2020年の年頭にあたり「日本の食と農」について考える
寺島 実郎

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2019年は、台風15号や19号が日本各地に大きな被害をもたらした。台風19号の前後に、東日本各地を訪ねる機会があり、強印象づけられたのは、日本の地方、特に農村が疲弊していることだった。想定外の自然災害に対して、堤防を強化するなどのインフラ整備が必要だという議論も起こっているが、実際の被災地に立って、私が考えたのは「日本の食と農」についてだ。
日本の食料自給率はカロリーベースで約37%だが、米国130%、フランス127%、ドイツ95%、英国63%などの先進国と比べて、極端に低いといってよい(日本は18年度、それ以外は13年の数値)。
この背景にあるシナリオは、戦後の日本が豊かな国になるために、工業製品で外貨を稼ぐ「工業生産力モデル」をひたすらに追いかけてきたことだ。加えて、食料や農業は他国に任せたほうが効率がよいと国際分業論を推し進めてきたことが、食料自給率を押し下げてきた。
例えば、東京オリンピック翌年の1965年、第1次産業の就業者比率は24%だったが、2018年は約3%と激減、耕作放棄地は42万haに達している。
古来、農耕社会だった日本は、山林や農村で様々な知恵によって、治水や保水を行ってきた。それは信玄堤や遊水池、溜池など、各地に残る史跡が物語っているが、戦後はこうした知恵やノウハウが疎かにされてきた。2019年に起こった災害では、山林の手入れ不足による崖崩れや流木の増加、田園の保水力の低下が災害を増幅させたと言ってよい。「大規模災害は想定外だった」と言うだけではなく、こうしたことにも目を向け、熟考してみる必要がある。
工業生産力モデルや貿易の自由化を大切にしながらも、より高い構想力で日本の食と農を立て直し、それが持つ保水力や治水力を活用する知恵が必要なのだ。
例えば、日本の卵は、約95%が国内生産だが、カロリーベースの自給率は約13%しかない。これは、ニワトリのエサの大半が輸入だからだが、耕作放棄地をうまく活用して、ニワトリのエサとなる雑穀を生産できれば、自給率をあげることができ、同時に農村の保水力を高めることも可能なはずだ。
世界人口は今世紀末には120億人に達すると予想されている。そうなった時には、日本が海外から容易に食料を調達できる保証はない。今のうちから食料自給率を高める努力をしつつ、それを災害対策に活用していく知恵が必要だ。
2020年の年頭にあたり、戦後の日本経済の在り方について、問題意識を立て直し、イマジネーションを働かせて、これからの日本について構想してみることが大切だ。
(2019年11月19日取材)

PROFILE

寺島 実郎
てらしま・じつろう

一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長。1947年、北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、三井物産株式会社入社。調査部、業務部を経て、ブルッキングス研究所(在ワシントンDC)に出向。その後、米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産戦略研究所所長、三井物産常務執行役員を歴任。主な著書に『戦後日本を生きた世代は何を残すべきか われらの持つべき視界と覚悟』(佐高信共著、2019年、河出書房新社)、『ジェロントロジー宣言―「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』(2018年、NHK出版新書)、『ひとはなぜ戦争をするのか 脳力のレッスンV』(2018年、岩波書店)、『ユニオンジャックの矢 大英帝国のネットワーク戦略』(2017年、NHK出版)など多数。メディア出演も多数。