精密加工技術の粋を極め夢は空へ宇宙へ
株式会社由紀精密

匠の新世紀

旋盤は材料を回転させ、バイト(刃物)を当てて、材料を切削する機械。金属の切削加工では基本的な工作機械だ。

株式会社由紀精密
神奈川県茅ヶ崎市

ネジや電子部品をつくっていた小さな町工場が人工衛星や航空機の部品を製造……。
そんな画期的な業態変換を成し遂げたことで、池井戸潤氏の小説『下町ロケット』のようだと言われている企業を神奈川県茅ヶ崎市に訪ねた。

研究開発型企業への転身を図る

株式会社由紀精密代表取締役社長 大坪正人さん

1950年創業の株式会社由紀精密は、ネジと電子部品を主力商品とした金属加工メーカーだったが、2000年代に入るとITバブルの崩壊の影響で電子部品の売上げが激減、経営不振に陥っていた。そんな同社を数年で立ち直らせ、参入が困難とされる航空機や人工衛星の部品をつくる工場にまで成長させたのが、現社長の大坪正人さんだ。大坪さんは2006年、大学卒業後に勤務していた会社を辞め、父が経営していた由紀精密に入社した。
大坪さんがまずやったことは、自社の強みを知るためのアンケート。取引先数十社からの回答を集計した結果、不良品が少なく納期が正確など、同社の「信頼性」が高く評価されていることを知る。そして、この強みを活かし、将来的には航空機や医療の分野に参入したいと決意を固め、研究開発型企業へと転身を図っていった。
まず最初に行ったのは開発部の設置と、自社ウェブサイトのリニューアルだった。その理由を大坪さんは次のように語る。
「営業をすれば仕事は増えますが、図面をもらってそれをつくるだけでは価格競争になりがちです。図面を描く前の段階からその開発に参加することで、自社の技術を効率よく活かすこともでき、利益も出すことができるはずだと考えました。また、ウェブサイトは、弊社が長年培ってきた切削技術を必要とする人に広く伝えることができると考えました。実際に、現在も問い合わせの大半はウェブサイトからで、リニューアルによって弊社の取引先は、当時の4倍以上に増えました」
こうした考えは、大坪さんの前職での体験が活かされている。金型業界のベンチャー企業の開発部門で金属の加工技術について研究していた大坪さんは、技術者が調達先を探す時にはウェブを使うことを体感していた。

ニッケル合金であるインコネルを16時間かけて掘削したインコネルメッシュ(左)。切削加工のコンテストで金賞を受賞。右は1工程目の状態。
ロケットエンジンのインジェクター(電子式燃料噴射装置)の部品。材料はインコネル。

1つの仕事が次の仕事を生む

開発部は、最初は作業効率を上げるための治具や工具の製作などから始めたが、次第に製品そのものの開発を手がけるようになっていった。そして念願の航空機業界に参入するきっかけとなったのが「インコネルメッシュ」というサンプルを航空機関連の展示会に出品したことだった。
インコネルはニッケル合金の一種で、耐熱性が高く、ジェット機のエンジンや宇宙船などに使用される素材だ。加工が難しいことで知られているが、それをたったの2工程でメッシュ(編み目)状に加工してみせた。切削加工技術に詳しい人には、その難しさが一目で伝わるのだという。
展示会に出品すると、航空機関連の大手企業から、「こういう形状はできるか」とさっそく問い合わせが来た。試作してみるが工具がすぐに摩耗してしまい、要求コストではつくれない。それでも数カ月の試行錯誤の末、加工方法を編み出し、受注に成功する。
「航空機産業は参入するのが大変ですが、一度受注すると、長期間にわたって発注してもらえるのがいいところです」
と大坪さんはいう。品質が重視される航空機業界では、製造元を替えるのはリスクを伴うため、発注が他社に流れることがなく、継続して受注することができるのだ。
人工衛星の部品製造も同社のウェブサイトへの問い合わせから始まった。ある宇宙ベンチャーから切削加工についての問い合わせがあり、「こうすればもっと効率よくできる」といった提案をして、真摯に対応するうち、小型人工衛星の切削部品100個以上を受注することができた。こうした成果がマスコミにも注目され、同社は切削部品メーカーとして名を知られるようになる。
同社の工場を見せてもらうと、最新の機械がずらっと並んでいるわけではない。むしろ、古いベンチレースや最新のNC旋盤が混在している印象だ。
「最新のNC旋盤(数値制御で動く工作機械)を使っても、そのプログラミングは人間が考えるので、ノウハウは人間の中にあるんです。どんな道具を使うか、どんなスピードで、どんな角度で切り込むのかなど、何通りもあるような切削方法の中から何を選択するのかを決めるのは職人の経験と技術なんですね」
機械が最新だからといって必ずしも精度や品質が上がるわけではない。職人の技術を活かし、最適の道具を正しく使用することで、精度が高く複雑な形状の部品にも対応できる。そして難しい仕事をクリアすることが次の難しい案件へとつながり、そして新しい案件ごとに新しい技術が生み出され、蓄積されていく。これが研究開発型の工場なのだ。
最後に大坪さんにこれからどんな企業を目指していくのかを聞いた。
「ビジネスを通じて人々の幸せに貢献できるような企業になりたいと思います。具体的には、宇宙のゴミを回収するようなプロジェクトに積極的に協力していきたいですね」
そう語る大坪さんの目の輝きが印象的だった。

NC旋盤の内部。複数の工具を形状に合わせて切り替えながら金属を切削していく。

職人の技術を数値化しNC旋盤で自動運転を目指す。

顕微鏡を使用した仕上げ作業。数量が少なく細かい作業は手作業も行う。

複雑な形状は三次元測定器での精度の検査も行う。

取材・文/豊岡 昭彦 写真/斎藤 泉

PROFILE

株式会社由紀精密

1950年創業の金属切削加工メーカー。研究開発型の工場として、航空機業界や医療分野など、製作が難しい精密部品の切削加工を得意とする。従業員数47名。茅ヶ崎市にある本社のほか、横浜や東京にもオフィスを構える。