踏み間違いのないペダルで安全なクルマ社会を

匠の新世紀

ナルセ機材有限会社
熊本県玉名市

ワンペダルと鳴瀬益幸さん。1935年(昭和10年)生まれの鳴瀬さんは、今年(2020年)、85歳になる。

高齢者によるブレーキの踏み間違い事故が急増している。
30年以上前にこの問題に危機感を覚え、安全なペダルを開発したメーカーが熊本県にある。
その開発者を訪ねた。

海苔業界で有名な機械製造メーカー

ナルセ機材有限会社代表取締役 鳴瀬益幸さん

高齢者のブレーキとアクセルの踏み間違いによる加害事故が多発する中、踏み間違いを防ぐ製品として安全性に注目が集まる「ワンペダル」という製品がある。28年ほど前に発売され、画期的製品として当時はテレビや雑誌でも取り上げられ、海外の新聞でも紹介されたほどの製品だ。
開発した鳴瀬益幸さんは、熊本県玉名市でナルセ機材有限会社という機械製造メーカーを営む。中学卒業後に地元の鉄工所に勤務し、金属加工などの修業を積んだ。1962年に、火事を起こさない安全な海苔乾燥機を開発したことから創業。その後、海苔の自動摘み取り機や海苔のブラッシング装置を開発。海苔自動摘み取り機では、日本でトップクラスのシェアを持つ。ナルセ機材は、従業員14名ほどの小さな企業だが、日本の海苔業界を支える企業でもあるのだ。
海苔の専門家でもなく、機械についても独学で学んだ鳴瀬さんがこうしたものを開発できたのは、その探究心の旺盛さと、利益を優先せずいいものをつくりたい、それまでは絶対にあきらめないという負けん気の強さゆえだ。
「研究開発型企業であることが、地方の製造業の生き残る道なんです」と鳴瀬さんは語る。

ナルセ機材が販売する海苔の自動摘み取り機。羽根の幅を各生産地に合わせて製造する。海苔用の機械では日本有数の企業だ。
ワンペダルは、大きなブレーキペダルとアクセルのレバーで構成されている。レバーを倒しつつ、ブレーキを引くと坂道発進も簡単。

AT車に構造的危険を感じワンペダルを開発

鳴瀬さんがワンペダルを開発したきっかけは、初めてAT車(オートマチック車)に乗った時に感じた“危険”だったという。マニュアル車ではアクセルを踏んでもギアを入れなければ発進することはないが、AT車ではすぐに走り出してしまうからだ。案の定、それからしばらくして、バックでの急発進により、人にぶつかりそうになり、「これはAT車の構造的な欠陥だ。何とかしなければ」と思ったという。平成が始まったばかりの1989年のことだった。
鳴瀬さんが着目したのは、ブレーキとアクセルが同じ動作をすること。大きな違いはペダルの高さと位置だけなので、誰もが踏み間違える可能性が残る。さらに、アクセルからブレーキに足を乗せ替える間に、車は20m近くも進んでしまう。それを防ぐために、ペダルはブレーキだけにしていつでも止まれるように、アクセルは別の操作で動くようにすればいいと考えた。
そこで思い当たったのが、オルガンのペダル。オルガン奏者は、ペダルを横にずらして音色を変えることを鳴瀬さんは覚えていた。この動きをアクセルに応用できないか。こうして、ブレーキはペダル、アクセルは横に倒すレバー式を採用した「ワンペダル」の基本形ができあがった。だが、実用化までにはさらに試行錯誤が必要だった。ブレーキを踏んだ時にアクセルがオフになる機構やスムーズにアクセルが動くようにする仕組みを考案、何度も改良を重ねた。
研究開始から2年。91年にワンペダルの試作機が完成。陸運局からの改造許可も下りて、ワンペダルを発売した。
ワンペダルは、ブレーキペダルしかないため、踏み間違いがないのが特徴だが、それ以外にも次のようなメリットがある。
・ ペダルの踏み替えがないので、瞬時にブレーキが踏める
・ 長距離走行の際に、アクセルを踏み続ける必要がなく、足が疲れない
・ 坂道発進の際、ブレーキからアクセルへの踏み替えがなく簡単
運転には多少の慣れが必要だが、慣れれば違和感なく運転することができる。停車することが最優先されているため、一般ドライバーから高齢者、さらには障がい者にも優しいペダルなのだ。
ただし、最大の問題は大量生産ができないこと。日本で走っている車の種類は2000種類を超えるため、ワンペダルはその一つひとつに対応するようにセッティングを変更する必要がある。ナルセ機材では注文を受けると、その機種に合わせて組み立てを行い、実際にお客さんの車に取り付け、試運転・調整を行っている。そうしなければ、ドライバーの安全は保証できない。だから、カー用品販売店などに部品だけを卸すことはせず、すべて自社で販売している。このため、月に生産できる数は20台前後。今では6カ月待ちは当たり前だ。人を増やして大量生産して一儲けしようなどという邪心は鳴瀬さんには一切ない。
「特別に私の研究室を見せましょうか」
鳴瀬さんに付いていくと、「夢への挑戦」という看板が掲げられた扉の外に試作品が山と積まれた一角があった。
今、鳴瀬さんが取り組んでいるのは、“球形磁石”。CO2を削減し、地球温暖化に貢献できる新技術だという。本業のかたわら、ここで朝早くからこつこつと開発してきた。80歳を過ぎてなお、新技術の開発に意欲を見せる鳴瀬さん。その夢の実現を応援したい。

ワンペダルの組み立てを行う治具。何種類かあり、車種によって使い分ける。
ワンペダルを組み立てる様子。
障がい者向けのワンペダルは、両足で使えるように、ペダルの左右にアクセルレバーがある。
「夢への挑戦」と掲げられた扉の外のスペースが鳴瀬さんの研究室。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

ナルセ機材有限会社

1962年創業の機械製造メーカー。海苔養殖業界向けの各種機械を開発・製造。これまでに50件以上の特許を取得。
AT車を安全に運転するためのワンペダルを91年に発売。
NewYork Times紙でも紹介された。