「宇宙ごみ」の除去から始める「持続可能な宇宙」への旅
伊藤 美樹

Opinion File

「デブリの除去事業は地上で故障車を移動させるロードサービスのようなもの」と語る伊藤さん。

宇宙の未来に暗雲招く増加するスペースデブリ

「宇宙のごみ、いわゆるスペースデブリをご存知ですか? 役目を終えた人工衛星や、打ち上げに使ったロケットの残骸、それらが衝突したり爆発したりして生まれた無数の破片。こうした異物が現在、確認されているものだけで約3万4000個、微細な粒状の物体まで含めると何億以上も、誰にもわからない規模で宇宙に存在しています。そしてそのすべてが、秒速8㎞、銃弾の16~20倍という凄まじいスピードで地球の軌道を回り続けているのです」
スペースデブリ除去技術の開発を目指す世界初のベンチャー企業、株式会社アストロスケールの伊藤美樹ゼネラルマネージャーはいきなり怖ろしいことを口にした。スペースデブリは大きいもので直径4m程度、トレーラーや大型バスほどの巨大な金属の塊が弾丸となり、漆黒の闇の中を飛び交っているのだという。まさに映画『ゼロ・グラビティ』(※1)の世界。超高速で襲い来るスペースデブリの中、船外に投げ出された二人の宇宙飛行士が決死の覚悟で避難を試みるSFドラマはもはやフィクションではなく、現実のものとなりつつある。
事実、2015年7月にはロシアの気象衛星の破片が国際宇宙ステーション(ISS)に大接近、急遽滞在クルーが宇宙船に退避を終えた直後、ISSから3㎞の至近距離をデブリが通過するという衝突未遂事件があった。つい最近の報道では、19年9月、スペースX社の通信衛星群スターリンク(※2)の1基が欧州宇宙機関(ESA)の観測衛星アイオロスに衝突する危険があることをESAがキャッチ。アイオロスの推進装置を緊急起動して位置を変え、衝突を回避した。
「ほっとしてはいけません。衛星同士の衝突事故はすでに起きています。09年には実際に米国とロシアの通信衛星がぶつかって、その衝撃で数百個のデブリが放出されたといわれています。その2年前には中国が、古くなった自国の気象衛星を対衛星ミサイルで破壊する実験を行いました。それまで1万個程度だったスペースデブリがここで突然、1万数千個に増えたことがわかっています。破壊によって生じた破片が原因です。この19年3月にはインドが同じことをして、やはり数千個のデブリを出しました。デブリは、こうしてどんどん増えているのが実状なんです」
人類が初めて打ち上げた人工衛星はソビエト連邦(現ロシア)のスプートニク1号、1957年のことだった。それ以前は宇宙に存在しなかったスペースデブリの歴史はここから始まり、80年前後に6000個に、2000年前後には1万個と、うなぎ登りに増え続けた。ここ数年の伸びはさらに著しく、1~2年前には2万個台だったが、今はもう3万個を優に超えているのだ。しかもそれは、地球上から観測可能な10cm以上の大きさのデブリだけである。1~10cmで100万個近く、さらに小さいmm単位のものは無数にあり、この微小デブリはレーダーや望遠鏡では捕捉できないため、どこにどのように存在するのかさえわかっていない。
「たとえ1mmでも、銃弾の十数倍の速さで飛んでくる物体は極めて危険です。実際、その微小デブリがISSの窓ガラスに当たり、7mmほどの打痕を残した事故が16年にありました。もし、もう少し大きな粒だったら、窓を貫通して大事故を引き起こしていたかもしれません。スペースシャトルは11年に中止されるまで135回の飛行を行いましたが、この間、機体に傷を残した微小デブリは1万数千個に上るという調査結果も出ています」
そうはいっても広大な宇宙空間のことだからと、意に介さない向きもあるだろう。しかし、大半の人工衛星が飛ぶのは高度700~1200kmの範囲に集中する。GPS衛星や静止衛星はもっと高い位置にあるが、地球の様子を観測したり電波を飛ばしたりする衛星にはこの程度の低軌道が適しているからだ。したがって、それらが生み出すデブリもこのエリアに密集し、低軌道域では大気の抵抗により徐々に高度が落ちてくるにしても、数十年、数百年は軌道を回り続けることになる。ほぼ大気がなくなる800km以上の高さとなれば、半永久的に動くことはない。

