その熱意と誠実さが多くの教師たちを惹きつけるため、批判を浴びるどころか、追い風になっているのだ。

次世代へのメッセージと今後の活動

子どもたちの将来就きたい職業ランキング(※4)にも登場するユーチューバー。大人にとっては、まだまだ馴染みの薄い分野だが、山﨑さんは肯定的に捉えている。
「生徒が『ユーチューバーになりたい』と言ったら、『やったらいいよ』と勧めます。好きなもの、発信したいことがあるということは、素晴らしいことです。そうした自分なりの『好き』を発信して、誰か他の人にも好きになってもらえたらいいですよね。好みが同じ人とつながって情報交換すれば、より豊かな時間、より豊かな人生を送れますから」
個人がそれぞれ様々な分野でお金を使うことで経済全体が回っていくように、これから の時代は、個人的に「好き」なことを情報発信して周りに惜しみなく分けることが重要だという山﨑さん。多くの人の「好き」の総量が増えれば増えるほど、この社会で生きる喜びが増えると考える。
「現代は、個人的な情報発信にも影響力があり、お金もついてくるような社会です。例えば、平日は本職を頑張って、週末には自分の『好き』を発信してそれも収入源にする。そういう生きる術も、これからの子どもたちには教えていくべきだと思います」
子どもたちの発想力や創造性、生きる力を育むためにも、授業の中での生徒とのコミュ ニケーションを大切にしたいと考えている。
「生徒たちには、大学を目指すだけではなく、やがて一緒に仕事できるような社会人に育ってほしいと願っています。実際、卒業生の中には、指導に手を焼いていたのに社会に出て立派に働いている教え子もいれば、旅行会社で私と一緒に行くガイドツアーを企画している教え子もいます。そういう卒業生との交流も、教師としての喜びであり、幸福です」
今後も教壇に立ちつつ、経済史、宗教史、戦争・戦術史など、分野ごとにわかりやすく 解説する本を書きたいという山﨑さん。ムンディ先生の授業動画で歴史の基礎を学び直しながら、知識と教養をさらに高めてくれる最新作を待ちたい。

取材・文/ひだい ますみ 写真/竹見 脩吾

歴史年号を用いず、長い歴史が1つの物語でつながっている歴史書は画期的。人物に焦点を当てた図鑑も大人気。
産業革命以前の手作業の大変さと飛び杼の便利さを実感するための体験的授業。宗教や社会の仕組みについては、人類に共通の感情や考え方などを丁寧に話し合う授業を展開。

KEYWORD

  1. ※1「ヒストリア・ムンディ」
    Historia Mundi。ラテン語で「世界の歴史」の意。
  2. ※2ユーチューバー
    動画共有サイト「YouTube」などに動画を投稿する人のこと。再生数に応じて広告収入を得るプロもおり、企業とのタイアップ活動を行ったりするなど、インターネット上での広告・販促活動に影響を与える存在となっている。
  3. ※3『忍たま乱太郎』
    NHK総合テレビ(1993年?94年)とNHK Eテレ(94年10月?)で放送のテレビアニメ作品。戦国時代の忍術学園を舞台にした忍者のたまご(忍たま)たちの物語。尼子騒兵衛の忍者ギャグ漫画『落第忍者乱太郎』が原作。
  4. ※4職業ランキング
    学研ホールディングスが実施した「小学生の日常生活・学習・自由研究等に関する調査」(2019年8月実施)では、YouTuberは男子で1位、男女総合で2位にランクインしている。

PROFILE

山﨑 圭一
公立高等学校教員(歴史)
教育ユーチューバー

やまさき・けいいち
福岡県立高校教諭。1975年、福岡県太宰府市生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、埼玉県立高校教諭を経て、現職。2013年から200回にわたる「世界史20話プロジェクト」を配信。ムンディ先生の名で多くの視聴者に支持される、大人気の教育系ユーチューバーの一人。現在は世界史に加え、日本史や地理の授業動画も配信中。著書に『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』(2018年、SBクリエイティブ)、『教養としての世界史 天才たちの人生図鑑(監修)』(2020年、宝島社)など。