利便とリスクが隣り合う衛星打ち上げラッシュ

アストロスケール社が開発中のELSA-dの予想図。 画像提供:アストロスケール

「もっと怖ろしい話はこれからです」
そう続ける伊藤さんの口から出てきた言葉が、「衛星コンステレーション(※3)」だ。多数の小型の人工衛星で地球の表面を覆い、一群のシステムとして機能させる運用方式だが、スペースX社やワンウェブ社などの企業がこれを用いてインターネット通信網を強化する計画を相次いで発表。1社だけで数百?数千もの衛星を順次打ち上げ、低軌道域の宇宙空間に並べて配置し、地球全体を覆い尽くす試みを始めている。
この衛星ブロードバンド事業が実現すれば、地球上のあらゆる地域でインターネット接続が可能になるほか、衛星が収集するビッグデータを様々な産業に展開するサービスが見込まれるため、AmazonやGoogle、ソフトバンクなどの巨大資本も参入を表明している。すでに計画は始まっており、スペースX社は19年5月と11月の2回、それぞれ一度に60基の衛星打ち上げに成功した。今後も打ち上げを続け、20年から21年にかけての通信サービス開始を目論む。
そうなると、低軌道域における衛星の数が一挙に増え、過密状態となりかねない。現在活動中の人工衛星は総数で4000基ほどにすぎないが、たった1社で軽くこれを上回る数の衛星を持とうとしているのだ。宇宙専門の調査会社ユーロコンサル社の試算によれば、18年からの10年間に打ち上げられる重さ500kg以下の小型衛星は累計7000基を超えるとされる。億を超えるデブリが超高速で飛び交う空間で、果たして安全は確保できるのか。伊藤さんが案じるのはそこだ。
「それだけ衝突の確率も高まりますし、衝突で放出された何千ものデブリ同士がさらにまたぶつかって、指数関数的にデブリが増え続けていくでしょう。こうして連鎖的に衝突が繰り返されていくと、ある時点で歯止めが利かなくなり、すべてが消えてなくなるまでぶつかり続ける現象に陥るといわれます」
「ケスラー・シンドローム(※4)」がそれだ。NASA(米国航空宇宙局)の天体物理学者が1978年に発表した仮説だが、「早くてあと数十年で、デブリの自己増殖が始まると予測する研究者もいる」(伊藤さん)と聞けば、安穏とはしていられない。そんな事態になれば、地球はスペースデブリに覆われて、衛星を使うこともできなくなると危機感を募らせる。
「放送、通信、気象、船や飛行機の運航、そしてGPSと、人工衛星は実は現代社会に欠かせない縁の下の力持ちです。それが利用できなくなると、例えば交通管制が利かずに物流が乱れ、輸出入が止まり、インターネットの商取引や通信も機能しなくなり、社会や経済に大混乱を来すでしょう。それに乗じて世界各地でテロが起きてもおかしくないのです」
さらに悪いことには、各国政府も国際機関も、一部の専門家もその危険を承知していながら、実効性のある対策は未だ講じられていない。国連宇宙空間平和利用委員会は07年、スペースデブリの低減ガイドラインを採択したが、法的拘束力を持たないため、実態は各国の自主的な取り組みに任されている。日本では政府の宇宙開発戦略本部が16年に決定した宇宙基本計画工程表に、デブリ除去システムの段階的開発に取り組む方針が示され、18年11月施行の宇宙活動法でも「宇宙空間の有害な汚染等の防止」が定められたが、具体策の検討はこれからだ。

宇宙の掃除は誰がする民間企業の孤高の挑戦

このまま手をこまねいて傍観するわけにはいかない。現実を知ったIT事業家の岡田光信氏(※5)が、世界で誰も挑戦していないスペースデブリの除去サービス事業に乗り出すべく、13年にシンガポールで立ち上げたのがアストロスケール社である。その後、岡田氏が日本での開発拠点づくりを模索していたところ、伊藤さんの恩師でもある大学教授を介して接点ができた。当時、伊藤さんは次世代宇宙システム技術研究組合の研究員として超小型衛星「ほどよし」の開発を成功させた後で、その粘り強くしなやかな問題解決力が岡田氏の目に留まり、思いもかけないオファーに結びつく。伊藤さんはまだ32歳の若さの時だった。
「いきなり日本法人の社長を任されまして。私の実績はともかく、宇宙開発の世界は男性が圧倒的に多く、高齢化する傾向にありましたので、今までにない人材をトップにつけて活性化したいと、岡田は考えたようです」
15年にわずか6名で出発した日本法人は現在、70名の大所帯。当初は人材確保に奔走した伊藤さんだが、今は世界中の技術者から連日、履歴書が届くという。その急伸ぶりが、そのまま同社の快進撃を物語る。
伊藤さんらはまず、微小デブリ計測衛星の開発を目指す。微小デブリは軌道上のどこにどう分布するか不明であるため、宇宙事業者にとって脅威は大きく、そのデータを集めたデブリマップがあれば有用性は極めて高い。だが、地上からの観測は不可能であり、特殊センサーを搭載した衛星を飛ばす方法を考えた。
その一方、デブリ自体を除去する衛星の開発も急ぐ。強力な磁石を搭載した衛星を高速移動するデブリに接近させて捕獲、そのまま自機もろとも大気圏に突入して燃え尽きるという仕組み。これは主にこれから打ち上げるコンステレーションの衛星を対象とし、あらかじめ探索用のマーカーとなるドッキングプレートを装着しておくことで捕獲作業を容易にする。
「今から飛ぶ衛星もいつかは役目を終えますから、デブリを増やさないよう初めに対策を施しておくわけです。私たちはこのミッションをEnd-of-Life(終活)と呼んでいます」
すでにそのプロトタイプは完成済み。「ELSA-d(エルサディー)」と命名された実証衛星の、20年中の打ち上げ計画も決まっていて、各種試験を待つのみである。そしてその後に、いよいよ既存のデブリを捕獲除去する高難度の開発に挑むことになる。
「これには政府や国際機関の協力が不可欠です。持続可能な宇宙の開発のために、ぜひとも垣根を越えていただきたいと思います」
法制も市場もビジネスモデルもない中で、一つの民間企業が行動を起こした。ガイドラインだけではことは動かない。解決に向けて多様なアクターが手を結ぶ時、人々が飛行機のように宇宙船に乗る未来が見えてくる。

取材・文/松岡 一郎(エスクリプト) 写真/竹見 脩吾

アストロスケール社がまとめたスペースデブリの実状。1957年以降、宇宙開発に伴う異物が増え続け、今では億単位の物体が秒速8㎞の猛スピードで地球の軌道を回っている。 画像提供:アストロスケール
米ソによる宇宙開発競争が始まる前、地球を覆う宇宙空間にデブリはなかった。  画像提供:アストロスケール

KEYWORD

  1. ※1「ゼロ・グラビティ」
    2013年公開のアメリカ映画。アカデミー賞で監督賞、撮影賞など7部門受賞。監督:アルフォンソ・キュアロン、出演:サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニー。
  2. ※2スターリンク(Starlink)
    アメリカの宇宙企業スペースX社が進める衛星コンステレーション計画の名称。1万基以上の通信衛星を打ち上げ、全地球にインターネット通信網を張り巡らせる構想。
  3. ※3衛星コンステレーション
    コンステレーションは英語で「星座」の意味。2019年7月、ワンウェブ(OneWeb)社とソフトバンクがこの計画で業務提携を発表。
  4. ※4ケスラー・シンドローム
    スペースデブリが連鎖的に衝突を繰り返す現象。NASAの学者、ドナルド・J・ケスラーとバートン・G・クール=パレが1978年に論文で発表した。デブリが帯のように地球全体を覆い、数百年にわたって宇宙と遮断されるとする専門家もいる。
  5. ※5岡田光信
    アストロスケール社の創業者兼CEO。Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング2019」第1位。デブリ除去事業を興すまでの経緯は著書『愚直に、考え抜く。』(ダイヤモンド社)に詳しい。

PROFILE

伊藤 美樹
株式会社アストロスケール
日本法人ゼネラルマネージャー

いとう・みき
株式会社アストロスケール日本法人ゼネラルマネージャー。1982年、千葉県生まれ。日本大学大学院航空宇宙工学修士課程(博士前期課程)修了。次世代宇宙システム技術研究組合の研究員として、内閣府最先端研究開発支援プログラムの超小型衛星「ほどよし」開発プロジェクトに従事。ほどよし3号・4号の開発に携わる。人工衛星の製造指導、開発サポート等の業務を経て、2015年4月アストロスケール日本法人の代表取締役社長に就任。2019年2月本社の日本移転に伴い現職。研究開発、製造管理、組織運営などの業務全般に携わる。